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【連載06】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。

星霊の艦隊 外伝 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

Episode 3 「パーティの夜」

Part2
 結局、ルリハは彼女のファンの学生の数人と適当にダンスの相手をし(彼女らはみな感激していた)、ほてった身体と頭を冷やしたくなってダンスホールの外に出た。
 士官学校の敷地のアスファルトに、ルリハは瑠璃色のハイヒールで歩みを進める。
 士官学校大和本校は、大和帝律星第四惑星雷大星の衛星須賀月の地表のドーム都市の上に所在する。〈天神〉などの訓練観を利用したり、吉備などほかの星律系に行ったりすることもあるが、基本はここで教育が行われてきた。
 知識は睡眠教育で強制的に詰め込まれることが多く、特に充実しているのは身体を使った訓練の施設だ。今はダンスホールとして使用されているホールも、通常は体育館である。
「……こことももう、お別れか……」
 今は三月。四月には新しい学生たちが入ってくるのだろう。
 そして、自分たちは士官として練習艦隊に配属となる。そこでは、身体の使い方ではなく、新たな存在の使い方を学ぶ必要がある。
 すなわち、この銀河時代の文明を支える力。星霊だ。
 巨大な雷大星が、全てを支配するかのごとく、暗黒の空の中央に鎮座し、ルリハを見下ろしている。その赤と茶色の縞模様をじっと見上げていると、すいこまれそうになっていく。
(……でも、星霊の力は、こんな惑星よりも遙かに巨大なのですわ。なぜなら、彼女らの胸の内には、最低でも惑星の質量を超えるブラックホールが、その質量のエネルギーに相当する演算資源がおさめられているのだから……)
 そう改めて考えると気圧されそうになる。
 寝祖母も母も、確かに元星霊だったが、ルリハが見知っているのは人籍に「降下」したあとの彼女らにすぎない。人と交わり、親しんでいくことで、星霊は人に近づいていくという。とすれば、ルリハが出会うのは、人とは全く異なる存在になるだろう。母、祖母との交流は参考にならない。
(……しかし、それは父と立祖母が乗り越えてきたこと。我が洲月家の総領姫として、わたくしもまた星霊との絆を築いて見せなければ――)
 ルリハは、挑むように雷大星を見上げた。
「おおー! いたいた、人がいたよ。ちょっと迷子になってねー。ねえ聞いてる? きれいなドレスのお嬢さん?」
 ルリハはむっとして、警戒するように腕を組み、声のした方をにらんだ。
「なんですの? 軽薄なお誘いならよそでやってくださいまし」
 そして、息をのんだ。
 ピンととがった耳が、まず目に入った。そして、深紫の、まるでウェディングドレスのようなフリルとレースをふんだんにつかったドレス。その胸元に輝く、深い、深い紫の宝石。
 同じ色の双眸は、くるくるとまんまるで愛らしく、その顔はやや童顔気味だが、と整っていて美しい。思わずなでたくなるような頭は深い紫色の髪がきれいになでつけられ、そして、後頭部でアップにした、同じ色の髪。
 髪飾りはドレスと同じく純白だ。
 胸元につけたIDカードによれば、次期練習艦隊所属予定の――星霊であった。
 天神ククリ星霊少尉。
 卒業によりルリハも少尉の階級を得ているから、ルリハと同階級ということになる。
 天神――とは、訓練艦であり、この士官学校のシステムをも掌握する星霊、天神イヅナのことであり、いわば士官学校は、システム上、彼女の領土でもある。星霊は、自ら制御する領土を持たないうちは、自らが所属する領土の星霊と同じ姓を名乗る。
(星霊……! 人類としての威厳を見せなければ……)
「――あなた、星霊ですのね。ここは士官学校。どのようなご用でしょうか? 天神星霊中佐の許可は得ましたの?」
「それはもちろん得ているよ! ちょっと迷ったって言ったでしょ。あなた、士官学校生だね。私たち、あなたたちとダンスするために招待されてきたんだよ? みんなでやってきたのはいいけど、どこにいけばいいのか分からなくてさ。イヅナ様も厳しい方で、アクセスしたのにマップ情報を提供してくださらないんだ。全く、軍規だかなんだか知らないけど、つまらないルールを厳守して。後方はお気楽でいいね」
「あら? 天神星霊中佐も前線出身ですわよ。それでも規律を重視なさっている意味を考えることですわね。規律がないと軍は成り立ちませんわ」
 ククリはぽかんと口を開け、ふうん、と言って、それから頷いた。
「それもそっか。確かにねー」
 先ほどまでやや怒りの感情を見せていたようだが、それにこだわることなく、すぐに冷静に戻っている。
(これが星霊か……。といっても、単にのせられやすい単純な性格のようにもみえますわね……)
「まあ素直なのはいいことです。それで、道に迷ったとのことですが、多分、あなたたちがお探しなのはここでしょう。ここがダンスホールですわ」
