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愛犬が私たちを熱烈に出迎えてくれるのはなぜ? その理由を科学的に証明!『イヌはなぜ愛してくれるのか』試し読み

飼い主の帰宅に気付くや否や猛然と走り出し、飛びかかり、顔を舐めまわし、撫でてほしいと全力でアピールする——愛犬と暮らしていれば、毎日のように経験しているであろうこの行為。これは生物としての「本能」、エサをもらえるかもしれないという「打算」、あるいは飼い主に対して抱いている「愛情」ゆえの行為なのか——その秘密を、話題の新刊『イヌはなぜ愛してくれるのか 「最良の友」の科学』(クライブ・ウィン、梅田智世訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)が科学的に証明してみせます!

『イヌはなぜ愛してくれるのか 「最良の友」の科学』クライブ・ウィン、梅田智世訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫
『イヌはなぜ愛してくれるのか 「最良の友」の科学』早川書房

第2章 イヌの特別なところとは?(部分抜粋)

根っからの生物学者だった〔イワン・ペトローヴィチ・〕パヴロフは、あらゆる行動を反射として説明していた。そんなわけで、イヌのなかに(そして自分自身のなかに)見いだした、よりそう相手を求める欲求を「社会的反射」と呼んでいた。パヴロフと研究をともにしたアメリカ人はふたりだけだが、そのうちのひとり、W・ホースリー・ガントはパヴロフの指導のもとでこの現象を研究した。ガントはイヌの胸部にセンサーをとりつけ、心拍数を測定した。人間が部屋に入ってくると、イヌの心拍数は不安のせいで急上昇したが、その人がイヌをなでると、イヌはリラックスして、心拍数も下がった。

この忘れ去られていたパヴロフの研究にわたしが行きあたったのは、イヌの特別なところをめぐる説がかたちをとりはじめ、その裏づけになる証拠を探しはじめたばかりのころだった。人間がそばにいるとき、イヌは明らかな身体的反応を見せる。パヴロフたちのこの発見は、科学の歴史でいえばかなり古いものだ。けれど、わたしが興味をもち、調べたいと思っている種類の感情的な反応をよく表している例でもある。

そこで、元教え子でいまはヴァージニア工科大学教授になっているエリカ・フォイヤーバッカーとともに、長らく忘れ去られていたパヴロフとガントの研究を再現し、人間がそばにいるときにイヌが受ける影響を調べるべく、一連の研究の設計にとりかかった。わたしたちが知りたかったのは、大切な人がそばにいる状況がイヌにとってどれくらい重要なのかということだ。いってみれば、わたしたちの研究の狙いは、パヴロフとガントが何十年も前の研究で観察した、人間がそばにいるときにイヌが見せる感情的な反応の強さを測定することにあった。

わたしたちはパヴロフとガントの研究よりも単純なやりかたでいくことにした。心拍数の変化を測定するかわりに、イヌの行動をじかに評価することにしたのだ。具体的には、人間のそばにいる時間と、それ以上とはいわないまでも、それと同じくらい価値がありそうなもの――餌のどちらかをイヌに選ばせる。はじめのころの実験では、単純な選択肢をイヌに与えた。鼻先で人間の手に触れるというごくわずかな労力を払いたくなるのは、ちょっとしたごちそうをもらえるときと、首まわりをやさしくなでられながら「いい子」だといってもらえるときのどちらか?

やりかたはごく単純だ。イヌが鼻先でエリカの右手に触れたら、エリカは左手でちょっとした餌をやるか、両手でイヌの首をなでながら「いい子」だとほめる。ある実験では、ごちそうをあげる時間とほめる時間を2分ずつ交互に繰り返した。別の実験では、ふたりの人間のうち、餌をくれる人と首をなでてくれる人のどちらかをイヌに選ばせた。

まず、シェルターで暮らすイヌたちからはじめた。シェルター犬は愛情たっぷりの訪問者と接する機会が少ないから、ほめられたり首をなでられたりすることをすごく喜ぶのではないか。わたしたちはそんなふうに予想していた。ところが、予想どおりにはならなかった。そこで、飼い犬をテストすることにした。このときは、わたしたちのかわりに飼い主に実験をしてもらった。そのイヌを心から愛している人にやさしく話しかけられれば、なでられるというごほうびの価値がもっと大きくなるかもしれないと考えたからだ。

