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現実とは「自分で定義できるもの」。ハヤカワ新書『現実とは?』暦本純一さんパートを特別公開!

6月20日発売の新刊『現実とは?ーー脳と意識とテクノロジーの未来 』(藤井直敬著、ハヤカワ新書)。脳科学者の藤井直敬さんと各界の俊英が、虚実交錯する時代の新しい科学=「現実科学」について対話を繰り広げます。
今回は、東京大学大学院情報学環教授で情報科学者の暦本純一さんのパートの一部を試し読み特別公開します。「(脳にチップを)早く埋めたくてたまらない」と語る暦本さんの考える、テクノロジーによる現実拡張、そして人間の拡張とは?

ハヤカワ新書『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』
藤井直敬著 定価1,078円(税込)

#レクチャー

Internet of Abilities の時代

東京大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本です。実はいま、京都から配信しております。私はずっとヒューマン・オーグメンテーション(人間拡張)に関する研究をやっていて、今日はその立場から現実について考えてみたいと思います。

以前から「オーグメンテッド・リアリティ(AR:拡張現実)」という言葉があって、仮想世界に入る「バーチャル・リアリティ(VR:仮想現実)」に対して、ARとは技術によって現実を拡張することだと考えられています。

ただ最近では、ARはリアリティそのものを変えるというよりは現実を知覚する人間をオーグメントしているので、むしろ「オーグメンテッド・ヒューマン」あるいは「ヒューマン・オーグメンテーション」と言ったほうがよいという考えもあって。人間が拡張されるから、その結果現実の見方が変わっている。つまり、われわれが知覚するリアルがテクノロジーによって変わることでわれわれの現実感も変わってくるだろう、というのが私の基本的な考え方になります。

私はこのヒューマン・オーグメンテーションを、身体・存在・知覚・認知の4種類の拡張に分けて考えています。つまり、ヒューマン・オーグメンテーションとは単体の人間がサイボーグ的に身体能力を拡張するという話だけじゃなく、人々の知覚や認知が拡張する、そしてインターネットを介して人と人の意識がつながっていくことも含まれる。Internet of Things の次はInternet of Abilities だろうということで、「能力のネットワーク」が実現されるようになると考えています。(中略)

#トーク

そろそろ「VRの限界」が見えてきた

藤井 最近はフォトグラメトリを使って、現実にあるものを比較的低コストで再現できるようになってきて、速いマシンで再生すれば視覚的にはほぼ本物と同じレベルのものがつくれるようになってきたんですよね。
例えばここ3年くらい、文化庁の案件で観光の誘客用にそうしたオンラインのコンテンツをつくっていて。クオリティは高いんですけど、なんだかやっぱりつまらないんですよ、正直言うとね。もちろん誘客には有効だと思うんですけど、それを目の前にして感動するかというと、感動しないんですよね。どんなにつくり込んでも「リアルと同じ」と言えるかといえば、やっぱり違う。その先にゆたかな社会がつくれる気がまったくしないんです。

暦本 VRのクオリティが上がれば上がるほど、その限界がだんだんクリアになってきましたよね。昔は「まだ解像度が低いから」と言えたけど、「もう解像度は十分だ」となったときにどうしよう、と。

藤井 そう、言い訳ができなくなってきちゃいましたよね。

暦本 以前ヒューマン・オーグメンテーションのシンポジウムに参加したときに「VR VS 俳句」という話になったことがあるんですけど、俳句って十七文字しかないにもかかわらず、どちらがゆたかな体験をもたらせるかという意味では往々にして俳句が勝つんですよね。それは、俳句が私たちの脳のAPIを叩いているからじゃないかと思うんです。つまり、脳が叩くプログラムが文学だったり俳句だったりするので、人間はそっちのほうに感動してしまう。もしかするとBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)で実現できる世界においても、「俳句の21世紀版」みたいなものが必要なのかもしれないなと思いましたね。

リアルを早回しできたら

藤井 暦本先生は、もし脳にチップを埋め込むとしたらどんな機能を実装されたいですか?

暦本 そうですね。「Silent Voice」(編集部注:口パクだけでしゃべるインターフェース)でのコミュニケーションは舌の筋肉を動かすスピードで律速されているんですけど、将来的には筋肉を動かさなくてもテレパシーのようにメッセージを伝えることができるようになると思うんですよね。筋肉や身体の律速がなくなった瞬間に、どんなコミュニケーションが生まれるのかということには興味があります。
もうひとつは、ネットワークで他人とつながったらどうなるのか? 先ほど紹介したのは「人間ーAI」のループですけど、きっとBMIが実現すると「人間ー人間」のループができるので、果たしてそのときに何が起きるのか。例えば思考が突然ハウリングするかもしれないし、どこまでが自分でどこまでが相手なのかがわからなくなるかもしれない。ひとりなら普通に歩けるのに、二人三脚をやると突然歩けなくなるじゃないですか。そういうことが思考にも起きるんだろうか、というのは興味があります。

