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『新しい世界を生きるための14のSF』幻のあとがき(文・伴名練)

Hayakawa Books & Magazines(β)

最新世代の作品のみを集めた816ぺージの超大型アンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』が発売。本書はもともと480ぺージ予定だったのがいろいろあって300ぺージ以上増えたのですが、さらに編者の伴名練氏から「ページ数上限の都合で入れられなかった幻のあとがき」が到着しました。文庫本換算で25ぺージにおよぶ本稿を、全文公開します。(編集部)

『新しい世界を生きるための14のSF』

あとがき

『日本SFの臨界点』シリーズの読者の中には、『新しい世界を生きるための14のSF』を手に取ってみて、もどかしく思った方もいるかもしれない。各作品の著者紹介が、これまでと異なり、作品の扉裏に最小限のプロフィールを置いただけのものであり、同じ著者の別作品に手を伸ばすための情報が少ないからだ。
 本来は普段のように、各著者の別作品も扉裏で紹介する予定だったが、発表作品数がまだ少なく紹介に半ページ使わないであろう著者がいる一方で、既に作品数が多く2ページで収まらないであろう著者もいるため、ページ数がまちまちになるくらいなら巻末あとがきでまとめて紹介しようと一旦は考えた。
 ところが、実物を見ればお分かりの通り、文庫なのに本文とコラムだけで800ページ超の分厚い本となり、これ以上1ページも増やすことが許されなくなったため、巻末に載せる内容として、新人SF作家全体の作品発掘用記事と天秤にかけて、泣く泣くあとがきごと捨てることになった。
 というわけで、本来巻末に載せるつもりだった『新しい世界を生きるための14のSF』著者陣の、収録作以外の作品をWEBにてご紹介する。あくまでSFに区分し得る作品で主なものを紹介しているだけで、完全に網羅しているわけではないことをご了承いただきたい。

◆八島游舷

「Final Anchors」と並ぶ代表作が、第9回創元SF短編賞受賞作の「天駆せよ法勝寺」(『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選 』だ。九重塔・法勝寺は、仏塔であると同時に宇宙船である。佛理学の結晶である交響摩尼(マニ)車群の高速読経を利用し数百万の善男善女たちの祈りがこめられた祈念炉を動力源として発進する。人間の僧や機械僧からなる七名の宇宙僧たちは法勝寺に乗り込み、39光年離れた持双星での180年ぶりの大佛開帳に立ち会うため、また、転生佛候補である少女を送り届けるために宇宙を旅する。しかしその行く手には、執金剛神や有翼如来らによる思わぬ妨害が待ち構えていた。破天荒な仏教スぺオペとしてインパクト抜群の一作。
 他にアイデアが目立つ作品として、「時は矢のように」(『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』)。世界最速の生体AIが、原因不明ながら21日後に人類の大半が意識活動を停止する、という一種の人類滅亡予測を立てた。研究者たちは全人類の思考と知覚を加速させることで滅亡の到来を先延ばしするプロジェクトを開始し、そのための人体加速実験が行われる。「蓮食い人」(第5回日経「星新一賞」優秀賞は記憶テーマ。脳と連携する情報端末がランサムウェアに感染し、自身の記憶の一部が暗号化されてしまった主人公が、失われた記憶を取り戻すべく悪戦苦闘する。
「ミリオン・コネクションズ」(『Sci-Fire 2017』の舞台は某国との緊張が高まり開戦がささやかれる近未来日本。国民番号システムにハッキングを仕掛けた犯人が、情報統制機関であるメディア管理局の電子兵器戦略に協力を持ち掛ける。「アート・テロリスト」(『小説すばる』2020年10月号は渋谷駅連絡通路に設置された岡本太郎「明日の神話」を焼失させようと目論む思想犯とそれを追う警察の攻防を描く。

