20人を超える先住民連続殺人のおぞましき真相とは?――『花殺し月の殺人』(アメリカ探偵作家クラブ賞〔最優秀実話賞〕受賞作)冒頭試し読み
1920年代、禁酒法時代のアメリカ南部オクラホマ州。先住民オセージ族(オーセージ族)が「花殺しの月の頃」と呼ぶ5月のある夜に起きた2件の殺人。それは、オセージ族とその関係者20数人が、相次いで不審死を遂げる連続殺人事件の幕開けだった――。本年度のアメリカ探偵作家クラブ賞に輝いた傑作ノンフィクション『花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』の冒頭を公開します。
スコセッシ×ディカプリオにより映画化!(2023年10月公開)あらすじは【こちら】で公開中
クロニクル1 狙われた女
慈悲深きその夜を損なう悪しきものの気配はなかった。彼女は耳をそばだてていたから。悪しきものの声はしなかった。震える声で静寂を破るコノハズクもいなかった。ひと晩中耳をそばだてていたので、彼女にはわかったのだ。
──ジョン・ジョゼフ・マシューズ『落日〔原題Sundown、未邦訳〕』
1章 失 踪
四月、オクラホマ州オセージ族保留地のブラックジャック・オークの生い茂る丘陵や広大な平原に無数の小花が咲き群れる。スミレにクレイトニア、トキワナズナが。花びらが天の川のごとくこぼれ、オセージ族の血を引く作家ジョン・ジョゼフ・マシューズの言葉を借りれば、「神々が紙吹雪をまいていった」かのようだ。五月、不気味なほど大きな月の下でコヨーテが遠吠えする頃になると、ムラサキツユクサやブラックアイドスーザンといった丈の高い草が、小花にしのび寄り、光と水を奪いとる。小花の首は折れ、花びらは落ち、やがて地に埋もれる。それゆえ、オセージ族は五月を「花殺しの月(フラワー・キリング・ムーン)」の頃と呼ぶ。
一九二一年五月二四日、オセージ族が暮らすオクラホマ州の町グレーホースの住人、モリー・バークハートは、三人いる姉妹のひとり、アナ・ブラウンの身に何かあったのではないかと不安を覚えていた。一歳と違わない三四歳の姉アナは、三日前から姿が見えなくなっていた。アナはしょっちゅう、家族が眉をひそめて呼ぶ「どんちゃん騒ぎ」をしに出かけ、明け方まで友人と踊ったり飲んだりしていた。けれど今回はひと晩過ぎ、ふた晩が過ぎても、いつものように長い黒髪を少し乱し、黒い眼をガラスのように輝かせて、モリーの家の玄関ポーチに姿を見せることはなかった。アナは家に入るとすぐ靴を脱ぎたがり、家の中をゆったり歩き回った。その心安らぐ足音がモリーは恋しかった。足音に代わり、今は平原を思わせる静けさが広がっていた。
三年近く前、すでにモリーは妹のミニーを亡くしていた。死は驚くべき早さで襲いかかり、「特異な消耗性疾患」と医者には診断されたものの、モリーは腑に落ちなかった。妹はまだ二七歳で、ずっと健康そのものだった。
「オセージ族登録簿(ロール)」には、両親と同じく、モリーたち姉妹の名も記されていた。それはつまりオセージ族の一員であるということだった。と同時に、資産家であることも意味していた。一八七〇年代初頭、オセージ族はカンザスの所有地から、オクラホマ北東部の岩だらけの何の価値もなさそうな保留地へと追いやられた。だが数十年後、その土地の下に米国最大の油層があることが判明する。探鉱者が石油を手にいれるには、オセージ族にリース料とロイヤルティを支払わなければならなかった。二〇世紀初頭に入ると、部族の登録簿に載っている者はそれぞれ、四半期ごとに小切手を受けとるようになった。初めのうち、その額はわずか数ドルだったが、時とともに石油の産出量が増えるにつれ、数百ドル、数千ドルと増えていった。ほぼ毎年のように分配金の額は増え、平原のせせらぎが合流して大きな濁流のシマロン川になるように、部族全体で数百万ドルもの資産を蓄えるまでになった(一九二三年単年で、オセージ族は三〇〇〇万ドル以上を受けとっており、それは今日の四億ドル以上に相当する)。オセージ族は一人当たりの資産が世界一多い部族とされた。「これは驚き!(ロー・アンド・ビホールド)」と題し、ニューヨークの週刊誌《アウトルック》はこう書き立てた。「このインディアン〔原文ママ。以下、省略〕は、餓死しかけるどころか〔経験のない農耕を強要された先住民は、この時代に多数が餓死している〕……銀行家もねたむほど安定した収入を享受している」
