コールド_コールド_グラウンド

特集『コールド・コールド・グラウンド』③ ――何が起きてもおかしくない、極限状態の警察小説【評者:小財満】

大好評発売中のエイドリアン・マッキンティ『コールド・コールド・グラウンド』のレビューを掲載! 書評ライターの小財満氏に、警察小説とノワールの観点から本書を熱く語っていただきました!


 我々が警察小説と呼んでいるもの。その大半は殺人事件——被害者の発見の場面から始まる。それが連続殺人であればなおのこと 。だがどんな社会においても起こりうるはずの連続殺人事件が、世界を見渡せば”成立しえない“という特殊な状況を描いた警察小説も存在する。スターリン政権下のソ連を舞台にしたトム・ロブ・スミスの傑作『チャイルド44』は、その好例だ。同作では、理想的な社会主義国ソ連では資本主義的な病理である連続殺人は起こらない——という建前のもと、国家がその存在を認めないがために、繰り返される殺人事件が放置されたままになってしまう。 

 そして一方の 本作『コールド・コールド・グラウンド』だ。80年代、紛争中の北アイルランドにおいてもまた連続殺人はなかなか成立しえない 。なぜか? 「人を殺したければ、カソリック系なりプロテスタント系なり、どちらかの側の武装組織に志願すればいい」——というのがその理由だ。プロテスタントとカソリックの宗教対立が英国からの民族独立運動と結びつき、半世紀以上にわたる紛争状態にあった当時の北アイルランド。そこでは潜在的な殺人鬼が存在したとして、拷問し人を殺めたければ、IRAなりアルスター義勇軍なりの武装組織に所属することで思う存分、欲望を満たすことができたのだ。 火炎瓶が宙を舞い、軍用ヘリが街をサーチライトで照らし、爆弾テロが跡を絶たず暴徒と陸軍・警察が衝突を続ける北アイルランドでは……。

 その(逆説的にではあるが)殺人鬼など存在しないはずの北アイルランドで、放置された自動車の車内で男の死体が発見される。頭と胸の両方に銃創。そして切り落とされた右手——汚い金を受け取った手を示す、裏切り者の証。つまりは武装組織の処刑スタイル。北アイルランドではありきたりの事件だ……。だが、その結論で幕が下りるかに見えた事件は、検死によって全てがひっくり返る。死体の肛門には性交の痕が残り、奇妙なことに丸めた謎の楽譜が挿入されていたことが発覚したのだ。しかも被害者のものと考えられていた右手は、まったく別人のものであった。つまり、被害者は二人存在する……。

この連続殺人事件を、王立アルスター警察隊の巡査部長ショーン・ダフィを中心としたチームが事件を追うという、物語の筋としては、非常に警察小説らしい警察小説——なのだが、そこは紛争状態の北アイルランド。捜査の緊張感は通常の警察小説には終わらない。 

 捜査のためにIRA幹部を追い治安の悪い地区に入っていくのも命がけ。治安維持部隊と間違われてマシンガンで銃撃されるのは日常茶飯事。警察署にはロケットランチャーを打ち込むと脅迫状が届き、車に乗るときは爆弾が仕込まれていないかと怯える日々……。この緊張感は他の英国の警察小説の書き手のもの とは全く異なる。例えばイアン・ランキンのリーバス警部シリーズにも“Mortal Causes(1994,未訳)”などIRAを扱う作品もあるが、舞台の時代も違う上にあくまでスコットランドという別の場所からの視点に限られる。隠滅された証拠を追い事情聴取しようにも相手を怒らせれば、質問の主が警官だとしてもいつ処刑されておかしくないという生存を賭けた緊張感は本作特有のものだろう。

