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「いつもと何かが違う」景色を見せたい──LED薄型歩行者灯器のはなし⑤(秋田道夫『かたちには理由がある』より)

ソニー独立後、フリーランスとしてさまざまな製品を手がけてきたプロダクトデザイナー・秋田道夫。自身が「代名詞」と語るのが、歩行者用の薄型信号機のデザインです。

銀座4丁目和光前

この「風景に溶け込む」信号機のデザインは、どのように生まれたのか? 新刊『かたちには理由がある』(ハヤカワ新書)より、数回にわけてご紹介します。


「いつもと何かが違う」景色を見せたい──LED薄型歩行者灯器のはなし⑤

▶連載第1回(「あの人は相当信号機に興味があるようだ」)はこちら

ある時、銀座四丁目の交差点で信号待ちをしていて、ふと見上げると信号機が信号電材製の灯器に変わっていることに気づきました。「日本を代表する有名な場所にも自分のデザインしたものが使われている!」と感動したことを覚えています。

デザインをした時には、それがどこに付けられるのか想像がつきませんでした。そもそも信号機は日本中にすでにたくさんあるし、九州の会社で作られた信号機を東京のさらには中心部でも見ることになるなんて、想像もできませんでした。いや、そういう「将来像」を想像しなかったからこそ、素直にデザインできたのかもしれません。

東京で最初に自分の信号機を見たのは、銀座ではなく京王電鉄の仙川という駅でした。住んでいた渋谷から小一時間かかりましたが、仙川に良いスーパー銭湯があると聞いて当時小学六年生だった次男と出かけて行ったのです。その日はとても爽やかな初夏の陽気でした。気持ちよく駅から銭湯まで向かって歩いて行くと、まだ真新しいコンクリート打ちっぱなしのカッコいいビルに遭遇しました。それは後に「安藤ストリート」と呼ばれることになる、安藤忠雄さんが設計した建築群が並んでいる一帯でした。そのビルに夢中になっていると、そばにいた次男が「あれ、お父さんのデザインした信号じゃないの?」と言いました。見上げたら、あらすごい。確かにこれまた真新しいピカピカの信号電材製の信号機でした。そんな嬉しいことで頭が一杯で、スーパー銭湯の記憶がありません。

それから半月ほど経ってから改めて一人でその場所の写真を撮りに行きましたが、安藤さんの建築が並んでいる二つの交差点だけが新しい信号機になっていて、建物に付帯して柱ごと新しく作られたことが分かりました。

なにも知らずに新しい街や通りでばったりと出会うことは「ちょっとしたサプライズ」だと思っているので、デザインしたものがいったいどこに設置されているかは、自分からは聞かないようにしています。贈り物は、期待しないのが肝要です。

(この続きは本書でご確認ください)

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著者紹介

秋田 道夫(あきた・みちお)
1953年大阪生まれ。プロダクトデザイナー。愛知県立芸術大学卒業後、トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て1988年よりフリーランスとして活動を続ける。LED式薄型信号機、交通系カードチャージ機、虎ノ門ヒルズセキュリティーゲート等の公共機器から日用品まで幅広く手がける。X(Twitter)での発信が話題を呼び、フォロワーは10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』がある。


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