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新年1月6日発売! サリー・ルーニー2作目の待望の邦訳『ノーマル・ピープル』(山崎まどか訳)訳者あとがき公開

2023年1月6日、早川書房からサリー・ルーニーの2作目の小説『ノーマル・ピープル』(山崎まどか訳)の邦訳が発売されます。発売まで約1週間。『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』を読んで『ノーマル・ピープル』の発売が待ち遠しい方も、読んではいないけれど、サリー・ルーニーってどんな作者かちょっとだけ興味のある方も、英語圏だけで150万部超の『ノーマル・ピープル』の内容がちょっとだけ先取りできる「訳者あとがき」を公開します。

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訳者あとがき

 本書『ノーマル・ピープル』(二〇一八)は注目の新世代作家サリー・ルーニーの二作目の長篇小説である。発売当初から英国とアイルランドで記録的なベストセラーとなり、アメリカをはじめとする各国でも評判を呼び、サリー・ルーニーの名声は瞬く間に世界中に広がった。作品の評価は高く、マン・ブッカー賞の候補となり、イギリス/アイルランド在住の作家に与えられるコスタ賞を受賞した。更にルーニーみずから脚本を手がけたBBCのドラマ版が大ヒットを記録。快進撃は止まらない。サリー・ルーニーはひとりの作家の域を超えて、いまの若い世代の代弁者となり、その人気は社会現象とまで言われるようになったのだ。
 ルーニー自身はこの爆発的な人気や、自分をセレブリティ扱いするマスコミに対して戸惑いを隠せないらしく、その心境は自分とよく似た環境にある女性作家を主人公のひとりに据えた三作目となる最新長篇小説の『美しき世界よ、あなたはどこに(Beautiful World, Where Are You)』(二〇二一)からもうかがえる。
 では、サリー・ルーニーの地位をそこまで引き上げた『ノーマル・ピープル』とはどのような小説なのだろうか。
 物語の主人公はコネルとマリアンというアイルランド西部スライゴ県の小さな町出身の若い男女で、彼らの高校最終学年時から大学時代に至るまでの四年間の出来事が綴られている。コネルは高校では人気者だが、マリアンは嫌われている。シングルマザーのもとで育つコネルは恵まれない労働者階級で、弁護士の親を持ち大邸宅に住んでいるマリアンは富裕層に属している。二人は惹かれあっているが、自分たちに向けられるコミュニティの視線もあって、なかなか普通の恋人同士になれない。周囲の圧力に屈してコネルがマリアンを裏切った後、舞台が名門トリニティ大学に移ると、これまでのヒエラルキーは逆転する。社会格差と恋愛の不平等な関係性が絡み合う形で描かれていて、「マルキスト」を自称するサリー・ルーニーらしい青春/恋愛小説になっている。
 コネルとマリアン、視点人物が章によって交互に変わる構成は、エピグラフにも引用されたジョージ・エリオットの『ダニエル・デロンダ』(一八七六)を意識しているのだろう。タイトルが表す通り、この小説の主人公はアイデンティティを模索する青年ダニエルが主人公だが、才気あふれる美女でありながら、家庭の事情で人生における妥協を迫られるグウェンドレン・ハーレスの物語が同じ比重で語られている。この二人の登場人物にコネルとマリアンの原型を見ることも可能だ。サリー・ルーニーはヴィクトリア時代の女性作家による小説の愛好者だと公言している。二人の迷える魂がお互いを見出して、そこから自分の真の姿を切り出していくというプロットの『ノーマル・ピープル』は、正統派のビルドゥングスロマンの流れの最先端のところにあると言える。
 同時に、サリー・ルーニーは二〇一〇年代の新しい文学の影響も受けている。彼女が「自分も小説を書きたいという気持ちにさせられた」と語っているのが、シーラ・ヘティによるオートフィクション(作者が語り手として登場するが、事実に基づく自伝ではなく物語化された形の小説)の傑作『人はどうあるべきか?(How should person be?)』(二〇一〇、未訳)である。ざっくばらんな語り口で自分と女友だちの関係性や迷走する人生について書いたこの小説のスタイルは、発表当時はレナ・ダナムが監督/脚本/主演を務めたドラマ『ガールズ』と比較された。ルーニーはこの作品を読んで「(小説の)退屈な部分は書かなくていい。継ぎ目やつながりを書かなくても面白いことだけを書けばいい」と悟ったという。その考えから生まれた彼女の簡潔な文体や率直な語り口とユーモアは、普遍的な青春/恋愛小説を新しいものにした。デビュー作の『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(二〇一七)は同時代の文学からの影響を直接的に感じさせるものだったが、『ノーマル・ピープル』は正統派としての彼女の資質と新しい感覚が見事に合わさって、サリー・ルーニーの独自の小説世界が完成した作品と言える。
『ノーマル・ピープル』はその文体と若い世代らしい言葉遣いと思想の表し方に加えて、地の文が基本的に現在形で書かれているところにも新鮮な感覚がある。SNSや携帯電話のショートメッセージなどで、そのときに考えたことを瞬時に言葉にして交わすのがデフォルトとなった今の世代の感覚にフィットする文体なのだろう。それと同時に、物語の中で起こっていることの全てが現在進行形で、定められた結末に向かっているのではないと思わせるところが、先の見えない若者たちが感じていることの本質を捉えているかのようだ。革新性と普遍性が不思議な形で融合している、それこそが彼女の描く物語の魅力である。
『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』担当の早川書房の山口晶さん、本作『ノーマル・ピープル』担当の吉見世津さん、二人の編集者には大変にお世話になった。校正者の方々のサポートにも心から感謝したい。

 二〇二二年十一月

あらすじ
マリアンとコネルは幼馴染だった。マリアンは一匹狼だがコネルは学校の人気者。コネルの母親はマリアンの家でお手伝いとして働いていたが、二人は高校では素知らぬふりをする。だがお互いに惹かれ合い、付き合うことにした二人は、高校卒業前にふとしたことがきっかけで別れてしまう。結局ダブリンの同じ大学に通うことになったが、マリアンが新しい交友関係でのびのびと羽ばたく一方、コネルはなかなか大学に馴染めずにいた。出身家庭の格差やすれ違い、ちょっとした誤解で引き裂かれ、お互いを傷つけ合い、慰め合うマリアンとコネルの関係の行方は――。

🄫 Kalpesh Lathigra

著者略歴
サリー・ルーニーは『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』、『ノーマル・ピープル』(以上早川書房刊)、『Beautiful World, Where Are You(未訳、早川書房近刊)』の著者である。三作品全てが世界的なベストセラーとなり、40言語以上で翻訳されている。最初の二作品はBBCによってドラマ化。2022年には、TIME誌が選ぶ文化的に最も影響力のある100人に選ばれている。アイルランドのマヨ県で生まれ、現在もそこで暮らし、働いている。

サリー・ルーニーの1作目の小説『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』の訳者あとがきやあらすじは、こちらのnoteでご確認いただけます。

2冊並べてもかわいいサリー・ルーニーの邦訳2作。
続きものではないので、どちらからでも楽しんでいただけます。


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