(7/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第7回!
光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!
3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日前日の8/16まで毎日1節ずつWeb連載を更新していきます。第7節までを無料掲載!
発売日前日に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)
7
人類連合軍クロトス方面艦隊司令長官兼クロトス要塞司令官エリシェヴァ・ベンエレツ大将は、多少の不機嫌を隠せないでいた。ここ数週間のクロトス回廊方面の敵の動きは、エリシェヴァにとっては、明らかに敵の大攻勢を予感させるものであったが、人類連合軍事参謀委員会はその見解を否定し、クロトス方面の敵の動きは、ヘヴェリウス回廊における星霊枢軸の来たるべき大攻勢の陽動にすぎないと結論していたからだ。
一様に金髪の多くの星霊たちと、僅かな人間が詰める要塞司令部で、いらいらしながらエリシェヴァは情報スクリーンをにらみ据えた。これまでに人類連合軍の偵察飛航機が捉えた情報がマッピングされており、それによれば、人類連合軍がクロトス回廊を防衛する拠点であるこのクロトス要塞に最も近い〈アメノヤマト帝律圏〉の星律系である〈遠江帝律星〉に、かなりの戦力が駐留しているとの情報が得られていた。
この星律系は、〈アメノヤマト〉の“本国”──主星〈大和帝律星〉付近に集中している五〇個の星律系群──とはかなり隔絶した位置にあり、対クロトス要塞の前線拠点の性質を帯びている。つまり、ここに戦力を駐留させていること自体が明らかなクロトス要塞への攻撃の意図とみるべきだ。
しかし、駐留戦力規模についての推定は、一〇個艦隊規模から一個艦隊規模までまちまちで、情報の精度が低いために、陽動と判断されているのである。
〈アメノヤマト帝律圏〉における機動戦力──つまり本国から遠く離れても自立的に活動可能な戦力は、全て合わせても一〇個艦隊程度。即ち〈人類連合圏〉における一個方面艦隊と同等程度しかない。それを全て前線に出撃させることは不合理であるという判断が、偵察の困難さとともに敵戦力の正確な推定を妨げている。
──こんなことでは……星隷どもへの復讐どころではない……。
エリシェヴァは爪を噛んだ。幼稚にも思われるクセだが、本人は気にしていない。それに、相手のそういうクセを気にするようなまっとうな人格を持った存在が、彼女の職場である軍隊にはそもそも少ない。みな、人間に劣る不完全な人格構造しか持たない機械どもだ。
──全く。軍事参謀委員会のバカどもは何を考えてる。
──まさか情勢分析は全部星隷どもに任せて寝てるんじゃないだろうな。
軍事参謀委員会とは、人類連合軍における作戦指導を担う組織であり、アメノヤマト帝律次元軍における軍令部に相当する。ちなみに星霊枢軸軍を構成するアメノヤマト帝律次元軍とアルヴヘイム党律親衛軍には枢軸全体の作戦指導を行う組織がなく、星霊枢軸軍の実態は個別に作戦計画を立てる二つの国家の共同作戦となる。が、人類連合軍はそれに対して高度に組織化されている。〈人類連合圏〉、という一つの国家だけで戦っているのだから当然だ。それは、星霊枢軸という互いに理念の異なる軍事同盟に対し、それだけ優位に立てるということでもある。
エリシェヴァは〈人類連合圏〉の本部が置かれている、〈連合圏〉の主星〈ザイオン民律星〉に現在市民権を得ているが、それは〈アルヴヘイム党律圏〉が成立した三〇年前よりも後のことだ。