◆斜線堂有紀

「回樹」に続いて斜線堂SFを読みたいという人に一番にお勧めしたい傑作が、「骨刻」 (『SFマガジン』2022年6月号)。とある美容外科医院が始めた、レーザーで骨の表面に傷をつけ、文字を刻む「骨刻」。レントゲンを撮らなければ外部からはその痕跡を見ることができず、何の役にも立たない技術として、当初はサブカル的な文脈のみで注目されていたが、様々な事情を抱えた者たちが独自の手法で骨刻技術に救いを見出していく。奇想小説ファンや、奇妙な愛の物語が好きな方にも読んでほしい一篇。 〈異形コレクション〉シリーズでも常連だが、その中でも突出したものは「本の背骨が最後に残る」『蠱惑の本 異形コレクションL』『ベストSF2021』再録)だろう。物語を記憶し、それを語る人間が「本」と呼称される国。本どうしで同じ物語を記憶しながらストーリーに食い違いがある場合、版重ねと呼ばれる儀式が催される。本どうしでどちらが真実の物語かを論じ合い、誤っていると校正使に審判を下された側は、誤植持ちとされて焼き殺されるのだ。「白往き姫」の真の物語を巡って、二人の本が命を掛けて論戦を繰り広げる。法廷ミステリ色も孕むダークファンタジー。 〈異形コレクション〉収録作でジャンルSF色が強いホラーは「ドッペルイェーガー」(『狩りの季節 異形コレクションLII』。ピアノ教室で講師として働き、結婚を控えて幸福な日々を送る女性は、幼少期からの嗜虐癖をVR空間で密かに発散していた。3DCGと意識複製の技術によって作り出した、自身の幼少期のモデルをVR空間内で虐待・拷問していたのだ。この秘密の営みは、法的にも倫理的にも問題を生まないはずだったが……人間の二面性を鋭く抉る物語。「痛妃婚姻譚」(『ギフト 異形コレクションLIII』では、他人の痛みを肩代わりする技術によって、病院患者の苦痛を代理で受ける、痛妃と呼ばれる職掌が誕生する。彼女たちは絢爛師によって美しく飾り付けられ、激痛を隠しながら舞踏会で舞うことを課せられている。痛妃と彼女を守ろうとする絢爛師の、華麗にして切々たるラブストーリー。「死して屍知る者無し」(『秘密 異形コレクションLI』は、人間がいずれヤギやラバのような動物に変化するというコミューンで、兎になることを夢見る少女の遭遇する恐怖譚。  奇想ファンには「ウィンチェスター・マーダー・ミステリー・ハウスの殺人」(『ミステリマガジン』2021年5月号も見逃せない。1990年からウィンチェスター・ミステリー・ハウスが自己増殖を始め、アメリカ大陸どころか太平洋の半分を覆った時代。人類にとっての脅威たるこの建造物の果てを目指して、五人組の訪問隊が部屋から部屋へと進み続けていたが、そのうちの一人が死体で発見された。果たしてその死は、部屋の自己増殖に巻き込まれた事故によるものか、殺人によるものか? 特殊設定ミステリ特集に発表された破格の作品だ。 「BTTF葬送」(『2084年のSF』は、優れた映画には魂が宿っている、というぶっ飛んだアイデアが、1984年公開映画の最後の上映会に結び付き、エモーショナルな結末を導く。

◆murashit

 文芸同人サークル『ねじれ双角錐群』のアンソロジーに、凝った語りの作品を数多く寄稿している。「神待ち」テーマのSF・幻想アンソロジー『心射方位図の赤道で待ってる』に寄せた「神の裁きと訣別するため」は、絶対にじゃんけんに負けることのない女性が、夜の池袋西口の公園で、自分を負かすことのできる誰かを待っている――という導入で始まる。特殊文体を用いた、どこに連れていかれるか予測のつかない語りで読者を翻弄する実験度の高い作品だが、「点対」同様の独特な抒情が漂っている。「群れ×SF」テーマアンソロジー『無花果の断面』に寄せた「大勢なので」は、父の死後、遺品整理をしていた娘が1冊のノートを見つけ、それを開いて読む――と一般小説的に幕を開けるが、そこから「肉親の死後、遺品らしきノートを読む」状況を様々なバリエーション(時にはSF的なものも含む)で提示し、SF的な世界観を示唆する。
 サークル『ストレンジ・フィクションズ』のアンソロジー『夜になっても遊びつづけろ よふかし百合アンソロジー』に寄稿した「できるかな」は二人称小説で、酒を飲んだ夜に街灯の下で佇んでいる「あなた」に語りかけるという形式の百合短篇。ストーリー面では超常要素を含まないものの、読者にとって既知の事象(「街灯」「電気」「コンクリート」など)に一々説明を入れる遠回りで特異な語りから徐々に真実が明らかにして、やがて胸を打つ物語。