大衆は、オセージ族の金持ちぶりに目を見張った。白人と先住民との最初の出会いが血なまぐさかったこと、つまりこの国の誕生にまつわる原罪から思い浮かぶアメリカ先住民のイメージとはかけ離れていたのだ。記者たちは次々に記事を書いて読者の興味をあおり、「大富豪オセージ族」もしくは「レッド・ミリオネア」たちはレンガやテラコッタ造りでシャンデリアのある豪邸で暮らし、ダイヤの指輪や毛皮のコートを身につけ、お抱え運転手付きの車を所有していると報じた。ある記者は、オセージ族の少女が一流の寄宿学校に入り、贅沢なフランス製の服を着ていることに驚き、「パリの通りを歩くとてもかわいいお嬢さん(ユヌ・トレ・ジョリ・ドゥモワゼル)がこの小さな保留地にうっかり迷いこんだ」かのようだと評した。
その一方で記者たちは、オセージ族の伝統的な生活習慣が少しでものぞくと、すかさず指摘した。どうやら大衆が抱く「野生」的な先住民のイメージをかき立てようとしたと見える。ある記事は、「高級車が焚き火をぐるりと取り囲み、赤銅色の肌をして色鮮やかなブランケットをまとった人々が、原始的なスタイルで肉を調理している」と書いている。別の記事は、オセージ族の一団が自家用飛行機でダンスの儀式にやって来て、その光景は「小説家の表現力をもってしても描ききれないほど」だと書いた。《ワシントン・スター》紙は、オセージ族に対する大衆の見方を総括し、「あの哀歌『見よ、哀れなインディアンを』は、『おい、金持ちのレッドスキン〔原文ママ。以下、省略〕』にあらためたほうがふさわしいかもしれない」とした。
グレーホースは、保留地の中でも古くからの集落だった。そうした集落のうち規模が大きめの、人口一五〇〇人近くが暮らす隣町のフェアファックスや、オセージ郡の郡庁所在地で人口六〇〇〇人以上のポーハスカは、熱に浮かされたような状態だった。カウボーイや一攫千金を狙う者、密造酒の売人や占い師、呪術医(メディシンマン)や無法者、連邦保安官(U S マーシャル)やニューヨークから来た投資家、石油王でにぎわっていた。舗装された馬車道を自動車が疾走し、その燃料のにおいが平原の草のにおいをかき消した。電話線から見下ろすのはカラスの陪審員たち。「カフェ」とうたった食堂、オペラハウスやポロ競技場もあった。
モリーは隣近所の一部がしているような贅沢こそしなかったが、くくった杭と織物と木皮でできた、グレーホースにある両親と暮らしていた古いテント小屋(ロッジ)の近くに、立派な木造の大きな家を建てた。車も数台所有し、使用人を雇った。そうした出稼ぎ労働者を、住人の多くは「先住民の鍋をなめる輩(インディアン・ポット・リッカー)」と見下した。使用人は黒人かメキシコ人のことが多かったが、一九二〇年代初頭に保留地を訪れたある者は、「白人まで」もが「オセージ族はだれもやらない家の下働きを」している光景を憂えた。
モリーは、アナが行方不明になる前に最後にその姿を見た人物のひとりだった。その日、五月二一日、モリーは明け方に起床した。かつて父が毎朝太陽に祈りを捧げていた頃に体にしみついた習慣だった。耳になじんでいるのはマキバドリやシギ、ソウゲンライチョウの合唱だが、今はそれをかき消すように、大地をがつんがつんと穿つ掘削ドリルの音がしている。友人の多くがオセージ族の民族衣装を着たがらないのとは違い、モリーはインディアン・ブランケットをはおっていた。髪型もフラッパーボブにはせず、長い黒髪を背中にたらし、高いほお骨と大きな茶色の眼が印象的な顔をあらわにしていた。
