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【イベントレポート】もう限界な人のための物語。パラニューク、自作を語る

2023年3月25日(土)に青山ブックセンター本店で開催した「パラニューク降臨!『ファイト・クラブ』作者が語る小説と世界の現在地」。新刊『インヴェンション・オブ・サウンド』のイベントとして、著者チャック・パラニュークがオンラインでインタビューに応じました。聞き手はアメリカ文学者の都甲幸治さん。イベント当日の様子を一部抜粋してお届けします。

2023年3月25日(土)に青山ブックセンター本店で行われたイベントの様子


●『ファイト・クラブ』誕生秘話

都甲 なんといってもパラニュークさんといえば『ファイト・クラブ』だと思うんですけど、こんなにすごい小説をどうやって思いついたんですか?

『ファイト・クラブ〔新版〕』チャック・パラニューク 池田真紀子=訳価格:924円(税込)ハヤカワ文庫NVで好評発売中
『ファイト・クラブ〔新版〕』

パラニューク まずはショートストーリーを集めることから始めたんです。そのうちのひとつが「人に愛されるためにどうすればよいのか」という内容でした。当時、若くして死に瀕した人々がいるホスピスでボランティア活動をしていたんです。同じような困難をもつ人々が集まる会合があり、そこに彼らの付き添いでいると、みんな私のことも死期の近い人だと思ったのか、とても親切にしてくれて、今までとは違い愛のある扱いをしてくれました。それはとてもエモーショナルな体験で、つらい気持ちになったので、これを物語にしなければいけないと思ったわけです。

お互いに戦っている人――つまり、戦うことで自分がどれだけ痛みに耐えることができるのかを試し、相手に対しても自分がどれだけ痛みを与えられるのかを実感するために戦っている人々の物語にしました。ようするにふたつの物語から始まったわけです。人々がお互いを愛することを許可する物語、そして人々がお互いを傷つけることを許可する物語として。

都甲 愛するということと、戦うことのふたつが一緒になって『ファイト・クラブ』になったというお話ですね。愛と戦いは対極のことのようにも思えますが、どうしてそれをつなげようと思ったんですか?

パラニューク それがお互いを定義づけるものだと思うからです。愛がなければ戦いもありませんし、戦いがなければ愛するということもありません。互いになくてはならないものだと思います。

都甲 本書の後書きでは、女性同士がつながりをもって連帯していく作品はたくさんあるけど、男性同士がつながれる作品が見当たらないから『ファイト・クラブ』を執筆した、書かれています。

パラニューク 『ファイト・クラブ』を書いたころ、様々な立場の人間たちが出会ってグループを作る内容の小説が何冊も出ていました。しかし、その多くは女性たちに関するものでした。『ジョイ・ラック・クラブ』や『ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密』などですね。男性たちの新しいのつながりを示して社会的モデルを提示するような作品はほとんどない気がしていたので、『ファイト・クラブ』では、男同士のファイト(喧嘩)を通してそれを書きたいと思ったんです。

●『サバイバー』と自由について

『サバイバー〔新版〕』チャック・パラニューク 池田真紀子=訳価格:1320円(税込) ハヤカワ文庫NVで好評発売中
『サバイバー〔新版〕』

都甲 『サバイバー』にはカルト宗教の話が出てくるじゃないですか。他の作品にも宗教のモチーフが多いですけれど、それはどうしてでしょう?

パラニューク 宗教自体がひとつの物語だと考えています。人は生きるために何らかの物語を求めていますが、そのために宗教を使いますよね。もしも多くの人々が宗教ではない物語を求めて生きているのであれば、その物語を小説に使ったと思います。

都甲 『サバイバー』が顕著ですが、どの作品も、ある種の定められた物語から人間が自由になることが扱われていると思っています。ストーリーから自由になることの何が重要なんでしょう?

パラニューク 私の作品はすべて、ある時点で自分の力の限界に達した人々を扱っています。若いころの力というのは若さそのもの、つまり活力です。まだ経験や知識がなくても若さに頼ることができる。しかし年を取っていくと、活力がなくなり、だんだん自分に限界を感じるようになっていきます。私の作品はすべて、人間がそういった限界によって新しい人生のステージに入ったら、新たにどんな力をどうやって手に入れればいいのか、ということをテーマにしています。

都甲 すごく納得できますね。アメリカの文化では、個人が自分自身の力によって自由を獲得していくことがとても重要視されますから。といっても、文化が異なる日本でもパラニュークさんの作品が愛されているというのは、みんな普遍的にそういう問題に行き当たるのかもしれませんが。
パラニュークさんはそうしたテーマの小説を書くことで、読者だけでなく、ご自身も自由になっているのでしょうか?

