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生物も都市も同じ「大きさ」の法則で成り立っている!? 『スケール』試し読み

ヒトとほぼ同じ要素でできているのに、なぜネズミは3年しか生きられないのか?
企業は死を免れることができないのに、なぜ都市は成長を続けることができるのか?
――もしこれらの問題を「大きさ」という万物共通の法則=スケーリング則で解き明かすことができるとしたら……?
TED Talksで163万超のビュー数を記録した理論物理学者が説く話題作『スケール 万物を支配する「大きさ」の法則』(ジョフリー・ウェスト、山形浩生・森本正史訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)から、本書のテーマを語る冒頭部分を試し読み公開します。

『スケール 万物を支配する「大きさ」の法則』ジョフリー・ウェスト、山形浩生・森本正史訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫
『スケール 万物を支配する「大きさ」の法則』早川書房

第1章 全体像 1 序論、概要、まとめ

生命はたぶん宇宙で最も複雑で多様な現象だ。驚異的なほど様々な形態、機能、行動がすさまじい範囲にわたる規模で見られる。例えば、地球には推定で800万もの生物種がいて、その大きさは1兆分の1グラムにも満たない極小のバクテリアから、最大の動物で1億グラムにも達するシロナガスクジラまで実に広範だ。ブラジルの熱帯雨林に行けば、サッカー場ほどしかない広さの中に、百種以上の様々な樹木と、数千種の百万匹以上の昆虫が見つかる。そしてこうした生物種がそれぞれ生命を維持するやり方はすさまじく多様だ。

発生、出産、生殖し、死ぬ方法はどれもまったくちがう。多くのバクテリアは寿命がわずか1時間で、生きるために1兆分の10ワットしか必要としないのに対し、クジラは1世紀以上生きて数百ワットを代謝している。この生物の途方もないタペストリーに加えて、私たち人間がこの惑星にもたらした、社会生活の驚くべき複雑さと多様さもある。これはとりわけ都市という形を取る。そこに含まれる驚異的な現象を考えてみてほしい。商業や建築から、文化多様性と各市民の無数の秘められた喜びと悲しみまで実に多種多様なのだ。

こうした複雑なまとまりのどれを取っても、太陽を巡る惑星のすさまじい単純さや秩序、あるいは腕時計やiPhone の機械的な規則性と比べてみれば、これほどの複雑性と多様性のなかにも、惑星や腕時計に類する隠れた秩序が存在するのではと思ってしまう。すべての有機体、いや植物や動物から都市や企業に至るすべての複雑系に共通する、少数の単純な規則性があるのでは? それとも地球上の森やサバンナや都市で繰り広げられるドラマは、すべてデタラメで気まぐれなもので、散発的な出来事の羅列でしかないのか?

これほどの多様性を引き起こした進化過程の無作為性を考えると、規則性や系統的なふるまいが生じたなんて、あり得なさそうでピンとこない。なんといっても、生物圏を構成する無数の生命体のそれぞれ、その各下位組織、各器官、各細胞型、各ゲノムは、独自の環境ニッチのなかで、独自の歴史経路をたどり自然選択プロセスによって進化したのだから。

ではここで、図1から図4のグラフを見てほしい。生命体で重要な役割を果たす明確な量を大きさ順に並べたものだ。図1のグラフでは新陳代謝率――生きるために必要な一日あたりの食料――を各種の動物について、体重または重量に対して示した。図2のグラフでは生涯心拍数を、これまた各種動物について体重または重量に対して示した。図3は、都市別特許数をその人口に対して示した。そして図4は株式公開企業の総資産と純益を、その従業員数に対して示した。

スケーリング曲線の例。規模の変化に伴って各種の量がどのようにスケーリングするかを示している。
(図1)動物の体重と新陳代謝率[出典『スケール』]


(図2)動物の体重と生涯心拍数[出典『スケール』]


(図3)都市の人口と特許数[出典『スケール』]


(図4)企業の従業員数と資産や利益
これらのグラフが非常に大きなスケールの範囲をカバーしていることに留意してほしい。例えば、動物の体重と従業員数は100万倍の開きがある(ネズミからゾウまで、個人企業からウォルマートやエクソンまで)。これらのグラフに、すべての動物、企業、都市を収めるために、縦軸も横軸も対数目盛(10の乗数ごとで表示)になっている。[出典『スケール』]

数学者や科学者やこうした分野の専門家でなくてもすぐにわかることがあるはずだ。このどれも、私たちが人生で直面する、すさまじく複雑で多様なプロセスを表しているはずなのに、どれも驚くほど単純で、系統的で、規則的に見えるのだ。これら各グラフのデータは、ほとんど奇跡のようにほぼ直線上に並んでいる。各動物、都市、あるいは企業独自の歴史的、地理的偶然性から考えれば、デタラメに分布しそうなものだ。なかでも最も意外なのが図2かもしれない。わずか数年しか生きないネズミのような小さな動物でも、クジラのように100年以上も生きる動物でも、哺乳類の平均生涯心拍数はだいたい同じなのだ。

動物、植物、生態系、都市、企業のほぼすべての測定可能な特徴は、大きさや規模と共に定量的にスケーリングする。図1から図4で示した例は、そのごく一部の見本でしかない。本書のいたるところで、もっと多くの例をお目にかけよう。この驚異的な規則性の存在は、これらのまったくちがう非常に複雑な現象すべての根底に共通の概念的枠組みがあること、そして動物、植物、人間の社会行動、都市、企業の動態、成長、まとまりが、実は似たような一般化した「法則」に従っていることを強く示唆している。

