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現代女性の生きづらさを描いたらSFになった。『ピュア』小野美由紀インタビュー

早川書房note上で大反響を呼んだ『ピュア』の書籍刊行を記念して、著者・小野美由紀さんへのインタビューを掲載します。「女性が男性を食べないと妊娠できない」小説はいかにして生まれたのか? 性と生の在り方を大きく問い直されている、現代に向けた言葉が語られます。
(聞き手・構成:SFマガジン編集部・溝口力丸)

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小野美由紀『ピュア』
4月16日(木)発売
(電子版同時配信、予約受付中)

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■小野美由紀(おの・みゆき)
1985年生まれ。慶応義塾大学フランス文学専攻卒。2015年2月、デビュー作エッセイ集『傷口から人生。』(幻冬舎)を刊行。他に、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)、旅行エッセイ『人生に疲れたらスペイン巡礼』 (光文社新書)、小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)などがある。


■「女が男を食べる」小説の誕生

──『ピュア』刊行までの経緯を教えてください。

小野 表題作「ピュア」は昨年の冬、SFマガジン編集部の溝口さんにTwitter経由で持ち込みました。もともと、エッセイを上梓した頃に担当編集者さんから「小説も書いて見ない?」と言われ、しかし小説を書いたことが今までなかったので、書けるかどうかわからず、西崎憲さんが当時池袋カルチャーセンターでやっていた「世界小説化計画」という創作講座を試しに受けに行ったんです。

──講座で学ばれたんですね。いかがでした?

小野 受講者たちの中で私の書くものが一番面白いと感じたので「あっ、私、小説書けるんだ!」と自信が持てました(笑)。
『ピュア』はその最終課題で書いた作品です。西崎さんからは「スラップスティックだね」と言われました(笑)。そのあと新潮社の「女による女のためのR-18文学賞」に応募したんですけど一次落ちしてしまい、他の出版社に持ち込んでも、編集者さんからは「ファンタジーは売れない」「こんなもの村上春樹が書いたとしても私は読まない」などと散々言われたんですが(笑)、私は「これが面白くないわけないだろう」と絶対的な自信を持っていたので、発表の機会を待ち続け、ようやくSFマガジンに掲載されました。

――本作は「女性が妊娠するために男性を食べる」という架空の設定を描いたSFですが、現代社会そのものだと受け取った方も多かったようです。

小野 もともと、「カマキリみたいに女性が男性を食べる世界になったらどうなるんだろう?」という着想が最初にありました。あと、童話の『人魚姫』がモチーフとなっているんですけど、私、あの話が本当に好きじゃなくて。いつも「ダメ男が考える都合のいい女の話だな」って思うんですよね。

――アンデルセンさん……

小野 もしあれを女が書いてたら、絶対あんな話にならないですよ。自分が命かけて救った相手が他の女と浮気したらその時点でボコボコにすると思うんです。なのに、大人しく泡となって消えました……って、女を知らん男が書いたファンタジーかよ! いや、ファンタジーなんですけど。その怒りも込めて、同じような設定で女性のリアルな姿を描いたのが「ピュア」です。

――なるほど。

小野 最初のトンデモ設定に惹かれて読んでくださった方も多いと思うのですが、私はあの一見突飛な世界の構造って、現代の女性が置かれている境遇とそんなに変わらない気がしていて。

――と、いいますと?

小野 私は今の女性たちに求められてることって、ルービックキューブの六面全部を揃える、みたいなことだなと思っていて。まず、仕事は男並みにしなきゃいけないし、子供を産まなきゃいけないし、かつ見た目も魅力的でなければいけない、良い妻、賢い母として認められなきゃいけない。全部満たしたとしても、夫が稼いでないと女としては幸せじゃない、と言われたり。「理想の女性の在り方」、それこそ『ピュア』で言うところの名誉女性を目指せ、みたいな圧力があって。……それって完全に無理ゲーじゃん!

――現在の女性が社会制度や言葉で、あるいは無言の圧力として強いられているものを戯画化されていると。

小野 自分なりの幸せな生き方を本当は選べるはずなのに、心が強くないと世間に折られちゃう部分がまだあると思うんですよね。たとえば「喪女でもいいじゃん」って言ったりすると、周囲からは「それ、本当に幸せなの? 無理してない?」と勝手に『不幸のお察し』をされてしまう。専業主婦で自分は幸せでも「え、仕事してないの?」って言われたり……他にも、母親になるためにキャリアを諦めるとか、選択ひとつで捨てさせられるものも大きい。自分で決めた選択でも、周囲の圧力や環境によって、肯定するのが難しいと感じる。
 また、社会は少しずつ進んでいて、男女同権になっては来ているけど、女性の力が強くなったからといって、女性と男性の相互理解が進むわけでもないんですよね。むしろ互いの間で踏み込めないつらさがどんどん積み重なっているような感じもします。それは男性が悪いわけではなくて、ピュアの世界のように、コミュニケーションが成り立ってないから。お互いを責め合ってても意味がない。最近だとオタクとフェミの争いとか「両方とも旧来的に是とされてきた男女の模範的ロールプレイがしっくりハマらない同士なんだから、いがみ合ってないで仲良くすれば」とか思っちゃうんですけどね。……私、オタクでフェミなんで。

