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自分の意志を貫くとき、女性が出会う壁と希望 和田彩花×新井見枝香×かん、小説『三つ編み』を語る(1)

フランスで100万部を突破した小説『三つ編み』(レティシア・コロンバニ、齋藤可津子 訳、早川書房)。
主人公であるインド、イタリア、カナダに住む3人の女性たちは、おたがいを知らず、共通点もほとんどない。ゆいいつ重なるのは、自分の意志を貫くこと。
仕事、子ども、恋愛……人生のさまざまな局面で困難や差別が3人のまえに立ちはだかる。彼女たちが理不尽な運命と闘うことを選んだとき、ひとすじの髪をたどって、つながるはずのない物語が交差する。
『三つ編み』は日本では2019年4月に刊行し、SNSや新聞・雑誌等で話題となり、大きな反響を呼んでいます。
ここでは、異なるバックグラウンドをもつ3人が、本書について、みずからの経験と日本の女性をとりまく状況について語ります。
語るのは、アイドル、そして女性としてのあり方について積極的に発言をつづける和田彩花。『三つ編み』を自身が手がける賞に選んだ「女性のための本屋」HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの新井見枝香、そして劇団雌猫のメンバーでありライターとして活躍するかんの3人です。全3回。

三つ編み

三つ編み
レティシア・コロンバニ 齋藤可津子訳


「普通」だなんて誰が決めたんだ

かん カースト制度を描くインドの話って、日本の生活からいちばん遠く思えます。でも私は、読んでいて和田さんを思い出しました。

和田 え、ありがとうございます!

かん 「勇気を出して立ち上がる」というと、自分がどうなりたいかがまず先に立ったり、いっぱいいっぱいだったりして、自分だけで完結してしまうことがあります。
でも、インド篇の主人公スミタは、自分には与えられなかった教育を、娘には受けさせようとする。
そこで、和田さんがグループの後輩のために「自分ができなかったことをさせてあげたい」と活動されてきたことを思い出しました。

和田 自分では、スミタよりも、カナダの弁護士、サラに近いと思いました。とても楽しく読みましたし、勇気をもらえました。現実の自分の生活と重なるところがたくさんあって、つくられた話を読んでるっていう感覚ではなかったです。

かん 新井さんは、和田さんの活動について詳しいですか?

新井 実はそこまで…。

和田 じゃあ自己紹介をすると、私は15歳のとき〔2009年〕にスマイレージという4人組でデビューしました。2014年にアンジュルムというグループ名に変わって、メンバーの加入と卒業をくり返して11人になったんです。下の子とは10歳くらい年齢差がありました。

新井 ずっと先輩の立ち位置で?

和田 私は唯一の初期メンバーで、リーダーでした。

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和田彩花
アイドル。2019年6月、アンジュルムおよびHello! Projectを卒業。アイドル活動と並行し、大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。特に好きな画家は、エドゥアール・マネ。好きな作品は《菫の花束をつけたベルト・モリゾ》。特に好きな(得意な)美術の分野は、西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。著書に『乙女の絵画案内』がある。


かん 和田さんは仕事があったから成人式に参加できなかったんですよね。ブログに、「仕事柄、成人式などの行事に行けない、それが普通だと言われる。けれど、それが普通だなんて誰が決めたんだろう。後輩の子たちは行けるといいな」と書いていて。

和田 「口にしないほうがいい」って言われたので、一回だけにしているんですが、後輩は行けるようになりました。

かん 別のエピソードだと、濃い色の口紅をつけることに対するファンの評判を気にしていたメンバーに、和田さんが「好きな色をつけたらいいんだよ」って言ってあげていて。そんな後輩への姿が印象的でした。

―― それで、娘のためにがんばる母親に重ねた?