夫のアーネスト・バークハートもいっしょに起きだした。二八歳で白人のアーネストは西部劇映画のエキストラにでもいそうなハンサムな顔立ちで、短く刈った茶色の髪、灰色がかった青い眼、角張ばったあごの持ち主だった。顔写真を見ると、唯一残念なのが鼻で、酒場で一、二発お見舞いされたように見える。貧しい綿花農家の子としてテキサスで育った子ども時代、アーネストは、アメリカ開拓時代の名残りでいまだにカウボーイと先住民が漂浪しているというオセージ・ヒルズの物語に心をときめかせた。自由州(テリトリー)へと逃げだすハックルベリー・フィンさながらに一九一二年、一九歳のときに、アーネストは荷物をまとめ、おじの家へと転がりこんだ。おじはウィリアム・K・ヘイルという名で、フェアファックスで牧畜業を営む威圧的な男だった。「おじは人にものを頼むようなタイプではない──命令するタイプだった」父代わりだったヘイルのことを、あるとき、アーネストはそう語っている。アーネストの仕事はほとんどがヘイルの使い走りだったが、ときにはだれかの車の運転手を務めることもあった。それがモリーとの出会いで、アーネストはモリーを乗せて街中を走った。
アーネストはよく、評判の悪い連中と密造酒(ムーンシャイン)を飲んではインディアン・スタッド・ポーカーに興じていた。だが、粗野な態度の裏に優しさや気の弱さがあるように思え、モリーはアーネストと恋に落ちた。母語がオセージ語のモリーも、学校でそれなりに英語を身につけていた。にもかかわらずアーネストはモリーの母語を学び、ついにはオセージ語で会話ができるまでになった。糖尿病の持病があるモリーの関節が痛んだり空腹から胃痛が起きたりすると、アーネストが世話を焼いた。ほかの男がモリーに思いを寄せていると耳にすると、きみなしでは生きていけないと泣き言を並べた。
ふたりが結婚するのは容易ではなかった。アーネストはごろつき仲間に「先住民女の夫(スクウォー・マン)」とからかわれた。モリーのほうは、三人の姉妹が白人男性と結婚したにもかかわらず、両親と同じように、親の決めたオセージ族の男と結婚するのが自分の務めだと思っていた。一方、モリーの家にはオセージ族の信仰とカトリックの信仰が混在しており、神が自分に恋をさせておきながら、それを取りあげるようなことをするとも思えなかった。それやこれやを経て一九一七年、モリーとアーネストは指輪の交換をし、永遠の愛を誓った。
一九二一年には、ふたりの娘エリザベスは二歳に、愛称「カウボーイ」の息子ジェームズは八カ月になっていた。父の死後呼びよせた年老いた母リジーも、モリーが世話をしていた。モリーは糖尿病を抱えているため、その昔、母リジーはこの娘は早死にするのではないかと恐れ、面倒をみてやるようほかの子どもたちに頼みこんでいた。だが、実際にみなの面倒をみることになるのはモリーだった。
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五月二一日は、モリーにとって楽しい一日になるはずだった。客をもてなすのが好きなモリーは、ささやかな昼食会を開く予定だった。着替えをすませ、子どもたちに食事をさせた。よくあることだが、このときもカウボーイがひどい耳痛を起こし、泣き止むまで耳に息を吹きかけてやった。日頃から隅々にまで目配りしているモリーは、この日も使用人にあれこれ命じていた。家の中はあわただしく、みなが立ち働いていた。例外は母のリジーで、体調を崩し寝こんでいた。モリーは夫に姉のアナに電話でこう伝えるよう頼んだ。母に気分転換をさせるために、手伝いに来てほしいと。アナは姉妹の中で最年長で、母の目には特別な存在として映っていた。母の世話をしているのはモリーであり、アナはかんしゃくもちだったにもかかわらず、母はアナに甘かった。