――性で分断されることのしんどさ、でしょうか。

小野 いまの女性差別に対する運動も、これまでの揺り戻しがあるからああいう爆発があると思うんだけど、本当はみんな目指すところは同じなのに、ある主張とそのアンチの軋轢がどんどん膨らんでいく。そういうままならなさを取り上げつつも、私は『女って、本当は自分たちで思ってるよりずっと強い存在だよ』と思っているので、それを小説として表現したいと思って書きました。

──そんな本作ですが、昨年の「SFマガジン」6月号に掲載後、早川書房noteに全文掲載したら、大変なバズり方をしました。25000字もあるのに20万PVを越えて、今に至るまで早川書房note内でのアクセス数1位になっています。

小野 もともと私はウェブ媒体でエッセイやコラムの執筆をしていたこともあり、読者の注意を引くことにすごく敏感なんですよね。「最初の1500字で読者の心を掴めば、どんなに長い小説でも読み切ってもらえるはずだ」という確信はあった。けど、実際にはあれだけの長さのものを多くの方に最後まで読んでもらえて、正直びっくりしています。物語を愛する方々の、読むという行為への粘り強さと渇望に驚かされました。ちょうどフェミニズム文学への関心の高まりと、ハヤカワさんのもつSNSの拡散力と、作品の力が相まってのことだと自分では分析しているので、読んでもらえてとても幸運です。

■小説家になるまで

──小野さんの小説は『メゾン刻の湯』から2冊目でしたけど、執筆業にはどのような経緯で就かれたんですか?

小野 子供のころから絵本や物語を書くのが好きでした。小4でうちにパソコンがやって来てから、ネットサーフィンで個人の創作系ホームページを見るようになって、中学2年生の時、椎名林檎のファンサイトを自分で作ったんですよ。HTMLタグ打ちで。

――中2で椎名林檎のファンサイトを。

小野 当時はリングとかキリ番とか、平和な時代でした。サイトに入ると『本能』のオルゴール調MIDIが流れる……みたいな(笑)で、その頃南条あやさんなど、いわゆる「病み系」と言われる女の子たちが日記や詩を自作のサイトに綴る流行があって、それを見ているうちに自分でも書きたくなって、サイトにアップしはじめました。続けているうちに読者が増えて、と言ってもその頃なんで、一日100人ぐらいが関の山なんですけど、感想を掲示板にもらうようになったりもして。
 でも、そのころはまさかプロの物書きになるとも全く思ってなくて、そんな目標も持っていなかったんですけど、大学でmixiを始めて、日記を書いていたら友達から「面白いね」って言われるようになり、ブログも開始しました。就職できなくて卒業後、シェアハウスに2年くらい籠もっていた時期があるんですが、細々とブログは続けてました。その頃からだんだんSNSなどで書いたものがシェアされはじめて。
 そうこうしているうちに、知り合いの紹介で小さな編集プロダクションに入り、編集の仕事を始めたんですけど、もう全然向いてなくて。ライターさんに記事を発注しても「私が書いた方が面白い……」ってなっちゃうんですよ。あまりに嫌すぎて仕事中に1日8時間くらいツイッターやってたら半ばクビになって終わりました。それで、もう書くことぐらいしかやることないなと思って、知人から400万円くらいお金を借り、これがなくなるまでにライターとして独立するぞと思い、渋谷区にある4万5千円の風呂なしアパートに引っ越して。とは言っても最初の頃なんて何にも仕事がないから、毎日銭湯に2時間ぐらい居て、夜はひたすら代々木公園を散歩して、昼はドトールで夏目漱石の『こころ』を手書きで写経していました。今考えるとめちゃくちゃ病んでますね……。で、作中で”先生”が死んだ位まで写経し終えた時に〈AERA〉の編集者さんがブログを読んでメールをくれて、はじめて原稿料をもらえるライターになれました。

――壮絶ですね。お声がかかって本当によかったです。
 影響を受けた作家さんはいらっしゃいますか?

小野 山田詠美さん、川上未映子さん、皆川博子さん、長野まゆみさん。皆川先生の『死の泉』がとにかく好きで好きで、数えきれないくらい読みました。あと母の影響で村上龍さんをよく読んでいました。6歳の時、親の本棚にあった『限りなく透明に近いブルー』を手にとって、内容の意味は全くわからないんだけど何かすごいことが起きているぞ、ということだけは分かって。その一節に確か「黒人の肛門がめくれ上がって苺みたいにみえた」という描写があったんですけど、それを読んだ瞬間、その光景が脳裏に焼き付いて「これを書けるのはすごい!」と思ったことを覚えています。

