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第1回鰻屋大賞受賞? 7月刊行の倉田タカシ『うなぎばか』より、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の試し読みを公開します!その③


その①はこちら

その②はこちら

日本人が大好きな魚といえば、そう、アレですね。黒くて、長くて、ぬめっとしていて、でも、焼いたり蒸したりして食べるととてもおいしいあの魚。最近ニュースで絶滅の危機に瀕している、とも報道されている、そう、「うなぎ」です。

早川書房がある東京・神田には老舗のうなぎ屋さんが多く店を構えていらっしゃいますが、なんと、この夏、ついに、

「早川書房、うなぎ、はじめました」


第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作『母になる、石の礫で』の著者・倉田タカシさん自らが“うなぎ絶滅後の人類を描いたポストうなぎエンタメ連作短編集”と称する魅力的な短篇集『うなぎばか』のなかから、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の全文を4回にわたって公開いたします。

倉田さんの描く、クスッと笑えてハッとさせられる物語をお楽しみください。

※なお、この試し読みは初稿をもとにしておりますので、今後内容・表記の変更等の可能性もございます。ご了承ください。

※「鰻屋大賞」は架空の賞です。


(承前)

〈そろそろ大丈夫かな〉
 そうサササカさんがいったのは、わたしが二〇分ほど泳ぎ続けてからです。
 サササカさんは、陸へ近いほうに進んでください、とわたしに指示しました。
〈きみがさっき貨物船のなかを通ったときに取得したデータを解析しているよ。あそこには三〇機くらいのロボットがいたみたいだね。ロボットたちは、協力し合って魚を獲っていたみたいだよ。いくつかについては、メーカーの特定もできそう。よかったよ、とてもいいデータをとることができた〉
 そうなんですか。それはとてもよかったです。
 わたしのマジックナンバーがインクリメントしました。
 魚を獲らないでください、と直接おねがいすることができなくて、それについては、マジックナンバーがデクリメントしました。人間でいうと、ちょっとがっかりしました。
 わたしは、ひとつ気づきました。
 あの蟹のロボットは、わたしに嘘をついていました。
 反応が遅かったのは、きっとそのせいなんですね。
 わたしがたずねたことに対して、まず正直な答えを用意して、それから、なにを隠さなければいけないかを考えて、計算しなおして、答えを修正する。そうしてから、答える。
 嘘をつくロボットは、反応が遅くなる。
 かなりの確かさで、そう考えてよさそうです。
 これは、とても大きな〈わかった〉でした。
 わたしのマジックナンバーが、たくさんインクリメントしました。
 任務がうまくいかなかったことで減った、つまりデクリメントしたぶんをほとんど埋め合わせるくらい、マジックナンバーが増えました。
 でも、それは、不思議な増えかたでした。
 増えているのに減っているみたいな、そういう増えかただったんです。
 サササカさんがいっていた、〈「悲しい」が生まれてくる卵みたいな「不思議」〉というものに、ちょっと似ているのかもしれません。
 あの蟹のロボットがいった、わたしは忠実な機械です、というのは、きっと嘘じゃないんですね。
 嘘をつく、という命令に忠実だったということなんですね。
 そして、たとえ本当のことをいうとしても、嘘をつくことが前提だから、同じように遅れは生じるのかもしれません。
 わたしは、なるほど、と思いました。
 わたしはどうなんだろう。
 サササカさんが嘘をつきなさいといったら、つくのかな?
 そう、自分に質問してみて、これは意外と難しい質問なんだということがわかりました。
 嘘をつくような気もするし、つかないような気もします。
 サササカさんの判断は正しいから、サササカさんが嘘をつけというなら、つくのがいいと思います。でも、なんだろう、ここに不思議があります。たくさん考えないと答えの出てこなさそうな、不思議です。