母が会いたがっているとアーネストから聞くと、アナはタクシーを呼んですぐに行くと応じた。ほどなく姿を見せたアナは、真っ赤な靴にスカート、それに合わせたインディアン・ブランケットという出で立ちだった。手にはワニ革のバッグを持っていた。家に入る前、アナは風でほつれた髪を手早く梳かし、顔におしろいをはたいた。それでも、足元がおぼつかず、舌がもつれているのにモリーは気づいた。姉は酔っていた。
モリーは思わず顔をしかめた。客の何人かはすでに到着していた。その中に、アーネストのふたりの弟、ブライアンとホレス・バークハートがいた。石油にひき寄せられてオセージ郡に移り住んだふたりは、大抵ヘイルの牧場で手伝いをしていた。アーネストのおばで先住民に偏見のある人物も来ていたので、その意地悪ばあさんとアナが悶着を起こすことだけは避けたかった。
アナは靴を脱ぎすて、醜態を演じだした。バッグからフラスクを出して蓋を開け、鼻につく密造酒のにおいをぷんぷんさせた。取締官に捕まる前にフラスクを空にしなきゃと言い張り、アナ言うところの上物の密造酒を飲みほすよう客にすすめた。全米に禁酒法が施行されて一年が経っていた。
最近、アナが大きな問題を抱えていることにモリーは気づいていた。入植者で乗り物貸出業を営むオダ・ブラウンという男と離婚して日が浅かった。離婚して以来、アナは保留地内に相次いでできた、油田労働者に住まいと娯楽を提供するにわか景気にわく街に入りびたることが多かった。ウィズバンをはじめとするそうした街は、昼はがやがや(ウィズ)夜はわいわい(バン)浮かれ騒いでいると言われていた。「あらゆる放蕩と悪事がこの地にはある」と連邦政府の役人は報告している。「賭けごと、飲酒、姦通、嘘偽り、盗み、人殺し」の温床であると。アナは、薄暗い通りの奥にある場所に出入りするようになった。外観はまともな建物に見えるが、中にある隠し部屋は輝きを放つ密造酒のボトルでいっぱいだった。アナの使用人のひとりは後に当局に対して、アナはウィスキー〔バーボンなどのアメリカンウィスキー〕を浴びるように飲み、「白人の男たちにやたらにだらしなかった」と話している。
妹のモリーの家で、アナはアーネストの弟ブライアンといちゃつきだした。ふたりはときどきデートする仲だった。ブライアンは兄に比べて陰気で、黄色い斑点のある眼は謎めき、薄くなりかけた髪を後ろになでつけていた。彼を知る法執行官(ローマン)に言わせると、けちな下働きだった。昼食会の席で、今晩一緒にダンスに出かけないかとブライアンが使用人を誘うと、ほかの女にちょっかいを出したら殺してやるとアナはすごんだ。
その一方で、アーネストのおばが小声で、ただしみなに聞こえる大きさの声で、甥はレッドスキンと結婚するとはひどい屈辱だと独りごちた。モリーは言おうと思えば嫌味を言い返すこともできた。おばさんのお世話をしている使用人のひとりは白人じゃないですかと。それが、この街の社会秩序を端的に示す構図だった。
アナはまだ、くだを巻いていた。来客にからみ、母にからみ、モリーにからんだ。「あの人は、酒を飲んではからんでいました」使用人は、後に当局に語っている。「何を言っているかはわかりませんでしたが、言い争っていました」使用人はさらに言った。「アナのせいで、みなさんさんざんでしたし、わたしも怖かったです」
その晩はモリーが母の世話をし、夫のアーネストは来客を八キロほど北西にあるフェアファックスに案内し、おじのヘイルと合流して「おやじ教育〔Bringing Up Father〕」という巡回ミュージカルを観ることにしていた。アイルランドからの貧しい移民が一〇〇万ドルの宝くじを当て、上流社会に溶けこもうと奮闘する物語だ。カウボーイハットをかぶったブライアンは、つばの下から猫のような目をのぞかせ、劇場に向かう途中、アナを家まで送ると申し出た。
