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『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』話題映画がもっと面白くなる深読みポイントを解説①【ネタバレ】

スコセッシ監督×ディカプリオ主演の映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が劇場公開中です。先住民が次々と惨殺されるおぞましい“実話”を描いた原作本が、発売中の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』(デイヴィッド・グラン、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。この原作の翻訳を手掛けた倉田真木さんに、「これを知れば映画がもっと面白くなる」ポイントを凝縮してお聞きしました。これから映画を観る方にもすでに観たという方も、原作の醍醐味の一端をご紹介します。連載第1回【▶連載第2回はこちら

※一部映画のストーリーやネタバレに関連する記事内容となりますのでご注意ください。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』デイヴィッド・グラン、倉田真木訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫(早川書房)、映画原作本
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

原作本翻訳者が映画をさらに深堀り! 知るともっと面白くなる史実と裏話①

オセージ族の声を聞き入れた映画演出

倉田真木さん(以下同):マーティン・スコセッシ監督は、映画の撮影にあたり、当事者のオセージの人々をリスペクトし、真摯に助言に耳を傾けたそうです。それに対して、オセージ・ネーション〔オセージの人々の自治共同体〕側も協力を惜しまず、料理や衣装の制作、踊りやオセージ語の指導、さらには脚本にもかなり提案をしました。このように映画制作の現場に立ち会った経験から、最近は映画産業に就職するオセージの若者が増えているそうです。映画公開後、この映画はオセージ以外の人々のためのもの、とか、映画自体はすばらしいが当事者の子孫には観るのが辛いといった反応もありました。ですから、将来はぜひオセージの若者に自分たちの視点からの映画を作ってほしいですね。

映画中でアーネスト・バークハートを演じるレオナルド・ディカプリオは、妻との会話に意図的にオセージ語を使っています。これは1920年代のリアリティにこだわったからで、オセージ語を監修したクリストファー・コート氏の指導の下、ウィリアム・ヘイル役のロバート・デ・ニーロも、モリー役のリリー・グラッドストーンもオセージ語を話しています。

残念ながら、現代のオセージ語話者は減りつつあるとのことなので、この映画を機にオセージ語が確実に存続できるような仕組みができるといいですね。ネット動画を検索すると、オセージ語の文字と音声がヒットしますので、みなさんも一度触れてみてはいかがでしょう。ちなみに、モリー役のグラッドストーンは取材に答え、オセージ語を話すことでモリーの身のこなしに変わった、と言っています。〔映画制作に密に関わったオセージ・ネーションの活動については、文庫版訳者あとがきもご参照ください。〕

ディカプリオの怪演:この部分に着目

映画冒頭の、視線の定まらないへらへらしたディカプリオは、いわゆる「レオ様」の面影のまるでない薄っぺらな人物でした。ですが、映画が中盤から後半にさしかかるにつれ、その顔のしわや口元や目線は「怪演」と呼ぶにふさわしいさまざまな変化へんげを見せます。薄っぺらな人物であることは変わらないのに、感情の襞が加わることでスクリーンから目を離せなくなるんです。

一方、おじの「キング」ことウィリアム・ヘイルを演じるロバート・デ・ニーロの表情も、表の顔と裏の顔の落差がすさまじく、むしろ表の顔のほうが憎たらしく思えるほど。両者の表情の演技合戦は、大きなスクリーンで観ていただきたいですね。

なお、アーネストという役は、当初スコセッシ監督が配役しようとしていた特別捜査官トム・ホワイトではなく、ディカプリオ自身がやりたいと言った役とのこと。それにより、当初の脚本はがらりと書き替えられることになったようですが、アーネストが主役になることによって、妻モリーをはじめとするオセージの人々の描き方が濃密になったわけですから、ディカプリオの着眼点は(俳優としても、プロデューサーとしても)見事だと感じます。

捜査官ホワイト:原作で描かれた素顔は?

