「あなたの知能は『平均』以上ですか?」――こんな問いに振り回されない個性を磨くには、『ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』
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『ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』トッド・ローズ/小坂恵理訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫/好評発売中
わたしたちは能力を「平均値」と比較して評価されることに、すっかり慣れきってしまっています。しかし、この従来型の評価システムは実際には機能していないと、著者は鋭く指摘します(詳しくは、「グーグルやマイクロソフトも「平均思考」の限界に突きあたった!?」)
では、そもそも、なぜ、機能しないのか? 根本的原因は、個性の第一の原理、すなわちバラツキの原理によって説明できると著者は言います。
◆第4章「才能にはバラツキがある」より抜粋
《バラツキの原理》
体の大きさ、知性、性格、才能など、複雑な人間的特性について考えるとき、私たちの心は一次元的な思考に頼る傾向を持っている。たとえば誰かの体の大きさについて尋ねられたら、大きい、小さい、いたって普通といった判断を本能的に下す。あの人は大きいと聞かされたら、腕も足も体も、何もかも大きな人物を想像する。あるいは、あの女性は賢いと言われたら、幅広い分野での問題解決能力に優れ、おそらく学歴の高い女性ではないかと推測するだろう。
平均の時代において学校や企業などの社会的機関は、人びとの長所を成績、IQテストの点数、給与など、ひとつの基準で比較するよう奨励した。おかげで私たちの心は、一次元的思考への偏重を自然に強めてしまったのだ。
しかし、本当に重要な個人的資質を判断するために一次元的思考を応用しても、結果は失敗に終わる。その理由を知るためには、人間の体のサイズの本質に注目するのがいちばんの近道だ。
表「体のサイズにはバラツキがある」
男性A 男性B
身長 A < 平均 < B
体重 A > 平均 > B
肩幅 A > 平均 > B
腕の長さ A ≦ 平均 < B
胸囲 A ≧ 平均 > B
座高 A < 平均 < B
ウエスト A > 平均 ≧ B
ヒップ A > 平均 > B
脚の長さ A < 平均 < B
上に紹介する写真[編集部注:この抜粋では概略を表で示します]には、ふたりの男性の体の九カ所のサイズの測定結果が記されている。ちなみにこれは、ギルバート・ダニエルズがパイロットについて画期的な研究を行なった際に測定した箇所と同じだ。
どちらの男性のほうが大きいだろう。答えは簡単そうだが、九カ所の測定結果をそれぞれ比較してみると、答えは思っているほど簡単に得られない。右側の男性は背が高いが、肩幅が狭い。左側の男性のウエストは大きいが、ヒップのサイズは平均にちかい。ふたりの男性の体の九カ所すべてをまとめた平均値を割り出して、どちらが大きいか決めようと考える人もいるかもしれ
ない。ところが、いざ計算を行なってみると、ふたりの男性の平均サイズはほぼ同じであることがわかる。
しかしそこから、ふたりのサイズが同じだとか、どちらも体の大きさが平均的だと結論すれば、誤解を招く恐れがある。左側の男性は二カ所の寸法(腕の長さと胸囲)が平均的な値で、右側の男性は一カ所の寸法(ウエスト)だけがかろうじて平均値である。「どちらの男性が大きいか」という質問に、簡単な答えは存在しない。
言われてみればなるほどと納得できるだろうが、ここには深い意味がこめられている。質問に答えが存在しないということは、個人を体の大きさでランク付けできないということであり、そこからは、人間に関する重要な真実が明らかにされる。それは個性に関する第一の原理、すなわちバラツキの原理である。この原理によれば、複雑で「バラツキのある」ものを理解するために、一次元的思考は役に立たない。
では、バラツキとはどんな状態を意味するのだろう。ある資質がふたつの基準を同時に満たしている場合、資質にはバラツキがあると判断される。まず、資質は複数の側面から構成されなければならない。つぎに、これらの側面のあいだの関連性は弱くなければならない。バラツキがあるのは人間の体のサイズだけではない。才能、知性、性格、独創性など、私たちが重視する人間の特質のほぼすべてに、実はバラツキが認められる。
それを理解するために、再び人間の体のサイズの事例に注目してみよう。もしも答えを求められるのが「どちらの男性のほうが背が高いのか」という質問ならば、答えは簡単だろう。身長は一次元的で、ひとつの要素しか関わらないのだから、背の高さによって人びとをランク付けすることはまったく許容範囲である。しかし人間の体のサイズとなると、話はべつだ。たくさんの異なった箇所が要素となるが、お互いの関連性は強くない。
もう一度、写真[編集部注:この抜粋では割愛。以下の*については本書をご覧ください]を見てもらいたい。中央の縦の帯[*]は、ダニエルズがかつて定義した「平均的なパイロット」の測定範囲を表している。何十年にもわたって空軍は、ほとんどのパイロットの体の測定値はこの帯のなかに収まるはずだと推測してきた。腕が平均サイズならば、足も胴も平均サイズだと信じこんでいたのだ。ところが現実にはサイズにはバラツキがあったので、従来の思いこみは真実からかけ離れていた。実際のところダニエルズによれば、九つの寸法のうち四つ以上が平均値に収まったパイロットは全体の2パーセントにも満たず、すべてが平均値の人物はひとりもいなかった。
