〈老人と宇宙〉のジョン・スコルジー最新作、『星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー―』訳者あとがき
ジョン・スコルジーの新シリーズの第1作となる『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー―』が12月5日に発売されます。ローカス賞を受賞。ヒューゴー賞の候補にもあがった話題作です。その発売を記念して、内田昌之さんによる訳者あとがきを特別公開いたします。
〈老人と宇宙(そら)〉シリーズですっかり有名作家の仲間入りをして、日本の読者にもおなじみとなったジョン・スコルジー。いまや本国アメリカでは、新作が出るたびにベストセラーリストに顔を出し、次々と映像化の話がもちあがるという大人気ぶりです。そんな状況を反映してか、2015年には10年間で13冊の本を出版するという契約をトー・ブックスと結びました。規模といい契約金額といいSF作家としては破格のレベルで、業界内でも大きな話題になりました。
本書は、その大型契約による最初の作品として2017年に刊行された、新しいスペースオペラ・シリーズの第1弾です。以前からの読者は、スコルジーといえばミリタリSFの作家という印象があるかもしれませんが、今回はなんと銀河帝国もの。いつにも増してセールスが絶好調なだけでなく、SF界における評価も高く、ひさしぶりにヒューゴー賞の候補になったほか、みごとローカス賞のSF長篇部門を受賞しました。
銀河帝国ものといえば、映画の〈スター・ウォーズ〉を持ち出すまでもなく、SFではとても人気があるテーマのひとつで、フランク・ハーバートの〈デューン〉や田中芳樹の〈銀河英雄伝説〉など洋の東西を問わず数多くの名作が生まれています。しかし、単に帝国を舞台とするだけでなく、帝国そのものを描くことを主眼にした作品としては、やはりアイザック・アシモフの〈ファウンデーション〉シリーズがもっとも有名でしょう。
〈ファウンデーション〉ではエネルギー源を失うことで銀河文明がゆるやかに破滅へむかいますが、スコルジーのこの作品でも、The Collapsing Empire(崩壊する帝国)という原題どおり、宇宙規模の異変によって破滅の瀬戸際に立つ文明とその中で人類を救おうと奮闘する人びとの姿が描かれることになります(両者の類似は明らかに思われますが、ローカス誌に載った作者インタビューによると、本書に大きな影響をおよぼしたのはむしろ〈デューン〉のほうだったようです。当初は文体までハーバート風にしようとして挫折したとか)。〈老人と宇宙(そら)〉シリーズでも、巻が進むほどに人類とエイリアン種族が入り乱れる政治的な丁々発止のやりとりが前面に押し出されていましたので、作者がこのような作品に手を染めるのは自然な流れだったのかもしれません。
さて、恒星間をまたにかける舞台を設定するわけですから、当然、その移動手段が問題となります。光が届くのに何十年何百年とかかる広さの世界では、たとえワープ航法があっても、それによって行動が制限されるだけでなく、通信でも大きなタイムラグが発生するので(最初からそういうことを気にしないタイプの作品は別ですが)、そのあたりをどう物語にからめていくかが作家の腕の見せどころとなります。
本書では〝フロー〟と呼ばれる謎の異次元フィールドによって超光速の移動が実現されていて、人類は恒星間をつなぐ川の流れにも似たそのフィールドをたどるようにして、広大なインターディペンデンシーという帝国を築いています。ところが、このフローの流れはごくまれに不安定になることがあります。通過中の宇宙船がうっかり脱落しようものなら、ほうり出された場所によっては二度と文明世界へ戻ることはできません。それどころか、ある星系へつながるフローの流れそのものが消滅することさえあり、その場合、取り残された惑星は永遠に帝国から切り離されてしまうのです。かつて人類の発祥地である地球が失われたように。そしていま、過去千年にわたって安定していたフローにかつてない大きな変化のきざしが……。
帝国の呼び名である〝インターディペンデンシー〟は〝相互依存〟という意味で、正式名称は〝相互依存する国家および商業ギルドの神聖帝国〟。この世界では、すべての星系が生存のために必要な物資を他の星系に依存する仕組みを取り入れることで、相互の結びつきを強めると同時に、帝国の支配を確固たるものとしています。たまたまフローの近くにある星系しか利用できないので、ほとんどの植民地は惑星上ではなく人工ハビタットにあり、帝国から独立しては存続が不可能なのです。
物語のおもな舞台となるのは、各星系からのフローの流れが集中することで文明の中心地となっている惑星ハブと、そこからもっとも遠方にあってなかば反体制主義者の流刑地と化している惑星エンド。フロー崩壊についてひそかに研究を続けてきた物理学者と、身内の利益のみを追求する(肉食系)財閥令嬢と、望まぬ帝位を引き継いだばかりの若き女帝(この世界の皇帝は男女にかかわりなくEmperox〔エンペロー〕と呼ばれています)を中心に、多数の思惑がからみあった陰謀渦巻くドラマが繰り広げられます。スコルジーらしい軽妙さは残しつつも、〈老人と宇宙(そら)〉シリーズとはまたちがった作者の新しい魅力を見せてくれる、一気読みの快作です。
期待の大型シリーズの第1作ですので、ここで作者についてあらためて簡単に紹介しておきましょう。
ジョン・スコルジーは、1969年、カリフォルニア州生まれ。SFとの最初の出会いは映画の〈スター・ウォーズ〉で、その後、ハインラインのジュブナイルものから小説へ進むという道筋をたどりました。大学卒業後に地元の新聞で映画評を書きはじめ、それ以降、さまざまな分野のエッセイスト・評論家・編集者として生計を立てるように。
