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新書創刊の舞台裏:四季に応じて変化する日本庭園をデジタルで保存する!? 不可能に挑む試みを『日本庭園をめぐる』担当編集者が語る

早川書房があらたに立ち上げた新書レーベル「ハヤカワ新書」。早川書房の強みであるSFやミステリ、ノンフィクションなど多彩な視点を生かした、独自の切り口の新書を多数予定しています。
創刊第二弾は2023年7月19日(水)に発売したばかり。どんなテーマの新書が読める? そもそも新書創刊って何を準備するの? ……そんな疑問にお答えすべく、『日本庭園をめぐる』(著:原 瑠璃彦)の発売に向けて準備を重ねてきた担当編集者(新書編集部:山本純也)に話を聞きました。日々刻々とうつろいゆく日本庭園を「後世に伝えるアーカイヴ」にすることは可能? 話題を呼んでいる新刊の“舞台裏”をご紹介します。


『日本庭園をめぐる デジタル・アーカイヴの可能性』原瑠璃彦、ハヤカ新書(早川書房)
『日本庭園をめぐる デジタル・アーカイヴの可能性』
ハヤカワ新書

伝統×テクノロジー!  日本文化研究の新鋭による、未踏の庭園論
現代のテクノロジーを駆使して、刻一刻と変化する日本庭園をアーカイヴすることは可能か。またそれによって日本庭園のどのような諸相が新たに明らかになるか。日本文化研究の新鋭が、日本庭園の成り立ちを歴史から紐解きつつ、その新たな姿について論じる。

変化し続ける庭の風景を「保存」することは可能?!

編集担当・山本純也(以下同):この本の企画を思い立ったきっかけは、山口情報芸術センター(YCAM)という山口県のメディアアートセンターが行なっている企画についてSNSを通じて知ったことです。このYCAMというのは、枠組みにとらわれない先駆的な芸術作品や、現代美術作家の新作を展示している施設で、その情報を定点観測していたときに、「終らない庭のアーカイヴ」というメディア・テクノロジーを用いて制作するアート作品のプロジェクトのことを知りました。これは、3Dスキャンなどの映像技術や立体音響などの最新テクノロジーを駆使して収集した日本庭園のデータ・アーカイヴを、まるで庭そのものを体験できるインスタレーション作品として構成したもので、それを主宰していたのが原瑠璃彦さんだったんです。

日本庭園についてはあまり詳しくないという人でも、庭というのは毎日刻々と草木が変化して、四季によっても昼夜の時間帯によっても表情が変わるものだという印象があると思います。いわば「変化の象徴」のような庭園を、どうやって保存するんだろう? と惹き付けられたのが、この本の発端かもしれません。

「文化のアーカイヴ」という喫緊の課題

本書を開いていただければ分かると思いますが、原さんが主張するアーカイヴの手法はこれまでの方法と違い、最新のデジタル技術に裏付けされたものです。さらに、それをウェブ上にアップロードしていくからこそ、変化し続けるものをアーカイヴにすることが可能になっています。庭園に限らず、多くのアートや文化財が直面している「保存・保管の問題」に対して、新たな可能性も提示し得るという点で、とても挑戦的だなと思いました。

ですから、変化する日本庭園をアーカイヴにして楽しもう……というのは面白い試みである一方で、「文化のアーカイヴ」という面で、大きな課題を抱えています。歴史のある旧い町並み、修復が必要な絵画の保管、古典映画のフィルムの保存……こんなニュースが時には皆さんの耳目に触れることがありますよね。文化財に関わる人にとっては、アーカイヴはエンターテインメントではなく、解決すべき喫緊の課題でもあるわけです。

アーカイヴの重要性はますます増しています。文化や芸術だけでなく、震災などの災害や戦争などの記憶のアーカイヴ化もその一つですね。カタストロフィをアーカイヴ化して後世に伝えることで、悲劇の繰り返しを防ぎたいというプロジェクトは、防災的にも社会福祉的にも必要とされていると思います。アーカイヴという考え方が拡張しつつあります。

『日本庭園をめぐる』口絵写真(早川書房)
▲本書口絵カラー写真では、日本庭園を3Dデータ化する過程を紹介

日本庭園をリアルでもアーカイヴでも堪能する

著者の原瑠璃彦さんは、庭園に限らず、能や狂言など日本文化に対して非常に守備範囲の広い方です。だからこそ、庭とは日々水が流れ、鳥が鳴いたり花が咲いたりする、様々なドラマが次々と繰り広げられる舞台であるという「日本庭園の上演性(パフォーマンス)」という視点が生まれたのだと思います。

日本庭園の一番の醍醐味はその空間を歩き回りながら堪能することかもしれませんが、デジタル・アーカイヴになることによって、いつでもどこからでも、たとえばスマホ等を通じて簡単に鑑賞することも可能になります。しかも、春夏秋冬の季節や時系列の変化についても一目で把握することができるようになるんです。そういった意味では、今まで日本文化や庭園に興味があったけれども、どう鑑賞すればいいのか分からなかったという若い方にとって、本書は最適の「日本庭園入門」であると思います。日本庭園の歴史的な成り立ちや、西洋の庭園との違いについての解説もありますし、「抽象的で意味がわからない……」と思っていた方に対しては、庭を設計デザインした作庭家の意図を読み解くページもあります。

本書を突き動かしたモチベーションは、庭を「アーカイヴ化して遺すこと」にありますが、この本を読んだ方には、やはり実際に日本庭園に足を運んでもらいたいですね。疑似的に楽しむだけでなく、リアルに日本庭園を満喫するきっかけにしてほしいんです。一方で、アーカイヴにしかできないこともたくさんあります。例えば、立入禁止の枯山水の石庭の真ん中から庭全体を俯瞰するといった特別な体験です。それぞれの両義的な楽しみを、本書を通じて味わってもらえたらとても嬉しいです。

本書の「NFT電子書籍版(※)」には、著者・原瑠璃彦さんと津川恵理さん(建築家)が実際に東京都内の日本庭園を散策しながら対談した記録を特典として収録しています。
※NFT電子書籍とは
本篇と同内容の電子書籍をNFT化。「FanTopアプリ」上のビューアで快適にお読みいただけます。NFT電子書籍は、従来の電子書籍とは異なりFanTop上で売買・譲渡することもできます。さらに作品によっては、追加のテキストや動画、音声、画像など、NFT電子書籍だけでお楽しみいただける限定コンテンツを収録。「未知への扉をひらく」というハヤカワ新書のコンセプトのもと、新しい読書体験を提供します。


本書は現在発売中です(電子書籍・NFT電子書籍付版も同時発売)。

記事で紹介した本の概要

『日本庭園をめぐる デジタル・アーカイヴの可能性』
著者:原 瑠璃彦
出版社:早川書房(ハヤカワ新書)
発売日:2023年7月19日(水)

著者プロフィール

■著者:原 瑠璃彦(はら・るりひこ)
1988年生。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。静岡大学人文社会科学部・地域創造学環専任講師。一般社団法人 hO 理事。専門は日本の庭園、能・狂言。単著に『洲浜論』(作品社)、共著に『翁の本』シリーズ(凸版印刷株式会社)など。坂本龍一、野村萬斎、高谷史郎による能楽コラボレーション「LIFE-WELL」、演能企画「翁プロジェクト」でドラマトゥルクを担当。

話題本の舞台裏をこちらでも公開中


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