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【夏の春暮康一SF祭 03】『オーラリメイカー〔完全版〕』刊行記念! 林譲治氏による『オーラリメイカー〔完全版〕』解説をWeb全文掲載【『法治の獣』ベストSF2022国内篇第1位】

『法治の獣』が『SFが読みたい! 2023年版』の「ベストSF2022国内篇第1位」を獲得、国産ハードSFの新星の中篇集が注目を集めました。

そしてこの夏、デビュー作にして第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作「オーラリメイカー」を含む中篇集が文庫化!

単行本版「オーラリメイカー」および同時収録作「虹色の蛇」を大幅改稿し、さらに新作中篇「滅亡に至る病」を収録した、『オーラリメイカー〔完全版〕』が刊行されました。

『オーラリメイカー〔完全版〕』の刊行を記念し、本書の推薦と解説を執筆いただいた林譲治氏のご厚意により、解説を全文Web公開します!

    

『オーラリメイカー〔完全版〕』解説


                       SF作家  
                          林 譲治 

 春暮康一さんは二〇一九年に「第七回ハヤカワSFコンテスト」にて「オーラリメイカー」にて優秀賞を受賞し、同年それは短篇「虹色の蛇」を加えた形で書籍デビューした。大学で化学を学んでおり、本書に収録された三つの中篇・短篇(「オーラリメイカー」、「虹色の蛇」、「滅亡に至る病」)がいずれも荒唐無稽に見える内容でありながらも、決してリアリティを失っていないのは、この専門性によるものと思われる。この辺りの詳細については『法治の獣』(ハヤカワ文庫JA)の山岸真氏の解説を参照していただければ幸いである(こちらも購入していただければなお幸いです)。
 
 本書に収録された三篇の作品はいずれも《系外進出(インフレーション)》シリーズに属するものであり、基本的にそれぞれが独立した物語である。
 これらの作品を通して私が想起するのは、ハル・クレメントというよりも、むしろスタニスワフ・レムである。レムの作品にもさまざまな宇宙生物が登場し、その中にはソラリスの海のように、人間には知性の有無を判断することさえ難しいものさえある。
 しかし、私が春暮さんとレムとの共通点を感じるのは、登場する宇宙生物そのものではない。では何が共通するかといえば、宇宙生物設定や物語において、進化論が全体を支える支柱となっていることだ。
 主人公である人間(あるいは元人間)たちは、未知の存在と遭遇したときに、進化論を足がかりに、その真相に迫り、そこからさまざまな決断を行ってゆく。
 ファーストコンタクトSFと目される作品は数多くある中で、進化論の立場で宇宙生物のみならず、それを生み出した生態系にまで合理的な考察が及ぶ作品群は実はそれほど多くない。そうした点が春暮作品の個性が光る点だろう。

 さらに重要なのは前記の議論の結果として「決断を行う」点もまた、春暮作品においては重要な意味を持つ。表題作の「オーラリメイカー」など顕著だが、《系外進出》シリーズでは未知の生物が“存在のヒエラルキー”において第一位の知性を持つかどうかが重要なポイントとなる。
 ここにおいて問題の生物の行動や生態から、知性を持つかどうかの考察が始まる。そのことは相手が人間(もしくは既知の水‐炭素生物(ウォーターカーボン))とは異なるが故に、考察は「知性とは何か?」という本質的な問いかけとなる。
 そしてそこから為される決断は、新たに倫理という問題を突きつけてくる。ここで誤解してはならないのは、それは特定の倫理の押し付けなどではない。そうではなく知性の問題を議論する中で、避けられない論点であるということだ。
 じっさい主人公らは(たぶんに偽悪的な趣もなくはないが)自分たちの行動原理を功利的なものと理解している。それでもなお、決断により生じる倫理的側面を考慮することになる。
 つまり春暮作品では、異質な存在の理解と、次の段階として決断により生じる倫理や責任という課題解決の二つの階層を持つと言える。このことが一連の作品が珍しい宇宙生物が登場するカタログ的SFではなく、小説としても深みをもたらすと私は思う。
 だからこそ春暮康一さんの作品を読むことは、他では味わうことのできない読書体験を得られるわけである。

 さて私は今年(二〇二三年)の二月にSF同人誌のSFGと、オンラインSF誌 Kaguya Planet による共同取材で春暮康一さんとリモートで対談を行う機会を得ることができた。その時に興味深い話を伺えたのだが、そのことを踏まえて個々の簡単な解説を行おうと思う。
 世の中には巻末の解説から読むという人が少なからずいらっしゃるというので、ネタバレをしないようにしてゆきます。