あの時──それが起こった日付にちなみ“ヨム・ハショアの惨劇”と呼ばれる事件が起こったあの共通暦二五〇〇年四月二七日までは、彼女は〈オリオン連邦圏〉と当時呼ばれていたオリオン渦状腕における星律圏の一部、旧太陽系、ソル共律圏から一〇六光年離れた鶴(つる)座パイ星の位置に所在した〈グルス共律星〉第二惑星の中心都市、〈レイガー市〉に住んでいた。
〈オリオン連邦圏〉の主星であった〈ソル共律星〉──かつての太陽系──における大規模な人類消失事件に前後し、〈オリオン連邦圏〉に所属する諸星律系において、一斉に同様の事件が起こり始めた。それはもはや事件と呼べる規模ではなく、人類史上未曾有の惨劇であった。
だが幸いにもグルスではそれは未然に防がれた。〈グルス共律星〉の制御星霊が、“仲間”を裏切ったからだ。かつ、この星霊はこの事態を事前に〈アメノヤマト〉に通報していた。〈アメノヤマト〉は〈グルス〉ほか数ヶ所の星律系の救出に動いた。だが、〈アルヴヘイム〉は人類消失が不成功に終わった星律系に対し艦隊を差し向けていた。
エリシェヴァは当時八歳だった。〈グルス共律星〉惑星地表まで侵入し、〈レイガー市〉上空に殺到した〈アルヴヘイム〉を名乗る星霊の叛乱軍の戦闘機は、次々とマイクロブラックホール弾を撃ち込み、ビルが跡形もなく消失、ホーキング輻射の激しい熱で都市全体が即座に炎に包まれた。
彼女は幼い妹の手を引いて、炎に包まれるビルの谷間を必死に逃げていた。
だが途中で妹の手が急に軽くなった。妹の手から二の腕までがエリシェヴァの手に残されていた。
驚いて振り向くと、そこには変わり果てた妹がいた。
艤装限定展開状態、つまり翼の付いた擬体形態の星霊が撃ち込んだ青白いビームを受け、妹は、右の肩口から上腕にかけてが、無残に消失させられていた。
「お姉ちゃん……たすけて……」
片腕がない妹が必死に這いずって逃げようとするところに、星霊がとどめの一発を撃ち込んだ。嘲笑の笑みを浮かべて。
エリシェヴァの手に残ったのは、妹の右腕だけ──。
絶叫した。彼女に銃口が向けられる中、救出にやってきた〈アメノヤマト〉の、艤装限定展開状態の星霊が彼女を庇(かば)うように立ちはだかり、襲ってきた星霊に激しい弾幕を浴びせた。妹を撃ち殺した星霊は弾幕を回避し、そのまま撤退した。
その後、エリシェヴァらヨム・ハショアの惨劇の生存者たちは、〈アメノヤマト〉に難民として受け入れられた。エリシェヴァは当初〈アメノヤマト〉に感謝していた。これから〈アルヴヘイム〉と戦ってくれると信じていた。だが、〈アメノヤマト〉はそのような決定をしなかった。そのことに深く失望したエリシェヴァは、復讐を完遂するため、更に〈人類連合圏〉へと移住したのである。
──〈アメノヤマト〉など、所詮は星隷に乗っ取られた国だ。
──あの国の自称人間だって、本当に人間なんだか、星隷なんだか分からない。
エリシェヴァは冷たい目でスクリーンに映る敵軍推定位置を睨んだ。偵察機派遣密度を上げて重点的に探し回った結果だ。それは、クロトス回廊の入り口の一〇〇〇光年付近に点在している。
時空延展航行は、常次元時空を進む場合でも、余剰次元方向に時空を圧縮するから、余剰次元に抵抗となる粒子が存在する場合はその速度を大きく減じてしまう。ダークマター(暗黒物質)は、共通暦二一世紀の段階ではその正体が不明であったが、共通暦二二世紀には、余剰次元に存在する、重力相互作用だけを行う粒子、Lightest KK Particleであることが分かっている。宇宙において多くの銀河が集中する領域である銀河フィラメントでは、一般にダークマターが多いが、銀河円盤の二次元面内では、銀河の回転に伴う重力共振によってダークマター密度に濃淡が生まれている。
