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【『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ/冒険・スパイ小説の時代】回顧と展望、そして我が情熱(荒山 徹)

冒険アクション大作『レッド・メタル作戦発動』(マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世、伏見威蕃訳)刊行を記念し、1970~80年代の冒険・スパイ小説ブームについて作家・書評家・翻訳家が語る連続エッセイ企画を行います。
第2回は作家・荒山徹さんです

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 まったく何という時代だったのか。途方もない――かえりみて歎息するばかりだ。1970年代末から80年代にかけ隆盛を極めた冒険小説の時代のことである。高校、大学、勤め人デビューの多感な時期に遭遇した。どっぷり浸かった。狂瀾怒濤、爛熟と形容していいと思う。何しろ毎月のように傑作が連打され、嘘偽りなく、読書に没頭するあまり寝る間もない日々だったのだ。
 全拙作に、その時代が刻印されている。デビュー作は、不敗の名将を殺すべく派遣された秘密工作チームと、暗殺阻止チームとの攻防戦で、両者は養成機関の同輩だったという設定だ。二作目は、隠し財宝を巡って彼我の特殊部隊が争奪戦を繰り広げる。特殊部隊名を記せば、こなた真田十勇士、かなた朝鮮忍びの檀奇七人衆であり、なんだ伝奇時代小説かよ、となるが、わたしは真面目に冒険小説を書いていたのである。
 さらに具体的に記そう。文禄の役で虜囚の身となった朝鮮僧侶が徳川家康の影武者から家康その人になりすます『徳川家康(トクチョンカガン)』は、もちろん隆慶一郎先生の大名作『影武者徳川家康』の焼き直しだけれど、その脊梁として太く貫いているのは、ソ連のスパイがフランス大統領に就任するというコリン・フォーブスの隠れた傑作『石の豹』だ。くの一が徳川家光男色矯正作戦に絡み三つ巴に争う短篇「忍びのモノグラム」は、エイモス・アーリチァ&イーライ・ランドウのこれまた今は忘れられた逸品『暗殺名はフェニックス』の大江戸バージョンである。
 古代史小説『白村江』は、冒険小説の範疇に属する国際謀略小説のつもりで書きすすめた。つまるところ、わたしは冒険小説の時代の申し子であり、その残滓といっていい。「冒険小説の時代の残党なのさ、おれは」という矜持を胸に、今日まで日韓時代伝奇小説を書き継いできた。またとない機会を得たので、まずはそれをここに闡明しておきたい。
 さて、冒険小説といっても過去もの現代ものに大別できる。前者は、いってみれば歴史秘話もので、アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』、ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』が代表例。拙作はいちおう伝奇時代小説に属しているが、伝奇の趣向、手法はこのジャンルで学んだものが基礎になっている。後者は、まさに今そこにある危機を題材にしたもの。過去もの現代ものどちらも甲乙つけがたいが、強いて言えば後者に軍配をあげることになろうか。好きな冒険作家を一人に絞れと言われたら、躊躇なくクレイグ・トーマスに一票を投じるであろうから。最高傑作『闇の奥へ』の後続作ということで分が悪いけれど、『すべて灰色の猫』では、ソ連の特殊部隊を満載した輸送機がネパールの空港に迫っていることがクライマックス直前で明らかになる。少人数の味方で着陸を阻止しなければならない。残された時間は? 1日? 8時間? 3時間?
 いやはや、15分ですよ!
 これぞ、我が偏愛のクレイグ・トーマス。
 日本人作家では、『往きてまた還らず』の西村寿行、『狼たちのカーニバル』の桑原譲太郎がともかく熱かった。両者に共通するのは、この日本列島を徹底的に、容赦なく、もうそこまでやりますか、あんたら、というくらい、戦場にしてくれたことだ。
 しかし、諸行は無常。わたしが生まれた年に築かれたベルリンの壁は、平成元年に崩壊し、敵の消失なる言説がまことしやかに喧伝されて、いつしか冒険小説はふるわなくなった。手にする新作は今一つ、未読の過去名作を発掘することからも次第に遠のいた。どこかで現代とリンクしていないとつらいのだ、とわかったのは収穫だったけれど。
 8年前、『暗殺者グレイマン』なる文庫が新刊の棚に並んだ。知らない作家。それも当然で、デビュー作という。魅かれるものがあって購入し、一読、大興奮に陥った。殺し屋対殺し屋の話、その十番勝負が一冊に凝集され、しかもそれだけには終わらない魅力が詰まっている。主人公グレイマンことコートランド・ジェントリーの、あまりに古風で過剰な騎士道的精神が、アナクロニズムをねじ伏せ、アップデイトされたものとして輝いているのだ。うわっ、あの冒険小説の時代が甦ってきた。以来、このシリーズを追いつづけている。手堅い次作、次々作の後で第4作『暗殺者の復讐』という名作が誕生した。現在のところシリーズ中の最高傑作だと思う。次の『暗殺者の反撃』でグレイマンの私的復讐行に終止符が打たれるが、さらに続刊があり、現在まで8作が刊行されている。たとえて言うならば『子連れ狼』の拝一刀が宿敵柳生列堂を倒したとして、その後も同一主人公で話を重ねているようなものだが、この新シリーズがまた、もう信じられないほどの面白さなのである。
 その書き手、マーク・グリーニーの新作が出るという。共著だそうだが、ページをめくる至福の日が今から待ち遠しい。
(荒山 徹)

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2020年、早川書房では、セシル・スコット・フォレスター『駆逐艦キーリング〔新訳版〕』、夏に巨匠ジョン・ル・カレの最新作『Agent Running in the Field(原題)』、潜水艦の乗組員の闘いを描く人気作『ハンターキラー』の前日譚『Final Bearing(原題)』、冬には『暗殺者グレイマン』シリーズ新作など、優れた冒険小説・スパイ小説の刊行を予定しています。どうぞお楽しみに。

レッド・メタル作戦発動(上下)』
マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世
伏見威蕃訳
ハヤカワ文庫NVより4月16日発売
本体価格各980円

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『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ 一覧

【第1回】「あのころは愉しかった・80年代回顧」(北上次郎)

【第2回】「回顧と展望、そして我が情熱」(荒山徹)

【第3回】「冒険小説ブームとわたし」(香山二三郎)

【第4回】「冒険・スパイ小説とともに50年」(伏見威蕃)

【第5回】「冒険小説、この不滅のエクスペリエンス」(霜月蒼)

【第6回】「燃える男の時代」(月村了衛)

【第7回】「宴の後に来た男」(古山裕樹)

【第8回】「冒険小説は人生の指南書です」(福田和代)

【第9回】「蜜月の果て、次へ」(川出正樹)

【第10回】「人生最良の1990年」(塩澤快浩)

【第11回】「気品あふれるロマンティシズム」(池上冬樹)



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