(4/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第4回!
光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!
3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日の8/17まで、毎日1節ずつ6節までを無料連載!
発売日朝に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)
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「よお。黄昏(たそがれ)てんのな」
背後から少女の声がする。振り向くと、そこに、タオルを身体に巻いただけの格好の、科戸ナオが立っていた。顔は、やや大人びているものの、ユウリの記憶の中のナオと同じ、凜とした雰囲気のまま。ただ、その肉体は女性らしくまるみを帯び、かつ、鍛えられて引き締まるべき所は引き締まっており、手足はすらりと長く、彼子ではなく彼女と呼ばれるに相応しい大人の身体となっていた。
「どうした? ルリハのやつのこと、気にしてたのか?」
言いながら、ユウリが座る岩場の隣に座る。
「うーん……! 雄大な景色だよなあ。これが全部人工物とは信じられないぜ! こんな景色を見てると、ルリハみたいな小さい奴のこと、気にしても仕方ないって思えるよな。あいつはオレやお前とは見ているものが違う。未だに士官学校の成績(ハンモックナンバー)や、出世の早さみたいなことに気を取られている。あいつは同僚を相手に勝負をしているつもりなんだ。馬鹿だよ。戦う相手は〈連合圏〉だってのにさ」
ユウリ、ナオは、あの襲撃事件の後、士官学校に一年間在籍していた。一年間の促成栽培で、士官としての全てをたたき込まれる場所だ。ユウリはそこでの成績は常に一位、ナオは二位をキープしていた。そして、三位につけていたのが洲月ルリハである。彼女は名門の軍人家系の出らしく、一位になれないことを常に気に病んでいるようであった。それが自分への当たりの強さになっているのだろう、ということは、自分も客観的には理解している。
しかし、あのように攻撃してきては、それへの対処に頭を使わざるを得ない。ルリハのことは考えたくないのに、強制的に彼女のことを考えざるを得なくなる。それがユウリには腹の立つことであった。
「……それとも、別のことか」
「──あのときのことを、思い出していた」
「あのときか」
“氷見名事件”。ユウリとナオが、性別決定の儀の直前、〈連合圏〉の飛航機に襲撃された事件だ。
二人には、あの飛航機に攻撃される直前までの記憶しかない。物理的な肉体を保ったまま救出されたため、肉体を破壊されたわけではないことは分かっている。しかし、そのとき何が起こったのか、全く不明なのであった。ホーキング輻射に基づく超次元状態ベクトル操作が妨害されていたため、星霊も彼等の状況をモニタリングできていなかった。
そして、救出されたとき、ユウリにもナオにもバックアップ情報は残されていなかった。お社様──産土神社も、〈大和帝律圏〉も、同時に攻撃され、広範なバックアップ情報が同時に破壊されたためだ。
そして、不思議なことに、救出されたユウリの肉体からは、性選択に関わる遺伝子情報だけが、そっくり取り除かれていた。人間の肉体の個々の細胞の細胞核のゲノム情報の特定の部分だけを除去することも、超越時空では可能ではある。可能であるが、そうする理由が分からない。
同じように被害にあった、ナオや近隣の子供にはそのようなことはなく、ユウリだけがそうなっていたのだ。
「奴らは何であんなことをしたんだ。しかも、お前だけに……」
「知らないさ……」
ユウリは寂しげに首を振った。
襲撃以降、〈アメノヤマト〉の軍令部は〈人類連合圏〉がユウリに対して行ったこの不可思議な所業について分析を重ねていたが、未だに答えは出せていない。
性別決定の儀は、〈アメノヤマト〉において成人の儀式を兼ねている。選挙権、結婚、士官学校その他高等教育機関への入学、飲酒、その他あらゆるものが、性別決定の儀の後に為せる。
ユウリは、制度上、その全ての権利が、ない。
軍は、自らの瑕疵(かし)により〈人類連合圏〉の襲撃を許し、その結果としてユウリに過酷な運命を負わせたことに一定の責任を感じたのか、ユウリに特例で士官学校の入学試験の受験を許可したほか、定められた基準を満たし卒業が認められた際には、士官となることも特例で許可してくれた。但し、いずれも“特例”扱いで、である。ゆえに、ユウリは少佐ではなく、“特任”少佐と呼ばれる。“特任”とは、特別な、という意味ではなく、ただ、特例の、という意味である。選挙権についても、議会にかけあって特例法を定めさせてくれた。
ただ、結婚については、これも成人の儀式を終えていることが要件になっているので未だに結論は出ていない。
それに、〈アメノヤマト〉では、性別が決定していない者は子供である、という通念が広く行き渡っているため、どこに行っても大人扱いしてもらえない。また、ルリハのようにユウリに悪意を持つ者は、ことあるごとに彼子の身体について攻撃してくる。
ナオは、ぐっとユウリの頭を彼女の胸に引き寄せた。子供の頃よくやっていたのと、同じ仕草だ。
「ま、そのうちうまくいくさ。その為にお前は軍に入ったんだろう。秘密は全て敵が握っている。敵を倒していけば、そのうち答えに辿り着く。お前は強い。絶対にうまくいくさ。オレも手伝う。ルリハなんか無視して、戦いに集中すれば良いさ……」
「ん。ありがとう……」
ユウリはナオの豊かな胸に頭を預けた。
(5/7へつづく)
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