和田 私は意外と家族関係がさっぱりしていて、「家族のためにこれを達成しよう」というのがなかったんです。だからインド篇の母娘と、イタリア篇の家族経営の工房の話を読んで「すごいな」って尊敬しました。逆に「自分ばっかりで生きてきたな」とも。

かん 母娘関係はあくまで一例で、グループの先輩後輩に変えても成立する話だと思いますね。

新井 スミタという母親も、自分1人だったらすべてを捨てて出て行くなんてできなかったと思うんです。娘のためだからできた。
和田さんも、もしかしたら最初から1人でアイドルやっていたら、がんばれなかったかもしれない。後輩は自分のことを見てるじゃないですか。10歳も下の子がいたら弱音を吐けないですよね。

和田:たしかに吐けない。「眠い」ともあまり言わなかったです(笑)。

新井 アイドルグループのリーダーであることは、みんなが憧れるような人でなきゃいけないのかなって思って。

かん 会社でもありえる関係性だと思うんです。女性のキャリアには「ガラスの天井」〔昇進等を妨げる「明文化されていない制限」〕があると言われていますよね。その天井を突き抜けたとして、女性の管理職は分母が小さいので、1人ひとりに責任がのしかかる。愚痴を言うと、「昇進するって楽しくないんだろうな」「しんどいんだろうな」と思われてしまいかねない。

新井:カナダ篇の主人公サラは大手事務所のトップに昇りつつある弁護士ですが、かわいがっている後輩がいます。サラも後輩がいたからがんばれたところがあったはず。しかし作中では、なんとその後輩に裏切られる。

和田 きつすぎますね。

―― 自分が面接で採用して、教えてきた後輩に…。

かん きつい!

新井 そう思っていたんです。ただ、今回読み返して、それぐらいがいいのかもとも。いつまでも「先輩、先輩」と言っていたら足りない気がするんです。「自分を越えていけ」というか。

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かん
IT企業で会社員をするかたわら、オタク女子4人組「劇団雌猫」メンバーとしても活動。ウェブメディア「She is」にて長田杏奈とともに、経済や政治の専門家とやさしい言葉で語る連続インタビューを行う(「政治1年生のための消費税」「政治1年生のための社会運動)。共著に『浪費図鑑』『だから私はメイクする』などがある。


「これだから女は」に対抗して

新井 「3人のうちの誰に近いか」といったら私はサラだと思いました。

和田 私もそうです。サラはまわりの男性たちの働き方に合わせていって、自分の首を絞めてどんどんきつくなってしまう。そうなる気持ちもわかる。じゃないと「これだから(女は)」と言われるから。だけど、苦しい選択ですよね。そのなかでサラが自分を律して感情を整理しながらやっていくところに共感しました。

かん グループを卒業する前もあとも、変わらないですか?

和田 変わらないです。サラは最後に、会社との関係をなくして進んでいきますよね。その道を選んだことも、自分に重なったところです。

新井 自分でやりたいと思って就いた仕事だと、弱音を吐けないよね。アイドルは、やりたかった仕事ですよね?

和田 小学4年生のときに事務所に入ったのですが、半分は母に入れられたところもあるし、もう半分は父に入れられたところもある(笑)。自分の意識があったかっていうと、ほとんどなくて。
ただデビューは遅くて、高校生のころ。そこから意識ががらっと変わって、もう「お仕事」って感じでした。

新井 仕方なく就いた仕事なら「あぁしんどいな、超やめたい」って言えるけれど、みんながやりたいと思っているような仕事、たとえばサラのような弁護士だと、そうもいかない。

かん 「じゃあ辞めれば?」って言われるし。

新井 「やりたい人いっぱいいるし」ってなってしまう。

かん 『三つ編み』のなかで、一見、最も救いがないように見えるのはサラですよね。病気になって、仕事もできなくなってしまう。

和田 それでもサラは、考え方を変えて生きていくじゃないですか。そこがとっても素敵だと思う。

かん それまでの葛藤が長かったんですよね。

新井 サラは「自分は病気じゃない、大丈夫だ」って思いこもうとしているから、読んでいるほうもつらかった。
日本にも、サラのように仕事で無理して体調が悪くなっていることに気づけない人はいますよね。『三つ編み』を読むことで、そのことに自分で気づく人もいると思った。だから新井賞に決めたんです。

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新井見枝香
書店員、エッセイスト。1980年生まれ。文芸書担当が長く、作家を招いて自らが聞き手を務める「新井ナイト」など、開催したイベントは300回を超える。独自に設立した文学賞「新井賞」は、同時に発表される芥川賞・直木賞より売れることもある。「小説現代」「yomyom」「新文化」等でエッセイを執筆。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』、『本屋の新井』などがある。


【つづき】


収録:2019年9月20日 HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE
撮影:飯本貴子 構成:小澤みゆき 編集:窪木竜也

告知:『三つ編み』の著者レティシア・コロンバニによる新作『彼女たちの部屋』が早川書房より2020年6月に刊行します。


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