では平均の範囲を拡大し、各寸法について中央の30パーセントではなく、90パーセントに注目したらどうか。これだけ広ければ、ほとんどの人の体は平均の範囲内に収まると考えるのがふつうだろう。ところが実際には、平均に収まった人は全体の半分にも満たなかった。私たちのほとんどは、体の少なくとも一部分が極端に大きいか、もしくは極端に小さい。だから、平均的なパイロットを対象に設計されたコックピットは、誰のために設計されたコックピットでもなくなった。
ノーマを探せコンテストの主催者が理想にぴったりの完璧な女性を見つけられなかったことも説明できる。マテル社のバービー人形は体のサイズが人工的に誇張されており、女性は長らくそれに抗議してきたが、バラツキの原理を考えれば、ノーマ・サイズすなわち平均サイズの人形が偽りであることは明白だ。
もちろん、相応の見返りが得られれば、サイズは一次元的なものだと信じこむことが理にかなうときもある。一例が、洋服の大量生産だ。誰にでもぴったりフィットするものは作れないが、その見返りとして、すべての人を対象にしたシャツやパンツが低価格で大量に生産される。しかし大事な事柄が関わっているケース、たとえば高価なウェディングドレスを仕立て直したり、自動車のエアバッグの安全機能をデザインしたり、パイロットのコックピットを設計するときには、複数の寸法を無視して妥協するのは好ましくない。重要な問題で近道を選んではいけない。あらゆる寸法にこだわってこそ、理想は手に入る。
人間の重要な特質のほぼすべて、なかでも特に才能は、複数の異なる側面から成り立っている。ところが私たちはしばしば、バラツキがあるはずの才能を平均値で測ろうと試み、標準テストの点数、学業成績、業務評価のランク付けといった、一面だけで評価を下す。しかし、このような一次元的思考にこだわると、結局は苦境に陥ってしまう。ニューヨーク・ニックスは、その良い例だ。
2003年、元NBAのスター選手アイザイア・トーマスは、ニックスのバスケットボール部門の社長に就任すると、世界的な人気を誇るスポーツリーグに所属するチームの再編に明確なビジョンで取り組み始めた。選手の評価に当たって、バスケットボールの才能の一面だけに注目したのである。それは各選手が試合で獲得した得点の平均で、これだけを参考にして、選手の獲得や残留についての決断を下した。
バスケットボールでは、相手チームよりも多くの得点をあげることがチーム成功の鍵だという点にトーマスは注目した。つまり、自分たちのチームのプレイヤーの平均点の合計が最も高ければ、平均すると勝ちゲームが多くなることが期待できるという発想だ。得点に強くこだわったのはトーマスひとりではない。
今日でさえ、年俸やポストシーズンの賞やプレー時間を決める際、プレイヤーの平均得点は最も重要な要因と見なされるのがふつうだ。しかしトーマスはチームのすべてのメンバーを選抜するに当たって、このたったひとつの基準を最も重要な要因として決めつけた。そしてニックスには、彼が優先する希望を実現できるだけの十分な財力があった。実際にニックスは、学業成績を主な基準として社員を採用する企業と同様、才能への一次元的なアプローチを用いてチームのメンバーを集めたのである。
ニックスは巨額の費用を投じ、プレイヤーの平均得点の合計がNBAのどこよりも高いチームを作り上げたのだが……結局のところ4シーズン連続でふるわず、負け試合は全体の66パーセントにのぼった。選手の才能の一面だけを重視して編成されたニックスは惨憺たる状態で、同じ時期にニックスよりも成績が悪かったチームはふたつしかなかった。
しかしバラツキの原理に注目すれば、そんな体たらくに陥った理由もわかりやすい。バスケットボールの才能は多面的なのだ。バスケットボールのパフォーマンスに関して行なわれた数学的分析によれば、試合の結果には少なくとも五つの要素が確実に影響しているという。得点、リバウンド、スチール、アシスト、ブロックである。そしてこれら五つの要素のほとんどは、関連性が強くない。たとえばスチールの得意な選手はふつう、ブロックが上手ではない。実際、〝五つのツールをすべて併せ持つプレイヤー〟は滅多に存在しないものだ。1950年以来、NBAでは何万人もの選手がプレーしてきたが、五つの要素すべてに関してチームで抜きん出た存在だった人物は5人しかいない。
バスケットボールにはさまざまな才能が関わっているが、それをうまく補完しあう形で編成されたチームこそが、最高の成功を収められる。ところがトーマスが作り上げたチームはディフェンスがおそまつだった。そのうえ、意外かもしれないが、得点の才能に恵まれた選手が集められたのに、オフェンスさえ特に際立つわけではなかった。誰かをアシストするよりも、自分がシュートを放つことに誰もがこだわったからだ。
グーグルやデロイトやマイクロソフトと同様、ニックスも最終的に、才能の一面だけに注目するアプローチからは思うような結果を得られないという現実を認識した。2009年にトーマスがチームを去ると、ニックスは才能を多面的に評価するアプローチを再開し、そのおかげで快進撃がよみがえり、2012年にはプレーオフに復帰した。
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『ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』は早川書房より好評発売中です。
■本書の抜粋記事
「日本的「平均思考」は、なぜ有害なのか?」
「ハーバード流「平均値を気にしない生き方」とは?」
「グーグルやマイクロソフトも「平均思考」の限界に突きあたった!?」
「東大教授・柳川範之氏、推薦! 独創的な知性が身につく『ハーバードの個性学入門』の読みどころ」