◆宮西建礼

 発表したSF作品は、「もしもぼくらが生まれていたら」を除くとあと2篇のみ。いずれも宇宙テーマで、過酷な状況の中にも希望を見出す物語だ。「されど星は流れる」(『Genesis されど星は流れる 創元日本SFアンソロジー』は現代を舞台にした作品。高校の天文同好会に所属する二人は、感染症流行による休校のために、校舎屋上の天体望遠鏡を使用できなくなり、これまでとは別の形での活動を余儀なくされる。二人は、太陽系の外から訪れる系外流星を発見することを目標として、自宅からの同時観測を始めた。外出することのできないもどかしさをバネにして、同時観測の輪は広がっていく。デビュー作であり、第4回創元SF短編賞受賞作である「銀河風帆走」(『極光星群 年刊日本SF傑作選』は遠未来が舞台。銀河系の恒星全てが力学的エネルギーを失い銀河核へと移動をはじめ、銀河の終焉が予見された後。人類は滅びゆく銀河系から価値あるものを脱出させるため、ポストヒューマンを生み出す。マグネティック・セイルで恒星風、更には銀河風を受けて、体重13万2千トンに及ぶ彼らは宇宙を旅する。

◆高橋文樹

静かすぎて聞こえない」(『小説すばる』2020年2月号は、ケン・リュウ「紙の動物園」に影響を受けて書かれたという力作。主人公の幼少期、父は母の故郷であるモンゴルに旅立った。少年時代の主人公はタブレットを通じて父とやり取りし、父からモンゴルに伝わる歌唱法、ホーミーを習う。父子のあたたかなやりとりに、やがて終止符が打たれる日が来る……親子テーマの一般小説のように進みながら、真相解明に至って社会派SFの様相を見せる。
 SFかどうかはさておいて、話題を呼んだのが「pとqには気をつけて」『小説すばる』2018年10月号『短篇ベストコレクション 現代の小説2019』に再録)。別々の地点にいる二人の男が同時に出発、ルールに従いながら移動して、最後に合流する、という掌編小説が存在する。それは、点Pと点Qの登場する数学の入試問題をもとに、とある英国人数学者が執筆したものだった。数学問題の中にドラマを見出す異色作。
「ニムの手遊び」(『Sci-Fire 2017』は、著者の作品の中でもっともスケールの大きな一篇。
 量子コンピュータを利用した危機予測研究所で働く主人公は、辺縁宇宙の観測データからこの世界の外に高次の存在がいる=神が存在するという確信を得る。やがて宇宙に危機が迫っているという真実にまでたどり着くが……。
「オートマティッククリミナル」(電子書籍)は、「Final Anchors」同様、近未来が舞台の自動運転テーマ作品。自動運転のバスが起こした事故によって妹を亡くした少年が、自動運転システムの欠陥を探し出そうとする。「おいしいゴキブリの食べ方」(『Sci-Fire 2018』)は、かつてカリスマ主婦としてテレビで活躍した女性が、再起のために昆虫食の紹介に活路を見出す、悪食ネタ小説。オンライン文芸誌〈破滅派〉で掌編SFも掲載しており、「かえりの会」は隕石衝突によって地球が衝突する直前の、最後の一日を過ごす女子高校生を描き、とどめの一滴」は敵からの地球奪還を目指す兵士の戦いを描いた。2篇とも、翻訳者のToshiya Kameiによる英訳が米国のオンライン文学誌に掲載されている。

