「このアンソロジーを編むことで、日本SFの歴史を10年早めたかった」――序・伴名練
最新世代の作品のみを集めた816ぺージの超大型アンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』が発売となりました。編者の伴名練氏による本書の序文を公開します。収録内容は以下をご覧ください。
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序
SF作家 伴名練
今あなたが目にしているのは、未来から来たアンソロジーである。
本書は、ここ五年間に発表されたSF短篇の中から、作家・伴名練の考える傑作を選りすぐった一冊だ。ただし、基本的に「二〇二二年五月時点で、まだSFの単著を刊行していない」作家限定で選出している。それゆえ収録作家の中には、SFの短篇賞を獲ってデビューしてまだ二、三作を執筆しただけ、という者や、同人誌にのみ作品が掲載されていて今回が商業デビュー、という者さえいる。一応、別ジャンルでは既に著名な書き手もいるが、SFについては挑戦を始めたばかりという人たちなので、執筆陣全員が「売出し中の新人SF作家」ということになる。本来こういう知られざる作家ばかりのアンソロジーは成立するはずがなく、五年後とか十年後とか、書き手たちがそれぞれSF短篇集なりSF長篇なりを刊行して知名度が高まったあとでようやく編まれるものである。
にもかかわらずこんな本を作ったのは、今の日本SF界が七〇年代以来の黄金時代を迎えつつあること──才能ある作家が綺羅星のごとく登場していることを、SFファンのみならず広い読者に知ってもらいたい、作品で直に味わってほしいという思いからである。英米SFのみならず中国SFや韓国SFも脚光を浴びている昨今だが、日本SF界の熱気はまだまだ世に知られきっていない。新しい作家の新しい物語によって、日本SFに注目を集めたい。また、本来世間に知られるのがもっと遅くなったはずの傑作群が、ずっと早く読まれれば、それだけ執筆陣がSF作品を発表する機会も増えるだろうし、新たな作家・作品が生まれる契機ともなるはずだ。このアンソロジーを編むことで、日本SFの歴史を十年早めたかった。
そんな願いを込めて選んだところ、作家単位でなく作品のクオリティ本位で選んだにもかかわらず、現在の日本SF界に陸続と新人作家が登場しているがゆえに、八百ページを越える超重量の一冊になってしまった(本当はあと二百ページ欲しかったが)。できれば気軽に読んでほしいという目論見は完全に狂ってしまったが、一気完読を強要するようなものではないので、千数百円で最新日本SFにどっぷり浸かれるサブスクに加入したようなものと思って、一作ずつカジュアルに触れて下さい。
もっとも、SFファンのみならず、普段SFはそんなに読まないけれど最近SFが気になっている、という人にも、SFだからこそ味わえる驚きや刺激を体感してもらうため、難解で何を言っているのか分からない科学用語が乱舞するような作品は含んでいない。だから短篇一本ずつは、読み始めればあっという間に夢中で読み切ってしまうはずだ。
とはいえ読者の方へ先に申し上げておきたいのは、どの作品から読んでも構わないので、好きな順に好きなものを好きな時に読んで欲しいということ。
分厚いアンソロジーだと、読み切れない読者が出て後ろの方の作品だけ読了数が少なくなるため、感想の数も減りがちである。ついこの間六八〇ページあるアンソロジー(『異常論文』)の巻末に置かれた作者本人の言うことなので間違いない。そこで、目次ページでは、各作品のあらすじもしくはキャッチコピーを付けた。前から順に読む必要もなく、前から順に読んでいてどこかで止まったりしても、あらすじ/キャッチコピーに興味を惹かれたものだけつまみ読みすることも可能である。
書き手はみなSF作家として歩み始めたばかりなので、応援を頂けることが新作執筆へのモチベーションに繋がり、その将来を左右することは確実だ。本一冊が読み切れなくても、面白いと思った作品は積極的にタイトル・作家名を呟いて下さい。ネットにいない作家にもきっと届いて、励みになるはずです。ついでにビジネスパーソンは「『三体』の次に読むSFはこれだよ」とか言ってこの本を広めて下さい。
普段アンソロジーを編む時、各作品の執筆者について大量の紹介文を執筆する私だが、今回は作品数が少ない書き手ばかりなのでそれを行わず、各短篇の巻末に、作品解説代わりにSFのサブジャンル紹介となるコラムを掲載した。たとえばAI自動運転がテーマの作品の後ろには「AI」のコラムが付いており、AIテーマのSFを紹介している。それも基本的には海外SFではなく日本SFを、大昔のものよりは現代に近い時代のものを選び、入手困難な作品は少なめにした。網羅的なものではないし、必ずしも作品とコラムのジャンルが完璧に一対一対応している訳ではなく「この作品は別のジャンルに属するのでは」と思われる部分もあるだろうが、日本SF作品ガイドと思って、SFを読みたい/書きたい方は参考にして下さい。もちろん読み飛ばして小説だけを読んでいっても大丈夫です。巻末には、新鋭のSF作品はどこで読めるのか知りたい方への案内も収録しています。
ともあれ、本書の主役は若手たちの小説である。三年後、五年後の日本SF界を担う新鋭たちの紡ぐ未知の物語を、どうぞお楽しみ下さい。
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衝突事故直前の車載AIが最後の審判を繰り広げる八島游舷「Final Anchors」、恋人の死体を盗んだ女が超常の存在へ愛を問う斜線堂有紀「回樹」、大正時代の屋敷で少女二人の運命を怪死事件が結ぶ芦沢央「九月某日の誓い」、徳川光圀の命を受けた学者たちが和歌コンピュータを発明する夜来風音「大江戸しんぐらりてい」など、新世代作家たちによる書籍化前の傑作14篇。伴名練によるSF入門14本を併録の超大型アンソロジー