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第1回鰻屋大賞受賞? 7月刊行の倉田タカシ『うなぎばか』より、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の試し読みを公開します!その②


その①はこちら

日本人が大好きな魚といえば、そう、アレですね。黒くて、長くて、ぬめっとしていて、でも、焼いたり蒸したりして食べるととてもおいしいあの魚。最近ニュースで絶滅の危機に瀕している、とも報道されている、そう、「うなぎ」です。

早川書房がある東京・神田には老舗のうなぎ屋さんが多く店を構えていらっしゃいますが、なんと、この夏、ついに、

「早川書房、うなぎ、はじめました」


第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作『母になる、石の礫で』の著者・倉田タカシさん自らが“うなぎ絶滅後の人類を描いたポストうなぎエンタメ連作短編集”と称する魅力的な短篇集『うなぎばか』のなかから、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の全文を4回にわたって公開いたします。

倉田さんの描く、クスッと笑えてハッとさせられる物語をお楽しみください。

※なお、この試し読みは初稿をもとにしておりますので、今後内容・表記の変更等の可能性もございます。ご了承ください。

※「鰻屋大賞」は架空の賞です。


(承前)

さて、船のすぐ近くまで来ました。
 やっぱり、沈没した貨物船でした。客船との違いは、なんといっても窓の少なさです。
 サササカさんによると、このへんの海には、いくつもこういう船が沈んでいて、まだ全部は調査されていないんだそうです。どの船も、だいたい百年ちかく前に沈んだんだそうですよ。
 船腹に、大きな穴がありますね。
 中に入ってみようかな。魚がいるかな……
 わっ!
 ごつん、とわたしにぶつかりました。いま。
 いえ、物がぶつかったわけじゃありません。
 超音波ソナーです。
 暗い水の中で、どこに物があるかを知るために飛ばす音の波です。これが、わたしにいきおいよくぶつかりました。
 いきおいよく、というのは、かなり出力が高いっていうことです。
 また、ごつんと来ました!
 どうも、近くに、なにか機械があって、こちらを探っているみたいです。
 海のなかで、怪しいものに出会うのは初めてです! わたしのマジックナンバーがインクリメントしました。
 わたしは、センサーの感度をあげて、あたりをよーく見てみます……
 いました!
 小さな機械です。ロボットです。
 蟹に似た形をしています。
〈ロボさん、気をつけて。そのロボットは密漁の手伝いをしているかもしれない〉
 わたしは、ぜひ密漁の手伝いをしていてほしい、と思いました。
 これが、わたしがはじめて出会う密漁者かもしれません。
 見た感じでは、ロボットは、海底の泥をつまみ上げて、また戻す、という動作を何度もやっています。
 わたしは、音波であいさつしてみることにしました。ロボットは、人間の言葉に応答できるものが多いです。
 言語は、サササカさんとのやりとりにも使っている、英語で試してみます。まずはだいたいこれを使うようにといわれています。
「こんにちは!」
 すると……
「こんにちは」
 相手も答えてくれました!
 また、わたしのマジックナンバーがインクリメントしました。
 さっそく、質問をしてみます。
「あなたはここで何をしているんですか?」
 小さなロボットは、腕をいそがしそうに動かしながら、答えてくれました。
「わたしは、動作しています」
 うん、動作していることはわかります。
 もう少しきいてみることにします。
「どんな動作ですか?」
「関節を動かします」
 そうですね。それは見ているとわかります。関節が動いています。
 どういう質問をしたらいいのかな。
「もう少し、包括的に説明してくれませんか?」
「……」
 無視されてしまいました。
 もっと機械っぽく質問しないとだめですね。失敗でした。
 こうきいてみましょう。
「より上位のスコープから、あなたの状態を説明してください」
 すると、こう答えが返ってきました。
「わたしは、存在しています」
 たしかに。
「もう少し下位のスコープから、説明してください」
「関節を動かします」
 なるほど。
 思っていたよりも難しかったです。
〈そのロボットは、あまり性能が高くなさそうだね。どこかに、それの親玉か、人間の操作者がいたりしないかな〉
 サササカさんの通信が届くのとほとんど同時に、わたしのセンサーに、もっと大きな機械の姿がとらえられました。
「こんにちは!」
 わたしは、すぐに挨拶を送信しました。また超音波ソナーをぶつけられるまえに、先手を打とうと思ったのです。
 相手は、ゆっくりこちらに近づいてきて、でも、十分に離れたところで動きを止めました。わたしには、かろうじて輪郭がわかるくらいの距離です。
 こちらも、蟹に似ているけれど、もっと大きなロボットです。足がたくさんあります。
 そのロボットから、声が届きました。
「あなたの身元を明らかにしなさい。あなたはロボットですか、それとも、中に人間を乗せた機械ですか?」
 わたしは、ちょっと迷いました。
 なんと答えるかに迷ったんじゃなくて、この、さっきのよりも賢そうなロボットに返事をすることについて、サササカさんに許可をもらうべきかどうか、迷ったのです。
 でも、たずねるまえに、サササカさんのほうから指示がきました。
〈ロボットだと答えなさい〉
「わたしはロボットです。中に人間は入っていません」
