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【『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ/冒険・スパイ小説の時代】冒険・スパイ小説とともに50年(伏見威蕃)

冒険アクション大作『レッド・メタル作戦発動』(マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世、伏見威蕃訳)刊行を記念し、1970~80年代の冒険・スパイ小説ブームについて作家・書評家・翻訳家が語る連続エッセイ企画を行います。
第4回は『レッド・メタル作戦発動』の翻訳者、伏見威蕃さんです

レッド・メタル作戦発動上下

(書影はAmazon.co.jpにリンクしています)

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 1970年代から80年代のなかばにかけて、ぼくは訳者ではなく読者だった。仕事で地方都市に行くと、かならず書店や古書店を見つけ、表紙がすこし色褪せたハヤカワ・ノヴェルズやNV文庫を漁ったものだ。新刊が出たときに買うのではなく、巻末の作品リストをもとに、順不同に買っては読んでいた。
 ジャック・ヒギンズ、ハモンド・イネス、デズモンド・バグリイといった作家がおもで、アリステア・マクリーンはなぜかすくなかった。セシル・スコット・フォレスターの〈ホーンブロワー〉シリーズでは、訳者の高橋泰邦氏が分けあたえてくださる豊富な知識に啓発されるとともに、主人公の組織幹部としての成長に興味をそそられた。ディック・フランシスの競馬シリーズでも、似たような思いを味わった。イギリスの冒険小説は、教養小説の色合いが強いのかもしれない。
 この時代に読んだ冒険・スパイ小説をあげるときりがないが、読者として惹かれ、20代から30代にかけての歳月、おもに影響を受けたのは、前述の作家たちの小説であったように思う。
 ヒギンズには『鷲は舞い降りた』という金字塔があるが、海綿をとるために潜水具をつけて潜るギリシャ人漁師のエピソードや、イギリスの諜報戦の名残をとどめているチベットを舞台にしたものも面白い。“天井を見つめているとエーゲ海の地図が浮かびあがってきた。”とか、“物事はなぜ夏の夜空とはちがって単純でわかりやすくないのだろう。”という表現が、さまざまな作品で使いまわされているのに気づくというのは、読書マニアの悪癖だろう。ヒギンズは、別名義のものも含めて、ペイパーバックを手に入れて気軽に読めるのもありがたかった。
 ハモンド・イネスへの入口は“カナダ”だったような気がする。1970年代にラジオ・カナダ・インターナショナルの日本向け短波放送を聞き、受信状態を報告してQSLカードをもらっていた。BBCやラジオ・オーストラリアも聞いていたが、ラジオ・カナダのS氏とはことに親しく文通し、その後『雇われ署長』(テッド・ウッド、ハヤカワ・ミステリ)を訳したときには、そういうワンマン警察もあると教えていただいた。そういういきさつがあるので、カナダを舞台にした『キャンベル渓谷の激闘』を最初に読んでから、イネスの作品に親しみはじめたように記憶している。
 この本の訳者あとがきで、池央耿氏は「――極めて痛快な小説の形で書かれた一種のトラベローグであると言えば言える……(中略)……ハモンド・イネスのすべての作品がそうした構造を持っていると考えるべきであろう。」と書いておられる。まさにその魅力に惹かれて、イネスの小説を渉猟するようになり、カナダが舞台のThe Land God Gave to Cain (1958)を訳し、紹介者を得て早川書房に持ち込んだのが、いまの稼業のはじまりだった(その後、『獅子の湖』としてヴィレッジブックスで刊行)。また、イネスの作品を多数訳しておられる池央耿氏の訳文を研究したことを、ここで告白しなければならないだろう。すばらしい言葉の宝庫だった。
 バグリイには、『ゴールデン・キール』や『高い砦』のような代表作があるが、印象に残っているのは『スノー・タイガー』だ。バグリイには自然災害を描く作品が多い。『スノー・タイガー』では雪崩がテーマなのだが、雪崩の昔ながらの通り道についての描写がある。人間は開発や開墾で自然に手をくわえるが、自然の逆襲を受けることもある。バグリイは、当時からそれに警鐘を鳴らしていたのだ。
 1984年、トム・クランシーの『レッド・オクトーバーを追え』の登場で、イギリスの冒険小説はすこしセピア色になったかに思えた。クランシーはさまざまなシリーズをヒットさせるが、軍事に関する情報では、『レッド・オクトーバーを追え』と1986年の『レッド・ストーム作戦発動』が抜きんでている。なにしろ、後者には当時まだ極秘だったステルス機やASAT(衛星攻撃兵器)まで登場するのだ。クランシーに追随する小説が、その後、数多くの作家によって書かれた。インターネットの普及やさまざまなテクノロジーの発展により、軍のドクトリンは変化を余儀なくされ、小説もそれを取り入れるようになった。
 たとえば、ニュー・アメリカ財団の戦略家P・W・シンガーとシンクタンク大西洋評議会のシニアフェロー、オーガスト・コールの共著Ghost Fleet (2015) (『中国軍を駆逐せよ!』二見文庫、拙訳)には、“トム・クランシーの小説の賢明な最新版”と《フォーリン・ポリシー》が評しているとおり、『レッド・ストーム作戦発動』の時代にはなかったレイルガンやドローンなどのテクノロジーが盛り込まれ、戦いはサイバー攻撃から開始される。軍は衛星通信やGPSに依存しているので、サイバー攻撃は敵の防御を崩すのに有効だからだ。この作品は、『海の地政学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、北川知子訳)の著者で元NATO欧州連合軍最高司令官のジェイムズ・スタヴリディス海軍大将(退役)に“将来の戦争の衝撃的な設計図で必読である”と推され、米軍の推奨図書に指定された。
 そしていま、トム・クランシーとの共著を手がけてきたマーク・グリーニーもまた、H・リプリー・ローリングス四世・海兵隊中佐(退役)との共著で、そういった最新の軍事テクノロジーをふんだんに取り入れた『レッド・メタル作戦発動』(ハヤカワ文庫NV、拙訳)を上梓した。クランシーとの共著を通じて、グリーニーはこういうジャンルを執筆するテクニックを磨いたのかもしれない。
 ともあれ、短波無線やエアメールの時代から、衛星通信とインターネットの時代になっても、冒険・スパイ小説も現代の同様の小説も、主役が人間であることに変わりはない。boots on the groundという言葉がある。「派兵する」という意味だが、現場(末端で戦う兵士たち)が重要であることを示す言葉でもある。いくら最新のテクノロジーが描かれていても、登場人物が魅力的でなかったら、小説は面白くない。『レッド・メタル作戦発動』では、“キャラが立つ”ひとびとが海・陸・空で戦う。その点からも、〈暗殺者グレイマン〉シリーズで切り拓いた冒険・スパイ小説の新しい流れを、マーク・グリーニーがさらに押しひろげてくれるのではないかと期待している。
(伏見威蕃)