◆蜂本みさ

「未来の色彩」がテーマの第2回かぐやSFコンテストに応募した作品「目には見えない光」は、種族の違いによって異なる視覚を持つ二人が、美術部で交流する友情の物語で、作者個人のnoteで公開されている。他にもnoteに掌編を多数掲載しており、アルマジロの名称を巡る不確かな記憶を描く「あるまじろ」、過去の環境を再現する施設が舞台となる「そらりうむ」などがSF的。喧嘩を売るサービスを描く「けんかうり、濡れた手を乾かす幽霊の登場する「HDの幽霊」などの発想もユーモラス。
 ブンゲイファイトクラブにも参戦し第一回の準優勝、第2回の優勝を獲得している。ある村の奇妙なおとむらいを描く「いっぷう変わったおとむらい」第1回2回戦提出作)、海辺を掘ると亀が出てきた「竜宮」(第1回決勝戦提出作)、糠床に愛着を抱いて名前を付ける「オテサー糠」(第2回2回戦提出作)辺りが幻想寄り。商業誌掲載作のうち超常要素を含むものに「ペリカン」(『kaze no tanbun 夕暮れの草の冠』がある。転校したはずのクラスメートが沈んでいる、という噂を聞いて溜め池に踏み込んだ小学生の体験を描く、不気味な手触りの掌編。

◆芦沢央

 SFを書いたのは「九月某日の誓い」が完全に初めてということなので、超常要素を含むホラー作品として『火のないところに煙は』を紹介する。
 主人公である作家は、小説誌から怪談執筆の依頼を受けた際に、かつて友人伝いに紹介された女性が遭遇した恐怖体験を思い出す。それは、占い師に相性を占ってもらって以降豹変した交際相手が死亡し、霊の仕業と思しき怪現象が発生した――というものだった。主人公の知人であるオカルトライター・榊の助力によって、怪異の因縁は解かれたものの、待ち受けていたのは更なる戦慄だった。
 その過去をもとにした原稿を小説誌に執筆して以来、作家の周りには、様々な怪異体験が集まるようになる。執拗にお祓いを頼む女、言動がおかしい隣人、繰り返し火事に襲われる悪夢など。榊は各篇に登場し、怪異に対して深い洞察力を発揮するが、それでも全ての被害を食い止めるには至らない。いずれも実話怪談的でリアルな感触の恐怖を持ちながら、ミステリ的な驚きをも備えたハイブリッドな魅力の連作短篇集。3話「妄言」が特にお勧めだが、1冊通して読んで妙技を味わうことをお勧めする。

◆夜来風音

 文芸サークル・東京大学新月お茶の会に所属しており、その会誌である『月猫通り』にたびたび寄稿している。創元SF短編賞に応募し、はっきりとジャンルSF短篇である「大江戸しんぐらりてい」は例外的な作品で、普段は連作でミステリやオークション小説、ギャンブル小説などを執筆している。
 奇想小説として、「ひきこもごも」(『月猫通り』2163号がある。ヒライバという琵琶の一種は、奏でるたびに削れていくため寿命が短く、滅びに瀕した弦楽器である。最後の奏者である少年と少女と、壊れたヒライバを巡る抒情的な物語。アイザック・アシモフ生誕百周年記念作品と銘打つ「おやすみなさい」(『月猫通り』2167号は、会話のみで構成された、静謐な悲しみをたたえたショートショート。

◆黒石迩守

 実は、本書冒頭で掲げた、「SFの単著が未刊行の作家」という条件に唯一当てはまらない書き手。ルールに1度だけ違反してでも「くすんだ言語」を入れたのは、日本における言語SFという重要な系譜を紹介したいという事情と、それにあたって、多くの日本言語SFがブラックボックスに入れてきた部分を丁寧に描いた「くすんだ言語」の価値を重視したためである。
 第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作である唯一の著書『ヒュレーの海』の舞台は、人類が無機生物を利用して集合的無意識情報網を獲得、全地球の情報を使用できる新人類となった未来。地下都市のサルベージギルドで生活する少年と少女は、古い映像データの中で生まれて初めて海を見る。2人は現実の海を求めて、〈混沌〉に覆われた外界への探索を試みる……と序盤を説明すると閉鎖世界脱出を試みるジュブナイルかロードノベルのようだが、実態としては、仮想現実と現実を行き来しながら情報関連の造語が大量に乱舞するサイバーパンクであり、仮想現実で組んだプログラムを現実で用いて超常現象を起こす情報魔術が乱れ飛ぶアクションSFでもある。