パラニューク 自由になっているのは私だけですよ。

●『インヴェンション・オブ・サウンド』の創作術

『インヴェンション・オブ・サウンド』チャック・パラニューク 池田真紀子=訳価格:2420円(税込) 単行本で好評発売中
『インヴェンション・オブ・サウンド』

都甲 最新作『インヴェンション・オブ・サウンド』の話へ移ります。本書は『ファイト・クラブ』『サバイバー』とは違って主人公のひとりが女性となっていますが、それにより書くときに何か違いはありましたか?

パラニューク 登場人物を描くときに、ジェンダーを意識することはあまりありません。性別とは、とても恣意的なものだと思います。それよりも登場人物にどんな行動をさせるかについて考えています。

都甲 アメリカ文学では昔からアイデンティティがすごく重視されていて、人種や階級、ジェンダーが主題のものも多いです。であるにもかかわらず、パラニュークさんがそういう部分を気にしないで書いている作品が、多様な立場のアメリカ人から愛されていることはとても興味深く感じます。

パラニューク それは、人間のアクションを重視しているからではないかと思います。私は登場人物のアイデンティティよりもその人の行動、何らかの願望を実現しようとして、世界にも影響をもたらし、自分の人生をなんとかコントロールしようとする様子を書き続けていますし、それは多くの人々が実現したいと思っていることだと思います。

都甲 人物像より行動に注目するという書き方は、誰か他の作家にも影響を受けてそうなったのでしょうか?

パラニューク 映画の影響があると思います。大学を卒業してから、読書をする必要がなくなって、しばらく私は本を読まなくなりました。映画の方が自分に合っていると感じていたんです。けれど、そのうち「多くの人にまた読書に戻ってきてほしい」という気持ちになって、小説を書き始めました。たとえばゲームやSNSは、参加意識──「自分がこの場面に参加している」という気持ちにみんながなれると思います。映画もテレビも同じですよね。出演者の演技を通じて、視聴者も自分がその場にいる/参加しているという気持ちが湧くからだと思っています。けど、読者が「自分もここに参加している」という気持ちになれる本は少ないと思っていました。

都甲 『インヴェンション・オブ・サウンド』を読んでいてずっとドキドキして、最後までばーっと読みきっちゃったんですけど、たしかにすごく参加している感じがありましたね。この本は映画業界の物語ですが、題材だけでなく書き方も映画を意識しているということを初めて知りました。

パラニューク 映画もですが、それ以上に「人が何をどのように商品化するのか」ということへの意識がありました。映画界の有名人は、あらゆる行動や本当にプライベートな感情なども商品化しなければなりません。たとえばセクシュアリティすらも表現しなければなりません。ある意味で全てをお金に変えているわけですから、心が痛むと同時に素晴らしいとも思います。

都甲 『インヴェンション・オブ・サウンド』でも人間の断末魔、つまりは死ぬ時の叫び声までが映画音声として商品にされるという、ひどい話が出てきます。それが本物の断末魔であることが隠されたまま人気になり、みんなが映画にお金を払っていく。批判的な視線を入れながら、魅力的なようにも描いているのがすごいなと思いました。

パラニューク 人間が表現を売り物にするのは実際に行われていることなのだから、断末魔でもなぜ同じことをしてはいけないのか、という発想です。

都甲 さらに物語の後半では、人々の断末魔の叫びが共鳴して大変なことになりますよね。

パラニューク この小説ではそういうエスカレーションが起こります。どんどんエスカレートして、最後にカオスにならなければ物語にはなりません。私の作品はすべてがカオスで終わります。

都甲 カオスでありつつ、同時に笑える部分もあったりする。全体にエンターテイニングなところがありますよね。

パラニューク 気力を取り戻すチャンスを読者に与えなければいけない、と思っています。次の混乱に陥る前に一息ついてもらいたいから、そのためにユーモアを入れていますね。

都甲 ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』のような前衛的なことをやっているのに、どの本も最後まで楽しく読めるというのがすごいです。

パラニューク 人生というのものが、そもそも最後までエンターテイニングではないでしょうか。

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Twitterの「 #パラニューク降臨 」で当日ご参加いただいた皆様のツイートもご覧いただけます。

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