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〈老人と宇宙〉著者最新作、『星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー―』試し読み(その1)

老人と宇宙(そら)〉シリーズで現代アメリカ屈指の人気作家となったジョン・スコルジー。その新シリーズの第1作となる『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー―』から、プロローグと1章の途中までの試し読みを、3回にわけてお送りします。本書はローカス賞を受賞。ヒューゴー賞の候補にもあがりました。
 プロローグはそれ自体で短篇としても読める作品になっています。お楽しみください。
 ジョン・スコルジー『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー―』(内田昌之 訳)は、ハヤカワ文庫SFより12月5日発売予定です。

プロローグ

 その反乱者たちはうまく逃げおおせることもできただろう──もしもフローの崩壊が起こらなかったら。

 もちろん、ギルドには船のクルーが反乱を起こす際の合法的かつ標準的なやりかたがある。もう何世紀もまえから定められている規約だ。ひとりの上級クルー、なるべくなら副長か一等航宙士、さもなければ機関長、主任技師、主任医師、かなり異様な状況下ではオーナー代表者が、船の帝国顧問に対し、ギルドの規約に従って〝反乱につながる苦情の明細書〟を提出する。帝国顧問は船の主任司祭に相談して、必要なら目撃者と証言を集め、それから1カ月以内に〝反乱の認定〟あるいは〝反乱の否認〟を宣告する。

 前者の場合は、保安主任が正式に船長を排除して隔離し、その船長は次の到着地で正式なギルド聴聞会にかけられて、船と地位と航宙権の喪失から民事および刑事訴訟を経ての刑務所収容までさまざまなレベルの処罰を受けることになり、もっとも厳しい場合には死刑となる。後者の場合は、苦情を申し立てたクルーのほうが保安主任によって拘束されて正式なギルド聴聞会にかけられ、以下略。

 だれもそんなことをするつもりがないのは明らかだった。
 では反乱がほんとうに起こるときにどうなるかというと、武器や、暴力や、突然の死が訪れ、士官はおたがいに獣のように襲いかかり、クルーはなにが起きているのかと右往左往する。その先は、展開に応じて、船長が殺害されて虚空へほうり出されたあとでなにもかも合法的できちんとしているように見せかけるための工作がおこなわれるか、さもなければ、逆に反乱を起こした士官とクルーがエアロックのむこう側を見せられて、船長が〝非合法反乱の報告書〟を提出することになり、その結果反乱者たちの遺族は各種手当と年金の資格を取り消され、配偶者とこどもたちは飢えに苦しみギルドの務めから2世代にわたって排除される──なぜなら反乱因子は目の色や過敏性大腸の傾向と同じようにDNAに組み込まれているとみなされるからだ。

〈テル・ミー・アナザー・ワン〉のブリッジでは、アルーロス・ヒネオス船長が書類上ではないほんとうの反乱にあわただしく対応していたが、自分にとても正直になるなら、いまのところ事態は彼女にとってあまりよい方向へ進んでいないようだった。もっとはっきり言うと、副長とその手下たちが溶接機であの隔壁を突破してしまったら、ヒネオスとブリッジにいる彼女の部下たちはのちに〝事故〟と呼ばれるできごとの犠牲となるしかないのだった。

「武器庫は空っぽです」ネヴィン・バーナス三等航宙士が中身を調べたあとで言った。

 ヒネオスはうなずいた。当然だろう。武器庫のコードを解除できるのはきっちり5人だけ──船長、当直士官たち、それと保安主任。その5人のうちのだれかが前回の当直のときに武器をすべて運び出したのだ。理屈から言えば、たったいま手下たちといっしょに壁を切りひらこうとしている副長のオリー・インヴァーだろう。

 ヒネオスはまったく丸腰というわけではなかった。ブーツに低速ダートプッシャーを入れているのは、十代のころにごみごみしたグルスガットで〝ラピッド・ドッグス〟のギャング仲間と走り回っていたころからの習慣だ。1本きりのダートは至近距離で使うためにあり、1メートル以上離れると、撃たれた相手を怒らせるだけの効き目しかない。ヒネオスはダートプッシャーが自分や自分の指揮権を救ってくれるという幻想はいだいていなかった。

「状況報告」ヒネオスは〈テル・ミー〉のほかの士官たちと連絡をとるのに忙しいリカ・ダンに命じた。

「機関室についてはファノーチ機関長からの支援要請を最後に応答がありません」ダンがこたえた。エヴァ・ファノーチは自分の部署が副長の率いる武装したクルーに占拠されたときに真っ先に警告を伝えてきた。それを聞いてヒネオスはブリッジを閉鎖して全船に警戒態勢をとらせたのだ。「ヴォスニ主任技師も応答しません。ドクター・ユートメンもです。ブレマンは船室に閉じ込められています」ピーター・ブレマンは〈テル・ミー〉の保安主任だ。

「エゲルティはどうしてる?」ループ・エゲルティはオーナー代表者で、ほとんどの場面でいわゆる雄豚の乳首なみに役立たずだが、反乱者たちの仲間ではないだろう。反乱はビジネスにはマイナスになるからだ。

