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新書創刊の舞台裏:あなたの見ている「現実」は本物?『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』担当編集者が語る

早川書房があらたに立ち上げる新書レーベル「ハヤカワ新書」。早川書房の強みであるSFやミステリなどの視点を生かした、独自の切り口の新書を多数予定しています。
第一弾は2023年6月20日(火)発売。どんな内容の新書が読めるようになる? そもそも新書の「創刊」って何を準備するの? ……そんな疑問にお答えすべく、『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』(著:藤井直敬/脳科学者)の発売に向けて原稿整理や関連イベントを仕込んでいる担当編集者(新書編集部:石井広行)に話を聞きました。迫る発売に向けて現在進んでいる編集作業の舞台裏と、本の内容を一部早出しでご紹介します。

『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』藤井直敬、ハヤカワ新書、早川書房
『現実とは?』ハヤカワ新書

脳に気づかれることなく「現実」を操作できる時代
あなたにとって「現実」とは?

「現実」って何? この当たり前すぎる問いに、解剖学者、言語学者、メタバース専門家、能楽師など各界の俊英が出した八者八様の答えとは。あなたの脳をあらゆる角度から刺激し、つらくて苦しいことも多い「現実」を豊かにするヒントを提供する知の冒険の書。

目の前にある現実は「本当の現実」?

編集担当・石井広行(以下同):「私たちがいま見たり聞いたり知覚している“現実”は、果たして“本当の現実”なのか?」―― 誰もが一度は気になったことがあるんじゃないでしょうか。あるいは、いま自分が直面している現実がつらい、という人もいるでしょう。そういう時の「現実」ってそもそも何だろう? そういうことを多角的に見つめ直すのが本書のテーマです。

ハヤカワ新書のラインナップを練るうえでやはり外せないテーマがサイエンス。その中で脳科学について扱う本を作りたいと考えて、脳科学者である藤井直敬さんにお声がけしました。藤井さんが主宰する「現実科学ラボ」(リンクはこちら)では、テクノロジーによって作られる人工的な現実と天然自然の現実とについて、各界の有識者と語り合う刺激的な対談を続けています。

脳科学はもちろんサイエンスの一領域ですが、突き詰めていくと哲学のようになっていく……「人間とは何か」「我々がとらえている世界とは何か」といった哲学の深淵なるテーマと近しいものになっていくのがとても興味深いと思いました。

ジャンル間の「異種格闘技」を展開

藤井さんはこの本の冒頭で「現実がフィクションよりつまらない時代は終わった」という言葉に続けて、「現実科学」という学問を人文科学や社会科学のように一つの学問として立ち上げるべきだと語ります。新しい研究分野が、まさにいまこれから始まっていくというワクワクするような期待感がありますね。対談相手の方のお名前を見てもわかると思いますが、あるときはアート、あるときは言語心理学など、さまざまなジャンルの知見と脳科学とのあいだで展開する、知の「異種格闘技」のような趣もあり、それがこの本の大きな魅力の一つだと思います。

『現実とは?』収録対談
1. 稲見昌彦(東京大学教授/インタラクティブ技術)
2. 市原えつこ(メディアアーティスト)
3. 養老孟司(解剖学者)
4. 暦本純一(東京大学教授/拡張現実)
5. 今井むつみ(慶應義塾大学教授/言語心理学)
6. 加藤直人(クラスター株式会社CEO/メタバース)
7. 安田登(能楽師)
8. 伊藤亜紗(東京工業大学教授/美学)

テクノロジーが可能にしてきた「現実」の話、アートで生み出す「現実」の話、ビジネスやサービスとして新しい「現実」を提供する話――非常にバラエティに富んだ内容です。即興で広がっていくトークセッションを新書という形で「活字」に固定していくことで、新たなキーワードや意外なつながりも見えてきました。現実に関する大きな見取り図ができた、という印象ですね。

例えば、映画『マトリックス』にも出てきた「現実の裂け目」はどこにあるのか? という話題について、まったく違う専門分野の方が同じような話をしているのはとても面白いポイントです。人工と自然、西洋と東洋、といった対立する概念がどこかでつながっていくような瞬間もありました。「現実とは」という疑問を投げかけることで、それぞれの人の世界観が無意識の中から引き出されてくるような面白さがありました。
それは、専門家じゃなくても同じこと。私自身、「自分にとって現実とはなんだろう?」と改めて考えるきっかけになりました。

わざわざVRゴーグルをつけなくても、「現実」のずれを感じる機会は私たちの周りにたくさんあります。家族や友人とのあいだでも同じニュースや出来事が全く違って見えていたりすることはしょっちゅうですし、自分自身の記憶でさえ、時間によって移ろっていくこともあります。「果たしてこれって現実で起きたことだっけ?」と疑問に思うような体験は、誰にでも起こる普遍的な疑問。それに答えうる本だと思います。

人気のエンタメ作品から「現実」を読み解く

VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、メタバースといった最新テクノロジーについて興味関心がある人はもちろんのこと、哲学のように自分の考えを揺さぶるものが欲しいという好奇心旺盛な人にもこの本をお薦めしたいですね。

SF小説のネタになりそうな話題もふんだんに盛り込まれていますから、SFファンの方々にもぜひこの興奮を味わってもらいたいです。藤井さんと能楽師の安田登さんとの対談では、伝統芸能である能がある種のマルチバース的表現を備えていて、時空を超えた体験に話題が展開します。

暦本純一さんのパートでは、『サイボーグ009』のように自分で時間を操作できる未来のイメージが、Z世代に広がる「倍速視聴」とリンクして提示されます。本を読んでこれらのセッションを追体験することで、脳みその普段あまり使わないところを刺激されるようなリフレッシュ感を得ることもできると思います。

それにしても、本書の中で話題に上る作品や人名を改めて挙げてみると、アニメの『攻殻機動隊』や映画『インセプション』、夏目漱石『夢十夜』から、哲学者のラカン、民俗学者の柳田国男、物理学者のファインマンまで、本当に多岐にわたります。意識的にせよ無意識的にせよ、多くのクリエイターや学者が「現実と虚構の境界」とは何か、あるいは「現実」を自分で作ることはできるのか、思考を重ねてきたことに改めて気づかされました。

この本を一言で括るならば「知の冒険の書」となるでしょうか。皆さんもぜひ、ふだんの日常からちょっと踏み出して、違う現実世界に足を踏み入れてみてください。


6月20日発売予定の新刊は現在ご予約受付中です。創刊ラインナップは全5作品。それぞれの作品の読みどころを随時note記事などで発信していきます!

記事で紹介した本の概要

『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』
著者:藤井直敬
出版社:早川書房
発売日:2023年6月20日(火)

藤井直敬さん近影

■著者プロフィール
藤井直敬
(ふじい・なおたか)
株式会社ハコスコ代表取締役社長。医学博士・脳科学者。一般社団法人XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事、デジタルハリウッド大学大学院卓越教授・学長補佐、東北大学特任教授。東北大学医学部卒、同大学院(博士)、MIT、理化学研究所脳科学総合研究センターなどを経て現職。著書に『つながる脳』(毎日出版文化賞受賞)、『脳と生きる』(共著)など。

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