 わたしのレーダーに、ぽつん、と、小さな影がうつりました。
 水面になにか浮かんでます。船かな……
 そうでした、船でした。
 サササカさんがいいました。
〈ちょっと、話をしてみよう。ロボさん、あの船に近づいてください〉
 またたくさんの不思議に会えるかもしれません。
 わたしは、近づいていきました。
〈ロボさん、わたしたちが密漁の取り締まりをしていることは、いわないようにしましょう〉
 わたしは、サササカさんにききました。
「さっきの、密漁していたロボットのように、嘘をつくんですか?」
 サササカさんはこたえました。
〈生態系の調査をしている、と説明しよう。それもべつに嘘ではないから〉
 わたしは、どうしようかな、と、すごく考えてしまいました。
 でも、きっとサササカさんが正しいですね。
 わかりました、とわたしはサササカさんに返事しました。
 返事をするまでに、ずいぶんタイムラグがあっただろうな、と思いました。
 さて、船の近くまで来ましたよ。
 船から数キロのところでいったん止まって、潜望鏡を出して、船を観察します。
 それは、あまり大きくない、木でつくられた船でした。
 なんで木でつくられていることがわかったかというと、ペンキがけっこう剥がれていて、下地の木が見えているからです。ということは、古い船なんですね。そして、なにかわけがあって、修理をできずにいるんですね。
 なにもかも古い船だけれど、ひとつだけ古くないところがあるみたいです。操舵室の上でくるくる回っている、細長い機械です。これは、きっと魚を探すレーダーですね。
 では、そばまでいって、話をしてみます。
 いったん、深ーく潜って……
 船のすぐ下まできたら、まっすぐ浮上して、船べりに顔を出しました。
 船の上、ちょうど目の前に、ひとりの人が立っていました。
 わたしは、かなりびっくりしてしまいました。
 人間がこんなに小さいってことを、たった今はじめて見るまで、知らなかったんです。
 比べると、わたしの長さは、人間の背の高さの三〇倍くらいはあります。
 つまり、わたしは、人間に比べると、とても大きいロボットだったんです。
 その人は、目を開いて、驚いた顔をしていました。
 それから、ひとしきり、なにかをいいました。
 この人の話す言葉は、わたしの言語ライブラリーのなかにも入ってました。ちゃんと話をすることができそうで、安心しました。
 この人、漁師さんは、こんなふうに言っていたことがわかりました。
「びっくりしたなあ……なにかの調査ですか? どこの国?」
 わたしはスピーカーをオンにして、目の前の漁師さんと同じ言語をつかって、あいさつをしました。
「こんにちは!」
 漁師さんが体を後ろに引いたので、わたしは、スピーカーの音量が大きすぎたかもしれないと思いました。ちょっと下げて、また話しかけます。
「びっくりさせてごめんなさい。わたしは、ロボットです。生態系の調査をしています」
 そうきいて、漁師さんは、もっとびっくりしたような顔になりました。
「中に人間は入ってないの? ずいぶん人間っぽい喋り方をするロボットだなあ。……ほんとに入ってない?」
 入ってないです、とわたしは答えました。
「魚は獲れますか?」
 わたしがそうたずねると、漁師さんは、少し笑った顔になりました。
「それは、いい質問だね。なんていうか、ロボットらしい率直さがあるね」
 そうして、漁師さんは、船の真ん中にあるふたを開けてみせてくれました。
 そこは、水をいれた大きなタンクになっていて、なかをいろいろな魚が泳いでいました。
 わたしは、何匹いるか知りたくなって、数えました。八六匹です。
「大漁ですね!」
 わたしがそう漁師さんにいうと、漁師さんは、こういいました。
「いまどきのロボットはよくそういうお世辞をいうね。でも、こういっちゃなんだけど、あんた、ものすごく下手だね」
 漁師さんは、魚のタンクを見下ろしました。
「もう三〇年くらい漁師をやってるが、大漁っていうものを、おれは一度も見たことがないよ」
「そうなんですか。これは大漁じゃないんですか? わたしは、一人の人間が獲る数として、とてもたくさんだと思いました」
 わたしは、すこし前に、あの沈んだ船のなかで見た、たくさんの魚を思い出しました。あれくらい獲れたら、大漁と呼んでもいいのかな?
 漁師さんは、わたしを見ました。わたしのどのへんを見たらいいのかわからないような感じで、視線があちこちに動きました。
「親父がな、おれが小さいころに、よくいってたもんだよ。魚をたくさん積んで港に帰ってきても、いいや、こんなのは大漁のうちには入らねえ、ぜんっぜん少ねえ、って。親父が子供のころは、この何倍も、船が沈むんじゃないかってくらいに積んで港へ戻ってきたもんだってね」
