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【4/20刊行!】ハヤカワSFコンテスト出身・春暮康一が、国産ハードSF史を更新する傑作中篇集『法治の獣』、山岸真氏による解説を全文公開!

イーガン、チャン、ニーヴン、ソウヤー、バクスター、堀晃、野尻抱介、林譲治、小川一水……。

まったく異形な異星生命体を生み出すべく、恒星系&惑星の生態系構築から着手した正統派の新世代生物・化学系ハードSF作家が、ファーストコンタクトSFの進化形を提示する中篇集、春暮康一『法治の獣』

春暮康一『法治の獣』
カバーイラスト:加藤直之
2022年4月20日刊行
定価1,000+税(ハヤカワ文庫JA)
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グレッグ・イーガンの翻訳者・山岸真氏が、推薦文に加え12年ぶりに日本人作家の巻末解説執筆をご快諾くださいました。

『法治の獣』収録の3作品の魅力と読みどころ、そして今読む意義を明確に語ってくださった、山岸真さん渾身の解説を全文掲載いたします!


『法治の獣』解 説


                SF翻訳業 山岸 真

 春暮康一は第七回ハヤカワSFコンテストの優秀賞受賞者。受賞作の中篇(ショートノベル)「オーラリメイカー」を表題作とする作品集で、二〇一九年にデビューした。
 本書は作者の二冊目の著書で、中篇三つを収録する。
 本書の三中篇はいずれも、異星生物とのコンタクトの最前線の物語。太陽系外の惑星に棲む生物たちの特異な生態と、そのような生態に至る進化の過程を(惑星史レベルも含めて)推測していくのとが、各篇のSF的ポイントだ。ページ単位、ときには段落単位・文章単位の密度で新しいアイデアや考察が語られ、リアルタイムの詳細な観察レポートを読むような迫真性を感じさせる。一瞬後の展開も不明な緊張感と、未知のものを提示され、それが解明されていく高揚感・知的興奮に満ちた、第一級のストレートなSFである。この点で日本SFの中では、堀晃の宇宙SFと同じ系譜に位置づけられる一冊だろう。
 ところで、コンタクトといっても、三中篇はいずれも、人間自身が相手の棲む惑星に降りたって、異星生物と“交流”する話ではない。
 三中篇は作者が《系外進出(イン フレ ーシ ョン)》シリーズと呼ぶ未来史に属し、作品間に直接の関連はないものの、太陽(ソ ル)系外活動憲章または《人類の憲章》と呼ばれる共通の背景設定を持つ。それは「人類がこの宇宙で節度を保つために宣言した最古の掟」で、作中のたとえ話を引けば、“電気パルスしか自由に扱えない不可視の知的存在が、人類に話しかけようとして心臓に不整脈を送ってくる”ような事態を人類側が起こすことを避けるためのもの。具体的には、「“あらゆる侵略行為を避けなければならない”(略)“侵略行為”には、活動中の生体に対し、主星のピーク波長より短い波長の電磁波を当てることも含まれ」るとか、生きている個体からは「角質の一片さえ採取することは許されない」といった厳しい内容だ。
 とはいえ、これをあまりに厳密に適用すると何ひとつできないことになるので、そこは妥協というか譲歩があって、グレープフルーツ大や(時代とともに技術も進歩したのちには)米粒大のドローンによる観察はおこなわれる。だが、それだけのことでも、相手になんらかの影響をあたえてしまう可能性はあるわけで……と、この先は収録作のネタバレ領域になるので、これ以上は踏み込まない。

 本書の「作品ノート」によると、こうした問題意識は、グレッグ・イーガンの中篇「ワンの絨毯」(のちに長篇『ディアスポラ』に組み込み。ともに拙訳)に触発されたものだという。本書の「主観者」が〈SFマガジン〉に載ったとき、探査機による惑星の環境汚染を懸念する部分を読んで「ワンの絨毯」の該当するくだりを連想していたので、じっさいに関連があるとわかったのは訳者としてうれしい。それはともかく、先例はいろいろあるにせよ、本書収録の「主観者」と、とくに「方舟は荒野をわたる」では、異星生物に対する不干渉の問題からさらに思索が深まって、より大きなテーマへと展開する。
 ちなみに作者の名前はペンネームで、姓は二十世紀のアメリカ人SF作家ハル・クレメントが由来だという。クレメントといえば、人間味のある異星生物との交流を大きな読みどころとするいくつかのハードSFが代表作。そういう作家の名前をもじった作者が、本書のようなスタンスでコンタクトの物語を描いたというのは、ちょっと面白い。
 なお、作者のデビュー単行本『オーラリメイカー』に収録された表題作と中篇「虹色の蛇」も《系外進出》シリーズの作品だが、「虹色の蛇」では、ある惑星の雲状生物が生み出す光景を人類が観光資源として利用している上、客寄せのために生物の生態を操作しようとする。作者は異星生物への不干渉に固執しているわけではないようだ。
 では以下、各収録作をかんたんに見ていこう。各作品の発想の元ネタや《系外進出》シリーズ内での時系列などについては「作品ノート」で作者が書いているので、そちらをご覧ください(ただし、作品内容の核心部分への言及もあるので作品読了後に)。

