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かたちは本来どうあるべきか──LED薄型歩行者灯器のはなし③(秋田道夫『かたちには理由がある』より)

ソニー独立後、フリーランスとしてさまざまな製品を手がけてきたプロダクトデザイナー・秋田道夫。自身が「代名詞」と語るのが、歩行者用の薄型信号機のデザインです。

LED薄型歩行者灯器

この「風景に溶け込む」信号機のデザインは、どのように生まれたのか? 新刊『かたちには理由がある』(ハヤカワ新書)より、数回にわけてご紹介します。


かたちは本来どうあるべきか──LED薄型歩行者灯器のはなし③

▶連載第1回(「あの人は相当信号機に興味があるようだ」)はこちら
▶連載第2回(デザインの専門用語で説明することが難しい製品)はこちら

一般に信号機と呼ばれているランプボックスは、正式には「信号灯器」と呼ばれます。歩行者用なら「歩行者用信号灯器」ですね。そのデザインをすることになったのですが、信号機はとても規制が多い製品ですから、灯器の寸法も光るパネル部のサイズもあらかじめ決められていますし、その間隔も決まっています。ぱっと見た感じでは「ほとんどやりようがない」という印象を持ちました。

その「やりようがないものをデザインする」というのが、プロダクトデザインの仕事の面白いところだと感じます。無理難題をどうにかこうにか乗り越えて、デザインの力を最大限に発揮できたのが信号機のデザインだったように思います。ポイントは「要素を減らすこと」と「背面のデザイン」でした。

旧来の歩行者用信号機は、光る部分の周囲に、歌舞伎の「隈取り」のような段差が付いています。この段差、実用上は必要ないのです。わたしから見ると、かたちを複雑にする要素がひとつ増えているように映りました。そして、その段差と外観の比率が揃っていないから、ちょっと不思議な感じになっています。「かたちは本来どうあるべきか」を考えた時に、これまでの恰好に揃えるのではなく、気になった「余剰」を変えたいと思いました。

そこで、表示パネル周りの段差をなくして、本体のアール(曲面)も揃えました(図参照)。日頃、信号機をまじまじと見た経験はほとんどないと思いますが、よかったらインターネットで「歩行者用信号機」を検索してみてください。常々「みんな一緒」と思っていた歩行者用の信号機にも、メーカーによって結構な違いがあることが分かっていただけると思います。

『かたちには理由がある』秋田道夫、ハヤカワ新書より歩行者用信号機のデザイン図
『かたちには理由がある』より

もうひとつ大切な改良のお話をすると、信号機の本体は、中の発光ユニットを取り替えたり点検をしたりするために、ふたが開く構造になっています。その開閉用にヒンジ(蝶番)があるのですが、信号電材の製品ではかなり立派なヒンジにし、さらにその大きなかたちが本体と馴染むようにするために曲面を付ける工夫をしました。

当初、設計者の方は「デザイナーの方はヒンジや出っ張りをなくしたいですよね」と言ってくださったのですが、どうやってもそれらが見えないような構造にすることはできないと感じたので、「どうせなくせないなら、ガッツリと出したかたちにしましょう」と提案しました。

こうした「だめなら諦める」という考え方が、設計者の方から信頼を得るためには重要だったと思います。それは逆に言えば、「デザイナーは無茶を言う人」という認識を、一般的に持たれているということでもあります。

(次回に続く)

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著者紹介

秋田 道夫(あきた・みちお)
1953年大阪生まれ。プロダクトデザイナー。愛知県立芸術大学卒業後、トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て1988年よりフリーランスとして活動を続ける。LED式薄型信号機、交通系カードチャージ機、虎ノ門ヒルズセキュリティーゲート等の公共機器から日用品まで幅広く手がける。X(Twitter)での発信が話題を呼び、フォロワーは10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』がある。

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