
プロダクトデザイナーはどう「観察」しているのか? 秋田道夫『かたちには理由がある』冒頭公開
ハヤカワ新書の8月の新刊、秋田道夫『かたちには理由がある』(8/22発売)。観察力と感性を磨くコツとは何か。LED式薄型信号機、交通系ICカードチャージ機、トートバッグ、カトラリーなど、公共機器から生活用品に至るまでさまざまな「かたち」を手がけてきた人気プロダクトデザイナーが、「かたち」をめぐる思考をはじめて語った本書の「はじめに」を、発売に先駆け公開します。

はじめに 観察はデザインに勝る
いきなりですが、ちょっとしたクイズにお付き合いください。
次の3つの中でどの図形がお好きですか?



なかなかに「困る」質問だろうと思います。好きも嫌いもないという方もいらっしゃるかと思いますが、わたしがデザインに用いてきたのは圧倒的に正円(①)です。
なぜか。
それぞれの図形の特徴を考えてみましょう。
楕円(②)は、短径と長径の比率を自由に決められるので、そこに時代と個性が入り込みます。
球(③)は、時代や個性を吸い込むことはないのですが、呪術的な意味合いを帯びています。ちょっと、「怖い」かたちです。
正円は、最も「何の変哲もない」かたちです。だからこそ、使います。すでに飽きられているので、飽きられようがない。
本文でもあらためてお伝えしますが、わたしは基本的に、正四角柱や円柱、正方形や正円だけでデザインを組み立てています。そうすると、どこか一辺の長さを決めれば、あとは自動的に噛み合って製品全体のかたちが決まっていきます。それが美しいと思うのです。
またそれは、輸送の効率やコストのことを考えても合理性があります。大量生産を前提とし、つねにクライアントの要望やさまざまな制約がセットになっているプロダクトデザインにおいては、ここが重要です。
ものにはかたちがあり、かたちには理由があります。「なぜ、これはこういうかたちなんだろう?」「こういうかたちにするには難しい事情が何かあるのかな?」と観察してみれば、日常の風景がこれまでとは違って見えるに違いありません。デザイナーにとって観察は基本業務ですが、デザイナーに限らず誰にとっても、これは感性を磨きながら日々を過ごすための有効な楽しみになると思います。「観察はデザインに勝る」。
本書では、わたしがデザインを手がけた様々な製品を題材に、そんなことを考えてみました。
この続きは本日8月22日発売の『かたちには理由がある』でお読みください!
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『かたちには理由がある』目次
はじめに
──観察はデザインに勝る
第1章 デザインとは「素敵な妥協」をすること
──「発想」と「制約」のはなし
プロダクトデザイナーはなにをしているのか
大量生産と少量生産の違い
プロダクトデザイナーという仕事の始まり
「あの人は相当信号機に興味があるようだ」
──LED薄型歩行者灯器のはなし①
デザインの専門用語で説明することが難しい製品
──LED薄型歩行者灯器のはなし②
かたちは本来どうあるべきか
──LED薄型歩行者灯器のはなし③
「消える信号機」の秘密
──LED薄型歩行者灯器のはなし④
「いつもと何かが違う」景色を見せたい
──LED薄型歩行者灯器のはなし⑤
薄い、薄い信号機
──フードレスLED車両灯器のはなし①
ロジスティックスを考慮したデザイン
──フードレスLED車両灯器のはなし②
「くの字」形ナイフという試み
──カトラリーのはなし①
「重さ」のデザイン
──カトラリーのはなし②
デザインしないと分からないこと
──カトラリーのはなし③
近いデザインと遠くにあるデザイン
第2章 大量に使われる製品は「研ぎ澄まされたふつう」でなければならない
──「かたち」と「らしさ」のはなし
白雪姫の棺
──一本用ワインセラーのはなし
円筒の時代について
──セキュリティゲートのはなし
無意識とプロ意識が混在して生まれるもの
──ルーペ45のはなし①
デザインを生かすのはメーカーの技術
──ルーペ45のはなし②
プロダクトデザイナーがセルフプロデュースすること
──80㎜のはなし①
無茶なアイディアを面白がってもらえたこと
──80㎜のはなし②
素材には理想を押し付けることができません
──80㎜のはなし③
任せられる部分は任せちゃう方がいい
──80㎜のはなし④
自分のわがままより素材のわがままに付き合う
──80㎜のはなし⑤
魔法の数字
── 78㎜と220㎜のはなし
楕円を使わないわけ
──スマホスタンドのはなし
自動的に噛み合うものだけを使うということ
絶対造形感
──キャスターのはなし
発想の経路
──サーモマグコーヒーメーカーのはなし
バウハウスとプロダクトデザイン
バウハウスとわたし
かたちと意味
手に取れば分かる「ちょっと違う」感じ
やりきらないでいること
デザインしないデザイン
──17°のはなし
基本はきちんと踏まえた上で
アイディア・スケッチは美しき誤解
第3章 良い仕事をするには「腑に落ちた日常」が大切です
──「キャリア」と「生活」のはなし
無理はしないが挑戦的ではある
建築デザインとプロダクトデザイン
毎日ID賞のころ
「デザインのセンス」とは何か
夢で見た70歳の自分
事務所が事務所のようではない意味
椅子は究極のプロダクトデザイン
生きてきた全部が製作期間
情報収集とコントラスト
情操とデザイン
デザインはどこへ行くのか
おわりに
──デザインは謎解きの連続です
■書籍概要
著者:秋田道夫
出版社:早川書房
本体価格:900円
発売日:2023年8月22日
■著者紹介
秋田 道夫(あきた・みちお)
1953年大阪生まれ。プロダクトデザイナー。愛知県立芸術大学卒業後、トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て1988年よりフリーランスとして活動を続ける。LED式薄型信号機、交通系カードチャージ機、虎ノ門ヒルズセキュリティーゲート等の公共機器から日用品まで幅広く手がける。X(Twitter)での発信が話題を呼び、フォロワーは10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』がある。