ところが、何度やっても結果は同じだった。イヌたちは、なでられてほめられるよりも、ごちそうのほうを好んでいるように見えた。シェルター犬でも、特定の人間の家庭で蝶よ花よとかわいがられているイヌでも、テストしたすべてのイヌが、例外なく人間の関心よりもごちそうのほうを選んだのだ。

あとから振り返ってみると、このはじめのころの実験が妥当だったかどうかはわからない。エリカとわたしはどちらも、イヌのそばにいるのをすごく楽しんでいて、イヌたちも同じ気もちになってくれると確信していた。そのせいで、すでに人間と触れあっているイヌからすれば、いつも手に入るとはかぎらないおいしいごちそうに比べたら、ついでにもう少し首をなでてもらうことにそれほど価値はないという点を見落としていたかもしれない。

でもそのうちに、わたしたちの実験はもっと巧妙になった。その結果、ごちそうがすぐに大盤振る舞いされず、おいしい〈ナチュラルバランス〉のかけらをもらうには数秒待たなければいけないが、首をなでてもらうごほうびならすぐにもらえる状況では、イヌの好みがたちまち変わることがわかった。ごちそうをくれるのがちょっと遅い人よりも、首をなでてほめてくれる人と過ごす時間のほうが長くなったのだ。

この実験では、人間にほめられるというごほうびがイヌにとってたしかに大きな価値をもつことが見てとれた。15秒待ってからごちそうをくれる人と、すぐに首をなでてやさしい言葉をかけてくれる人のどちらかを選ばせると、イヌたちはごちそうを出すのに少し時間がかかる人よりも、首をなでてくれる人のそばにいたがったのだ。

よくよく考えてみたら、この一連の実験では、人間のそばにいる喜びがもともとイヌに与えられているケースが多いことに気づいた。首をなでるかなでないかに関係なく、人間はもうその場にいるのだから。それに対して、餌は小出しにされる。最初は袋に入っていて、実験の特定の段階で人間がいちどにひとつずつイヌに与える。人間のそばにいるのを好むイヌにすれば、近くにいるだけでもうじゅうぶんで、首をなでられたりやさしい言葉をかけてもらったりしたところで、状況が大きく変わるわけではないのかもしれない。

絶えずごちそうをもらえるわけではないのと同じように、人間がその場にいない状況をつくれば、もっと意味のある実験ができるかもしれない。人間からも餌からも離れていたあとに大好きな人に近づく機会を与えたら、イヌはどんな行動をとるのか。エリカとわたしは、それを正確に調べられる実験方法を考えることにした。

実験のあるべきかたちがわかれば、組み立てるのはそれほど難しくなかった。エリカは何人かの協力者を集めた。イヌを飼っているが、昼のあいだはイヌを置いて仕事に出ている人たちだ。その手の人を見つけるのは簡単だ――悲しいことだが。そのほかの基準はひとつだけ。実験参加者の自宅に、屋内に直接つながるガレージがあることだ。

エリカは平日の一日の終わり、イヌが何時間もひとりきりで過ごしたあとに、そのさみしいイヌが飼い主と暮らす家のガレージで実験をしようと考えた。まず、屋内につながるドアの近くの床にふたつのマークを描いた。どちらもドアからは同じ距離で、家のなかから戸口ごしにガレージを見たときに同じ角度になるようにした。その後、ドアの取っ手にロープをつなぎ、ロープを使ってドアを開ける係を助手にまかせた。そうすれば、助手はイヌの視界には入らない。

助手がドアを開ける前に、エリカは床の片方のスポットにおいしいドッグフードの入ったボウルを置き、もう片方には飼い主を立たせた。飼い主は仕事でまるまる8時間留守にしていた。そのあいだ、家のなかに食べるものはない。つまり、イヌは大切なものふたつのどちらについても、同じくらい飢えた状態にあるということだ。

これで、楽しい実験の準備が整った。助手がドアを開けたら、イヌは飼い主と餌の入ったボウルを目にする――どちらも自分の立っているところからは同じ距離にあり、それまでの八時間は手に入らなかった。どちらを選ぶのだろうか? 自分にとって特別な人か、おいしい食べものか?