◆天沢時生

「ショッピング・エクスプロージョン」ではドン・キホーテ(のようなディスカウントショップ)の店舗が自動増殖するが、ファミリーマートの店舗が暴走を繰り広げるのが「赤羽二十四時」(『NOVA 2019年秋号』だ。日本では主に島嶼部に生息する生体店舗は、捕獲後に調整を施されてコンビニエンスストアになる。POSレジ内に格納されたコンビニの脳髄を制御針で刺激して、コンビニをコントロールするのが店長の役目だ。強盗やカルト集団の襲撃によってストレスが限界突破したファミリーマート赤羽西六丁目店は野生を取り戻し、進撃を開始、セブンイレブンを捕食し大暴れする。テンションの振り切った怪作。
 同様にハイテンションな作品が、第2回ゲンロンSF新人賞受賞作の「ラゴス生体都市」(『ゲンロン9』電子書籍。市民の生活すべてを管理し、市民の心全てを情調制御する生体都市となった近未来のナイジェリア・ラゴスでは、性行為と性的コンテンツが全て禁じられている。主人公は、違法映像を取り締まる焚像官として働きながら、陰で労働者層に味方して映像を横流ししている。ある日、情調に強く訴えかけるという〈神映像〉と、それを作り出す匿名の映像作家の噂を聞き、圧制への抵抗の起爆剤として〈神映像〉を利用することを思いつく――という異色のサイバーパンク作品だ。
 やはりサイバーパンク色を感じさせつつ、素材としてはバイオSFなのが、第10回創元SF短編賞受賞作「サンギータ」(『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』。近未来のネパール、辺境の町に暮らす鍛冶師は、ネパール仏教の高僧から、生き女神であるクマリの護衛役を任ぜられる。実権を握る大僧正の横暴に憤ったクマリの少女は、神格を取り戻すために、女神に課せられる身体的条件――ライオンの皮膚と鬣、牛の睫毛、鹿の腰など〈三十二の特相〉を手に入れるべく自らの体に手術を行うよう命ずる。
「ドストピア」(『ポストコロナのSF』では、濡れタオルを凶器としてしばき合うスポーツ「タオリング」での興行で稼いでいたヤクザたちが、弾圧によって場末のスペースコロニーに移住。全住民がヤクザであるスペースコロニーで、カタギ警察の疑いがある訪問者夫妻を警戒する、というコミカルな作品。「YAZAWAマークⅡ」(『小説すばる』2021年1月号は、愛車であるトヨタ・マークⅡの車内で眠り、目が覚めると自分自身が愛車に変貌してしまっていたギャングが主人公。無軌道で刹那的な滋賀ヤンキーの生き様を描きつつ、最終的にはSFへ離昇する。
 サイバーパンクやヤンキー文化を題材にした作品が多い中で異色なのが「竜頭」(『Sci-Fire 2018』。長年に渡って正体不明の存在に嫌がらせを受け続けた幼馴染の懊悩と戦いを、田舎社会の閉塞感と交えて語る苦い幻想小説。

◆佐伯真洋

「母になる」は第4回日経「星新一賞」最終候補作。幼子を適切にあやして育児する、人工知能搭載ヒューマノイドのベビーシッターと暮らすうちに、自分が生んだ子供を奪われてしまうのではないか、と疑念を抱き始めた主人公の心理に寄り添う。人工知能と育児テーマを掛け合わせた着想の良さに加え、短編としての切れ味が鋭く、Toshiya Kameiによる英訳がWelkin Magazineに掲載されている。
 バゴプラに掲載されている「月へ帰るまでは」は遠未来が舞台の生態系SF。未来の人々は海上の植物船を住まいとして、多数の船でコロニーを形成して生活圏を築いており、赤ん坊は、植物の実から生まれる。海上で遭遇した船の探索に向かった子供たちは、船民のいないその船で、自身らのルーツを知ることになる。植物を中心とした鮮烈なイメージを背景に、ポストヒューマンの愛を描く作品。
〈未来の学校〉がお題だった第1回かぐやSFコンテストに投じた「いつかあの夏へ」で読者賞を受賞。遠未来の学校におけるグループ学習で、ホタルの一種がなぜ絶滅したかを探るために過去の情報層へとダイブした主人公たちが歴史の真実を知る、王道的なジュブナイル。