 また本作にはモジュラー型の警察小説(87分署シリーズフロスト警部シリーズ等に代表される、複数の事件が並列的に描かれる形式)としての側面があることにも触れておきたい。連続殺人事件は被害者の手がかりを追ううちに徐々に政治色の強い事件へと発展していくが、ショーンはさらにルーシーという女性の事件も担当することに 。裕福なカソリックの家庭で育つもIRAのメンバーと結婚し、夫が逮捕されたことで離婚。その後謎の失踪をとげ、ときおり家族に手紙が届くことから単なる家出で北アイルランドにとっての“南”、つまりアイルランド共和国にいると思われていた。が、ある日突然、地元キャリックファーガスからほど近い森でルーシーは首吊り死体として発見される……。主人公が同性愛者連続殺人よりもむしろこのルーシーの事件にのめり込む描写がされることは興味深い。検死によって、ルーシーが自殺の一週間前に出産していたことが判明。離婚が認められないカソリックの教義に反し、(元)夫ではない者の子供を宿したという罪悪感から子供を産んだあとに自殺したのではないか、というのが大方の見方だったが、ショーンは自身の妄想的としか思えないきっかけから、連続殺人とルーシーの失踪が繋がっていると思いこむのだ。 このあたり、あえて英国圏の作家で言えばデイヴィッド・ピース的なノワールの要素を感じるのは筆者だけだろうか。主人公が周囲を顧みず事件に絡み取られていくその様と、事件が主人公の私的な意味を帯び、にもかかわらずそれが組織的陰謀、謀略の深淵へと連なっていく様は……。

 だがローラという女性が主人公の救いとなる場面もあり、殺伐とはしつつも、作品としては陰鬱さより も乾いた陽気さが印象に残る。アイルランドにルーツを持つ作家は、死と隣合わせの極限状況を諦念とユーモアを交えて描く傾向が強い。ケン・ブルーウンスチュアート・ネヴィルジョン・コナリー。多くの犠牲者を出した紛争の中で生きた過去を持つ、その死生観がそう描かせるのだろうか。

 主人公の巡査部長ショーン・ダフィは赴任したばかりの新人であり、同じ職位は署内にほとんどいない。しかも同僚の大半と違って高学歴で、その上プロテスタントばかりの英国警察の中で少数派のカソリックと、極めつけのマイノリティだ。そんな境遇のためか手柄を急ぐ彼が事件を通して徐々にキャリックファーガス署の個性的な面々に 認められていく過程も読みどころの一つ。ショーンの腕は認めつつも反目するブレナン署長 、サボり癖のある鑑識官マティ、寡黙な農夫タイプの相棒役クラビー、ベテランのマカリスター、検死を担当するショーンの想い人ローラ・キャスカート医師。彼らとの軽妙な会話遊びは暴動に揺れる 作中で 清涼剤になっている。

 本作は2012年から始まったショーン・ダフィ・シリーズの第一作。既に邦訳の決まっている二作目以降にも期待大だ。なにせ舞台は紛争中の北アイルランド——〈鉄の女〉マーガレット・サッチャー、陸軍、MI5、IRA、シン・フェイン党、UVF……。政治的混沌と暴力の連鎖の中で、どんな事件が起こってもおかしくない。 警察小説/ノワールの読み手としては次作の邦訳が待ちきれないシリーズの登場と言えよう。
 

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プロフィール:小財満
書評ライター。ミステリマガジンで海外ミステリ新刊書評を執筆。寄稿に『蘇る伊藤計劃』『Fate/Plus 虚淵玄 Lives 〜解析読本』など。1984年生まれ。


本noteでは『コールド・コールド・グラウンド』を特集中。次回掲載は書評家、糸田屯さんのレビューです。お楽しみに!

【特集リンク】
特集① 大型警察小説 刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ開幕!
特集② 物語は暴動の真っ只中から始まる——冒頭部公開!
特集③ ——何が起きてもおかしくない、極限状態の警察小説【評者:小財満】
特集④——音楽が聴こえてくるミステリだ【評者:糸田屯】
特集⑤ 発見された奇妙な死体の謎とは?

【書誌情報】
タイトル:『コールド・コールド・グラウンド』 
著者:エイドリアン・マッキンティ  訳者:武藤陽生
原題:THE COLD COLD GROUND  
価格 :1,000円+税  ISBN:978-4-15-183301-4

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