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自分の意志を貫くとき、女性が出会う壁と希望 和田彩花×新井見枝香×かん『三つ編み』を語る(3)

フランスで100万部を突破した小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ、齋藤可津子 訳、早川書房)。3人の女性が困難や差別と闘いながら、自分自身の人生を選んでいく物語です。
日本では2019年4月に刊行し、SNSや新聞・雑誌等で話題となり、大きな反響を呼んでいます。
ここでは、異なるバックグラウンドをもつ3人が、本書について、みずからの経験と日本の女性をとりまく状況について語ります。
語るのは、アイドル、そして女性としてのあり方について積極的に発言をつづける和田彩花。『三つ編み』を自身が手がける賞に選んだ「女性のための本屋」HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの新井見枝香、そして劇団雌猫のメンバーでありライターとして活躍するかんの3人です。全3回。(第1回第2回

三つ編み

三つ編み
レティシア・コロンバニ 齋藤可津子訳

つながってる、時代を越えて

かん 今までぜんぜん関心がなかったんですが、さいきん次世代のことを思うようになってきて。自分も楽になりたいというのと同時に、それが実現されるまで自分が生きているかわからないけれど、次の世代になにか残したいと考えるようになったんです。なぜだか。子もいないのに(笑)。まわりの雰囲気かな。

和田 私も残したい!

新井 まだ思いません(笑)。書店がなくなっていくから、「みんなに本を読んでもらおう」と思わなきゃいけないんですけど。

かん 思ってないんですか?

新井 ぜんぜん(笑)。自分が生きてるうちにはまだ紙の本はあるだろうから、いいかなって。
でも子どもや大事な後輩ができたら、「その子たちがずっとご飯を食べていけるようにしなきゃ」って思うかもしれない。

かん 一方で、ロールモデルって言葉は、誰かに使うのも、自分が言われるのも少し苦手。和田さんは背負わされてませんか?

和田 ぜんぜんないんです。「尊敬する先輩は?」と訊かれても、私は先輩もどこか冷静に見ていて「これはいいけど、これは尊敬できない」と思っていたんです。「こんな人になりたい!」っていうのは意外とないですね。

新井 それが健康な考え方ですよね。人には波があるし、「あの先輩、素敵だな」と思うときも「ありゃ?」って思うときもある。
サラに対しても、彼女に憧れていたけれど、「病気なのに休まないっていうのはちょっとな……」って感じた人もいるはず。本当にサラの体を心配していた人もいただろうけれど、そのときのサラは「私を辞めさせようと考えてる、みんな敵だ」って思っていて。

和田 不安定なときは、まわりがぜんぶ敵に見えますよね。

かん それはグループにいるときにもありましたか?

和田 そうです。普通に仲がいいし、いろんな話をしているにもかかわらず、自分がズドーンって落ち込んでいるときは、誰かと誰かが目を合わせただけで「あ~私が悪い」って思っちゃうこともありました。けっこうヤバいと思うんですよ(笑)。

新井 そこを超えられないって思う人、いっぱいいるよね。どうしてたかな……。「みんな、私のことが嫌いなんだ」って経験あった、たしかに。
でも『三つ編み』はちゃんと読むと、サラもそうじゃないって気づいていますね。

かん サラはどこで気づきましたっけ。

―― サラには「遠くの誰かが助けてくれた」という思いがあって、これまでの生き方を見直したところがありますよね。

新井 そっか。まだ弁護士事務所は訴えると言ってましたね、そこは勝ってほしい(笑)。「私は強い女なんだ」と思っているところが彼女のよいところでもあるので、そのままでいいのかな。

かん サラは「いまの社会構造のなかでも勝ち抜く」、という気合が最後まであるけれど、それってすごい心細いことだし、矛盾もはらんでいる。そういうときに、話したこともない遠くの誰かと、時代すらも超えた連帯に救われる話だと思うんです。

和田 それはありますね。女性の権利を求める運動の歴史を描く『ウーマン・イン・バトル』を読んだんです。
命がけで求めてきた人たちがいて、時代が明らかに変わってきている。その歴史を知ると、「途絶えさせてはいけない」って使命感をもちますよね。連帯だなと思います。つながってる、時代を越えて。

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『ウーマン・イン・バトル』
マルタ・ブレーン 文、イェニー・ヨルダル 絵、枇谷玲子 訳

―― 和田さんが歴史の勉強をはじめたのは美術がきっかけですか。

和田 そうです。女性の画家はずっと評価されず、歴史に埋もれた存在でした。いわゆる「巨匠」に女性はいません。それを知ったときに、はじめて自分が女性として生きるなかでの不自由さに気づいたんです。それまで「当たり前」だと思っていたから。それから、この問題に自分の活動を重ねて見ていくようになって。

苦しさを共有することで変わる

かん スミタの娘のラリータは、理不尽な命令にしたがわなかった結果、教師に叩かれてしまう。それについて夫は、スミタと同じ不可触民の仕事(排泄物の回収)を我慢してつづけ、学校を諦めれば叩かれなかったのに、と言います。スミタの命がけの行動も止めます。夫は確かに「我慢して穏便に生きる」という意味ではもっともらしいことを言っているけれど、スミタはどうしてほしかったんでしょう?

