(5/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第5回!
光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!
3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日の8/17まで、毎日1節ずつ6節までを無料連載!
発売日朝に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)
5
そのとき、轟音が浜辺の上空に響き渡る。強風がナオの黒髪とユウリの亜麻色の髪にふきつけ、激しく揺らす。
「ん、何だ……?」
グレイの飛航機が突如として上空に出現し、逆噴射をしつつ徐々に降下してくるところだった。全長は三〇メートル。美しく長いノーズコーン、その下に備えられた砲身、その後方にコクピット、更にその後方に直径一メートル程度の真空(まそら)色の星玉があり、球殻の後ろには導時空管、両側に主翼、主翼のすぐ後ろに垂直尾翼と水平尾翼が二枚ずつ。
周囲の時空が歪んでいる。僅かに時空延展航法を使っている。
二人が座る、岩場の真正面の海へと、徐々に降下していく。
「なんだあれ……? このまま海に降りるつもりか……?」
だが、二人の目の前にそのノーズコーンをつきつけるようにして静止した次の瞬間、ノーズコーンも、コクピットも、主翼も、尾翼も、全てが中央の真空色の星玉に吸い込まれるように消えていく。その星玉も、直径一メートルから急速に縮み、直径一センチほどの星勾玉になった。
そして。
その青い星勾玉から、まずは真空色に光る翼が出現する。そして、青い球体からわき出るようにして、少女の肉体が構成されていく。
まず、星勾玉を覆うように、白い肌に包まれた、蠱惑的な少女の胸元。その下に引き締まった細い腰。そして腰から下方向に、丸みを帯びた曲線を描きつつ、すらりと長い脚が伸びて、艶やかな爪先まで形成される。まるい肩口からはすきとおるような細い腕が伸び、繊細な指先まで形成される。そして、首の上からは、卵型の頭に、すっきりととおった鼻筋、桃色の小さな唇、真空色の、額にかかる髪。閉じた瞳が形成──そして、ぱっちりと開き、吸い込まれそうな真空色の瞳がこちらを見ている。ちょうど、真空色の前髪が、ふわりと額に落ちたのと同じ瞬間に。
艶やかな髪は同時に、華奢な肩にもふわりとかかる。
一瞬で肉体が構成されたあと、全裸の少女を包むように、白と銀の布が真空色の星玉からしゅるしゅると出現し、彼女の裸体を覆う。
少女の身体が士官服に包まれた後、青い光の翼が大きく開かれる。それは、周囲の時空を僅かに歪め、少女が空間に浮かぶのを助けている。
少女の瞳はじっと二人を見つめている。その視線は、だが、穏やかではなく、険のある雰囲気を含んでいた。
感情を露わにするとは珍しい。
星霊である彼女にとっては。
アルフリーデ・フォン・ファグラレーヴ=セイランが、二人の目の前の空に浮かんでいた。
「こんにちは。良いお天気ね」
ユウリとナオに微笑みかける。だが、微笑んでいるのは口元だけで、目は笑っていなかった。
「お天道様はもう沈みかけているがな」
ナオは混ぜっ返す。アルフリーデは、特にナオの方に厳しい視線を向ける。
「ナオ。途中から聞いていたわよ。ルリハを気にするななんて、下手なアドバイスね。ああいう輩(やから)は、ぎゃふんと言わせてやればいいのよ。無視しても調子に乗るだけなんだから。わたしのユウリを傷つけるなんて、わたしを敵に回したのと同じこと。ユウリがやらないなら、わたしが酷い目にあわせてやるわ」
「──おいおい、やめとけよ。作戦の直前だぜ。将校同士のトラブルは、司令長官殿もお好みにならんだろう」
「大丈夫よ。証拠なんて残さないから」
アルフリーデはふん、ときれいな鼻をならして、それから、強引にユウリとナオの間に割って入った。ナオに向き直る。