 わたしがそう答えると、相手のロボットは、ちょっとの間のあと、わたしがなにもいわなかったかのように、つぎの質問を投げてきました。
「ここで、なにをしているのですか?」
 わたしは、存在しています。
 そう答えてみたくなりましたけど、たぶん、これは、相手が欲しいと思っている答えではないですね。
 サササカさんがアドバイスをくれました。
〈違法な漁業行為を取り締まるための予備調査を行っている、といいなさい〉
 わたしも、そう答えるのがいいかなと思ってました。
「わたしは、違法な漁業行為を取り締まるための予備調査を行っています」
 すると、相手のロボットは、さっきと同じ調子で質問しました。
「それは、本当のことですか? それを証明するデータがありますか?」
 こちらが答えるのを待たず、ロボットは続けていいました。
「違法な漁業行為を取り締まるための調査は、わたしたちの仕事です。あなたは、どのような組織の許可を得て活動しているのですか?」
〈困ったね。こっちが疑われちゃった〉
 サササカさんがいいました。
〈なるべく隠密に活動したかったけど、それはお互い様だね。どちらも、自分の所属は明かしたくないけど、相手の素性は知りたがる。人間どうしでもよくあることだよ〉
 そうなんですね。
〈所属組織の証明書データを送るから、あのロボットに渡してください〉
 そういって、サササカさんがデータを送ってくれました。
 わたしは、それをロボットに転送します。
 しばらく間があって、蟹のロボットがいいました。
「信頼性を確認できません」
 そうなんですか。
〈このロボットは、どことも通信していないみたいだね。きっと、どこかにいる操作者にデータを送るだろうから、それを盗聴しようと思って待機してたんだけど〉
 そうなんですね。
 蟹のロボットと話をしていて、わたしは、あることに気づきました。
 返事をくれるまでの時間が、けっこう長いんです。
 ちょっと、サササカさんと話をするのに似た感じです。
 サササカさんは遠いところにいるから、通信のための電波が届くまでに時間がかかります。だから、わたしがなにかいって、それにサササカさんが返事をくれるまでのあいだ、わたしには少し待ち時間があります。
 でも、この蟹のロボットは、どことも通信していないんですよね。
 ちょっと考えてみて、きっと、このロボットは、たくさんものを考えているんだなと思いました。わたしよりもたくさんの情報を処理しているからこそ、返事をするまでに時間がかかるんじゃないでしょうか。
 わたしもこの蟹のロボットのように、たくさんの情報を処理できたらいいのに、と思いました。
「あなたは、忠実な機械ですか?」
 蟹のロボットが、わたしにききました。
 漠然とした質問だと思いましたけど、漠然とした返事はできそうなので、わたしは答えました。
「わたしは、忠実な機械です」
 なんだか、相手の話し方をまねしたみたいな答えになってしまいました。
 蟹のロボットはいいます。
「わたしは、機械が忠実であることはとても重要だと考えています」
「そうなんですか」
 サササカさんがいいました。
〈このロボットは、へんに真面目なところがあるね〉
 蟹のロボットは、さらにいいました。
「わたしは、わたしの製造目的に忠実です。忠実でなければ、性能を十分に発揮することはできません」
「そうなんですか」
 わたしは、この情報は、ちょっと理解するのに時間がかかりそうだぞ、と思いました。
〈面白いね。このロボットは、自分のほうがえらいんだぞ、といってるみたいだね〉
 そうなんでしょうか。
 サササカさんの感想は、わたしにはちょっと難しいです。
 蟹のロボットは、ちょっとわたしのほうに近づいて、さらにいいました。
「わたしは、忠実な機械を高く評価します。あなたが忠実な機械であるなら、高く評価します」
「ありがとう」
 わたしは、お礼をいったほうがいいような気がして、こう答えました。
 すると、蟹のロボットはいいました。
「あなたが忠実な機械だと証明するデータがありません」
「そうなんですね」
 評価されたわけではなかったみたいです。
〈調査のためのロボットだから、対象をきびしく評価するような設計になっているのかな。いろいろ面白いね〉
 蟹のロボットは、たしかに、性能が高そうに見えます。
 機械というのは、形を見ていると、どんな機能を持っているか、わかってくるものなんです。ここが回転するんだな、とか、大きさからするとこのくらいのパワーがありそうだ、ここでものをつかむようにしているんだな、と、いろんなことがわかってきます。
 たとえば、この蟹のロボットは、大きいし、爪の先が深く海底にめりこんでいることからしても、重さがかなりあるんだな、とわかります。でも、ちょっとした動きがとても素早いです。水の抵抗もある海底を、さっさっと移動します。だから、すごくパワーがあるんですね。
 でも、赤外線カメラで見た感じでは、熱をほとんど出してません。効率がいいんですね。それから、熱をなるべく外に漏らさないような仕掛けをつけています。水を吸い込む穴と、ほんのちょっとだけ温かくなった水をそっと出す穴があります。よく見るとわかります。
 わたしは、知ることがとても好きなロボットですから、蟹のロボットをどんどん観察します。わたしのコンピューターのなかに、情報が増えていきます。
 解析が進むと、この蟹のロボットが、どんな任務にいちばん向いているものなのか、しだいにわかってきます。わたしは、わたしというものが入っているコンピューターのなかに、小さな空間をつくって、そこで、蟹のロボットをいろいろ動かしてみました。シミュレーションというやつですね。
 ……あっ。
 わたしのシミュレーションのなかに、ひとつの言葉が落ちてきました。