「ほんと? たすかったあ。ありがとうね!」
「いえいえ。所詮はお気楽な後方ですので。人に道を教えるぐらいの暇は充分ありますのよ」
「それは違うよ。お嬢さん。あなたが親切なのは、暇だからじゃなくて、あなたが優しいからだと、私は思うな」
「ええ……まあ……」
 どうも調子が狂う。
(なにこれ。天然ですの? 人間と交わっていない星霊ってこんな感じですの?)
「私ねー、人間と踊るなんてはじめてでねー。誰と踊ろうか迷ってたんだけど、あなた、優しいからあなたにしようかな」
(この星霊……言っては悪いですけれど、簡単にだまされそうですわね……。かわいそうですかしら)
 ルリハの心に余裕が出てきた。ククリというこの星霊はどうも流されやすく、他者に対して素直すぎる性格らしい。後方が暇とか言うのも、前線の人間の言葉に影響された結果と見えた。
 それが星霊全般の性格なのか、それともククリ特有のことなのかは分からないが、とりあえず、ルリハは自分の自信を回復した。
(皆に先駆けて星霊と仲良くなるなんて――わたくしも結構やりますわね。こんなことは、あのユウリにもきっとできないはずですわ……! きっとわたくしの家系のおかげでしょうね……。元星霊の家族と親しくふれあってきたゆえ)
「もちろんお受けしますわ。光栄ですわ」
 品がないと思いつつ、口元がゆるむのが押さえられない。こういうところが、祖母のシオンには厳しくしつけられるゆえんなのだと思っても。
「それはよかった……! あたし、実は皇嗣殿下のお相手という話もあったんだけどね。大和本校にいらっしゃるんでしょう? でも気疲れするからなあ、と思って返事を曖昧にしていたら、別の星霊に決まったらしい」
「――まあ」
 ルリハは口をつぐんだ。
 今上帝ミヒトと皇后ミツハの娘、皇嗣のヒトハは、確かにルリハらと同じ大和本校の学生だったが、クラスは第0クラスとされており、彼女に対してはルリハらよりある意味厳しい訓練が課されていた。成績順位に対しても別立てで、ヒトハは常に「0番」ということになっている。ヒトハのような皇族にあてがわれる(配偶官になる)星霊は最優秀の星霊だ。ヒトハの現在の階級「少尉」に合わせるために、高位の星霊がこのためだけに降格して、星霊少尉になることすらある。
「じゃあ皇后候補というわけ?」
「たくさんいるうちの一人、ということかな」
 ククリは興味なさそうに言う。
「星霊の間で最優秀なのは皇后――それは間違いないと思うよ。でもその候補となって特別視されたり、敬われたりするのはあまり好きじゃないかな……。それで決めきれなかった」
「ヒトハ殿下ですか……」
 祖母や父からは、それとなく助けになるよう期待されていた。洲月家のような軍人家系は帝室の藩屏と位置づけられていたからだ。しかし、現在の帝室の娘の教育システムはよく整備されているようで、第0クラスのヒトハの教育に関しては、ルリハが貢献できる余地は何もなかった。
 ヒトハとの本格的な交流は練習艦隊以降となるのだろう。
 とはいえ、いったんは皇后候補ともなった星霊と親しくなれるというのは、ルリハの自尊心をくすぐらずにはいられない。
「……あなた、結構優秀なのですわね。道も分からないというから心配したのですけれど」
 ククリは微笑む。
「優秀と言われるのは素敵なことだねー」
 気負う様子もない。ただルリハの言葉がうれしい、といった表面的な感情しか読み取れなかった。星霊とはこういうものなのだろうか、と二度目の感慨がルリハを襲う。
「……まあ、あなたとのダンス、楽しみですわ。それと、ヒトハ殿下のお相手になったという、星霊の話はご存じですかしら?」
「うーん。そのあたりはよく知らないかなあ。何でも星霊大佐まで務めた戦艦の制霊が、六階級降格して配偶官候補になっているらしいよ。すごいよね……」
「そうですの……」
 そこに、どんなドラマがあったのだろうか……。
 ルリハは想像せずにはいられない。大佐まで一緒に昇進した人間はどうなったのだろうか。どんな事情があって別れたのだろう。そして、六階級もの降格を受け入れたのはどんな心境だろう。
 尽きせぬ疑問を、ルリハはため息をついて吹き飛ばした。
(まあいいわ。わたくしのように自分と他人を比べて自分の優越を追い求めていると、そのうち皇族にも非礼を働くことになりかねないですわ。ククリが皇族の話をだしたのは偶然でしょうけど、何の巡り合わせか、私のそういうところを戒めるためかもしれないですわね)
 ユウリに対しても、今ならナオのいう「余裕」を示せる気がした。
 ただ、そういう「気」がしただけで、後から考えれば思い過ごしだったのだが。
 ルリハは自分の感情を整理するように大きく息を吐き、じっと、数メートル先の砂利を認めた。
「よし。踊る相手は見つけた。同僚を連れてくるよ。もうすぐ私たちの出番だよね?」
 天神ククリはルリハの返事も聞かず駆け去って行った。

2023/01/03/12:00更新【連載07】に続く

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