『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』2023年の話題映画がもっと面白くなる深読みポイントを解説②【ネタバレ】
スコセッシ監督×ディカプリオ主演の映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が劇場公開中です(Apple TV+で近日配信予定)。先住民が次々と惨殺されるおぞましい“実話”を描いた原作本が、発売中の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』(デイヴィッド・グラン、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。
この原作の翻訳を手掛けた倉田真木さんに、「これを知れば映画がもっと面白くなる」ポイントを凝縮してお聞きしました。これから映画を観る方にもすでに観たという方も、原作の醍醐味の一端をご紹介します。
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※一部映画のストーリーやネタバレに関連する記事内容となりますのでご注意ください。
映画冒頭にも登場する先住民の族長たちはどんな人物?
倉田真木さん(以下同):映画冒頭で、オセージの長老らしき人物が、パイプを土に埋めながら、これからの子どもは別の言葉を学ぶことになる……と伝統文化が廃れていくことを嘆く印象的なシーンがあります。
実はこの部分は原作の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』ではなく、作家チャールズ・レッド・コーンがオセージの人々の視点からこの事件を描いた小説『A Pipe for February』(『2月のパイプ』、2002年刊、未邦訳)を参考にしたもので、新装版に寄せた序文でスコセッシ監督自身がその経緯を語っています。
原作の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』にも、長老的存在である族長たちが何人も登場するのですが、それぞれに個性的で行動的です。たとえば、石油は出ないほうが幸せなのだと早い時期から語っている族長もいれば、少しさかのぼって1804年には、ワシントンで当時のジェファソン大統領と会談し、大統領から友好関係を維持すると言質をとった族長もいます。19世紀後半には、やはりワシントンに出向いてインディアン局長官と堂々と渡りあい、食糧配給制度を廃止させた族長もいますし、20世紀初頭には、フランス語やラテン語をはじめとする7つの言語を操るインテリの族長が、ワシントンに弁護士を派遣し、何カ月もかけて一般土地割当法の条件交渉をさせ、他の部族よりも広い土地をオセージの人々に割り当てることに成功しただけでなく、「地下に埋蔵される鉱物の権利はオセージ族が有するものとする」という文言を盛り込ませています。この先見の明のある1文のおかげで、オセージの人々は石油による莫大な利益を手にすることができたのです。
往々にして、先住民は被害者だと思われがちですが、時代の荒波に抵抗し、必死に部族を守ろうとした族長たちがいたことや、オセージの人々の知性の高さやたくましさも、もっと広く知ってほしい気がします。こうした族長たちもヒーローと言ってよいと私は思っています。
映画で描かれる特徴的な衣装・装身具の裏話
映画の中で、オセージの人々は民族衣装のブランケットをまとっています。【▶外部参考リンク】
この幾何学模様や、動植物がモチーフとなっているブランケットには大きな意味があり、相手に敬意を表するために贈ったり、踊る際にまとったり、一族や身分を表したりし、家宝として代々受け継いでいきます。たとえば、「手」のモチーフは友情の、「馬」は繁栄の象徴です。
また、映画の中のオセージの人々は、ペンダントやネックレスやイヤリング、ブレスレットなどを身に付けています。白や紫色の小さな貝殻を繋ぎ合わせてビーズ状にしたものは、「ワンパム」と呼ばれ、昔は通貨の一種として用いられたそうです。富の象徴であり、婚約や結婚の印として交換することもあったそう。
材料にするのは主に、米国北東部の海岸で見つかるツブ貝やホンビノスガイの貝殻で、ホンビノスガイのほうは貝殻が非常に硬いため穴を開けるのに苦労するそうです。さらに、クマの爪を繋ぎ合わせたネックレス(?)もあり、これは強さや速さ、勇敢さ、癒やしや幸運を象徴しています。
