三つ編み

フランスで100万部、女性たちにエールを送る小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ、齋藤可津子訳)訳者あとがき

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三つ編み』レティシア・コロンバニ/齋藤可津子訳
早川書房/4月18日発売

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理不尽な人生と闘う3人の女性。遠く離れた彼女たちを支えたのは、髪のきずなだった。
フランスで100万部突破し、全世界で共感と賛同の声があがっている小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ)の読みどころを、訳者の齋藤可津子さんに語っていただきます。

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訳者あとがき

齋藤可津子

本書はフランスのレティシア・コロンバニ(1976年ボルドー生まれ)の小説『三つ編み』(Laetitia Colombani, La Tresse, Grasset & Fasquelle, 2017)の全訳である。

刊行前から早々と十数カ国で翻訳権が売れて話題となった本書は、2017年春に本国フランスで刊行されるとベストセラーとなり、幅広い支持を裏うちするように、女性団体やエンターテインメント界、医療施設内図書館連盟など各方面から贈られた賞は8つにのぼった。さらに、2018年秋には小説の一部が子供向け絵本『三つ編み、またはラリータの旅』として出版された。現在、85万部が売れ、32言語に翻訳され、デビュー小説としては異例の成功をおさめている。

小説家として無名だった著者は、映画監督で脚本家、そして女優でもある。監督作品にはオドレイ・トトゥ主演『愛してる、愛してない…』(À la folie ... pas du tout, 2002年)などがあり、本書も彼女自身の脚本監督によって映画化が進められている。

映画人としての特質に着目し『ル・モンド』紙は次のように評している。「脚本家で映画監督のレティシア・コロンバニが語り(ナレーション)と編集(モンタージュ)のツボを心得ているのは一目瞭然だ。芯の強い女性たちをいきいきと描き、その人生を絡み合わせながら明るい展望をひらいていく。だが、抑制された繊細な文体のため、単なる『心地よい小説』で終わることはない」(2017年6月1日付)。

小説には3人のヒロインが登場する。地理的にも社会的にも大きくかけ離れた境遇にあって、面識もない彼女たちの人生は、ちょうど三つ編みのように交差して語られるうち、結末で深々と結びついていく。

インドのスミタは不可触民(ダリット)。代々一族の女がしてきたように上位カーストの家々をまわり排泄物をあつめるのが仕事だ。日々つきまとわれる凄まじい悪臭もさることながら、人と言葉を交わすことはおろか、姿をさらすことも許されない人間以下の身分とされる。6歳の娘ラリータには別の人生を切望し、学校で読み書きを習わせようと決意する。

シチリアのジュリアは20歳。曾祖父が創業し、いまは父が経営する毛髪加工の作業場で働いているが、ある日、父が交通事故で昏睡状態に陥る。回復を信じながらも不安な日々を送る彼女は、ひょんなことからターバンを巻いたシク教徒の移民青年に出会い、惹かれていく。だが、大黒柱を失った作業場の経営は、若い彼女の肩に容赦なくのしかかってくる。

モントリオールのサラは40歳の有能な弁護士。勤務するビジネスコンサルタント法律事務所では、ガラスの天井を突き破ってトップの座を目前にしているが、私生活では二度離婚しているシングルマザー。3人の子供の世話は、罪悪感にかられながらベビーシッターにまかせている。社会の強者、成功者としての彼女の立場はしかし、乳癌の告知によってはげしく揺さぶられる。

3人とも不運や試練に見舞われながら、それを乗り越えようと奮闘する。闘う女性を描くフェミニズム小説といえる。

女性のおかれた状況がとりわけ苛酷なのがインドだ。女の子は生後すぐに殺される地域すらある。そうでなくとも、トイレがないため危険にさらされ、強姦されれば罪人あつかい、夫や兄弟が犯した罪を贖うためにも強姦される状況、寡婦は不吉と忌み嫌われるばかりか、呪いによって夫の死を招いたと、魔女狩り同然の迫害を受ける状況が詳述される。そこまでひどくはないとしても、シチリアだって「男の顔をたてるのが女の役目」のマッチョな社会として描かれ、モントリオールの女主人公もキャリアを築くには相応の代償を払わざるをえない。

本書が社会現象とまでいわれる売り上げを記録しているのも、国によっては翻訳権の争奪戦があったのも、背景には当然、折から高まった「#MeToo」ムーヴメントの影響があるだろう。