助手がドアを開けた。
結果はいつも同じだった。飼い主の車が帰ってきた音を聞きつけていたイヌは、助手がドアを開けた途端、ほとんど跳びかかる勢いで飼い主に駆けよったのだ。一瞬だけ、ドアのすぐ向こうに誰もいないと気づいたイヌの顔に、混乱の表情がよぎるのが見えた。けれど、イヌはたちまち飼い主を見つけ、尻尾を振りながら、跳びついて顔をなめる気満々の低い姿勢で走りよった。たいていは、ひとりきりで過ごした一日の終わりに親しい人間にあいさつできる機会に大喜びしているようだった。

とはいえ、実験のこの段階では、イヌが不運にも餌のボウルに気づかなかっただけという可能性もおおいに考えられた。純粋な技術的観点からいえば、この実験には欠陥がある。というのも、この実験に登場する人間は、餌のボウルよりもずっと大きいからだ。でも、飼い主にまとわりついていたイヌは、すぐにもうひとつのごほうびに気づいた。はじめのうちは餌のほうをちらりと見るだけだった――飼い主を出迎えることに比べれば、餌はたいして重大事ではなかったからだ。そのあと、遅かれ早かれ、小走りでボウルに近より、中身のにおいを嗅ぐ――それでも、またすぐに飼い主のもとに戻った。飼い主に比べたら、餌にはまったく価値がないということだ。

わたしたちの実験では、飼い主と餌のどちらかを選ぶ時間として、イヌに二分間を与えた。実験をはじめておこなうイヌでは、餌に本気の関心を示すケースはいちども見られなかった。

もちろん、この実験を一週間にわたって毎日繰り返すうちに、イヌはわたしたちのたくらみに気づき、餌を食べるようになった。毎日、飼い主が帰宅すると、エリカと助手はガレージの床にふたつのスポットを設け、片方に餌のボウルを、もう片方に飼い主を置いてから(左右の位置はランダムに変えた。イヌがどちらか一方に向かう癖をつけないようにするためだ)、助手がドアを開け、イヌにどちらかを選ばせた。それを二日ほど続けると、イヌは次に起きることをはっきり認識するようになる。真っ先に飼い主にあいさつするのは変わらないが、そのうちに、餌のボウルに駆けよって、ひと口でほおばれるだけの量をほおばってから、また飼い主のもとに戻って歓迎を続けるパターンができあがる。

飼い主を歓迎しながら餌を食べるパターンに少しずつ変わっていったとはいえ、この一連の実験は、大切な人間と触れあうチャンスが、イヌにとって餌と同じくらい価値があることをはっきり示している。実際、絶対にどちらかを選ばなければならないのなら、ほとんどは餌よりも飼い主を選ぶ。もちろん、そのうちにイヌは飼い主がそばにいることに安心し、餌を食べるようになる――そうしてはいけない理由がどこにある? だからといって、飼い主が大切でないというわけではない。そうするのは、飼い主が突然いなくなったりしないと予想しているからにすぎない。

全体として見ると、この一週間の実験でイヌがとった行動は、飼い主との絆の強さを裏づける強力な証拠になる。そして、わたし自身と愛犬との関係を新しい観点から考えさせるものでもあった。職場で長い一日を送ったあとに、喜びをほとばしらせるゼフォス〔著者の愛犬〕の出迎えを幾度となく受けていたにもかかわらず、わたしのなかではまだ、ゼフォスはほんとうにわたしに会えて喜んでいるのだろうか、夕食をもらえる期待に興奮しているだけなのではないか、という疑問がくすぶっていた。エリカのガレージ・ドア実験は、その疑問にきっぱりとした答えを出していた。ゼフォスはほんとうに、わたしに会えて大喜びしている。隠れた動機(少なくともそれだけ)から行動しているわけではないのだ。

本書の詳細は▶こちら

◆書籍概要

『イヌはなぜ愛してくれるのか  「最良の友」の科学』
著者: クライブ・ウィン
訳者: 梅田 智世
出版社:早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
本体価格:1,080円
発売日:2022年11月16日

◆著者紹介

クライブ・ウィン Clive D. L. Wynne
1961年、イギリス生まれ、米アリゾナ州在住。アリゾナ州立大学教授。同大イヌ科学共同研究所の創設者。アメリカ初のイヌ専門の研究室をフロリダ大学で生み出したほか、ドイツ、オーストラリア赴任経験も。100本以上の査読付き論文に著者として名を連ね、イヌの動物心理研究のパイオニアとして知られる。ナショナルジオグラフィック、BBCなどメディア出演、各国での講演も多数。

◆訳者紹介

梅田 智世
翻訳家。訳書にオコナー『WAYFINDING 道を見つける力』、リーバーマン&ロング『もっと! 』、ナッシュ『ビジュアル 恐竜大図鑑』、ドリュー『わたしは哺乳類です』など。


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