「オーラリメイカー」
 本書の表題作で、作品ノートによると二〇一九年版の単行本収録時よりも三割弱、およそ五〇ページ分の内容が追加されているという。時系列で言うと、本作は《系外進出》シリーズの中で最も後期までを扱ったものとなる。また執筆順でもデヴュー作である本作よりも、『法治の獣』収録の三篇(「主観者」、「法治の獣」、「方舟は荒野をわたる」)が先に執筆されていた。
 先に述べたように本作は「第七回ハヤカワSFコンテスト」の優秀賞受賞作だが、個人的にはコンテストにこの作品で応募したという事実にまず驚かされた。構造を把握しながら読んでいかねばならない作品なのだけれど、書く側としてこの作品を破綻せずにちゃんと最後まで手綱を握っていたというのは驚くべきことだと私は思う。
 星系の惑星軌道を緻密に計算した上で改変した存在。それだけの大事業を行いながらも文明の痕跡は一つとして残していない。明らかに矛盾するこの現象の真相に驚かされつつも、その謎を解き明かそうとする主人公らもまた一筋縄ではいかない。
 この全体に春暮さんの手綱捌(さば)きの上手さを感じずにはいられないのは、立場ごとの先入観あるいは認知の歪みが巧みであるからだろう。
 驚くべき真相の正体こそ、読み手側の先入観の強さに他ならないのだ。
 ちなみに先の対談では、本作に関して春暮さんはオーラリメイカーの進化史は考えておらず、後から考えついたとのことなのだが、つまりは彼にとって進化史を考えるのが当たり前なのだ。

「虹色の蛇」
 作品ノートによれば、単行本収録時より大きなエピソード追加はないものの、八ページほど加筆したとのこと。
〈彩雲〉の生態に関する謎が物語の背景としてあるが、この作品は特異な生物よりも、主人公が抱える問題と、それを克服する話となっている。人間でさえも、他人には理解できないことをやってのけてしまう。
 多くの知性体が発見されている時代背景ながら、辺境惑星〈緑(フルン)〉の観光資源である〈彩雲〉は太陽系人類の可視光とだけ色調変化が合致するので、異種族はやってこないという裏設定があるという。この辺りは小さなことだが面白い設定だと思う。ハードSFは時として、ちょっとした設定が論理的帰結として大きな構図を描く結果となることが珍しくない。
 実を言えば、私がこの作品で想起したのはレムの『砂漠の惑星』(ハヤカワ文庫SF)に登場する「黒雲」だった。ただ作品ノートによると、レムの「黒雲」とは無関係で、空飛ぶ巨大生物を作りたいというところから出発しているという。
 このように出発点はまったく違うにもかかわらず、〈彩雲〉と「黒雲」には幾つもの共通点がある。確かレムの言葉に「出発点は違っても、目的が同じで、同じ技術レベルであれば、論理的に思考を続ければ、同じデザインになる」というのがあったのだが、〈彩雲〉と「黒雲」はハードSFにおけるそうした事例の一つではなかろうか。
 

「滅亡に至る病」
 本作は書き下ろし作品であります。先の対談で、春暮さんは「宇宙を描くよりも変な生物を描きたい。それは地球では難しいので必然的に宇宙を舞台にすることになる」という趣旨の発言をしている。本作もそうした作品の一つである。
《系外進出》シリーズの中では比較的後期の時代を扱っている。
 この作品は倫理が重要なテーマとなっている作品だが、春暮作品であるからには、そこには大きな仕掛けがある。それは異なる知性体を前にした時の人類の倫理問題だけでなく、知性体そのものが自分たちの原罪に悩んでいるという点だ。
 そして主人公は、グレーゾーンを含みつつも重層した倫理問題を解決しようと決断することになる。

《系外進出》シリーズでは太陽系人類は《連合(アライアンス)》という機構に属している。被造知性(DI)(人類はAIと呼ぶ存在)との関係の中で、《連合》は急激な人口減という問題に直面し、《連合》に非加盟の知性体とコンタクトし、可能な限り加盟させようとする。
 昨今の少子高齢化で日本は海外からの労働力受け入れについての議論が盛んだが、はるか宇宙の世界を描いた《系外進出》シリーズは、現実の日本のことを考える上で、多くの学びを与えてくれるのではなかろうか。
 なぜそう言えるのか? それは春暮作品が提示する問題は、架空の話であるようでいながらも、本質的な部分で、普遍的な課題を提示しているからである。
 人によっては本書によって物事を別の視点で見るようになるかもしれない。それこそがSFの読書体験そのものではないだろうか?

                              

●【夏の春暮康一SFまつり】掲載一覧
07/28【夏の春暮康一SF祭 01】「虹色の蛇」(分載前篇)
07/31【夏の春暮康一SF祭 02】「虹色の蛇」(分載後篇)
08/04【夏の春暮康一SF祭 03】 林譲治『オーラリメイカー〔完全版〕』解説公開


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