コールド_コールド_グラウンド

特集『コールド・コールド・グラウンド』④――音楽が聴こえてくるミステリだ【評者:糸田屯】

大好評発売中のエイドリアン・マッキンティ『コールド・コールド・グラウンド』のレビューを掲載! 今回はライターの糸田屯氏に、本書を彩るミュージックの切り口から語っていただきました! 作中のマニアックな音楽嗜好から垣間見える、ショーン・ダフィの個性とは?


今の俺に必要なのは? レッド・ツェッペリン、アンダートーンズ、ザ・クラッシュ、ローリング・ストーンズ、ディープ・パープル、AC/DC、モーターヘッド? いや、気分じゃない。キャロル・キング、ジョーン・バエズ、ジョーン・アーマトレイディング、ボウイ? スリーブを指で弾きながら、キャロル・キングのアルバム《タペストリー/つづれおり》なんていいかもしれないと考えた。

 様々な武装組織が入り乱れ、暴動やテロと隣り合わせの日々をおくる街——北アイルランドのキャリックファーガスで起こった連続殺人。不可解な点が残された事件の捜査に、王国アルスター警察の巡査部長であり、はみだし者のショーン・ダフィが奔走する警察小説『コールド・コールド・グラウンド』。このタイトルは、「酔いどれ詩人」として知られるアイルランド系アメリカ人ミュージシャンのトム・ウェイツが1987年に発表した『Franks Wild Years』の収録曲から取られており、本書冒頭ではその歌詞が引用されている。本作の年代設定が「1981年」であることは、『レイダース/失われた聖櫃/アーク』や『炎のランナー』、ザ・ポリス『ゴースト・イン・ザ・マシーン』が最新の作品として登場していることからもうかがえる。往時のカルチャーへの言及が脇を彩るところも本作の魅力のひとつであり、読みすすめていくうちに主人公ショーンの嗜好が垣間見えてくる。

 ロック・ミュージックと警察小説といえば、スコットランド出身のイアン・ランキンの〈リーバス警部〉シリーズが頭に浮かぶ人も多いのではないだろうか。リーバスはローリング・ストーンズを愛聴していることで知られており、作中ではブリティッシュ・ロックを中心に、ランキンのディープな音楽嗜好がうかがえるネタがいくつも散りばめられている。アイルランド出身のマッキンティも自他ともに認める音楽好きであり、それはショーンのキャラクター造形に存分に活かされている。個々のアーティストの好き嫌いこそ多少はあれど、ショーンはロックも、クラシックも、ポップスも、フォークも、R&Bも、パンクも、そして1981年当時にちょうど興隆期にあったニューウェイヴも分けへだてなく聴く。その一方で、ラジオドラマ版の「ブロンディ」を聴いていたり、目にした人物を映画「キャリー・オン」やドラマ「奥さまは魔女」のキャラクターで例えているくだりがあることから、彼のドラマの趣味は案外クラシックなのだろうか。

 ショーンが「いまだにくそとしか思えない」と感じていながらも、レッド・ツェッペリンの『プレゼンス』をすでに十数回は聴いていることをうかがわせたり、「スパンダー・バレエはお好きですか?」と部下のマティが話題に出した際、「スパンダー・バレエがポップ音楽に与えている影響は、白亜紀‐第三紀の出来事が恐竜音楽に与えた影響と同じだ」といかにも〝俺は音楽に一家言あるぞ〟という答え方をしてしまって場を沈黙させたり、原っぱから聞こえてきた拍手のような銃声を「たぶん地元の名手がスティーヴ・ライヒのモダンな曲を練習しているのだろう」と皮肉っぽく考えたり(※ライヒの代表曲のひとつが「Clapping Music」である)と、たびたび目にするショーンの「ひねくれ」っぷりの数々には思わず頬が緩んでしまうし、無意識のにうちにシン・リジーのTシャツを着たまま寝入っていたり、ひと騒動の後でディープ・パープルのコンサートTシャツを着て警察仕事をするはめになる一幕も可笑しみが漂う。ちなみに、シン・リジーはアイルランドの国民的ロック・バンドである。ツイン・リードギターの響きとアイリッシュ・ミュージックをとり入れたメロディが絶品であり、ぜひとも一聴をすすめたい。本作の時期的には、アルバム『チャイナタウン』(1980年10月)のリリースからしばらく後であり、『反逆者』(1981年11月)のレコーディングにとりかかっている間にちょうど位置するともいえる。

 一方でショーンは、今の気分に合う音楽を求めてキャロル・キングの『つづれおり』のレコードを手に取ったり、フェアポート・コンヴェンションの『リージ・アンド・リーフ』をセットして一時の安寧を求める。こうした選曲から、彼がときおり見せる繊細さも、キャラクターの親しみやすさに寄与している。その時々の心情に、音楽がそっと寄り添う。「音楽が聴こえてくる警察小説」として、本作を読んでみるのもまた一興ではないだろうか。
なお、マッキンティの個人ブログでは、「ショーン・ダフィが運転中にかけている曲」を紹介している記事がある。楽曲は、アメリカのシンガーソングライターのジョナサン・リッチマンが率いたザ・モダン・ラヴァーズの「Roadrunner」。70年代初頭に録音され、1976年発表のアルバム『The Modern Lovers』の冒頭を飾った、彼らの代表曲だ。我が道を疾走する寂しがり屋のドライヴァーの心情を歌ったこの曲を聞きながら、孤独を抱えて事件に挑むショーンに思いを馳せて、読書するのもオススメだ。

http://adrianmckinty.blogspot.jp/2014/08/sean-duffys-driving-music.html

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トム・ウェイツ『Franks Wild Years』(1987年)

プロフィール:糸田 屯
ライター。〈ミステリマガジン〉などで執筆。https://twitter.com/camelletgo

本noteでは『コールド・コールド・グラウンド』を特集中! 次回掲載は前回試し読みの続きを掲載します!

【特集リンク】
特集① 大型警察小説 刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ開幕!
特集② 物語は暴動の真っ只中から始まる——冒頭部公開!
特集③ ——何が起きてもおかしくない、極限状態の警察小説【評者:小財満】
特集④——音楽が聴こえてくるミステリだ【評者:糸田屯】


【書誌情報】
タイトル:『コールド・コールド・グラウンド』 
著者:エイドリアン・マッキンティ  訳者:武藤陽生
原題:THE COLD COLD GROUND  
価格 :1,000円+税  ISBN:978-4-15-183301-4