発表のあてもないまま書き上げたAgent to the Stars という長篇SFを、1999年みずからのウェブサイトで〝シェアウェア小説〟として公開。これがある程度の成功をおさめたことで、本気で書籍としての出版をめざして第2長篇『老人と宇宙(そら)』を執筆。原稿持ちこみという退屈な手続きをはぶき、ブログで毎日1章ずつ連載するという思いきった手段に出たところ、たちまち大手出版社の目にとまり、2005年1月にハードカバーで刊行のはこびとなりました。
その後はまさにとんとん拍子で、〈老人と宇宙(そら)〉シリーズは毎年のように各賞の候補にあげられ、すでに新たなるクラシックの地位を確立。ユーモア長篇『レッドスーツ』ではヒューゴー賞ローカス賞をダブル受賞。SFの枠を超えてベストセラーリストの常連となり、ハリウッド方面からも関心を寄せられるようになったことで、ついには冒頭に書いた大型契約を結ぶにいたったわけです。翻訳権は世界各国に売れていて、日本でも〈老人と宇宙(そら)〉シリーズの3作目である『最後の星戦』と、単発長篇『アンドロイドの夢の羊』が星雲賞に輝きました。
スコルジーはいわゆる〝古い革袋に新しい酒を入れる〟タイプの作家で、きわだった独創性があるわけではないのですが、そのリーダビリティの高さやテーマの多彩さ、さらにはなかなかまねのできないユーモア感覚により、さまざまな方面から大勢の読者を引き寄せてきました。すでに邦訳された作品だけを見ても、〈老人と宇宙(そら)〉シリーズによってミリタリSFのファンを、『アンドロイドの夢の羊』によってフィリップ・K・ディックのファンを、『レッドスーツ』によって〈スター・トレック〉のファンを。そして今回のシリーズで〈デューン〉や〈スター・ウォーズ〉のファンを。したたかな計算という見方もできるでしょうが、ファンあがりの作家らしく、どの作品にもSFというジャンルに対する愛情があふれていることが、いつまでも人気の衰えない理由のひとつなのかもしれません。
著作リスト(長篇のみ、邦訳はすべて早川書房刊)
1 Old Man's War (2005)『老人と宇宙(そら)』
2 Agent to the Stars (2005)
3 The Ghost Brigades (2006)『遠すぎた星 老人と宇宙(そら)2』
4 The Android's Dream (2006)『アンドロイドの夢の羊』星雲賞受賞
5 The Last Colony (2007)『最後の星戦 宇宙(そら)3』星雲賞受賞
6 Zoe's Tale (2008)『ゾーイの物語 老人と宇宙(そら)4』
7 Fuzzy Nation (2011)
8 Redshirts (2012)『レッドスーツ』ヒューゴー賞・ローカス賞受賞
9 The Human Division (2013)『戦いの虚空 老人と宇宙(そら)5』
10 Lock In (2014)『ロックイン ―統合捜査―』
11 The End of All Things (2015)『終わりなき戦火 老人と宇宙(そら)6』
12 The Collapsing Empire (2017) 本書 ローカス賞受賞
13 Head On (2018) 10の続篇
14 The Consuming Fire (2018) 12の続篇
では最後に、未訳の新作について。
当初は二部作と発表されていたこの〈インターディペンデンシー〉シリーズですが、本書を読めばわかるとおり、とてもそれではおさまらないということで、少なくとも三部作になることが決定しています。その第2部にあたるThe Consuming Fire はこの10月に本国で刊行されました。もともと来年の4月に予定されていたのが、第1部の大成功のおかげで前倒しになったとか。内容については本書のネタバレになるので多くは語れませんが、帝国内の政治闘争にとどまらず、過去に失われた惑星の謎もからんで、さらに話が広がっていくということだけはお伝えしておきましょう。
今年の4月にはSFサスペンス『ロックイン―統合捜査―』の続篇であるHead On も刊行されたばかり。ヘイデン症候群の人びとがロボットの体をあやつっておたがいの頭部(ヘッド)を奪い合うという過激なスポーツの世界で殺人事件が発生し、おなじみFBIのクリスとレスリーのコンビが捜査にあたります。クリスが使うロボットが何度も壊され続けるというギャグも健在で、こちらもさらに続篇の予定があるようです。
気になる映像化については、計画が出ては消えという感じでなかなか製作にまではいたりませんが、現時点でも〈老人と宇宙(そら)〉、〈インターディペンデンシー〉、それと『レッドスーツ』については水面下で話が進んでいるようです。気長に待ちましょう。
The Consuming Fire の執筆を終えたとき、スコルジーは次に書く長篇について問われて、〈インターディペンデンシー〉の第3部になる可能性は高いけれど、このところシリーズものばかり続いたので、なにか新しいものを書きたい気持ちもあるとこたえていました。いずれにせよ、例の大型契約にあった13冊のうち、まだやっと3冊が刊行されたばかり。お楽しみはとうぶん尽きることはなさそうです。
2018年11月
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『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー―』
ジョン・スコルジー 内田昌之 訳
ハヤカワ文庫SF 1160円(税別)
2018年12月5日発売 装画:Shinnichi Chiba
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