映画のモリー(演じるのはリリー・グラッドストーン)のブラウスには、丸く大きなブローチが2つついています。気になったので調べてみたところ、こちらは銀や銅、真鍮などで作られた装飾品で、西洋人が自国の元首の顔やシンボルなどが刻まれていたメダルや、かつて西洋式甲冑の装飾として用いた三日月形や円形の装飾品を模したものを贈ったのが由来だそう。それを気に入った先住民は、やがて自分たちで鍛冶職人に作らせるようになります。18世紀から20世紀にかけて流行した装飾品で「ワボンカ」と呼ばれ、このメダル形ブローチを3つ身につけていると独身、2つだと既婚者の意味になります。
もう一つ気になったのが、映画の中でモリーが結婚式で、軍服のような金モールのついた衣装を着ていることです。先述のジェファソン大統領と会談した族長が大統領の着ている軍服を気に入ったので、ジェファソン大統領はその場で脱いで贈ったが、オセージの男性は体が大きかったので着ることができず、娘に渡したことが由来だと言い伝えられています。
オセージの人々は、戦士の部族であることを誇りとしていますし、たくましい子孫を残すという意味合いも込めて、娘たちはいつしか婚礼用の晴れ着に採り入れるようになりました。あの軍服風の上着の下には、民族衣装も着ています。加えて、染色した七面鳥や雄鶏の羽毛や羽根で軍帽やトップハットを飾り付けた華やかな帽子もかぶります。
ですが、1930年代に入ると、オセージの若者は伝統的な婚礼の儀式ではなく、キリスト教式の結婚式を挙げるようになり、軍服風の婚礼衣装は廃れていったそうです。
連続殺人犯を追い詰める捜査官たちの素顔は?
映画では、トム・ホワイト(演じるのはジェシー・プレモンス)、ジョン・バーガー(同パット・ヒーリー)らの捜査官が登場します。彼らは、捜査の“表の顔”を担いました。そして捜査の“裏の顔”、つまり一先住民や畜牛業者、保険外交員などに身をやつして人々の間に入り込み潜入捜査をしたのが、ジョン・レン(同タタンカ・ミーンズ)、フランク・スミス(同アボット・ジュニア)たちです。
映画の中ではせりふも多くないので見逃しがちかもしれませんが、彼らも重要な役割を果たした人物なので、ぜひ注目していただきたいです。
原作には彼らの活躍や苦労も描かれています。個人的には、ジョン・レン役のタタンカ・ミーンズ(ミーンズ本人も、先住民族の血を引いており、俳優兼コメディアンです)に興味を引かれました。どんな笑いを届けてくれる人なんでしょう。近いうちに、チェックしてみたいと思います。
映画の終幕はめでたしめでたし……ではない?!
映画のエンディングに、殺人事件を再現したラジオ劇が出てきます。これはFBI初代長官のJ・エドガー・フーヴァーが実際に行った“広報宣伝活動”の一環です。フーヴァーの指示で、実際に事件捜査に加わったジョン・バーガー捜査官(映画では、パット・ヒーリーが演じた人物)がシナリオを書き、それを基にラジオドラマ化しました。
ラジオドラマでは毎回、「こうしてまたひとつ、物語が終わる。……〔犯罪者は〕連邦捜査官の敵ではなかったのだ」と締めくくられるのですが、オセージの連続殺人事件に関しては、実際に検挙された犯人はごく一部です。他にも大勢いると言われる残りの犯人に100年の時を経て迫り、一冊のノンフィクション書籍に克明に綴ったのが、FBI捜査官でも探偵でもない本書の著者デイヴィッド・グランなのです。
映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を観てさらに詳しい情報を知りたくなった方は、ぜひ原作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』をご確認ください。おぞましい連続怪死事件を引き起こした「真犯人」の姿を原作本で突き止めてください!(電子書籍も好評発売中です。)
翻訳者・倉田真木さんプロフィール
翻訳者。訳書にシャーキー『死体とFBI』(早川書房刊)、キャンベル『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕』(共訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、アハーン『ザ・ギフト』、アリソン他『リー・クアンユー、世界を語る』など多数。