アナたちが出かける前、モリーは姉の服の汚れを洗い落とし、食べる物を渡し、ある程度酔いがさめ、いつものほがらかで魅力的な姉らしさが少し戻ってきたことを確かめた。ふたりはしばらく一緒にいて、おだやかな仲直りのひとときを過ごした。それから別れの挨拶を交わし、アナがほほ笑んだとき、金の詰め物をした歯が輝いた。
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ひと晩過ぎるごとに、モリーの心配は募った。義弟のブライアンは、アナをまっすぐ家に送り、アナを降ろしてから劇場に向かったと言い張っていた。三日目の夜が明けると、モリーはおだやかではあるが断固たる態度で、みなに行動を起こすよう迫った。夫にはアナの家に行って確認させた。アーネストは玄関ノブをがちゃがちゃいわせたが、施錠されていた。窓からのぞくと室内は暗く、ひと気がなかった。
アーネストは暑さの中で、その場にひとり立ち尽くした。数日前、涼をもたらすにわか雨が土埃を洗い流したが、それ以後はブラックジャックの木の間から容赦なく日が照りつけていた。一年のうちのこの時期には、暑さのせいで草原はかすんで見え、丈の高い草は足元できしんだ音を立てる。ちらちら光る日差し越しはるかに、油井やぐらの骨組みが見えた。
隣に住むアナの使用人頭が出てきたので、アーネストは訊ねた。「アナの居場所を知ってるかい?」
使用人頭の女は、にわか雨が降る前にアナの家に寄り、開けっ放しの窓を閉めようとしたという。「雨が降りこむんじゃないかと思って」と女は説明した。だが、ドアには鍵がかかっていて、アナのいる気配はなかった。留守だったという。
アナがいなくなったというニュースは、新興の街から街へ、戸口から戸口へ、店から店へと広まった。不安をいっそうかき立てたのは、オセージ族からもうひとり、チャールズ・ホワイトホーンという男が、アナのいなくなる一週間前に失踪していると報道されたことだった。人当たりがよくウィットに富む三〇歳のホワイトホーンは既婚者で、その妻は白人とシャイアン族の血を引いていた。地元紙によれば、彼は「白人と出身部族員のどちらにも評判がよい」人物だった。五月一四日、ホワイトホーンは保留地の南西部にある自宅を出てポーハスカに向かっている。それきり戻っていなかった。
それでも、モリーが慌てふためかなかったのには理由があった。アナはブライアンに送ってもらった後に家をぬけ出し、オクラホマシティに、もしくは州境を越えてまばゆく輝く街カンザスシティに向かった可能性があったからだ。お気に入りのジャズクラブかどこかで踊っていて、自分を捜して騒ぎが起こっていることに気づいていないのだろう。それに、トラブルに巻きこまれたとしても、アナには身を守るすべがある。大抵、ワニ革のバッグに小型の拳銃を忍ばせていた。そのうち帰ってくるさ、とアーネストはモリーを安心させた。
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アナが姿を消してから一週間後、ポーハスカの街から一・六キロほど北の丘で、作業員が油井やぐらの足元の茂みから何かが突きだしているのに気づいた。近寄っていくと、腐敗が進んだ死体だった。眉間に弾痕がふたつ。処刑スタイルで撃たれていた。
むし暑い日で、丘の中腹からはけたたましい音がしていた。石灰岩の堆積層をドリルが穿つと地面が震え、油井やぐらが大きなかぎ爪状のアームを前後に揺らしていた。ほかの者も死体の周りに集まってきたが、腐敗がひどくて身元がわからなかった。ポケットに手紙が入っていた。ひとりが引っぱり出し、紙を伸ばして目を走らせた。宛名がチャールズ・ホワイトホーンになっていたことから、ようやく身元が判明した。
