「人の数だけ真実がある」……ヒューゴ賞/ネビュラ賞/ローカス賞受賞作メアリ・ロビネット・コワル『宇宙【そら】へ』
2020年8月に刊行されたメアリ・ロビネット・コワル『宇宙【そら】へ』(酒井昭伸 訳)。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞受賞の本書、おかげさまで好評いただいています。
『宇宙【そら】へ』(上・下)
メアリ・ロビネット・コワル 酒井 昭伸 訳
カバーイラスト/加藤直之 カバーデザイン/岩郷重力
解説/堺三保
ハヤカワ文庫SF 各1,020円+税 2020年8月20日発売
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訳者の酒井昭伸さんに、今回は作品中で印象に残った登場人物をお聞きしました。酒井さんの気になる登場人物は、主人公エルマ・ヨークのライバル的位置にあるステットスン・パーカー。パーカーはエルマにとって、第二次世界大戦中の陸軍航空軍婦人操縦士隊(WASP)時代からの因縁の相手。作中では「悪党」の位置にあり、実際、女性蔑視してるように見える嫌な奴ですが……。
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「人の数だけ真実がある」
パーカーは不思議な「悪役」だ。あまりにも主人公エルマに毛嫌いされるの で、パーカーだけに「悪党」かと思いきや、読み進むうちに、信望も人気もある 一廉の人物らしいことがわかってくる。じっさい、エルマでさえ、状況によって はつい敬意をいだいてしまうほど。人の数だけ真実があり、ものごとは一面から では量れないことを、作者はこの人物を通じて示したかったのかもしれない。
作品のノスタルジー色が強いことともあいまって、このパーカー、訳者の頭の 中では、いつしか往年の名性格俳優、リチャード・ウィドマークで再生されてい た。もちろん声は、大塚周夫だ。おかげでアクは強いけれど「漢」のイメージが 固まって、本書では彼にいちばん感情移入してしまった。
(酒井昭伸)
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エルマとパーカーの「対決」シーンのひとつを引用して紹介します。下巻の22章から。
パーカーはわたしに気づき、こちらにコースを変えた。
「状況は? どれほどひどい?」
わたしはかぶりをふった。T-33からはベンコスキーもコックピットを降りようとしており、ほんのわずかな情報でもとらえようとする長距離スキャナーのように、じっとわたしたちを見つめている。だが、わたしにはなんの情報もない。
「わたしたちも着いたばかりなの。現場付近の上空は飛んだ?」
パーカーはうなずいた。顔をしかめてIACの建物に向きなおり、そちらへ歩きだす。
「やれやれ、いつまで地上に足どめされるものやら」
「こんなときに考えるのがそれ? おそらく、人が死んでるのよ? それなのに、つぎのフライトの心配?」
パーカーはぴたりと立ちどまり、背筋を伸ばすと、首の骨をぽきりと鳴らした。それから、わたしに向きなおって、
「そうだ。おれが心配しているのはそれだ。おれはロケットに乗る。おれのチームの者たちにも乗ってくれるよう頼む立場にある。だから答えはイエスだ。つぎにロケットに乗って飛びたてるのがいつになるのか、気になってしかたない。今回は無人機だったが、あれが有人で、おれかベンコスキーかルブルジョワが乗っていた可能性もあるんだぞ。ルブルジョワといえば、きみに憧れてやまない娘の父親じゃないか。そうじゃないか、レディ・アストロノートどの?」
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担当編集者Tの印象に残った登場人物は、上院議員夫人のニコール。ニコールは頼りにしたい姉御です。緊張しているエルマをレストランに連れだして、レア・ステーキで力をつけさせます。
ちなみに、お気に入りの登場人物はエルマの夫ナサニエル・ヨーク博士です。弁舌さわやかで、料理ができる男。料理をする男性はポイントが高いですね。
読者のみなさんにも印象に残った登場人物はいらっしゃいますか?
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あらすじ
1952年、巨大隕石が突如、ワシントンD.C.近海に落下した。衝撃波と津波によりアメリカ東海岸は壊滅する。第二次大戦に従軍した元パイロットで数学の博士号を持つエルマは、夫ナサニエルとともにこの厄災を生き延びた。だが、エルマの計算により、隕石落下に起因する温暖化で、地球は近い将来灼熱の世界になると判明する。人類は生き残りをかけて宇宙開発に乗りだすが――ヒューゴー・ネビュラ・ローカス三賞受賞の傑作!
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