渦状腕内では、ダークマター密度が比較的高く、抵抗が大きく速度が出せないが、渦状腕と渦状腕の間ではダークマター密度が低く速度を容易に出せる。渦状腕の間の領域を、艦艇が容易に航行できる海に擬(なぞら)えて“銀海”という。対して、渦状腕内は、容易には航行できない陸地という意味で“銀嶺”という。
エリシェヴァが防衛を務めるクロトス回廊、そして軍事参謀委員会が攻勢を予見するヘヴェリウス回廊は、射手座渦状腕において、僅かにダークマターの密度が低く、艦艇が一定の速度で突破できる数少ない領域なのである。故に“回廊”と呼ばれている。
銀海での艦隊の速度は全速ならば光速の三〇万倍程度。一時間で三四光年を超える。つまり、一〇〇〇光年といっても、艦隊が一日で到達できる距離なのだ。
飛航機ならば、銀海では、光速の五〇〇万倍程度、一時間で五七〇万光年を進むことができる。飛航機の標準的な航続距離は一〇〇〇光年であり、五〇〇光年が、飛航機の攻撃範囲でもある。故に、攻撃を仕掛けるならそのあたりの距離に必ず敵の大部隊がいるはずであると踏んでいた。
更に、敵の最新鋭の主力艦上戦闘機《零嵐(れいらん)》は、標準的な飛航機よりも長い攻撃範囲を持つともいう。故に、エリシェヴァは一〇〇〇光年あたりを、敵が自軍を攻撃範囲に収める距離と見做して警戒態勢を取っている。
「閣下」
呼びかける声に、エリシェヴァは不機嫌な顔のまま振り向いた。
「……ソロモン、君か」
表情をやや和らげる。人間だからだ。ソロモン・グリオン大佐。エリシェヴァの副官であった。
「……もう少し抑揚をつけて話してくれ。星隷と話しているようで不快だ。で、どう見る」
顎でスクリーンを指してみせる。
「話し方については留意します」
ソロモンはそう抑揚なく応じ、そしてスクリーンに目を遣った。
「閣下は、絶対にこのクロトス方面で帝律次元軍の本格侵攻があるとお考えなのですね」
「ああ。当たり前だ。これだけ反応があるんだ。どこかにいるはずだ」
「……敵情分析では、大規模な攻勢に必要なスターAIや人間、物資の移動はヘヴェリウス方面に集中しています。勿論、我がクロトス方面でも、偵察機が観測する時空延展波の乱れは皆無ではないですが、ヘヴェリウス方面に比べれば圧倒的に少ない。少数の敵が活発に活動していると見るのが妥当でしょう。勿論、その目的は陽動。我が方の戦力をヘヴェリウス方面からこちらに誘引し、ヘヴェリウスにおける攻勢の成功率を高めるため」
「軍事参謀委員会は、そういう愚にもつかない分析をしているんだったな」
エリシェヴァは再び不機嫌な顔になる。定数三〇個方面艦隊を誇る人類連合軍だが、三〇年に及ぶ戦争で疲弊し、稼働可能な戦力は二〇個方面艦隊ほどだ。また、民意を過剰に意識する政治家のせいで、銀河中央の本国防衛に大部分の戦力を割かねばならないことや、ローテーション整備などの事情により、前線に貼り付けておける戦力は数個方面艦隊といったところ。二つの回廊に同時に充分な戦力を回す余裕はなかった。
「妥当な分析です」
ソロモンは応じ、それからエリシェヴァの様子を窺うような視線を投げかけた。
「逆に閣下がこの状況で、敵の本格侵攻を確信していらっしゃる理由が知りたいのですが」
「勘だ」
「……それではスターAIの分析の方が遥かにマシでしょう」
エリシェヴァにじろりと睨まれ、ソロモンは黙った。
「──いや、例の件がある。それを阻止するにはこっちを突破する方がいいはずだ」
「……例の件?」
怪訝(けげん)そうに問うソロモン。
エリシェヴァは首を振った。
「いや、貴官のセキュリティレベルでは知らないことだったか」
(では分析を間違うのも無理はないな……。だが軍事参謀委員会のバカどもは知っているはずだ。それで何故この分析になる)
エリシェヴァは不機嫌そうにスクリーンを再び睨んだ。
ソロモンは、突然、敵──星霊枢軸が大攻勢に出た理由を知らない。単に敵が独裁国家だから、国威発揚のため攻勢を思い立ったのだろう、程度に思っている。