◆麦原遼

 恐らく、現時点で収録作家の中でもっとも多くSF短編を発表している書き手。
 個人的な推し作品は、小説すばるのゲーム特集に寄稿した「シナリオ56」(『小説すばる』2021年9月号。流刑星へと向かう宇宙船らしき閉鎖空間内で、TRPGに興じる囚人たちを描く。囚人たちは可食部である手足が生えてくる半植物や知性を持つスーツや排泄物内の微生物網で形成される人格やらの異形の者ばかりで、プレイしていたTRPGは、彼ら自身をモデルとしたキャラクターたちの中で殺人事件が起こり、それを解決する――というものだったが、やがて現実にも事件が発生、SFならではの謎解きが行われる。
 小説すばる発表作品では他に、思考実験的な「2259」(『小説すばる』2021年1月号が異色作。2つの性を持つ(ただし身体の形状的に人類ではない)種族の200名が突如異世界に転移し、身体的な性別が五つ、社会的な性別が九つあるという種族の文明に迎え入れられる。複雑な性システムに戸惑いながらも、転移者たちは自身らも性別登録をし、社会へと溶け込んでいく。メタバース特集に寄稿した「あべこべブレイク」(『小説すばる』2022年4月号では、拡張現実を用いた現実像編集が当たり前になった時代を描く。現実と仮想現実の重ね合わさった状態に興奮するという性癖の持ち主である主人公が、その性癖を拒絶する女性との交際に苦悩する。
 SFマガジンに発表した2篇はいずれも一種のディストピアが舞台。「それでもわたしは永遠に働きたい」(SFマガジン2020年8月号『ベストSF 2021』再録)の世界では、フィットネスクラブで健康的に運動をしながら、意識レベルを下げ脳活動を法人中枢に預けて仕事をする、という、労働ならぬ朗働システムが導入されている。朗働にのめり込む主人公が、少しでも長く働きたいと行動をエスカレートさせていく。「レギュラー・デイズ」(SFマガジン2022年2月号の世界では、多くの人間が十代で体に不調を抱え初め、決定的に体調が悪化すれば成人と認定され、魂を電子機器に移し変えられる。五十四歳になっても健康なために子供のままである主人公は、同じく大人になれない弟の身を案じながら、自身の健康を害するためのチートに目を向ける。
 麦原遼はもともとゲンロン出身であり、第2回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞作「逆数宇宙」(電子書籍)は代表作でもある一篇。宇宙が収縮に転じていることが発見され、宇宙全体の滅亡が予見された。原因究明と収縮阻止のために、肉体を捨てて光の上の情報秩序となった乗員を乗せた〈方舟〉は、宇宙の果てへ向け60億年がかりの旅に出発した。その途上で、コンタクトもの、アイデンティティテーマ、宇宙論など、様々なSFのサブジャンルに踏み込み無数のアイデアを展開していく贅沢な中篇だ。
 ゲンロン受講者・出身者の寄稿する同人誌『Sci-Fire』にも登場。「GかBか(ガール・オア・ボーイ)」(『Sci-Fire 2018』では、異性愛を認識すれば死んでしまう主人公が、五対五の確率で異性愛カップルか同性愛カップルが待ち受ける扉の前に立たされ、量子論パズルな選択を迫られる。Toshiya Kameiの翻訳で「Boy or Girl?」としてスコットランドの商業誌『Shoreline of Infinity』に掲載されている。「嗅子」(『Sci-Fire 2020』が描くのは、感染症の爆発的流行後、ゲノム手術によって嗅覚を拡張し、有害なウイルスを嗅覚で感知できるようになった未来。人類はその代償として、他人の匂いを多くの場合、苦手とするようになった。主人公たちは相思相愛でありながら、互いの匂いを許容できず別々に暮らしていたが……。この2篇はいずれもコンパクトなアイデアストーリーであり、リーダビリティが高い。
 アンソロジーへの寄稿も活発。「無積の船」(『NOVA 2019年秋号』で主人公が見る奇妙な夢は、無限に纏わるものだった。道場船に戦艦が襲撃を掛け、数学的構造体の形状をした部屋の中で、AとBと呼ばれる陣営(人類知性と機械知性)が切り合いで戦いを行う。人類知性側の最大の武器は、相手に認知できないまきびし=フラクタル構造だった――独創性の高い数学SF。「虫→…」(『異常論文』では、認識した人間の情動に激しい効果をもたらし時に殺害する情動兵器、誤った理解感を与えて誤誘導する論理酩酊症、精神に寄生し無限の問いかけを発させる虫など、論文執筆・査読に纏わる奇想を断片的に提示する。「カーテン」(『2084年のSF』では、突発的な事件により冷凍睡眠を余儀なくされ、32年経って目覚めた数学者の奇妙な喪失感を描く。
 コラボ作品も複数発表しているのは、近年の新人作家としては珍しい。櫻木みわとの共作「海の双翼」(『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』の舞台は(恐らく)遠未来。鱗晶と呼ばれる生体機能調整システムを上半身にまとう作家は、鱗晶と人形体に知覚を持つ助手の協力を得て、小説を執筆していた。ある日彼女たちは、空から落ちてきた、翼を持つ異形の存在を保護する。作家と異邦人が交流を深め言葉を通じ合わせる中で、助手は想いを募らせていく。宮本道人との共作「呑み込まれた物語 あるいは語られたブラックホールの歴史」(『現代思想』2019年8月号では邪知暴虐のブラックホールに激高した探査機シェヘラザードが捕らえられ、ブラックホールフィクションの歴史について夜語りをすることになる。ファッションデザイナーである長見佳祐とコラボした、写真と小説がセットの「記憶行き交う海」(『ニューQ ISSUE03 名づけようのない戦い号』は、記憶に纏わる禁忌を犯したらしき罪人とその刑罰を描く詩篇。