藤井 コミュニケーションスピードに関して言えば、いまの若い人たちって2倍速・3倍速で動画を消費しているから、世界が進むにつれて、人間の処理能力がぐんぐん上がっていく気がしますけどね。

暦本 講義の動画はだいたい1.5倍速でみんな聴いてますよね。でもそれを、「等速で聴かないと単位をあげない」と言った先生がいたらしくて(笑)。

藤井 (笑)

暦本 リアルの世界ってこう、本当に早回ししたいなと思うときがあるわけじゃないですか。でもリアルでは早回しもできないし、リピートもできない。ビデオに比べるとすごい不便なものにこれまで頼っていたんだな、とコロナを経てあらためて思いますよね。

藤井 僕らの日常生活をリアルタイムで再生する必要がない世界が来たらどうなるんでしょうね。1日が24時間しかないのも、消費するスピードを倍速にすれば倍にできちゃうし、余った時間で別のことができるじゃないですか。「僕は普通の人の倍のスピードで生きているから兼業してもいいじゃないですか」みたいなことが出てきてもおかしくないと思うんですけどね。

脳のアプリで何をつくる?

藤井「電脳皮質」の話が出てきましたが、実は最近、BMI用の電極を趣味でつくり始めていて。そんなに高性能ではないんですけど、イーロン・マスクがニューラリンクでやっているみたいに、いわゆるFPGA的なものが電極と一体になったものをつくっているんです。
で、最近ぼんやりと考えていたことなんですけど、人間はバカだから、もしかしたらマイコンの信号処理の性能が上がったら、その空いたパフォーマンスでテトリスとか実装しちゃうんじゃないかなって(笑)。

暦本 それは脳のアプリとして?

藤井 アプリとして。開発者が「ついついテトリスを入れちゃいました」とか言って、延々と頭のなかでテトリスをしてるという……。

暦本 でも、スマホの黎明期にも冗談アプリがたくさん出たじゃないですか。ビアジョッキの形をした加速度センサーだとか。ああいう感じで、いらないんだけど面白い脳内アプリがいっぱい出てきたらいいですよね。

藤井 そうそう。でもそうなったときに怖いなと思うのは、テトリスでポイントをとったら、脳内の報酬中枢が刺激されて止められなくなってしまうかもしれない。本当のテトリス廃人。

暦本 そうすると、やっぱりBMIにエマージェンシーボタンは必要になりそうですよね。頭の後ろに黄色いボタンがあって、プチッと押すと止まる、みたいな。

藤井 そうですよね。

暦本 本当にいまのスマホアプリみたいに脳内アプリの市場ができると、われわれが思いもしなかったまじめじゃないものもいっぱい出てくると思います。というのもいまのスマホアプリって、おそらく当初考えられていたものとは全然違うじゃないですか。TikTokみたいなSNSは、最初のiPhoneが出たときには構想すらされていなかったですよね。そういう意味では、趣味でアプリをつくったりする人が増えれば増えるほど、われわれが思ってもいないようなアプリが出てきて面白くなるんだと思います。

(注)
*フォトグラメトリー……被写体をさまざまな方向から撮影し、そのデジタル画像を解析・統合することによって3Dモデルを生成する手法。地形調査から文化財アーカイブまでさまざまな分野に用途を広げている。

*API……「Application Programming Interface」の略。ソフトウェアやアプリケーションの一部を外部に公開することにより、第三者が開発したソフトウェアと機能を連携しやすくするもので、ウェブサイトやアプリなどで幅広く使われている。

*FPGA……「Field Programmable Gate Array」の略で、現場でプログラム可能な集積回路のこと。後からでも回路を書き換えられるのが特徴で、IoTなど大量のデータを扱うIT社会において欠かせない技術の一つ。


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『現実とは?』収録対談(掲載順)
1. 稲見昌彦(東京大学教授/インタラクティブ技術)
2. 市原えつこ(メディアアーティスト)
3. 養老孟司(解剖学者)
4. 暦本純一(東京大学教授/拡張現実)
5. 今井むつみ(慶應義塾大学教授/言語心理学)
6. 加藤直人(クラスター株式会社CEO/メタバース)
7. 安田登(能楽師)
8. 伊藤亜紗(東京工業大学教授/美学)

藤井直敬さん近影

■著者プロフィール
藤井 直敬
(ふじい・なおたか)
株式会社ハコスコ代表取締役社長。医学博士・脳科学者。一般社団法人XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事、デジタルハリウッド大学大学院卓越教授・学長補佐、東北大学特任教授。東北大学医学部卒、同大学院(博士)、MIT、理化学研究所脳科学総合研究センターなどを経て現職。著書に『つながる脳』(毎日出版文化賞受賞)、『脳と生きる』(共著)など。

暦本純一さん近影

暦本純一(れきもと・じゅんいち)
情報科学者。東京大学大学院情報学環教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長・SonyCSL. Kyoto ディレクター。専門はヒューマンコンピュータインタラクション、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張、人間とAI の融合。世界初のモバイルAR システムNaviCam、世界初のマーカー型AR システムCyberCode の発明者。著書に『妄想する頭 思考する手』(祥伝社)など。

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