本書巻頭の「主観者」は〈SFマガジン〉二〇二一年八月号と十月号に分載された。
 地球から十光年離れた海洋惑星で、クラゲとイソギンチャクの合の子のような生物が発見される。全身が発光していることから「ルミナス」と命名されたその生物は、七本の触腕の先端に視覚器官らしきものを持ち、一千万の個体が差し渡し数百キロメートルのコロニーを形成しているようだった。軌道上の宇宙船に乗る五人の飛行士(アル ゴノ ーツ)からなる探査チームは、ドローンによる観測を進めていき、ある結論と決断に至るが……。
 丹念に手順を踏んで進んできた物語が、急転直下、衝撃的な展開を迎える。このインパクトは、ルミナスの生態に関するアイデアと合わせて、ファーストコンタクトSF史に刻まれるだろう。本作の出来事は《系外進出》シリーズの作中でも非常に重大な事件として位置づけられていて、本作の数十年後が舞台の「方舟は荒野をわたる」にも影響を及ぼし、「オーラリメイカー」で描かれる超遠未来にまで語り伝えられていく。
 メインストーリー以外にも、深宇宙探査計画《アルゴ》の経緯や、身体改変者(「虹色の蛇」で物語と大きく絡んでくる)などのSF設定が多々盛りこまれ、奥行きのある作品世界を生み出している。

表題作の「法治の獣」は本書が初出。惑星〈裁剣(ソード)〉の孤立した火山島に、ガゼルに似たシルエットで、額に長さ五十センチほどの両刃の剣を持つ生物が棲息していた。この生物は、法治を司るとされた古代中華圏の想像上の動物にちなんで、シエジーと呼ばれている。種の存続に必要な最低限のレベルを超えた、いくつかの法(ルール)に従って行動しているようすが観察されたからだ。
 だがシエジーが知性を持たないことは明らかなのに、その法は群れ(ポリス)単位で作られ、時おり追加・修正されてさえいた。そんなことがなぜ可能なのか? そこには、この生物に備わった“不快衰弱”という特性が大きく関係していた。
 生物学者のアリスは、スペースコロニー〈ソード・〉の生命科学研究所で、シエジーの遺伝と進化の謎に取り組むことになる──。
 これだけでもじゅうぶんすぎるほどオリジナルなアイデアだが、さらにここに、〈ソード・〉が二十地球(テ ラ)年にわたって続くオラクル・プロジェクトという壮大な社会実験の場である、という設定が加わる。七千人の住む〈ソード・〉は、個体数最多のシエジーの群れ(ポリス)の法(を人間社会に適用するための最低限の“翻訳”をしたもの)だけを法律として運営されているのだ。
 なんともユニークというか突拍子もない実験だが、アリスは「思想とか知性というのは、平等さとはあまり馴染まない(略)。知性があるために人類はこれまで、本当の意味で平等な法を作り出したことがない」という考えから、知性のないシエジーが作る“自然法”と、それに基づくプロジェクトに価値を認めている。また、シエジーの不快衰弱という特性の性質上、プロジェクトは“最大多数の最大幸福だけで最良の法律ができるのか”を問うているともいえた。けれど同時に、この実験にはどうにも神秘主義めいたところがあって、現に〈ソード・〉には、シエジーを顕在化した無垢な半神半獣のように信じる人々が引き寄せられていた。
 だが、ここまで書いてきた設定には、じつは随所に嘘、あるいは隠された真相があり、やがてそれがシエジー社会にも、〈ソード・〉にも大激動を引き起こすことに……。
 なお、加藤直之さんによる本書のカバーは、〈ソード・〉内部の景観。このトーラス型スペースコロニーのさまざまな描写も、本作のSF的読みどころだ。