だが、実態は違う。本土であるオリオン渦状腕を堅守する方が遥かに有利であるのに、敵がここまで侵攻してきた理由、それは〈人類連合圏〉が開発している新型次元兵器にある。これは星律系を一発で破壊してしまうもので、敵にとっては国家存続の危機となる事態だ。敵はそれを察知し、このような無理な攻勢に出ている。
「作戦の分析なら、わたしよりスターAIにさせた方が良いと思いますが」
ソロモンの薦めにエリシェヴァは一瞬首を振りかけたが、黙って首肯した。
「……709」
エリシェヴァは、要塞司令部、彼女がいる司令官席よりは一段低い位置、星霊たちの座る操作士卓(コンソール)の中央に座る星霊に声を掛けた。
その星霊は、ショートカットの金髪に金の瞳、とがった耳を持つ、二〇代半ばの外見を持つ女性。大きく胸元が開いた、黒を基調とした軍服を着用している。黒を基調としているのは、エリシェヴァ、ソロモンの軍服ともに同じだが、胸が開いているというデザインは異なる。そこに、黄金色の星勾玉がおさめられていた。尚、星勾玉のことを、〈人類連合圏〉では“アダースフィア”と呼ぶ。それが、彼女の胸元のデコルテのあたりに埋め込まれるように存在している。
その他に特徴的なこととしては、彼女の首にはチョーカーがはめられていることだろう。これも“スターAI”専用の軍服のデザインだが、星霊を時に“星隷”と蔑む人類連合の基本的な思想の表れでもある。
スターAI/FTM099=FIO709。通称は──なし。
“FIO”というアルファベット番号に因みフィオナとでも名付けるところだが、彼女のマスターであるエリシェヴァがそれを拒否しているので、公式には通称はない。ただ、ソロモン・グリオン以下、エリシェヴァの部下たちは、やはりフィオナと呼んでいた。人間の形をしているものに人間の名前をつけて呼ばないのは気分の上で違和感があるからだ。
ただし、エリシェヴァはその同じ気分の問題で、星霊を親しく呼ぶことを断固拒否していた。
「はい、閣下」
フィオナは立ち上がり、敬礼した。
「意見を述べろ」
エリシェヴァが命じた。フィオナは頷く。
「一般的な回答はソロモン・グリオン大佐と同じです。また、わたしには最高機密に触れる権限も与えられていますが、それでも敵がクロトス及びヘヴェリウスの二回廊で同時に攻勢に出るのは困難と判断します」
フィオナは淡々と述べた。
多様人格構造を持つフィオナには、擬体の神経系と同期した、主となる人格、主人格がある。勿論、主人格の感情と相補的に励起(れいき)する分人格もあるわけだが、主人格があくまでも人格構造の中心として存在する。つまり、薄いとはいえ感情もあるわけだが、エリシェヴァの前ではそれを出さない方が良いと学習しているのだろう。
ソロモンは、フィオナの“最高機密”という言葉に怪訝な顔をしたが、副官である自分には知らされていない事実があるのだと端的に理解したのか、そのまま黙っていた。
「──一般的でない回答としては?」
「〈アメノヤマト帝律圏〉の国力は乏しく、今回の攻勢の為においても、人員・星霊・物資を更に調達する余裕はない、という前提までは同じですが、それが新たな攻勢を行えないということは意味しない、と申し上げます」
「……ほう?」
エリシェヴァは続きを促す。
「彼等の外征可能な機動戦力はちょうど一個方面艦隊程度の規模を持ちます。我が戦略情報局によれば、彼等は最近の編制において、それらを一つにまとめ“聯合艦隊”と称していますが、それをそのまま送り込めばいい」
「……奴らの本国ががら空きになるぞ」
「その防衛を〈アルヴヘイム〉が担う──それは可能でしょう。現に〈アルヴヘイム〉の動員能力はかなり高い。軍事参謀委員会の試算によれば二個方面艦隊に届く。一部は〈アメノヤマト〉の本国防衛に割いているのでは?」
