
第1回鰻屋大賞受賞? 7月刊行の倉田タカシ『うなぎばか』より、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の試し読みを公開します!その④(完結)
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日本人が大好きな魚といえば、そう、アレですね。黒くて、長くて、ぬめっとしていて、でも、焼いたり蒸したりして食べるととてもおいしいあの魚。最近ニュースで絶滅の危機に瀕している、とも報道されている、そう、「うなぎ」です。
早川書房がある東京・神田には老舗のうなぎ屋さんが多く店を構えていらっしゃいますが、なんと、この夏、ついに、
「早川書房、うなぎ、はじめました」
第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作『母になる、石の礫で』の著者・倉田タカシさん自らが“うなぎ絶滅後の人類を描いたポストうなぎエンタメ連作短編集”と称する魅力的な短篇集『うなぎばか』のなかから、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の全文を4回にわたって公開いたします。
倉田さんの描く、クスッと笑えてハッとさせられる物語をお楽しみください。
※なお、この試し読みは初稿をもとにしておりますので、今後内容・表記の変更等の可能性もございます。ご了承ください。
※「鰻屋大賞」は架空の賞です。
(承前)
信号が入ってきました。
救難信号です。
そして、わたしのレーダーが、水面に浮かぶ物体を見つけました。
救命用のゴムボートでした。
救難信号は、そこから発信されています。わたしは近づいていきます。
ボートには、一人の人間が乗っていました。
わたしは、サササカさんがどんな外見なのかを知りません。たぶん間違いないだろうとは思いましたが、念のため、たずねてみました。
「あなたはサササカさんですか?」
「そうだよ。ありがとう、ロボさん」
わたしは、はじめて、サササカさんの声を聞きました。
サササカさんは、怪我をしているようです。
「ごめんね、びっくりしたと思うけど、頭の怪我って、ちょっと切れただけでもすごく血が出るんだよね。痛みはそんなにないし、意識もはっきりしてるから、大丈夫」
たしかに、見たところ、たくさん血が出ているようです。
わたしはたずねました。
「船に乗っていたのは、サササカさんだけですか?」
「そう、わたしだけだよ。小さい船だから、あっという間に沈んじゃったよ。密漁のロボットたちは、魚雷みたいなもので攻撃するんじゃなくて、いっせいに船の片側にとりついて、ひっくり返したんだよ。その前に、アンテナとかを壊してね。わたしは、ロボットが船のうえのものを壊し始めたときに外に出ようとしたんだけれど、ちぎれた破片が当たって、怪我をしちゃった。乗員を傷つけるのは、もしかしたら、ロボットにとっても想定外だったかもね」
ちょっと黙ってから、またサササカさんはいいました。
「面白いのはね、どのロボットも、海藻やがらくたで姿を隠してたんだよ。頭がいいね。本物の蟹みたいだった」
そこで、サササカさんは顔をしかめて、低いうなり声を出しました。
「痛いですか?」
「うん、ごめん、いまはけっこう痛いかな」
そういって、サササカさんは、ちょっと姿勢をなおして、話をつづけました。
「あのね、サササカというのは、たくさんの人間で共有している名前で、わたしはそのたくさんの人間のひとりなんだよ。個人としてのわたしは、タキイヒロミという名前なんです。でも、ここしばらくは、わたしがほとんどサササカだったんだけどね」
わたしは、とてもびっくりしました。
処理できない情報が、どかんと入ってきた感じです。
「でも、サササカと呼んでくれたほうがうれしいな。ずっとその名前でロボさんと話してきたんだものね」
そうなんですね、とわたしは答えました。
「きみの頭の横には、きみには内緒で、銃が格納されてるんだよ。あの漁師と話をはじめたときに、じつはそれが出てきて、漁師にずっと向けられてたの。そういうふうに、サササカの側から操作してたんだよ。銃といっても、傷つけたり殺したりするようなものじゃなくて、網が飛び出して、相手の体を動けなくするだけのものなんだけどね。ただ、見た目はかなり殺傷力のありそうな感じにしてあって、相手が萎縮するのを狙ってるわけ」
そうなんですか。
「あの漁師の胸には、怖がらせるために、照準のためのレーザーが当てられていたけど、ロボさんはそれを見ても気にならないように設定されているんだよ。ごめんね、ほんとうは秘密なんだけど、それもひどい気がするから、話しちゃう」
いわれてみれば、たしかに、漁師さんの胸には、赤い光の点がずっとありました。飾りだと思ってました。
そのとき、通信がきました。
わたしが国際規格で発信していた救難信号に、国際規格で応答が返ってきました。