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2020年、早川書房では、セシル・スコット・フォレスター『駆逐艦キーリング〔新訳版〕』、夏に巨匠ジョン・ル・カレの最新作『Agent Running in the Field(原題)』、潜水艦の乗組員の闘いを描く人気作『ハンターキラー』の前日譚『Final Bearing(原題)』、冬には『暗殺者グレイマン』シリーズ新作など、優れた冒険小説・スパイ小説の刊行を予定しています。どうぞお楽しみに。

レッド・メタル作戦発動(上下)』
マーク・グリーニー&H・リプリー・ローリングス四世
伏見威蕃訳
ハヤカワ文庫NVより4月16日発売
本体価格各980円

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『レッド・メタル作戦発動』刊行記念・連続エッセイ 一覧

【第1回】「あのころは愉しかった・80年代回顧」(北上次郎)

【第2回】「回顧と展望、そして我が情熱」(荒山徹)

【第3回】「冒険小説ブームとわたし」(香山二三郎)

【第4回】「冒険・スパイ小説とともに50年」(伏見威蕃)

【第5回】「冒険小説、この不滅のエクスペリエンス」(霜月蒼)

【第6回】「燃える男の時代」(月村了衛)

【第7回】「宴の後に来た男」(古山裕樹)

【第8回】「冒険小説は人生の指南書です」(福田和代)

【第9回】「蜜月の果て、次へ」(川出正樹)

【第10回】「人生最良の1990年」(塩澤快浩)

【第11回】「気品あふれるロマンティシズム」(池上冬樹)



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