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あなたにとって現実とは? 発売間近のハヤカワ新書『現実とは?』から冒頭部分を特別公開

話題の新刊『現実とは?ーー脳と意識とテクノロジーの未来 』(藤井直敬著、ハヤカワ新書)がいよいよ6月20日(火)に発売となります。
脳科学者の藤井直敬さんが、極めてシンプルな『現実とは?』というタイトルに込めた意図とは? 本書の「はじめに」を特別公開します!

ハヤカワ新書『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』藤井直敬著
ハヤカワ新書『現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来』
藤井直敬著 定価1,078円(税込)

はじめに

「現実は小説より奇なり。現実がフィクションよりつまらない時代は終わった。テクノロジーは現実とフィクションの間を連続したスペクトラムでつなぎ、すべてを現実に引き寄せてしまう。そのような新しい現実に向かいあって生きていくわれわれには、それを前提とした哲学・サイエンスが必要である。現実科学はそのための科学である。これまでの定量性を重視する科学とは思想が異なっている。ヒトの主観、すなわち脳によって構築される個々人の現実を科学するための手法を構築し、社会実装のための応用を目指す」

これは、僕がデジタルハリウッド大学大学院(デジハリ)の教授に就任した際に書いたテキストの一部だ。結構気負ったテキストだけれども、当時だけでなく現在に至るまでの僕の課題感が網羅されているので、本書の最初に紹介したいと思う。

僕は眼科医としての初期研修を終えて大学院に入った。大学院ではサルを対象とした神経生理学の研究室に入って、神経科学者となった。たまたま始めた単一細胞の脳活動記録というものが本当に面白いもので、特にリアルタイムに神経活動を聞きながらサルが行う課題を見ていると、なるほど脳というのはこういう仕組みで動いているのかということが実感できた。

世の中には神経科学者はたくさんいるだろうけれど、バチバチという神経活動記録をリアルタイムで体験したことがある神経科学者というのは実はあんまりいないのかもしれない。

そこから考えると、ヒトの脳の中だって同じようにバチバチとたくさんの神経細胞が複雑なパターンで発火することで動いているのだと類推できるし、その知見を積み上げていけば脳の仕組み、ひいてはヒトというものが理解できるのだろうと考えていた。

僕が神経科学の世界に足を踏み入れたのは、ヒトというものを理解したいと思ったからだ。というと、最初から大層な考えがあったように聞こえるかもしれないけれど、眼科医として働いていたときもものを見るということは結局は神経の問題に帰着するという問題意識はあって、そこから始まって最終的には脳にすべての認知機能が帰着するのだろうと考えるようになった。つまり、大学院の4年の間に自分の興味の中心が出来上がった。少々ナイーブな考え方だが、脳を理解することでヒトを理解するということだ。

しかし、その後のマサチューセッツ工科大学(MIT)でのポスドクから理化学研究所(理研)での研究員を経て、社会性というものに目覚め、特に自分自身が苦手な社会的な適応行動というものを理解することへと興味の中心が移っていった。そこでは、脳の中に完結しない社会というものがヒトの脳と一体であること、そしてそれを含めて理解しないことにはヒトを理解できないだろうと考えていた。

そこで、理研でPIとして「適応知性研究チーム」を立ち上げて、社会的な脳機能解明を目指した。そこでは一定の成果が出せたとは思うけれど、それ以外に想定外の二つのアウトプットを生み出すことができて、その後の僕の人生を分岐させることになる。

一つは本書でも紹介するSubstitutional Reality(SR:代替現実)というVR類似の技術で、もう一つがBrain Machine Interface(BMI:ブレイン・マシン・インターフェース)技術だ。前者をきっかけとして、〈ハコスコ〉という会社を2014年に始めることになり、その結果として2018年には理研のラボを閉じた。BMIは昔からSFの世界ではよく扱われる技術であったが、2000年前後から現実的な技術となっていった。

両者の相性はSFの世界では非常に良く、『スノウ・クラッシュ』や『攻殻機動隊』を読んでワクワクした人は多いと思う。奇しくも、僕はそのどちらも研究者として最前線に一時期立っていたことになる。