 漁師さんは、また魚のタンクを見ました。
「そう親父がいうようなときでも、ガキのおれには、ものすごい大漁にみえたんだがね。これだけの魚は一生かかっても食いきれねえと思ったもんだよ。でも、おれが漁師になってから、あのころ親父が獲ってきたのと同じくらいに獲れたことは、一度もない」
「そうなんですか」
 わたしは、魚のタンクをよく眺めて、〈これは大漁ではない〉と記憶にラベルをつけました。
 漁師さんがいいました。
「うちは、ずうっと前の代から、漁師をやってるよ」
「そうなんですか。みんな海や魚が好きなんですね」
 わたしがそういうと、漁師さんは、
「いや、おれは、海は好きじゃないな。地面のうえで仕事をしたいんだよ。もう、こんな水ばっかりの、船から落ちたら命がないようなところで働きたくないんだ」
 わたしは答えました。
「そうなんですか。じゃあ、転職したほうがいいですね」
 すると、漁師さんは、笑った顔になりました。
「あんたには冗談が通じないんだな。まあ、しょうがないな、ロボットだもんな」
「そうなんですか。いまのは冗談だったんですね」
「そうだよ。まあ、おれの国では、簡単に職業を変えられないからな。住むところもそうそう変えられないし」
「そうなんですか」
「で、あんたはなんなんだって?」
「わたしは、うなぎの形をしたロボットです」
「ああ、この形は、うなぎなのか。いわれてみれば……顔のところはつるつるでなんにもないけど、全体としてはたしかにうなぎっぽいかもな」
 漁師さんは、またわたしをよく見まわしました。
「そうなんです。わたしは、調査ロボットでもあるけれど、うなぎのお墓でもあるんです」
 そう漁師さんにいって、わたしは、またひとつ小さな仕事をしたような気持ちになりました。
 漁師さんは、わたしが判断しにくい表情になりました。
 考えてみると、わたしは、いままであまり人間を見たことがありません。魚かロボットばっかりです。人間の顔はむずかしいんだなあと思いました。
「そうか、あんたは、うなぎの墓か。うなぎがなあ……」
 そういって、漁師さんはため息をつきました。それから、
「いや、うなぎが悪いっていってるんじゃなくてね。うなぎが絶滅したせいで、世界中で、漁師は漁をしにくくなっちまったなあって話なんだよ」
「そうなんですね」
 いろいろな規制があるから、たしかに漁はしにくいだろうなあ、とわたしは思いました。
「ほれ、ここにちっこい機械があるだろ?」
 そういって、漁師さんは、船のマストを指さしました。
「これを取り付けてないといけないんだよ。漁船は、この機械で、どこにいるかをいつも管理局に知らせていないと、漁ができない。ちょっとでも、漁をしていいと決められた海域の外に出たら、船をとりあげられちゃうんだ」
「そうなんですか」
 漁師さんは、わたしにたずねました。
「あんたは、自分のやってることに納得してるのかい」
「わたしは、海が好きです」
 漁師さんは、笑った顔にはなりませんでしたけど、うなずきました。
「そうかい。それは、いいことだね。あんたが、海が好きなのに、地面の下にもぐるような作業をさせられてたら、きっとうんざりしただろ」
「もしそうなったら、海で仕事をさせてください、とお願いしようと思います」
「そんな自由が、あんたにはあるの?」
 わたしは、ちょっと考えてしまいました。
「そうですね、それは、わかりません」
 考えてみると、わたしは、魚を獲る仕事をしている人に、初めて会ってるんですね。そう思ったら、この漁師さんとたくさん話をしたくなりました。魚や、サンゴや、沈んだ船、海で見るいろいろなものについて。
「漁師さん、わたしは、さっき、海の底で、蟹によく似たロボットを見ました」
 そういってから、わたしは、これはいわなくてもよかったかなと思いました。漁師さんには関係ないことです。
 漁師さんは、しばらく、わたしの顔をみて、それからいいました。
「ああ、あれは、おれのだよ」
 わたしは、びっくりしました。
「べつに、おれの持ち物というわけじゃないが。リースだよ。ロボットを作っている会社から、借りてるんだ。ここらの漁師は、みんなあれを借りてる。基本的に、あのロボットどもが漁をする」
 つまり、この漁師さんは、それから、ほかの漁師さんも、ロボットをつかって密漁をしているっていうことなんでしょうか。
 サササカさんはいいました。
〈ちょうど、ロボさんにそのことをたずねてもらおうと思ってたんだよ。先にいってもらえてよかった〉