◆坂永雄一

「無脊椎動物の想像力と創造性について」同様、個人の想像力が世界を変えるのが「〈不死なるレーニン〉の肖像を描いた女」(SFマガジン2022年2月号。1913年のペテルブルク、若き芸術家たちはカフェに集って芸術と未来について語り合っていた。遅れて到着した一人の女性画家は、自動車との接触により脳に特殊な損傷を負っていた。やがて、彼女の夢想を起点に、テルミン博士のレーニン不死化計画を軸としてソ連の歴史は書き換わり、電子的に全人民が制御されるディストピアが完成する……。
 改変歴史ものでは他に、「ジャングルの物語、その他の物語」(『NOVA+ 書き下ろし日本SFコレクション 屍者たちの帝国』)がある。モロー博士の構想により、人間の遺体を改造して作られた獣化屍者は、大英帝国とロシア帝国の情報戦に投入されたが、世界大戦を経て時代遅れとなり打ち捨てられた。1925年、田園地帯に暮らす少年は、獣化屍者の兵士たちを操ってごっこ遊びを繰り広げる。『屍者の帝国』のみならず、『ジャングル・ブック』や「デス博士の島その他の物語」などの名作に多重オマージュを捧げた一篇。
 年刊日本SF傑作選にも2度掲載されている。「無人の船で発見された手記」(『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』の題材はノアの方舟。大洪水で地上が沈んだ際、神の命令に従った船主とその家族によって、あらゆる動物のつがいを乗せて出航した方舟。嵐のなかを方舟は無事に進んでいたが、嵐が終わった時、船主が死体で発見された。特殊設定ミステリと見紛うような前提から、猿の近縁種らしき語り手の視点で方舟周辺の不穏な存在を描く幻想小説。「大熊座」(『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』『改変歴史SFアンソロジー』が初出の掌篇。コロラド州の山で熊が異常な行動をしているというニュースを聞きつけ、調査に訪れた動物学者たち。集っておしゃべりしたりダンスに興じている熊や、目と口が光る熊を見た、などという与太話じみた目撃情報の裏に隠されていた恐るべき事態とは?
 デビュー作は第1回 創元SF短編賞大森望賞受賞の「さえずりの宇宙」(『原色の想像力 創元SF短編賞アンソロジー』。地球を量子計で包み、人類の意識を含む地球上の全情報を計算することで、あらゆる可能性宇宙を相互作用させ選別する新世界が誕生した。それを人類に認識できる翻訳者として、全知かつ遍在する存在となった女性の運命を描く。最新作は「移動遊園地の幽霊たち」(『2084年のSF』。企業都市に暮らす少年は、動画で見た、今は亡きサーカスという存在に憧れを抱く。サーカスを思わせるトレーラートラックとテントを追って、少年は都市を抜け出したが、待っていたものは、過去の遺産を守る1人の老人だった。ブラッドベリ的なノスタルジーに溢れる作品。

