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ホワイト・クリスマスの悪夢。極限状態でのノンストップ・サスペンス『パーキングエリア』、訳者あとがきで読みどころに迫る。

 6月のハヤカワ・ミステリ文庫に登場した、手に汗握る一気読みのサスペンス、テイラー・アダムス『パーキングエリア』(原題:NO EXIT)。刊行後、各所から好評をいただきました(本書の感想はこちらの記事をご覧ください)。クリスマス間近の真冬の悪夢を描いた本作。今回は、作中何度も登場する"あの曲"をはじめとする本書の読みどころから、著者が影響をうけた作家や、映像化の予定などを盛り込んでいただいた訳者の東野さやかさんのあとがきを公開します。

パーキングエリア_obi

『パーキングエリア』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
テイラー・アダムス/東野さやか訳
イラスト=ゲン助/デザイン=アルビレオ

【あらすじ】クリスマスイブ前夜、女子大生のダービーは、母の容体悪化の知らせを受け、猛吹雪のなか車を飛ばす。しかし天候は悪化するばかりで、仕方なく途中のパーキングエリアで様子をみることに。 そこで偶然、一台の車の中に少女が監禁されているのを目撃してしまう。 誘拐犯は居合わせた男女4人のうち誰なのか?  携帯が繋がらず、 夜明けまでは救援が見込めない。 頼れるのは自分だけ。はたして少女を助け、共に脱出できるのか⁉︎

訳者あとがき 

東野さやか

 雪に閉ざされたひなびたパーキングエリア。天候回復を待つ男女4人。このなかに少女誘拐犯がいる。携帯電話の電波は届かず、警察に緊急通報することもできない。
 本書、テイラー・アダムスの『パーキングエリア』は、そんな極限状態のなか、ひとりの女子大生が少女救出のために孤独で壮絶な戦いを繰りひろげる、ノンストップサスペンスだ。

 クリスマスイブ前日の夕刻。コロラド大学ボールダー校で美術を学ぶダービー・ソーンは、ブルーと名づけた愛車ホンダ・シビックで故郷のユタ州プロヴォに向け、高速道路を走っていた。天気は大荒れで、この時期としてはめずらしいほどの大雪に見舞われ、道路の両側には壁かと思うほど雪が積もっている。左のワイパーが雪の重みに耐えかねてひしゃげてしまうが、応急処置を施したくても、怖くて車をとめることすらできない。カーラジオからはビング・クロスビーが情感たっぷりに歌う「ホワイト・クリスマス」が流れてくる。
 故郷に向かっているのは家族とともにクリスマスを祝うためではなく、母が膵臓ガンの手術を受けるという知らせを受けたからだ。しかし、ひしゃげていたワイパーがとうとう風で飛ばされて視界がきかなくなり、チェーンを巻いていないタイヤでこれ以上進むのはもう無理と思った矢先、前方にパーキングエリアの表示が見えた。ここで雪がおさまり、道路が通れる状態になるのを待つしかない。それが悪夢のような一夜の始まりだった。
 ダービーは、駐車場にとまっている車のうち一台のバンに、7、8歳とおぼしき少女が檻のなかに閉じこめられているのを発見する。パーキングエリアの先客は4人。学生で自分と同年代と思われる若い男、初老の男女、そしてイタチのような顔をした、いかにもあやしげな男。このうちの誰かが誘拐犯なのはまちがいない。だが、いったい誰が……?

 冒頭からただよう不穏な雰囲気。ダービーと犯人との緊迫した心理戦。後半のバイオレンスな展開。緩急を使い分けた筆致で読者を物語の世界に引きずりこんで離さない、一気読み必至のノンストップサスペンスだ。アメリカのアマゾンには現時点で四千近くものレビューが書きこまれ、8割を超す読者が4つ以上の星をつけ、平均は星5つ中の4.5。レビューには、こういうサスペンスが読みたかった、まさに巻を措くあたわず、最初から最後までのめりこむように読んだ、など高評価が並んでいる。

 一般読者のみならず、作家からも好評をもって迎えられている。たとえば、『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』のA・J・フィンは "ダークでスピード感にあふれたエンジン全開のスリラー"と評し、『ハートシェイプト・ボックス』や『ファイアマン』のジョー・ヒルは "熟練の職人技で仕掛けられたダイナマイトのように、ひねりが次々に炸裂し、一瞬たりとも緊張感が途切れることがない"と絶賛、『さよならを告げた夜』や『夜を希う』のマイクル・コリータは "テイラー・アダムスはサスペンスの達人だ。次の作品がいまから待ち遠しい"と書いている。

