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【『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ/冒険・スパイ小説の時代】燃える男の時代(月村了衛)

冒険アクション大作『レッド・メタル作戦発動』(マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世、伏見威蕃訳)刊行を記念し、1970~80年代の冒険・スパイ小説ブームについて作家・書評家・翻訳家が語る連続エッセイ企画を行います。
第6回は作家・月村了衛さんです。

***

 機会のあるごとにこれまで何度も述べてきたことだが、「冒険小説」という呼称が通用しなくなってすでに久しい。定義さえ共有されていないのに、冒険小説なるものの復権をいくら訴えても読者の胸には響かない。
 それが現在の私の偽らざる実感である。
 時代も読者も変化する。思えば当然のことだった。小説の読み方を知らない者は、必然的に冒険小説も読めない。そしてそういう者を読者とは言わない。
 それでいい。構わない。定義など知らずとも、面白い小説を読んで、面白いと感ずる者は常にいる。我々はそうした人達――つまり読者だ――に向けて小説を書けばいい。
 寂しさをまるで感じないと言えば嘘になる。また前を向いているものばかりが小説とは限らない。しかし我々には、冒険小説の熱さを皆が共有していたあの時代を回顧している余裕はない。
 過去も未来も関係ない。我々はただ、あの日に感じていたような己の胸の高鳴りを綴ればそれでいい。
 クィネル『燃える男』のような日常を、マクリーン『恐怖の関門』のような苦難を、トレヴェニアン『シブミ』のような人生を、ガーフィールド『ホップスコッチ』のような諧謔を、ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のような迷宮を。そして世界を。
 そうだ、世界だ。
 冒険小説とは、世界とその真実を描きうる広大なカンバスなのだ。
 ジャンル名はもはや無用だ。そこに書かれている真実が読み取れぬ者は帰るがいい。その作品が古くつまらないのではない。君はまだ世界が見えない子供であるというだけだ。
 同時に、新しい冒険は常に繰り広げられている。冷戦の終結は冒険小説の終わりではなかった。始まりであったのだ。我々の眼前では未知の戦いが繰り広げられているし、それを書き続けている作家もいる。
 新しい作家と物語に興味を持てずにいる諸兄よ。残念ながら、貴方達はプレイヤーたる資格を失った。人が真に老いるのは、世界への情熱と時代に対する感性を失ったときだ。今の作品が未熟でつまらないのではない。貴方達は単に老いたのだ。それは恥ずべきことではないが、自ら認め受け入れるべきことではある。
 私はクルト・シュタイナ中佐の部下ではない。キース・マロリー大尉の登山仲間でもない。もちろんジョージ・スマイリーとは会ったこともないし、できれば生涯会いたくはない。
 しかし彼らは常に私のそばにいる。中佐はいつも私に困難な任務を命じるし、大尉はことあるごとに登山へ誘ってくる。スマイリーは奥方の愚痴ばかりで、正直に言うと、これにだけは些か親近感を覚える。
 ともあれ、私は書き続ける。彼らに励まされながら。
 KGBが名実ともに完全復活を遂げたばかりか、ロシア全土を掌握し、世界中で〈公然と〉非合法工作を行なっている時代。
 ドローンが飛び交い、顔認識システムで群衆の中からターゲットを容易に特定する時代。
 超大国が遠隔操作による無人機の発射するミサイルで敵国要人を暗殺する時代。そして民間人を巻き添えにして恥じぬ時代。
 こんな時代に、シュタイナならどうするのか。
 マロリーは何と戦うのか。
 スマイリーはオンラインゲームでもやっているのか。
 書くべきことはいくらでもある。
 問題は、それが見えているかいないかだけだ。
 読者にとっても、そして作家にとっても。
深夜プラス1』のルイス・ケインの如く、最後に〈柄にもないよけいな親切心〉を発揮して答えを書いておこう。
 燃える男は常にいる。作家の中にも。読者の中にも。
 魂に年齢は関係ない。
(月村了衛)

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2020年、早川書房では、セシル・スコット・フォレスター『駆逐艦キーリング〔新訳版〕』、夏に巨匠ジョン・ル・カレの最新作『Agent Running in the Field(原題)』、潜水艦の乗組員の闘いを描く人気作『ハンターキラー』の前日譚『Final Bearing(原題)』、冬には『暗殺者グレイマン』シリーズ新作など、優れた冒険小説・スパイ小説の刊行を予定しています。どうぞお楽しみに。

レッド・メタル作戦発動(上下)』
マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世
伏見威蕃訳
ハヤカワ文庫NVより4月16日発売
本体価格各980円

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『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ 一覧

【第1回】「あのころは愉しかった・80年代回顧」(北上次郎)

【第2回】「回顧と展望、そして我が情熱」(荒山徹)

【第3回】「冒険小説ブームとわたし」(香山二三郎)

【第4回】「冒険・スパイ小説とともに50年」(伏見威蕃)

【第5回】「冒険小説、この不滅のエクスペリエンス」(霜月蒼)

【第6回】「燃える男の時代」(月村了衛)

【第7回】「宴の後に来た男」(古山裕樹)

【第8回】「冒険小説は人生の指南書です」(福田和代)

【第9回】「蜜月の果て、次へ」(川出正樹)

【第10回】「人生最良の1990年」(塩澤快浩)

【第11回】「気品あふれるロマンティシズム」(池上冬樹)


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