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「消える信号機」の秘密──LED薄型歩行者灯器のはなし④(秋田道夫『かたちには理由がある』より)

ソニー独立後、フリーランスとしてさまざまな製品を手がけてきたプロダクトデザイナー・秋田道夫。自身が「代名詞」と語るのが、歩行者用の薄型信号機のデザインです。

銀座4丁目和光前

この「風景に溶け込む」信号機のデザインは、どのように生まれたのか? 新刊『かたちには理由がある』(ハヤカワ新書)より、数回にわけてご紹介します。


「消える信号機」の秘密──LED薄型歩行者灯器のはなし④

▶連載第1回(「あの人は相当信号機に興味があるようだ」)はこちら

信号機はどこが見られているか?

それは意外なことに、背面つまり「後ろ姿」です。みんなが空を見上げた時、多くは信号機の後ろ姿を見ているのです。

信号電材の歩行者用信号機の背面は、中央を頂点にして左右方向に大きな曲面になっています。曲面を付けたのは、信号機を薄く見せたかったからです。さらに、スーツケースのように強度を上げたいという理由から、曲面には縦に五本の溝が入っています。ないとのっぺりしていて寂しいからという、見た目の問題でもありました。コンセプトは、横から見た時に「消える信号機」。

街の景観を損なうことのない、いや、あると美しくさえ感じる、そんな信号機になると良いなあと思ってデザインしました。

ちなみに、背面の両端にも溝があります。見た目だけで言えばない方がもっとすっきりするのですが、この溝は組立工場の作業ラインにあるローラーの幅に収まるように設計されていて、これがあると組み立ての際にローラーの上をボディがスムーズに走るので、流れ作業がしやすいのです。見た目の美しさだけでなく、製造生産についても配慮したデザインにしました。

わたしが信号機をデザインしたと聞いた知り合いや仕事先の方々は、説明を聞いてしまうと、それまでまったく気にしたことのなかった信号機が気になって仕方なくなるそうです。わたしの信号機が格別、他の信号機と違いがあるわけではありません。正直に言ってわたしも遠くから見た時には、その信号機が自分がデザインしたものかそうでないかを判断できない時がありますが、それはそれで構わないと思っています。

「明らかに他と違う」ものは、いつか飽きが来てしまうかもしれません。「なんでもない」、しかし「美しい」というその塩梅(あんばい)が大切なのだと思っています。

これ以降も庇(ひさし)がなくなったりするなどマイナーチェンジはされていますが、基本的な造形は最初にデザインしたものから変わっていません。歩行者用信号機は、「与えられた条件の中でやれることはやり尽くした」感があります。

(次回に続く)

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著者紹介

秋田 道夫(あきた・みちお)
1953年大阪生まれ。プロダクトデザイナー。愛知県立芸術大学卒業後、トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て1988年よりフリーランスとして活動を続ける。LED式薄型信号機、交通系カードチャージ機、虎ノ門ヒルズセキュリティーゲート等の公共機器から日用品まで幅広く手がける。X(Twitter)での発信が話題を呼び、フォロワーは10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』がある。