とはいえ、女たちの闘争の矛先にいるのは必ずしも男ではない。あるインタヴューで著者はこう述べている。「男性に闘いを挑むつもりはありませんでした。闘う相手はまず社会です」(『パリ・マッチ』誌2017年6月16日付)。実際、脇役にはやさしく思いやり深い男たちがいて、押しの弱さで女たちの引き立て役になっているくらいだ。

小説の背景として描かれている身分制度や伝統的価値観、効率優先主義といった社会的重圧、そこでは男性も(ナガラジャンやカマルのように)差別や搾取の対象になる。だが、ヒロインたちはこのような重圧に屈することなく、そこから脱け出し、自由に自分の人生を変えようとする。たとえそれが奇跡のように見えても、あきらめず妥協せず懸命にもがくのだ。

それにくわえて、モントリオールのヒロインは癌とも闘うことになる。

実はこの小説は、著者が乳癌に罹患した親友につきそって遭遇した出来事にインスピレーションを得て書かれたという。巻頭で「勇気ある女性たち」と並び、本書が捧げられている「オリヴィア」がその親友だ。自分と同様まだ若く、幼い子をもつ親友の罹患に、著者は大きな衝撃を受けた。本書は親友の闘病とともに書き進められている。だからこそ、告知のさいの心境や、病気の進行に伴う肉体的苦痛などの描写が克明で真に迫っているのだろう。癌患者向け女性誌のインタヴューによれば、奇しくも本書の初版が著者の手もとに届いた日、親友は小康状態にはいったという(『ローズマガジン』誌2018年秋冬第17号)。

社会的弱者や病に苦しむ人々への深い共感に根ざしたこの小説。だが、その魅力はなんといっても3人の女性の人生が「髪」でつながっていくところにある。

視覚的に印象深い場面のひとつに、シチリアでの毛髪加工の工程がある。回収された毛髪は、作業場で脱色ののちカラーリングされるが、脱色用の薬剤から引きあげられても、なぜか依然として黒や茶色のままの個体があるというくだり。小説で「頑固者」と表現され、擬人化されるこれらの髪は、逆境に流されまいとするヒロインたちにどこか似ている。

そもそも髪は単なるモノにとどまらず、古くから「情念」がこもり、不可思議な「力」の宿る霊的アイテムである。さらに、モントリオールのヒロインがユダヤ人で、ポグロムやショアーに触れられることからおのずと想起されるのは、ユダヤ人強制収容所で丸刈りにされた女性たち、解放直後のフランスで対独協力者と指弾され丸刈りにされ、恥辱をあたえられた女性たちのことだ。

つまり髪は女性としての尊厳や女性性の象徴ともいえる。このような髪が女性たちのひたむきな思いをたっぷりとしみこませながら世界の女性たちを結びつけていく。

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◎著者インタビュー
フランスで100万部「女の生き辛さ」わかる小説 『三つ編み』が描いた女性の葛藤と強さ」(東洋経済オンライン2019年6月7日)
「人間が好きならフェミニストなはず」フランスで100万部突破「三つ編み」の著者、日本を思う。」(ハフポスト2019年4月24日)

◎レビュー
佐々涼子「日本では、強い女の子は圧倒的に損なのだ。なぜか?
河出真美「抵抗する者たちの物語

◎本書の紹介・抜粋記事
黙らなかった女性たちをつなぐ物語(あらすじ紹介)」
怒りと祈りが私たちをつなぐ(冒頭の試し読み)」
フランスで100万部、女性たちにエールを送る小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ、齋藤可津子訳)訳者あとがき

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『三つ編み』は早川書房より4月18日に発売です。

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■著者紹介

写真:(C) Celine Nieszawer

レティシア・コロンバニ Laetitia Colombani
フランス・ボルドー生まれ。映画監督、脚本家、女優。監督作品に、オドレイ・トトゥ主演『愛してる、愛してない…』(日本公開2003年)などがある。初の小説である本書は、刊行前から16言語で翻訳権が売れて話題をあつめ、
2017年春の刊行後にはまたたく間にベストセラーとなり、フランスで85万部を突破、32言語で翻訳が決まった。著者自身の脚本・監督による映画化が進められている。

■訳者略歴
齋藤可津子(さいとう・かつこ)
翻訳家。一橋大学大学院言語社会研究科博士課程中退。訳書に、ジャン=イヴ・ベルトー編『マドモアゼルSの恋文』、タハール・ベン=ジェルーン『アラブの春は終わらない』、サルワ・アル・ネイミ『蜜の証拠』がある。