「応答ありません。スラヴィンとプリーンもです」このふたりは帝国顧問と司祭だ。「ニイン二等航宙士も所在を報告していません」

「もうじき突破されます」バーナスが隔壁を指差して言った。

 ヒネオスは顔をゆがめた。あの副長とはずっとそりが合わなかった。〈テル・ミー〉のオーナーである公家(ハウス)トイスの推薦があって、ギルドから押し付けられたのだ。ヒネオスが片腕として選びたかったのは二等航宙士のニインだった。もっと強く推すべきだった。この次はきっと。

〝もうこの次なんてないだろうけど〟ヒネオスは死ぬし、彼女に忠実な士官たちもたとえまだ生きていてもいずれは死ぬし、〈テル・ミー〉はまだ1カ月はフローにいるから船のブラックボックスを射出してほんとうはなにが起きたのかを伝えることもできない。〈テル・ミー〉がエンドに着いてフローを出るころには、汚れ物は片付けられ、証拠は整理され、話の流れはできあがっている。〝まさかヒネオスがあんなことになるなんて〟と彼らは言うだろう。〝爆発があったんです。大勢が命を落としました。船長はできるかぎりクルーを救おうとして勇敢に引き返していったんです〟

 とかなんとか。

 隔壁が焼き切られて、1分後に金属板がデッキに倒れ込むと、ボルトスロワーで武装した3名のクルーが踏み込んできて、ブリッジのクルーをぐるりと牽制した。ブリッジのクルーはだれも動かなかった。そんなことをしてもどうにもならない。武装したクルーのひとりが安全確保の合図をすると、副長のオリー・インヴァーが隔壁の穴をくぐってデッキへ姿をあらわした。彼はヒネオスを見つけて近づいてきた。武装したクルーのひとりがボルトスロワーではっきりと彼女に狙いをつけた。

「ヒネオス船長」インヴァーがあいさつをした。

「オリー」ヒネオスもあいさつを返した。

「アルーロス・ヒネオス船長、商業輸送ギルド統一法典第7条第38項に従い、わたしはここに──」

「ごたくはやめて、オリー」

 インヴァーは笑みを浮かべた。「わかった」

「あなたがみごとに反乱をやってのけたことは認めざるをえない。最初に機関室を制圧したことで、ほかがすべてうまくいかなかったとしてもエンジンを吹き飛ばすと脅すことができる」

「ありがとう、船長。実のところ今回の指揮権の移行では犠牲を最小限にとどめたかったのでね」

「つまりファノーチが生きているということ?」

「〝最小限〟と言ったんだよ、船長。残念ながらファノーチ機関長はあまり協力的ではなかった。ハイバーン副機関長が昇進している」

「ほかの士官たちをどれだけ味方につけているの?」

「それはきみが心配することではないと思うよ、船長」

「ふん、少なくともあたしを殺すつもりはないというふりはしないわけね」

「言っておくが、こんなことになって残念なんだよ、船長。わたしはきみを高く評価しているのだから」

「ごたくはやめてと言ったはずだけど、オリー」

 インヴァーはまた笑みを浮かべた。「相変わらずお世辞が通じないね」

「この反乱を起こした理由をあたしに話したいんじゃないの?」

「いや、そうでもないな」

「ぜひ話して。自分がなぜ死のうとしているのかを知りたいから」

 インヴァーは肩をすくめた。「もちろん金のためだよ。われわれはエンドで反乱を鎮圧しようとしている軍隊のために大量の武器を運んでいる。ライフル、ボルトスロワー、ロケットランチャー。知っているだろう、きみが積荷目録にサインしたのだから。わたしはアルパインにいたときに武器を反乱軍のほうへ売らないかと持ちかけられた。30パーセントの割り増し付きで。よい取引に思えたので、承諾したわけだ」

「どうやって武器をそいつらに引き渡すのか知りたいわね。エンドの宇宙港はあそこの政府が管理しているのに」

「そんなところまで行かないんだよ。われわれはフローを出たところで〝宙賊〟に襲われて積荷を奪われてしまう。きみやそのほかの計画に賛同しないクルーは攻撃を受けたときに死亡する。単純で、簡単で、残されたすべての人びとが大金を儲けて幸せになる」

「公家トイスは幸せにならない」ヒネオスは〈テル・ミー〉のオーナーのことを持ち出した。

「彼らは船と積荷に保険をかけている。大丈夫だよ」

「エゲルティのことはそうはいかない。あなたは彼を殺すしかないでしょう。ヤナー・トイスの義理の息子よ」

 インヴァーは公家トイスの首長の名を聞いて笑みを浮かべた。「信頼できる筋から聞いた話では、トイスはお気に入りの息子が寡夫になってもそれほどひどく気分を害することはないようだ。結婚で確保できる別の提携先がいろいろあるんだろう」

「じゃあ、なにもかも計画してあったのね」

「悪く思わないでくれ、船長」

「金のために殺されたら悪く思うわよ、オリー」

 インヴァーは返事をしようと口をひらいたが、そのとき〈テル・ミー・アナザー・ワン〉がフローから脱落して、船内のだれも──ヒネオスもインヴァーも──アカデミーのシミュレーション以外では聞いたことのない一連の警報を鳴り響かせた。

試し読みその2〔プロローグ後半〕へ続く

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『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー―』
ジョン・スコルジー   内田昌之 訳
ハヤカワ文庫SF 1160円(税別)
2018年12月5日発売  装画:Shinnichi Chiba


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