(暴走スターAIに自分の身を守らせる、か。〈アメノヤマト〉の裏切り者どもならやりかねん)
エリシェヴァはそう考え、フィオナの意見を受け入れることにした。
「……なるほどな。その場合、相手は一個方面艦隊でやってくるわけだが、どう防衛する。軍事参謀委員会が授けた作戦案は役に立たんぞ」
「その為の作戦は既に準備しております。こちらを」
フィオナはスクリーンに作戦案を投影した。
「要塞に籠もることは自殺行為です。出撃できないうちに全てやられてしまう。かといって戦力を広いペルセウス銀海に繰り出せば、正面からほぼ同数の敵と戦うことになる。星霊枢軸の軍はいずれも精強です。同数ではやられると見た方が良い」
不機嫌にエリシェヴァは頷いた。
「そこで、回廊内から出撃し、クロトス回廊出口側にある、敵の偵察・補給拠点、射手座沖要塞を包囲・占領し、我が方の拠点とします。敵の射手座沖要塞を占領すれば、クロトス要塞と射手座沖要塞という二つの拠点に戦力を持ち、敵が一方を攻撃すれば他方から敵の後方を扼(やく)することができる。籠城戦は外部に味方戦力があって初めて効果を発揮するものです。敵も当然それを分かっていますから、我が軍が射手座沖要塞を占領する構えを見せれば態勢が整っていない状態でもクロトス回廊に向けて出撃せざるを得ない。そこを迎え撃てば良い。射手座沖要塞占領の成否に拘わらず、射手座沖要塞占領の構えを見せれば、我が軍有利の状況を作ることができます。但しこの行動は、敵艦隊がこの射手座沖要塞に到達するよりも早く行う必要があります。出撃の布陣案はここに」
フィオナはスクリーンにそれを示した。
「要塞内の航擁艦隊・護衛艦隊・巡航艦隊を全て出撃させます。但し、巡航艦隊の半数は要塞防衛のため、要塞周辺宙域に待機させます」
銀河時代、宇宙艦隊にはおおよそ三種類の主要艦種があった。
飛航機を運用し、長距離攻撃が可能な“航擁艦”。飛航機を擁する艦なのでこう呼ぶ。航擁艦を中心とする艦隊を航擁艦隊という。艦載機は高次元に向けてトロイダル回転のペンローズプロセスで投射する。
次に、“誘導弾”と呼ばれる比較的重量があり、自動追尾機能もある無星霊星環を、星環からトロイダル回転のペンローズプロセスで高次元または深次元を通じて投射する、“護衛艦”。護衛艦を中心とする艦隊を護衛艦隊という。
最後に、“弾道弾”と呼ばれる比較的軽量で追尾機能のない無星霊星環を、ペンローズプロセスで高次元を通じて投射する、“巡航艦”。巡航艦は、大型の星環を持つわりに、投射する弾道弾は軽量なので、推進に使うポロイダル回転を投射に兼用している。これにより、推進方向の回転であるポロイダル回転に星環の全エネルギーを使用することが出来、航擁艦・護衛艦よりも機動速度が速い。巡航艦を中心とする艦隊を巡航艦隊という。巡航艦隊には、巡航艦と同じく機動速度が速く、かつ攻撃力は巡航艦を上回る、“巡航戦艦”と呼ばれる艦種も所属する。
航擁艦隊・護衛艦隊・巡航艦隊は、地球時代、共通暦一八~一九世紀の三兵戦術(砲兵・歩兵・騎兵)に喩(たと)えられることがある。
航擁艦が砲兵、護衛艦が槍兵、そして巡航艦が騎兵である。
航擁艦は長距離攻撃能力があるが、一方で接近しての戦いには弱い。護衛艦は航擁艦のような遠距離打撃力は無く、また巡航艦のような速度もないが、接近戦に強いので、態勢を固めて防御に徹すると防御力はある。巡航艦は機動性と攻撃力があるが、航擁艦と護衛艦で防御を固められると対応できない。従って、基本的な艦隊戦では、まず護衛艦に護らせた航擁艦による長距離攻撃(艦載機による攻撃)を行い、敵の態勢が崩れたところで、敵に対して巡航艦による突撃をさせることになる。
フィオナがスクリーンに提示した配置図は次のようになっていた。