「人間さんの士官たちは、あっちできゃあきゃあ言いながら肉を焼いてるわ。バーベキューって言ったかしら。行ってきたら? パーティ好きのあなたにはお似合いの雰囲気よ」
ナオはユウリとアルフリーデを見比べ、特に、ユウリとナオの間に割って入ってナオからユウリを遠ざけようとするアルフリーデに目を遣(や)って、細く引き締まった腰に手を当てた。
「へいへい、行ってきてやるよ」
それからウィンクする。
「あんた、前は星霊そのものって感じでずっと無表情だったが、ユウリと一緒になってから感情表現が出てきたな。いい傾向だ。ウチの星霊としてはな!」
そう言って、去って行く。
「余計なお世話よ」
アルフリーデは言い、ユウリに向き直った。
「まったく! 幼馴染みかどうか知らないけど、馴れ馴れしすぎね。あなたの配偶官はわたしよ? あいつにも配偶官はいるのに!」
「ナオは自由な性格だからね……あまり気にしないのさ」
ユウリはなだめるように言った。同時に、アルフリーデがひとつの感情に囚われ続けていることが珍しく、興味深く観察していた。
“配偶官”とは、アメノヤマト帝律次元軍独自の制度である。士官学校を卒業した士官である人間と、実戦部隊に所属する中で特に優秀と認められ、士官待遇となった星霊は、練習艦隊と呼ばれる組織に所属し、そこで訓練を繰り返す。そこでの仕事は、人間の士官にとっては、まず訓練を通じて実戦に慣れること。そして、人間は星霊と、星霊は人間と協働して戦う術を学ぶことである。
〈アメノヤマト〉では、全ての艦艇の艦長と、全ての飛航機の操縦士を星霊が務めている。人間は艦艇等の“指揮官”として就任し、艦長である星霊と共に艦艇を指揮することになる。〈人類連合圏〉では、戦隊や艦隊といった上級部隊の司令官だけが人間で、全ての艦艇・飛行機は無人艦・無人機であり、星霊はそれらの制御システムの扱いだ。〈アルヴヘイム〉では、星霊が艦長であり、艦を共同で指揮する“指揮官”などという存在はいない。
星霊と人間が対等の立場で艦を指揮することで、互いの人格構造の良さを補完し合い、最強の戦力になる──というのが〈アメノヤマト〉の哲学だ。
そのため、人間の指揮官と星霊の操縦士は、固い絆で結ばれたパートナーでなければならない。そのパートナーは、どの部署に異動するにも常に一緒である。このパートナーの制度を配偶官という。
配偶官は軍が見つけてくれるわけではない。練習艦隊において、様々な星霊とペアを組んで戦う訓練を繰り返す中で、互いに気に入ったパートナーを見つけるのは、士官個人の裁量である。
星霊にせよ、人間にせよ、練習艦隊を“卒業”して、第一線の部隊に配属されるには、まず配偶官を見つけなければならない。配偶官は軍制度としての配偶者といったところで、私生活においても寝食や生活をともにする、互いに気の合う関係でなければならない。
ユウリの配偶官はアルフリーデであり、ナオにも涼波(すずなみ)サクヤという配偶官がいる。ルリハにも配偶官がいるが、破局の危機に瀕していると聞いている。それもルリハの機嫌が悪い一因かもしれない。
尚、配偶官同士が、人間の配偶者のような“深い”関係になるかどうかは配偶官同士の意思次第である。ユウリとアルフリーデはまだそのような関係ではない。ルリハも彼女の配偶官とそうした関係ではないらしいが、ナオとサクヤは深い関係だと聞いている。
「そういえば、ボクと君は、奇妙な縁で配偶官になったよね。練習艦隊の前に、誓約をすませていた……」
アルフリーデは微笑んだ。
「誓約というのは、アメノヤマト軍が配偶官なんていう制度を始める前からあったのよ。ずっと古い時代、未だ人類と星霊が互いに反目し合っていない時代からね……。この話は前にもしたと思うけれど、わたしは、あなたが〈氷見名市〉で事件に遭っているとき、ちょうどそこに遭遇した……」
あなたが覚えていないのは残念だけどね、と彼女は付け加える。
(6/7へつづく)
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第1章 第1節(8/10公開)