応答してくれたのは、さほど遠くないところを航行中の客船でした。
こちらの船には医者が乗っている、医療設備もある。船からはそういう返事がきました。
サササカさんが、船に乗っている人と話をします。
わたしは、サササカさんをカメラで撮影して、映像を船に送ります。
サササカさんは、カメラのまえでちょっと体をうごかして、どこを怪我しているか、船に乗っている人がわかるようにしました。頭と脇腹に大きな怪我があるようです。
船に乗っている人は、治療の準備をして待っている、といいました。
急いで運んでください、われわれも方向転換して、そちらに急行します。そうわたしにいいました。
わたしは、自分の頭についている扉を開いて、サササカさんを中にいれました。人を運ぶための小部屋があるんです。
小部屋のなかにある小さなカメラで見ると、サササカさんは、壁にある小さな扉をひらいて、中から応急キットを取り出しました。
サササカさんは、腹に包帯をまきつけながら、わたしに話します。
「ロボさんには、リアルタイムで叙述データを送信してもらっているよね。そう、わたしが教えた周波数で。あれを受信する機械が、あるところに隠してあるんだよ」
まさに、この通信ですね。こんにちは、こんにちは、とあいさつしてから、ずっと送り続けている、この報告です。
「それは、用心のためなんだよ。わたしのいる組織が、ほんとうに許可してくれるかどうかはわからないけれど、起こったことの記録を、だれにも書き換えられないように隠しておくことが必要だから。どんな組織でも不正をすることはあるって、わたしは祖国にいたときに学んだから、いつでも用心するようにしてるんだよ」
そうなんですね。
「あの漁師が罪に問われないようにしたいね。わたしたちが収集したデータをきちんと公開できれば、大丈夫だとおもうんだけど。あの国がなにか不正をやってるだろうということは、もうかなりはっきりわかっていたんだよ」
サササカさんは、そこで一息ついて、いいました。
「あのね、ロボさんには、もしかしたらまだ話してなかったかもしれないけど、わたしは、あの漁師とおなじ国で生まれたんだよ」
わたしは、びっくりしました。
「サササカさんは、日本人だったんですか?」
つまり、うなぎを絶滅させた国の人だったんですか?
サササカさんはうなずきました。
「いまはあの国には住んでいないんだけどね。ごめんね、ロボさんとはいろいろ話をしてきたのに、まだ話せてないことがたくさんあるね。サササカっていうのも、日本語の名前なんだよ。わたしたちは国際的な組織だけど、サササカ担当のうち、何人かが日本人だから」
そうなんですか。
「自分がどのくらい危険な状態なのか、わからないのは不便だね。ロボさんなら、自己診断プログラムがあるから、いいけれど」
サササカさんはそういいました。わたしも、それはとても不便だと思いました。わたしはとにかく最大の速度で進みます。
少したって、わたしは、たずねました。
「サササカさん、調子はどうですか?」
「いいとはいえないね」とサササカさんは答えました。
「でも、痛みは我慢できないほどじゃないよ。疲れて、ちょっと眠くなってきたかな」
わたしは、サササカさんに、大丈夫ですよ、といいました。
ちょっと傷がついてはいるけれど、わたしの調子はとてもいいです。
「すごく不思議な感じだね。自分がこれからどうなるのかがわからないのは。でも、この不思議さを、あとで思い返したいな。絶対に、思い返したい」
そういって、サササカさんは笑った顔になりました。
わたしも、そう思います。サササカさんにそういいました。
「思い出して、笑い話にしたいね。あのときはすごくあわてたね、って、ロボさんと話して笑いたいね」
わたしは、また、大丈夫ですよ、といいました。
大丈夫ですよ、とサササカさんにいうたびに、わたしのプログラムのなかで、救助の見込みが上がっていきます。
わたしはいま、能力を最大限に使って、海のなかを泳いでいます。
レーダーのなかで、船はどんどん近づいてきます。
わたしは、もう一度、大丈夫ですよ、といいました。
サササカさんは、うなずきました。
わたしも大丈夫。
そういって、サササカさんは笑った顔になりました。
さあ、この通信も、いちど閉じようと思います。電力の節約です。
さようなら、さようなら。あなたがだれかは知らないけれど。
(おわり)
サササカさんと無事に出会えたうなぎロボ。任務を通じて色々な「不思議」を経験し、うなぎロボの冒険はまだまだ続くことでしょう。
全4回の更新は今回で完結。他の短篇も含めて、7月上旬刊行予定の『うなぎばか』にてお楽しみください!
『うなぎばか』倉田タカシ
もしも、うなぎが絶滅してしまったら? 「土用の丑の日」広告阻止のため江戸時代の平賀源内を訪ねる「源内にお願い」、元うなぎ屋の父と息子それぞれの想いと葛藤を描く「うなぎばか」などなど、クスっと笑えてハッとさせられる、うなぎがテーマの連作五篇。