同じ頃、フェアファックスの近くを流れるスリーマイルクリーク周辺で、ある男が一〇代の息子を連れ、友人とともにリス狩りをしていた。大人ふたりが沢の水を飲もうとしていたとき、少年がリスを見つけ、銃の引き金を引いた。熱と閃光が炸裂し、撃たれたリスはぐったりして谷の縁を転がりだした。後を追い、木々が生い茂る急斜面を下り、谷底へと向かうと、そこはさっきよりも空気が重く、谷川の流れる音が聞こえていた。少年はリスを見つけてひろい上げた。そのとたん、悲鳴を上げた。
「うわ、父さん!」父が下りてくる頃には、少年は岩にはい上がっていた。苔に覆われた沢の縁を身ぶりで示し、少年は言った。「人が死んでる」
膨張し、腐敗の進んだ、先住民の女とおぼしき死体だった。あお向けで、髪は泥にまみれ、虚ろな目が空を見上げている。ウジ虫が死体をむさぼっていた。
男たちは少年を連れ、いそいで谷を後にし、荷馬車に飛び乗り、土煙を上げながら草原を走らせた。フェアファックスの目抜き通りにたどり着いたものの、法執行官(ローマン)が見つからず、〈ビッグ・ヒル・トレーディング・カンパニー〉に駆けこんだ。そこは大型の雑貨店で、葬儀業も営む経営者のスコット・マティスに事の顛末を話すと、マティスは葬儀屋にいそいで知らせ、葬儀屋は数人の男を連れて谷に向かった。そこで荷馬車からとり外した座席に死体を載せ、ロープで谷の上へと引っぱり上げ、ついでブラックジャックの木陰に置いた木箱に収めた。葬儀屋が膨張した死体を塩と氷につけると、わずかに残った命がもれだすかのように死体は縮みはじめた。葬儀屋は、それが見知ったアナ・ブラウ
ンか確かめようとした。「遺体は腐敗が進み、今にも破裂しそうなほど膨張し、すさまじい異臭がしました」後に葬儀屋は記憶をたどり、こうつけ加えた。「黒人(ニガー)みたいに真っ黒でした」
葬儀屋もほかの者たちも、身元を特定することはできなかった。そこで、アナの資産を管理していたマティスがモリーに連絡した。モリーは沈痛な面持ちの一行を引き連れ、谷に向かった。一行には夫アーネスト、義弟ブライアン、妹のリタ、その夫ビル・スミスがいた。ほかにもアナを知る多くの者が、病的な好奇心をもつ者とともに、その列に加わった。郡内に悪名をとどろかせる密造酒やドラッグの売人ケルシー・モリソンの姿と、そのオセージ族の妻の姿もあった。
モリーとリタは到着すると、死体のそばに歩み寄った。異臭がすさまじかった。ハゲワシが、不気味に上空を旋回している。モリーとリタには、その顔がアナなのか見分けがつかなかった。文字どおり何も残っていなかったからだ。ただし、アナのブランケットと、モリーが汚れを洗い落としてやった服は確認できた。ついでリタの夫ビルが小枝をひろって口をこじ開けると、金の詰め物が見えた。「アナに間違いない」ビルが言った。
リタが泣きだすと、ビルは妻をそこから連れだした。結局、モリーが「そうです」と確認した。アナです、と。夫アーネストと谷川を後にしたこのとき、家族の中でただひとり平静を保っていたモリーといえども、家族のみならず部族全員にしのび寄る闇の気配には気づいていなかった。
(「1章 失踪」以上。続きは本をご覧下さい)
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〔著者紹介〕デイヴィッド・グラン David Grann
アメリカのジャーナリスト(1967年、ニューヨーク出身)。《ニューヨーカー》のスタッフ・ライターを務める。《ニューヨーク・タイムズ・マガジン》、《ウォール・ストリート・ジャーナル》、《アトランティック》などにも寄稿。ジョージ・ポーク賞ほか受 賞歴多数。著書『ロスト・シティZ』(2009)は《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーの1位となり、25カ国語に翻訳されている。他の著書にThe Devil and Sherlock Holmes(2010)。
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