新井 スミタは自分が受けてきた差別を娘には絶対味わわせたくない。だから夫もいっしょに村を出てくれるって信じてましたよね。でも、ほかの誰も村を出ることは選ばなかった。そもそも、スミタと彼女の母親ではまったく考え方がちがう。2人の間に何があったんだろう。
スミタのような「突然変異」が時に出てくるのかもしれないけれど、そういう人って命も落としやすい。

かん 革命家ですよね。周囲から異物だととらえられて命を落とす危険もある。本当は誰も危険な思いをせず、普通の人が普通に変えていけるのが一番いいですよね。
最近の日本だと、女性が苦しい話を共有しあう機会は増えてきていると思うんです。女性同士だけでなく、パートナーや近しい人に話したり。でもまだまだ、男性同士では語らないという印象があって。

和田 女性の声がもっと増えていったら、それに対して「自分はこうできない」という悩みを抱えた男性同士で話せるかもしれない。
私は男性のマネージャーさんにこういう話をずっとしていて。マネージャーさんに「ジェンダー、フェミニズム、何それ?」って言われたんで、与謝野晶子の『「女らしさ」とは何か』を贈ったんですよ。読んでどう思ったかを語るうちに日常的に話せるようになりました。マネージャーさんも「わからない」と言いつつも、「知ることができたのはよかった」って言ってくれて。
わからないことも当然あるから、それを男性同士が話せていたら、全体が変わるかもしれないですね。

新井 わかる必要はないんだよね。知っているかどうかでだいぶ違う。

和田 同じ立場では話はできないですよね。

新井 男の人も、男だから大変な思いをすることがある。

かん 「ガラスの地下室」っていう言葉もあるんですよね。危険な職種には男性が多いとか。

新井 妻が外で働き、夫が家事をする家族がちょっとずつ出てきましたが。

かん 「ヒモ」って言われますからね。

―― 『三つ編み』だと、マジック・ロンといわれる男性のベビーシッターさんがいて。

かん いいですよね。でもあの人も、今の日本だと「怖い」っていわれると思う。

新井 男の人も大変だ。でも、マジック・ロンみたいな人もいるということを知っていれば、ちゃんと自分で判断しなきゃって思えるね。

和田 本当は、女とか男とかで語りたくはないですね。

新井 その人がどうか、ですよね。

かん ただ、全体を見る前に解決すべき深刻な女性差別が残っているというのも事実だと思います。女が昇進すると男の枠が減る、というパイの奪い合いにとらえられてしまうことも多い。

新井 以前は大きな会社にいたんですが、仕事ができない役職づきの男性はいっぱいいるけれど、仕事ができないのに上にいる女性っていないんですよ。上にいる女性を見ると、よっぽどがんばったんだなって思う。無理しないとなれないっておかしいんだけど。

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『三つ編み』の舞台を日本にしたら…?

――『三つ編み』の解説でライターの髙崎順子さんが、著者の住むフランスと、作中の3カ国、そして日本という5つの国のジェンダーギャップ指数について記しています。フランスは12位、カナダは16位、イタリアは70位、インドは108位、そして日本は110位(2018年のランキング。2019年のランキングで日本は過去最低の121位と評された)。

かん 格差がとくに大きいのは政治分野ですよね。この指数について「日本も教育分野は順位がいい」みたいに言われますけれど、政治だって結局は教育じゃないですか。政治参画も教育でカバーできることであって。
『三つ編み』の著者が日本を題材に書くなら「舞台は労働現場だ」ってインタビューで言ってるんです。男性の上司や同僚のために、女性の社員がお茶やコーヒーを淹れることもあるなんてショッキングです、と。
あと、テーマとしてあり得るのは、アイドル。


和田
 この前、いっしょに仕事をしたフランスの人に「正直、日本のアイドルは世界から見たらヤバい」って言われて。そうだよなって。日本にはまだ「これをヤバい」って言える環境がないと思うんです。
つまり、性的に消費することをみんなが楽しんでいるじゃないですか。そんなふうに考えていない子もいれば、アイドルは見られる存在だから、そういう意識をもつ子もいる。人それぞれだからしょうがないのかもしれないけれど、日本はアイドルの消費をありにしてしまっていると他の国から見られているとヤバいなと思います。
『三つ編み』には、女性のそばにいる男性がいますね。女性を支えていて、男女の対立にはなっていない。「フランスではこれが当たり前なの!?」と思うと、がんばらないといけないなって。

それぞれの、『三つ編み』の楽しみ方

かん 『三つ編み』はテーマ性はもちろんですけど、普通にエンタメとして面白いのがいいですよね。3人の登場人物がどうなるのか、どうつながっていくのか、人生の交差の仕方が推理小説としても読める。主人公の3人のなかに好きな人を見つけたら、そこだけ読むのもいいと思います。

新井 『三つ編み』は、世界にはいろんな人がいると伝わるのがいいですね。たとえば、インドのスミタの信仰心を読んで、「こんなにも信じられるものがある人たちがいるのか」と思う人も多いかもしれません。

和田 「世界を知っていく」という感覚で読んでもらったらいいんじゃないかと思いました。住むところが違う人の話だから、自分とは感覚が異なっていたとしても「こういうあり方もあるんだ!」って受け入れられるだろうから。

新井 『三つ編み』というタイトルに関して言うと、やっぱり髪の毛は特別なものだなって思わされます。切らずに伸ばすこと、反対に剃り上げることがよいとされる場合もあるし、ごっそり抜けて悲しい思いをすることもある。生まれた国や文化によってぜんぜん違う。

かん ネイティブ・アメリカンには、髪を伸ばして、神様と交信する道具として使う人たちがいますね。神秘的な存在とつながれなくなっちゃうから髪は切らない。『三つ編み』にも近いところがある。世界のどこかにいる誰か、神ではないが、自分ではない誰かと髪を通じてつながるというのが象徴的でとても好きです。

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第10回新井賞を受賞した『三つ編み』のディスプレイ HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEにて

収録:2019年9月20日 HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE
撮影:飯本貴子 構成:小澤みゆき 編集:窪木竜也

予告:2020年5月に、『三つ編み』の著者レティシア・コロンバニによる新作『彼女たちの部屋』が早川書房より刊行予定です。


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