 主人公のダービーは必ずしも、なんでも率先して行動するリーダー的存在ではないし(むしろ逆)、出来の悪い娘を自認し、よくできた姉と自分をくらべ劣等感にさいなまれている。母とのあいだに確執があり、クリスマスの休暇も、本当は実家に帰るつもりなどなかったくらいだ。ある意味、どこにでもいる等身大の女子大生の彼女が、孤立無援のなか、なんとかしなくてはという一念で、少女の救出に、文字どおり命を懸ける。もっとうまくやる方法もあっただろう。こんな危険をおかさなくても少女は救出できたかもしれない。本人も、ああすればよかった、こうしたほうがよかったのでは、となかば後悔しつつも、とにかく前へ前へと進んでいく。その無謀ともいえる行動がかえって共感を呼ぶ。誰もがダービーの無事を祈りながらページを繰ることだろう。

 原題は "No Exit" で、直訳すれば "出口なし"ということだが、主人公ダービーが置かれた八方塞がりの状況を表わしている。著者のアダムスによれば、もともとは "No Rest" というタイトルをつけていたとのこと。こちらは  "休みなし" という意味になるが、休憩する施設であるパーキングエリアで休憩どころではない騒動に巻きこまれたことを表わすと同時に、本文中にも出てくる "悪人に休息なし" という言いまわしにかけているのだろう。詩的で奥の深いタイトルではあるが、これだとこの小説の持つ緊迫感が伝わらないということで変更したそうだ。
 また、パーキングエリアを舞台にするアイデアは、かつて、シアトルとスポーケーンを車で行き来していたときに思いついたものだという。ひっそりとした夜のパーキングエリアを見ながら、その怖くて不気味な雰囲気がサスペンス小説の舞台に使えるとひらめいたのだとか。パーキングエリアは利用した経験のある人が多く、夜のひっそりとした雰囲気がもたらす恐怖感を喚起しやすいというのがその理由だが、そのねらいは当たったようだ。

 さて、日本では初紹介となるテイラー・アダムスだが、インタビュー記事の記述から類推すると、現在は32、3歳らしい。イースタン・ワシントン大学を卒業したのち、映画やテレビの仕事をしていたようだ。最近のインタビューによれば、現在はシアトルのテレビ局で営業マネージャーとして働きつつ、執筆もつづけているとのこと。朝5時からの2時間と、行き帰りの計2時間の通勤電車内で執筆するというスタイルが合っているそうだ。
 影響を受けた作家はスコット・スミス(『シンプル・プラン』など)、スティーヴン・ハンター(『極大射程』など)、そしてスティーヴン・キング(代表作は数知れず)。そう言われてみれば、本書『パーキングエリア』は、この3人の影響が色濃く出ているように思う。また、映像向きという点でもよく似ている。そう、本書はすでに20世紀フォックス(現・20世紀スタジオ)が映像化のオプション権を獲得している。プロデューサーは『アウト・オブ・サイト』や、最近では『LOGAN/ローガン』の脚本で知られるスコット・フランク。監督は2016年に『キリング・グラウンド』でデビューしたオーストラリア人のダミアン・パワーだ。『キリング・グラウンド』はキャンプに訪れたカップルが人間狩りの標的にされるという、バイオレンスホラーだとか。『パーキングエリア』の映像化にぴったりの人選だなと思うものの、その手のジャンルの映画が苦手な訳者は、映像化されても薄目で見ることになりそうで、いまからびくびくしている。ちなみに、『キリング・グラウンド』はテイラー・アダムスのお気に入り映画のひとつで、超がつくほどお勧めだそう。

 ところで本作はアダムスの長篇3作めにあたる。2014年の Eyeshot はアメリカ南西部にひろがるモハーヴェ砂漠を車で移動中、突然、スナイパーにねらわれ、必死に逃げる男女の物語。2015年のOur Last Night はゴーストハンターを主人公とし、呪われたライフルやタイムトラベルが登場するスーパーナチュラルなジェットコースター小説だ。4作めについては現在、構想を練っているところだそうで、『パーキングエリア』に似ている部分もあるけれど、基本的にはまったくちがう話になるとのこと。いつごろの刊行なのかといった具体的な内容についてはなにもわかっていないが、楽しみに待ちたい。

 2020年4月

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一度ページを開いたら、一気読みする以外に選択肢がなくなってしまう本作。作中で何度も登場する、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」とともに、手に汗握る物語をお楽しみください。

パーキングエリア小島監督パネル



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