社会という脳の外的な拘束条件でありながら、科学的記述が難しく脳と切り離せない変数と、SRという脳の外側から認知機能を操作する技術、BMIという脳の内部の情報に直接的に介入する技術、このすべてをまとめて一元的に語ることは簡単ではない。ヒトを理解するためには、大学院生の僕が考えていたような脳内現象だけを対象として理解するという単純な課題設定ではもはや収まらないのである。ヒトを理解するには、脳の内側と外側から脳内現象に介入し、さらに社会をも操作しなければならない。そんな大きな話をする人は身の回りにはほとんどいなかった。特にBMIを侵襲的に扱う経験を持った人は少ないし、さらにXRについて詳しくて、社会性まで視野に含められる人は国内では皆無ではないかと思う。

デジハリで教え始めた2018年頃の僕の状態は、自分がやってきたことが全く整理されずにとっ散らかった状態であった。デジハリ教授就任をきっかけにそれらの問題を包括的に解決するためのキーワードが「現実」であった。

現実は、あまりに当たり前で疑うことがない。しかし、いったんそれを疑い始めると、何をもって現実とみなせば良いのかが全くわからなくなる。万人共通の現実は存在しないうえに、その現実は時々刻々と変化している。しかしわたしたちは現実は比較的安定した連続性を持ったものだと信じている。そして、その現実をつくっているのは脳に他ならないのである。

であるなら、現実というものを切り口に、脳と社会を理解すれば良いのではないだろうかと考えたのが「現実科学」である。幸い、現実を操作し介入する技術は、SRやBMIなどさまざまなものが揃ってきている。もはや脳に気づかれずに現実を操作することは可能なのだ。最近ではAIがつくる現実には存在しなくても本物としか思えない映像がリアルタイムに生成されるようになってきているし、いわゆる創造性という面でもAIが一般人を遥かに超えた創作を行うようになってきている。そもそも、テクノロジーによって操作・介入された現実の真偽を疑うこと自体が困難になってきている。そのような人工的な現実はある意味で、現実の一部として存在し始めていて、僕らはそれを当たり前のものとして生活するようになるだろう。

しかし僕は、現実をキーワードにして、ヒトと社会を理解するだけでは物足りないと思っている。ハコスコのミッションは、「現実を科学してゆたかにする」である。つまり、「現実科学」という自分が残りの人生で向き合うライフテーマが現実科学であり、XR事業やブレインテック事業を行い、その結果として社会にゆたかさをもたらすための活動を続けていきたいと思っている。

本書で扱っている現実科学レクチャーシリーズは2020年から始めたオンラインイベントであり、毎回ユニークな研究や活動をしている有識者をお招きし、それぞれの視点から現実とは何かを語ってもらっている。

僕自身、自分で自分に問うことを始めるまでは現実について深く考えたことはなかったし、レクチャーシリーズのスピーカーのみなさんも同じであることがほとんどだ。お声がけしたスピーカーのみなさんの活動内容はそれぞれが異なっていても、異なる角度から現実の脆弱さに対峙し、その境界面をフロントラインとして戦っていることは共通だ。先端科学というのはそういうものだから。そういう「現実科学者」と呼べるみなさんにお声がけし、彼・彼女らが対峙している現実の脆弱なところを一押しすることで裂け目をつくり、あらわになった現実について議論を行うということをやってみたいと思った。

これまで30回以上開催して毎回異なる議論が行われ、毎回異なる定義へと落ち着く。この全員の異なった現実定義こそが一番大事で、そこを起点としてわたしたちは「現実を科学し、ゆたかさをつくる」試みを始めることができる。本書はその実験の記録である。


この続きは6月20日発売の『現実とは?』でお読みください!(電子書籍も同日発売。いずれも以下リンクから予約可能です)

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『現実とは?』収録対談(掲載順)
1. 稲見昌彦(東京大学教授/インタラクティブ技術)
2. 市原えつこ(メディアアーティスト)
3. 養老孟司(解剖学者)
4. 暦本純一(東京大学教授/拡張現実)
5. 今井むつみ(慶應義塾大学教授/言語心理学)
6. 加藤直人(クラスター株式会社CEO/メタバース)
7. 安田登(能楽師)
8. 伊藤亜紗(東京工業大学教授/美学)

藤井直敬さん近影
藤井直敬さん近影

■著者プロフィール
藤井 直敬
(ふじい・なおたか)
株式会社ハコスコ代表取締役社長。医学博士・脳科学者。一般社団法人XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事、デジタルハリウッド大学大学院卓越教授・学長補佐、東北大学特任教授。東北大学医学部卒、同大学院(博士)、MIT、理化学研究所脳科学総合研究センターなどを経て現職。著書に『つながる脳』(毎日出版文化賞受賞)、『脳と生きる』(共著)など。


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