◆琴柱遥

 広義の性・ジェンダーテーマ作品を既に3作発表している。
 うち、近未来の技術を扱って最もジャンルSF寄りのものが、「人間の子ども」(『ゲンロン11』。ヒト胚へのゲノム編集技術が合法化し、人々が、高い免疫力や優れた容姿、運動能力をわが子に与えるためにその権利を行使している時代。南太平洋のとある島では、男たちが豚を飼育し、その体内の代替母胎によってヒト胚を育てるファームが運営されている。島に訪れた若者は、114歳にして自分の子どもを欲しいと願う大叔父から視察の命を受けていた。若者は、ゲノム編集を受けずに生まれ幼いうちに死亡した妹のことを引きずっており、代替母胎技術に強い希望を抱いていたが……バイオテクノロジーの技術発展が生み出す新たな罪を描く。
〈BLとSF〉特集号に掲載された一種の改変歴史SFが「風が吹く日を待っている」(SFマガジン2022年4月号。北インドの山岳地帯には、他とは異なる性システムで生きる人々が暮らしていた。1960年、難民キャンプで男性が子供を産んで死亡したことをきっかけに、その存在は外の世界に知られることになる。妊娠能力を持った男性である青年は米国に招かれ、世界の歴史が変わっていく端緒を生み出すが、本人の心の中では、幼少期の恋の記憶が渦巻いていた。近年注目を集める、オメガバースを題材とした作品。
 第3回ゲンロンSF新人賞受賞作であるデビュー作「枝角の冠」(電子書籍)はファンタジイ的な手法を用いている。その世界では、人間である女たちは村に集って暮らし、彼女たちの父である男は、枝角をもち四足歩行する獣として、村の外で一人きりで暮らしている。女たちが男の縄張りに近づくのは子を持ちたいと願った時のみであり、子育ても女たちのみで行う。男は老いると狂暴になり女たちを殺すため、若い女の中でもっとも強い者が男へと変貌し、老いた男を殺して新たな父となる。特殊な性システムに支えられる社会で、父への憧憬を抱く一人の女の成長を描く。
「夜警」同様、創作講座の課題として提出され、商業誌に転載されたのが、「讃州八百八狸天狗講考」(SFマガジン2019年6月号。香川県に伝わるという『狸の天狗講』伝説。それはとある武士が狸に助けをもとめられ、「狸たちが6日にわたって変化をして合戦し、勝ち残った者が天狗に成り上がる」儀式に立ち会ったという記録であった。狸たちが6日間、恐竜に化け、三畳紀から白亜紀にかけての恐竜の盛衰を再現しながら戦う――という法螺話。

※※※

 最後に、こちらも本来巻末に載るはずだった謝辞を。
 優れた作品を発表し、本書への収録を快諾してくださった作家の皆様。今後もぜひ、どんどん新作を執筆して頂ければ嬉しいです。
 初出媒体の編集部の皆様。ベテランばかりでなく新人のSF作品を掲載してくださる媒体があってこそ、今のジャンルの隆盛があります。
 早川書房編集部様。作品選定の段階から膨大な量の原稿と向き合って頂き本当にありがとうございます。コラムに関しては、初校や再校どころか白焼き段階まで私が情報を増やし続けたので、誤植(注:発売直後に既に見つかっています、申し訳ありません)の責任は校正者の方にはありません。
 コラムで言及すべき作品について知恵を貸して下さった京大SF研OBの坂永雄一さんと船戸一人さん。1人では記憶から抜けていたであろう作品を多数、思い出すことができました。
 アンソロジーやSF紹介活動に温かいご声援を下さる、SF関係者や読者の皆様に。おかげで本書を刊行することができました。今後も応援して頂ければ幸いです。
 改めて、心より御礼申し上げます。

伴名練

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『新しい世界を生きるための14のSF』では、各作品に関連したサブジャンルSFガイド14本に加えて、巻末に「新しいSFを読みたい/書きたい人のためのガイド」も掲載。伴名氏の解説だけでも5万字以上を収録しています。

収録作一覧はこちら。

伴名氏の序文はこちらで公開中です。


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