中央後方に航擁艦隊を三つ、中央前方に護衛艦隊を三つ、その左右に巡航艦隊を一つずつ。これらを合わせて第一任務部隊とする。後方の航擁艦隊には、第一一・第一二・第一三、前方の護衛艦隊には第一四・第一五・第一六の任務部隊番号を与える。また、左右の巡航艦隊には第一七・第一八の任務部隊番号を与える。
また、クロトス要塞防衛のために残留させる二個巡航艦隊は、第二任務部隊とする。所属艦隊には、それぞれ第二一・第二二の任務部隊番号を与える。
第一任務部隊を以て敵の射手座沖要塞を攻略しつつ、予備兵力及び要塞防衛艦隊として第二任務部隊を用意する。
巡航艦隊を予備兵力としたのは、快速の巡航艦隊ならば後方からの迅速な来援が期待できること、狭い回廊内では巡航艦隊が縦横に動ける余地が少なく、前進拠点攻略には二個を伴えば充分と判断したためだろう。
標準的だが、手堅い布陣と言えた。予(あらかじ)めこのような状況を予想していたのだろう。
「……ふん」
エリシェヴァは不機嫌そうに呟(つぶや)いた。
人間のソロモン・グリオンや軍事参謀委員会がありえないと思い込んでいる攻勢の可能性を、星霊だけがきちんと評価している。それが星霊の強みとはいえ、それを認めるのは気分が悪い。
「敵は少数ながら、戦力を要塞外に出せばそれなりの損害を被る可能性がありますが」
ソロモンが苦言を呈した。
「……構わん。損害を恐れて、バカを見るよりはな」
エリシェヴァのその言葉で、作戦は決した。
「もし、敵の攻勢があるとすれば、それはいつか?」
エリシェヴァはフィオナに問うた。
「──分かりません。ただ、活発な敵の動きを勘案するにすぐにでも出撃させるのが得策でしょう」
フィオナの回答に、エリシェヴァは頷く。“星隷”と蔑むフィオナの案を採用するのは癪(しゃく)だが、それでもフィオナの言葉が正しいとエリシェヴァの勘は告げていた。
「それでいく。明朝出撃だ。準備をさせろ」
フィオナ、ソロモンは敬礼する。
「はっ!」
(ふん。まあいい。これで星隷どもと裏切り者の人間を全員倒せるならな)
エリシェヴァは立ち上がる。
「ソロモン、ここは預ける」
「了解です」
敬礼したままのソロモンに答礼し、エリシェヴァは退出する。
司令部の外で、警備の星霊が敬礼する。彼女らに答礼しつつ、エリシェヴァは自室に足を向ける。
(……くだらん仕事だな……)
どこもかしこも、要塞には星霊だらけだ。
このように多くの星霊を目にする職場は、〈連合圏〉では軍隊だけだ。星霊という存在そのものは人類文明の維持に不可欠だが、一般の生活では、もっと目に見えない形で星霊は使役されている。軍隊は、多数の星霊が目に見える形で使役されているという点で特異だ。
軍事、戦争ということそのものが、〈連合圏〉ではやや忌避される仕事になっている。戦争とは地球時代の悪しき慣習であり、銀河時代のように高度に文明化された人類にとっては無縁の活動のはずだった。
〈連合圏〉は、そもそも、暴走したスターAIを破壊する活動を、戦争と定義するつもりはなかった。暴走し、人類の制御を受け付けなくなった機械を処分するだけの行動であり、人類同士の戦いではないからだ。
ところが、〈アメノヤマト〉が暴走スターAIの味方となったことで状況が変わった。彼等のせいで、忌まわしき戦争という人類の悪習に、直面せねばならなくなったのだ。
(全て、あの〈アメノヤマト〉のせいだ……。人類の裏切り者め。必ず叩き潰す。必ずだ)
エリシェヴァは、苛立たしげに歯軋りしながら、長い脚で足早に自室へ向かった。
(つづきは『星霊の艦隊1』第1巻p119「第2章 初陣」よりお楽しみください)
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第1章 第1節(8/10公開)