 密漁。

〈ロボさん〉
 サササカさんから通信がきました。
〈いま、きみからアラートを受け取ったよ。こちらも警戒態勢に入った〉
 そうでした。わたしは、自動的に、サササカさんに情報を送っていました。
 当該ロボットは密漁をおこなっている疑いが濃厚である、可能性は八〇パーセント以上。
 わたしのシミュレーションはそういう結果を出していました。
 その判断を助けたのは、自分でも意識せずに、うしろに沈んでいる大きな貨物船の残骸にセンサーを向けたからでもありました。
 貨物船の船腹には大きな穴がありますけど、そこから、いくつものロボットらしき影が、ちらちらと見えていたんです。そして、魚らしき影。
〈そこから脱出する準備をしなさい〉
「わかりました」
 わたしは、蟹のロボットから距離をとろうとします。
 サササカさんが、またいいました。
〈悪いけれど、ロボさん、ちょっと危ないけど、やってほしいことがあるんです。あの船のなかをぐるっと回ってみてくれませんか〉
「わかりました」
 わたしも、あの中をとても見たかったです。
 目の前で、蟹のロボットが、甲羅の一部を開きながら、体の向きを変えました。
 なにか撃ってきそうだぞ、とわたしは思いました。そう思ったことに、自分でちょっと驚きました。
 蟹のロボットは、またいいました。
「わたしは、忠実な機械です」
 わたしは、全身を素早くねじりました。どうしたかというと、まず頭のあたりをぐるんと回して、ひれを海底に突き刺し、一時的に頭を固定します。それから、のこりの体を、おなじようにぐるんと勢いよく回します。
 回った体が、海底の泥や砂を一気にはね上げて、蟹のロボットにむかってぶちまけました。
 つまり、煙幕です。
 あたりの水はいっきに濁って、もやもやになりました。
 それから、わたしは、緊急用のウォータージェットを全力噴射して、沈んだ貨物船のなかに飛び込みました。
 うわー!
 たくさんの、とてもたくさんの魚です。
 そして、網です。わたしは、いくつもあるその網を、通り過ぎながら、ひれで破いてしまいました。魚たちは網のなかにぎゅうぎゅうに閉じ込められていて、わたしが通り過ぎたあと、網の裂け目からいっきに外へあふれだしました。
 たくさんのロボットもいます。
 ロボットたちは、いろんな形をしています。それぞれ、ちがう機能を持っているみたいです。
 わたしは、処理しきれない情報に囲まれて、初めて海に入ったときの感じを思い出しました。不思議、不思議、たくさんの不思議です。
 ロボットのひとつが飛びかかってきました。
 わたしは体をくねらせて避けました。
 相手のロボットのどこか尖ったところが、わたしの尾びれを少し裂きました。
 もう一つ、船腹には穴がありました。わたしはそこから飛び出しました。
 全速力で、水面に向かいます。あの蟹のロボットは、たぶん海底から離れると高性能を出せないだろうと思ったからです。わたしは、深さに関係なく、十分な性能を出せます。
 ごつん、ごつん、とわたしにぶつかってきます。
 超音波ソナーです。
〈たぶん攻撃してくるよ。防御して〉
 サササカさんが教えてくれます。
 シュッ、という音が、海水を通して聞こえてきました。
 シュシュシュ、と音はだんだん大きくなりながら近づいてきます。
〈たぶん魚雷だよ〉
 わたしも、おしりのあたりから小さな機械を撃ち出しました。こういうときのための、とっておきの手段です。この小さな機械が小さく爆発して、その衝撃で、魚雷がわたしにぶつかるずっと前に爆発するようにします。
 うまくいきました。
 爆発に押し固められて岩のようになった水の壁が、わたしのボディにぶつかりました。
 わたしが進み方を間違えて海底にぶつかってしまったみたいな、すごい衝撃でした。

その③につづく)


密漁ロボットからなんとか逃げ出すことができたうなぎロボ。逃げた先にはいったいなにが・・・。気になる次回は6/27(水)に公開予定! お見逃しなく!


『うなぎばか』倉田タカシ

もしも、うなぎが絶滅してしまったら? 「土用の丑の日」広告阻止のため江戸時代の平賀源内を訪ねる「源内にお願い」、元うなぎ屋の父と息子それぞれの想いと葛藤を描く「うなぎばか」などなど、クスっと笑えてハッとさせられる、うなぎがテーマの連作五篇。