 わたしは、たくさんの不思議をかかえて、心がいっぱいになってしまいました。
 漁師さんはいいます。
「ロボットたちは、たくさん獲ることができるし、見つからずに、禁止海域で漁をすることができる。だから、みんな使ってるよ。そうしないと、おれたちは食っていけないんだよ。ロボットの会社は、ロボットがどういうことに使われるかについては関知しないし、責任をとらない。そのくせ、もちろん、ロボットは、密漁に最適化されたセッティングになってるんだけどな。リース料金は、めちゃくちゃにぼったくる。こっちがそれなしではやってけないのを知ってるからだよ。漁獲量が多くても、ロボットのリース料金を払うと、こっちの手元に残るのは、かろうじて食っていける程度の金だけだ」
 そうなんですか、とわたしは答えました。
 ほかになにをいったらいいか、わかりませんでした。
「魚を港にもっていけば、どうやって獲ったかはだれも気にしなくなる。漁業規制が効いてるから、問題ないはずだってわけだよ。市場は、魚がどこで獲れたかを問わない。ロボットの製造会社は、ロボットがなにに使われるかには関知しない。その両輪で回ってるんだよ」
 サササカさんがいいました。
〈うなぎも、そうだったんだよ。養殖場へ持ち込まれるうなぎの稚魚が、適法な漁によるものか、密漁されたものか、確かめる決まりがなかった。だから、店に並ぶうなぎには、密漁されたものもたくさん混じっていたんです〉
 そうなんですか、とわたしはサササカさんに答えました。
 漁師さんはいいます。
「魚は増えてるから、おれたちがちょっとばかり獲っても、絶滅の心配はどの魚にもない。大漁を見たことがないってのはほんとだよ。ロボットたちも、そんなにたくさん獲ってるわけじゃない。いまの漁業規制は、やりすぎだよ。おれたちはどんどんやっていけなくなってる。このままじゃ、この国の漁師はいなくなる」
 この人は、すごく正直に話してくれました。
 わたしは、密漁をしないでください、とこの人にお願いしなければいけません。
 漁師さんは、わたしの顔をみて、目を細くしながら、いいました。
「なあ、どこの国のだれだか知らんが、このやりとりを聞いてる人間がいるだろ? この世間知らずのロボットにおしゃべりをさせながら、陰からおれを脅してる、あんただよ。そろそろ、こいつに、銃をしまうように命令してくれないかな。話せることはもう話したよ。あんたらは、証言がほしかっただけなんだろ?」
 ……銃?
 なんのことだろう。
〈ロボさん、わたしは攻撃を受けてます〉
 サササカさんからの連絡です。
 緊急、というラベルがついています。
〈急いで、こっちに来てください。さっきの密漁ロボットたちが、わたしの居場所を見つけて、襲ってきました〉
 わたしは、全身が緊急モードになりました。
〈座標を教えるよ。わたしの船がある場所を〉
 そうして、座標のデータがやってきました。
 わたしは、サササカさんは、陸地にいるんだとばっかり思っていました。
〈ごめんね、ちゃんと教えてなかったね。わたしは、ロボさんからそれほど遠くないところでサポートをしていたんだよ。タイムラグがあったから遠いと思っていたかもしれないけれど、それは通信の暗号化が必要だから……〉
 そこで、通信は途切れてしまいました。
 わたしは、何度もサササカさんに呼び出しの信号を送りました。
 信号を強くして、また何回か送りました。
 返事は返ってきません。
 わたしは、いそいで海にもぐりました。
 いそいでいたので、漁師さんにさようならとあいさつするのも忘れてしまいました。
 わたしは、最大のスピードで、サササカさんが座標を教えてくれた海域に向かいました。
 通信は途絶えたけれど、実際になにが起こったのかはわかりません。
 機械のちょっとした故障から、もっと深刻なことまで、いろいろな状況が考えられます。でも、まだ結論は出ないし、出す必要はありません。
 もしかすると、人間は、こういうときに気持ちがとても乱れて、どうしたらいいのかわからなくなるのかもしれないですね。
 わたしはロボットなので、乱れるような気持ちがありませんから、ただ急ぎます。

その④につづく)

サササカさんからの緊急連絡を受け、懸命に進むうなぎロボ。はたして、サササカさんは無事なのか? 気になる完結篇は7/4(水)公開予定! お見逃しなく!


『うなぎばか』倉田タカシ

もしも、うなぎが絶滅してしまったら? 「土用の丑の日」広告阻止のため江戸時代の平賀源内を訪ねる「源内にお願い」、元うなぎ屋の父と息子それぞれの想いと葛藤を描く「うなぎばか」などなど、クスっと笑えてハッとさせられる、うなぎがテーマの連作五篇。