「方舟は荒野をわたる」も本書が初出。舞台となる惑星オローリンは、自転周期と軸傾斜が変化しつづけているというとんでもない天体。そういえば、ハードSF的に奇想天外な惑星も、ハル・クレメント作品の代名詞だった。
 そしてそこに登場するのが、差し渡し百メートル、高さ二十メートルのパンケーキ状の形をして、太陽の動きに合わせて惑星の地表を移動しているという、これまたとんでもない存在。しかも、厚さ五十センチの弾力のある透明な膜組織(自己修復するゼラチン質の生物が結合した群体)に包まれた内部には、じつはこの惑星の全生物と全資源が包含されているのだ。そこは顕微鏡サイズからメートルオーダーまでの大小さまざまな生物が棲み分け、ごくわずかな範囲に熱帯雨林並みの生態系が広がる生体の迷宮状態。六万立方メートルの中で物質循環が完全に機能し、自己充足している。いわば規模的には、数十万種の生物が詰め込まれた中型恒星船のようなもの。その存在を知った人間たちが、〈方舟〉と名づけたのも当然だろう。
 とんでもなさはまだ続く。特殊な成立事情を持つこの星系では、惑星の動きなどというものは劉慈欣『三体』の世界さながらに予測しようがないはずなのに、〈方舟〉はわずか時速五キロの速度ながら、つねに昼の領域にとどまれるように移動していた。それは明らかに、知性の存在を示唆していた──。
 この先、土木工事的言語と呼ぶべきものが出てきたり、それとは別の言語学SF的側面があったり、と異星生物ものとして紹介したいアイデアが山盛りなのだが、具体的な内容に触れるのはここまでにしておこう。そのほかにも、遺伝子工学によって寿命が二百歳を超えた人類の人口爆発問題とか、主人公(語り手)が胚子と記憶データのかたちで百隻の調査船に“乗った”百人のクローンのひとりであるとか、それ単独で中篇ひとつを軽く支えられる設定満載なのは、本書のほかの二篇と同様である。
 ところで本作はある面で「主観者」と対になる作品で(登場人物や生物は重なっていないが)、物語後半では先述のように「主観者」での事件を受けた思索がいっそう深められている。それは、結末近くでの主人公の、「わたしたちは宇宙に、何を与えられるんだろうな」という問いかけに集約されるもので、小松左京作品が繰りかえし発してきた、宇宙における人類や知性の存在意義という問いを思わせる。だが小松作品の多くが知的好奇心というものについて、少なくとも最終的にはポジティヴな見方をしていたのに対し、本作はそこへさらに疑問を投げかける。
 そして、そんなシニカルともいえる問いは、決して投げっぱなしで終わりになるわけではない。じつは作者はすでに「オーラリメイカー」で、「知性とはきっと、何かと繋がり合わずにはいられないものなのだ」と書いている。本作ではそこに少し違う角度からの、あるいは一歩踏み込んだ視点が提示されていて、読者は前むきな気持ちで本書を閉じることになるだろう。

本書以外の作者の作品では、「虹色の蛇」はやはり異星生物ものだが、主人公やサブキャラクターの身上にも焦点が当てられていて、ストーリーも本書収録作とは大きくパターンが異なる。「オーラリメイカー」は宇宙SFだが、四十億年を超える時間と文字どおり銀河間を渡るスケールで展開され、オラフ・ステープルドンの『スターメイカー』をランダムに抜粋して圧縮したような読み心地だ。
 現在までに発表された作品はほかに、〈SFマガジン〉二〇二〇年八月号と十月号に分載された「ピグマリオン」がある。これは近未来もので、精神世界を可視化・体験できる装置を題材にして、ひと組の男女の心の揺れを掘りさげている。
 編集部に届いたばかりの最新短篇は、二〇八四年の太陽系が舞台の、これまでの作品とは違うタイプの宇宙SFだという。
 作者が今後もさまざまなSFで楽しませてくれることを期待しつつ、まずは本書で、生物学メインのハードSFの醍醐味をじっくりと味わってください。

●【4/20刊行!】加藤直之氏のカバーイラスト完全版公開! ハヤカワSFコンテスト出身・春暮康一が、国産ハードSF史を更新する傑作中篇集『法治の獣』刊行!|Hayakawa Books & Magazines(β) @Hayakawashobo #早川書房 #宇宙SF https://www.hayakawabooks.com/n/n19d81c2e9be9

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