――6歳で村上龍っていうのはすごいですね。

小野 耽美かつ暴力的な小説描写への憧れは、多分、今挙げたような人たちからきているのかもしれません。ハヤカワだと異世界転生を反転させてフェミニズムの物語にした『JKハルは異世界で娼婦になった』も好き。アニメなら『少女革命ウテナ』は擦り切れるほど見ました。

──お好きな海外作家さんはいますか。

小野 いまだとケン・リュウさん一択。「紙の動物園」「良い狩りを」が好きです。ジャンルとしてはSFファンタジーなんですけど、書かれているのは人間のアイデンティティの話で、私小説的な感じもする。SFではあるものの、物語の構造が優しいから誰でも共感できるし、マイノリティへのまなざしが優しいのが好きです。ああいう作家がいること自体が励ましになります。あとはスコット・フィッツジェラルドチャック・パラニュークリチャード・ブローティガンレイ・ブラッドベリなども好きです。

■収録について

――『ピュア』は表題作以外にも書き下ろしで4本の短篇が収録されています。ネタバレにならない範囲でそれぞれの作品を語っていただけますか?

小野 「バースデー」は、山田詠美さんの『ひざまずいて足をお舐め』や川上未映子さんの『乳と卵』みたいな、地の文で女の子が延々しゃべっている文体がすごく好きで、そういうのを書きたいというところから始まりました。性転換の話ですけど、男女でも男男でも女女でも、昔から親しい相手が急に変わったときに起こる関係性の変化を表現したかったんです。

「To the Moon」は……人生初の人外百合不倫小説なので百合が好きな方に読んでもらいたい。着想の元は、最近「ル・ポールのドラァグ・レース」っていう、アメリカのドラァグクイーンたちがバトルしながら王者を目指すっていうリアリティ番組にめちゃくちゃハマってるんですけど、テーマ曲がまさに「To the Moon」ってタイトルなんです。

 これを聞いているうちに「ええやん」って思って小説にして。で、ドラァグレースファンならみんな知ってるシーズン10の勝者アクエリアってものすごく美しいクイーンがいるんですが、その人のルックが毎回すごくて!

 この人。煌めきとスパークしかない。

 小説内の「月人」はアクエリアがモデルです。作調は、漫画『宝石の国』の物悲しさ、冷たい寂しさを参考にしました。元ネタが好きなものしかないって最高。好きな素材全部ぶち込んだドラッグでガンギマりながら書いてるようなもんなんで、執筆中一番気持ちよかった作品です。

「幻胎」は、よき娘の役割を押し付ける孤独な父の心の処女膜を、同じく孤独な娘が心のペニスでぶち破って逃走する話で……。
 私、すっごいファザコンなんです。けど同時に、女によき母、よき娘であれと押し付ける旧来的な家父長制システムへの憎しみみたいなのがあって……。
 父親との関係にわだかまりを感じている女性にぜひ読んでもらいたい。
収録作品の5篇ともそうなんですが、自己を超克するようなビルドゥングスロマンが好きなんですね。女性らしさ、男性らしさ、みたいな束縛を乗り越えていくような物語。そう言う意味ではやはり『少女革命ウテナ』からの影響は大きいですね。

「エイジ」は「ピュア」のスピンオフです。「ピュア」には男性の側の視点が欠けてるので、地上で食べられるために生きてる男たちの暮らしと、さらにその社会から外れた存在としてエイジくんを描きました。現代は女性も生きづらいですが、男性も別の意味で同じくらいに苦しい社会だなと思っていて。社会から押し付けられた「理想の男性像」、つまり、働いて成功しないと一人前と思われないとか、そのために人に弱みをなかなか見せられない、女たちとは違って共感で繋がり合えない……という男性が抱える生き苦しさを描いたつもりです。

──最後に読者へのメッセージをお願いします。

小野 単行本『ピュア』、意図せずして男女男男女女TG近親人外不倫なんでもありのバラエティ豊かな作品集になっていました。
 子宮であなたの脳を殴りに行く5篇、ままならない性と生に翻弄されながら「生まれ直し」のために奮闘する女性たちの話です。
 SFファンだけでなく広く小説が好きな方に読んでもらいたいし、百合が好きな方や、フェミニズムに関心がある方がこれをどう読むのかにも興味がある。これまで書いた中で一番の自信作なので、ぜひ表題作以外の作品も読んでいただき、ご感想を聞かせてください。よろしくお願いします。

――ありがとうございました。

(2020年3月25日/於・早川書房)

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小野美由紀『ピュア』
イラスト:佳嶋

遠い未来、地球軌道上の人工衛星で暮らす女性たちは、国を守るために子供を産むこと、そのための妊娠を義務付けられていた。ただしそれには、地上に棲む男たちを文字通り「食べる」ことが必要とされる――そんな変わり果てた世界で「普通の」女の子として生きるユミの葛藤を描き、ネット上で旋風を巻き起こした衝撃作のほか、幼馴染みの性的な変身をめぐって揺れ動く青春小説「バースデー」、未曾有の実験により12人の胎児の母となった研究者のドラマ「幻胎」など、性とともに生きる人の姿を活写する5つの物語。

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