三つ編み

抵抗する者たちの物語――『三つ編み』レビュー(河出真美〔梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ〕)

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早川書房より4月18日に発売する『三つ編み』(レティシア・コロンバニ/齋藤可津子訳)。理不尽な人生に立ち向かう3人の女性たちを描き、フランスで100万部突破したベストセラーの最速レビューを、梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュの河出真美さんがお届けします。

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抵抗する者たちの物語――『三つ編み』

河出真美(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ)

黄色の背景に黒い大小の人物のシルエット――どちらも髪が長く、大きい人物が小さな人物の髪を束にしている。きっと結んであげるところなのだろう。三つ編みにしてあげるのかもしれない。

『三つ編み』の原書、“La Tresse”の表紙である。

母親が娘の髪を編んであげているところ、と思う人もいるだろう。しかし本を読み終わった後でこの表紙を見て、違う印象を持った。ある世代の行いが、次の世代に渡っていく。この絵はそれを表したものではないか?

『三つ編み』には三人の主人公がいる。

インドの不可触民ダリットであるスミタ。読み書きのできない自分のようにはさせまいと、娘ラリータを学校に通わせようとする。

イタリアで代々の家業である毛髪の加工に携わるジュリア。父が事故に遭ったのをきっかけに、家業の経営不振に直面することになる。

カナダの弁護士サラ。三人の子どもを育てるシングルマザーとして秒刻みのスケジュールをこなすあわただしい毎日の中、病魔に冒される。

それぞれの主人公が立ち向かわなければならないのは、なぜか世界に存在していて彼女たちの目の前に立ちはだかる障害である。

スミタはダリットに生まれたがために教育の機会を奪われる。ジュリアは家業の経営を立て直そうとしてアイデアを出すが、家族は昔ながらのやり方を変えまいとする。サラは病気であることを理由に昇進から遠ざけられ、会議に呼んでもらえず、仕事をはずされる。

「生まれながらの身分」「昔ながらの伝統」「病人に対する差別」。乗り越えるのが難しい障害だ。更に、彼女たちは女性である。性別を理由に殺される女。家業を救う金のため好きでもない男と結婚させられる女。子どもと過ごす機会を逃しながら働くことに罪悪感を覚えなければならない女。もって生まれて自分ではどうにもならない性別もまた、障害として彼女たちの前に立ちはだかっている。昔から空気のように自然にそれらはそこにあった。それらを呼吸して人は生きてきた。たとえ不満があろうとも、受け入れてきた。不満を表すれば必ず叩かれるからだ。黙れと言われるからだ。時には殺されるからだ。昔のままのやり方で続けていったほうが楽だからだ。しかし、それでも声を上げる人は常にいた。『三つ編み』は声を上げる人の物語である。

スミタの物語を例に挙げたい。スミタの娘で六歳のラリータは、学校の初日に特権階級バラモンである教師に教室を掃除しろと言われ、いやですと答えて鞭打たれる。それを知ってスミタは怒り狂う。バラモンやその他、自分たちより上の階級の者に逆らえば、時には惨たらしい死が待ち受けるダリットでありながら、彼女は決して自分の耐え忍んだ運命を娘にまで忍ばせようとはしない。「スミタのひっそりした反逆心は見えも聞こえもしない。
/だが、そこにある」(p. 73-74)からだ。

スミタが娘のため決死の覚悟でとった行動が歴史に綴られることはないだろう。しかしこれまで世界を変えてきたのはきっと、彼女のような無名の人々の、後世には残らない、小さな、けれども勇敢な行いだった。

著者レティシア・コロンバニがプロローグで「これは私の物語。/なのに、私のものではない」(p. 9)と語るように、スミタの物語は彼女だけのものではない。この本の結末で、彼女の物語はジュリアの物語となり、サラの物語となる。そして彼女らの、一つ一つを取ってみれば小さな物語は、確実に未来を変え、世界に影響を与えている。この結末は押しつけられた障害を前に黙らなかった者、声を上げた者、抵抗した者への祝福である。

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■評者紹介

河出真美(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ)

好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。

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著者インタビュー
フランスで100万部「女の生き辛さ」わかる小説 『三つ編み』が描いた女性の葛藤と強さ」(東洋経済オンライン2019年6月7日)
「人間が好きならフェミニストなはず」フランスで100万部突破「三つ編み」の著者、日本を思う。」(ハフポスト2019年4月24日)

◎レビュー
佐々涼子「日本では、強い女の子は圧倒的に損なのだ。なぜか?

◎本書の紹介・抜粋記事
黙らなかった女性たちをつなぐ物語(あらすじ紹介)
怒りと祈りが私たちをつなぐ(冒頭の試し読み)
フランスで100万部、女性たちにエールを送る小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ、齋藤可津子訳)訳者あとがき

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