これが本書の主な論点だ。こうした系統的なスケーリング則の本質と起源、そしてそれらすべての相関について説明しよう。さらに、それが生命の多くの側面についての深くて広い理解をもたらし、究極的には地球の持続可能性という課題についても理解を深めてくれるのを示す。まとめると、これらのスケーリング法則は、科学と社会全般の多くの重要な問題に取り組むための、定量的な予想のための枠組みを導き出せる、基本的な原則や概念へと通じる窓なのだ。

本書はある考え方を示し、大きな問題を問いかけ、そして大きな問題のいくつかに大きな答えを示唆する本だ。今私たちが格闘している大きな課題や問題、例えば急激な都市化、成長、地球の持続可能性から、癌、代謝、老化と死の原因の理解が、統一された総合的な概念的枠組みを使うことで可能になる。都市、企業、腫瘍、私たちの身体の働きが驚くほど似ていること、そしてそれらがある一般テーマの変形となっていて、そのまとまり方、構造、動態の面で驚くべき系統的規則性と類似性を示していることも示そう。

それらすべてに共通しているのは、それがきわめて複雑であり、無数の個別構成要素でできあがっているということだ。その要素となる分子や細胞、人間は、ネットワーク構造を通じて複数の時空間スケールにまたがる形でつながり、相互作用し、そして進化する。これらのネットワークには、人体の循環系、あるいは都市道路網といった明白で非常に物理的なものもあれば、社会ネットワーク、生態系、インターネットといったもっと抽象的でバーチャルなものもある。

この大局的な枠組みを使えば、魅惑的なほど広範な各種の問題に取り組める。その一部は私自身の研究上での関心の原動力となってきたし、またあるものは、今後の章でときに憶測を交えつつ取り組む。その幾つかをここで挙げておこう。

なぜ人間は120年までは生きられても、1000年、100万年は生きられないのか? そもそも人はなぜ死ぬのだろうか、この寿命の限界をもたらしているものは何か? 寿命を、肉体を作る細胞と複雑な分子の特性から計算できるか? それは変えられるのだろうか、それにより生存期間を延ばせるのか?

ヒトとほぼ同じ要素で構成されているネズミは、なぜ2、3年しか生きられないのか、そしてゾウはなぜ75歳まで生きるのか? そしてこの差にもかかわらず、なぜ生涯心拍数は、ゾウ、ネズミなどあらゆる哺乳類で、15億回とほぼ同じなのか?

細胞やクジラから森に至る様々な生命体と生態系は、なぜ非常に普遍的、系統的、予測可能なかたちで、サイズに応じてスケールするのか? 成長から死まで、それらの生理と生活史の大半を支配しているように見える魔法の数字4はどこからきているのだろうか?

なぜヒトの成長は止まるのか? なぜヒトは毎日8時間寝なければいけないのか? そしてなぜヒトはネズミに比べてはるかに腫瘍ができにくくて、なぜクジラにはほとんど腫瘍ができないのか?

なぜほとんどの企業は比較的短期間しか続かないのに、都市は成長を続け、最も強力で不死にみえる企業にさえ起こる破滅を回避できるのか? 企業のおおよその寿命を予測できたりするのか?

都市と企業の科学は作れるだろうか? つまりその力学、成長、進化を、定量的に予測可能な枠組みのなかで理解するための概念的枠組みは開発できるのか?

都市の規模に上限はあるのか? あるいは最適規模は? 動物や植物に大きさの上限はあるのか? 巨大昆虫や巨大メガシティはあり得るのか?

なぜ人生はますます加速し、なぜ社会経済生活維持のためにイノベーション速度は加速し続けなければならないのか?

人間の作り出した、たった1万年で発達したシステムが、何十億年もかけて進化してきた自然生物界と今後も確実に共存し続けられるようにするにはどうしたらいいのか? アイデアと富の創造による活気ある革新的な社会は維持できるのか? それとも紛争と荒廃のスラム惑星になるしかないのか?

このような問いに取り組むにあたり、私は概念的論点を強調し、各科学分野からのアイデアを学際的に集め、生物学における基本的問題を社会経済学の問題と統合するが、その際には臆面も無く、理論物理学者の視点と目を通してそれを行う。物理学的視点がきわめて強いこともあって、このスケーリングというまったく同じ枠組みが、素粒子と自然の基本的な力の統一理論を発展させる際にも決定的な役割を果たしたことについても述べ、それがビッグバンからの宇宙進化で持つ宇宙論的な意味合いも語ろう。この精神に基づいて、私は適切なところでは挑発的で憶測に基づく話もする。しかし提示するほぼすべては、おおむね確立された科学研究に基づいている。

本書で示した説明の多く、いやほとんどは、数学的用語による議論とその導出が起源ではある。だが本書の精神は断固として非専門的かつ教育的なもので、いわゆる「知的な素人」向けに書いたものだ。

この続きは▶本書でご確認ください!

|| この記事で紹介した本 ||

『スケール 万物を支配する「大きさ」の法則』
著者: ジョフリー・ウェスト
訳者: 山形浩生、森本正史
出版社: 早川書房
発売日: 2022年12月6日
本体価格:上下巻 各1,140円(+消費税)

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