原作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』では、著者デイヴィッド・グランは明らかに、「クロニクル2〔本書の第2部〕」で活躍する特別捜査官トム・ホワイトを中心人物に据えています。トム・ホワイトという人(映画で演じるのは、ジェシー・プレモンス)は、初代長官のJ・エドガー・フーヴァーに黎明期のFBIの地盤固めのための広告塔にされ、この連続怪死事件の捜査に多大な功績を残しながらも、しまいにはフーヴァーに「ホワイトって誰だっけ?」という程度の扱いを受けます。このトム・ホワイトも、とても魅力的なので、原作で読んでほしいですね。

映画には描かれていませんが、トム・ホワイトはオセージ事件が明るみに出てから10年ほど後に、別の事件で人質を助けようとして自分の左腕に銃弾を受け、切断はまぬかれますが左腕が使えない状態で後半生を送っています。紛れもないヒーロー気質の人物なんです。しかも、オセージ事件で活躍した捜査官仲間や自分の存在をアピールしようと、事あるごとにフーヴァーに手紙を送ったり、手記を出版しようとしたりするのですが、ついぞ正当な評価を得ることのなかった不運のサラリーパーソン型ヒーローです。銃弾を受けるのはともかくとして、こういうタイプのヒーローって身近にいそうじゃありませんか? なんだか応援したくなります。

映画で描かれる伝統料理も病気の原因に?

映画のスチール写真にちらっと写っているオセージ伝統料理のGrape Dumpling(直訳するとブドウ団子汁?)は、オセージ・ネーションが作成しているYouTube動画を観ると、現代の調理法では、すでに甘いはずのグレープジュースにさらに砂糖とバターを加えています。いかにも糖尿病に悪そうですよね。映画においてモリーは、アーネストに食べないのかと問われ、自分の体には悪いから、と断っています。映画の舞台の1920年代は、既製品のグレープジュースではなく生のブドウを使ったのかもしれません。ですが、アメリカの糖尿病の発症率は、他の人種よりもオセージを含むアメリカ先住民のほうが高い傾向にあるのは昔も今も変わりません。この傾向は日本人にも当てはまるので、他人事とは思えませんでした。

他にも、アルコール依存症とおぼしきオセージの男性も登場しますが、舞台となった1920年代の禁酒法時代に密造されたのは、主としてトウモロコシと砂糖と水を原料とするウイスキー(バーボン)です。残念ながら、アルコールに対する耐性も他の人種に比べてアメリカ先住民は低いそうです。また、オセージだけでなくアメリカ先住民には、江戸っ子の「宵越しの銭はもたぬ」に通じるような、目の前にある物は取っておくのではなく今みんなで楽しむという感覚があると言われてきました。そのために歯止めがきかず、酒やギャンブルに溺れてしまったのだとしたら……。ある意味、白人文化と出会ったことで、オセージの人々は体の内側からもむしばまれた(いる?)のかもしれませんね。

デ・ニーロの怪演:原作ではさらに続きが……?

映画の中では、現在の事件の舞台がどうなっているかについては詳しい言及がありません。原作では、2012年に著者デイヴィッド・グランがポーハスカ(オクラホマ州オセージ郡の郡庁所在地)を訪れます。かつてにぎわった商店街の中にはゴーストタウン化している通りもあるようですが、今もオセージ・ネーションというオセージの人々の自治共同体の中心地です。そして、オセージ・ネーション博物館には、この事件の登場人物たちのスナップ写真やパノラマ写真が展示されています。

当時の人々が大勢並んで写ったパノラマ写真の一部が切りとられていたので、グランが理由を訊ねると、オセージの人々といっしょに映っているウィリアム・ヘイル(映画で演じるのはロバート・デ・ニーロ)の顔部分を切りとったのだという答えが返ってきます。事件から100年経とうが、当事者の子孫にとっては歴史ではないはずですから、切りとらずにいられない心情は推して知るべしです。ですが、このパノラマ写真の中には、ひょっとしたら他にも切りとるべき人物が写っているかもしれない……そう思うとぞっとします。


映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を観てさらに詳しい情報を知りたくなった方は、ぜひ原作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』をご確認ください。おぞましい連続怪死事件を引き起こした「真犯人」の姿を原作本で探してみては?

翻訳者・倉田真木さんプロフィール

翻訳者。訳書にシャーキー『死体とFBI』(早川書房刊)、キャンベル『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕』(共訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、アハーン『ザ・ギフト』、アリソン他『リー・クアンユー、世界を語る』など多数。

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