祭り会場にあの恐竜がサプライズ登場!?ハヤカワ新書『古生物出現! 空想トラベルガイド』試し読み②
架空のトラベルガイドという体裁で、古生物の魅力をまったく新しい角度から描き出す『古生物出現! 空想トラベルガイド』(土屋健 著、ハヤカワ新書)が6月20日に発売され、話題を呼んでいます。
いわば「空想篇」ともいうべき本書前半から、「エピソード3 群馬県」の一部を試し読み特別公開します。
エピソード3 群馬県 ── 利根川源流の県に、恐竜とイルカたちが現れる
雨の富岡製糸場で、ヤベオオツノジカに出会う
群馬県の南西部、関東山地がすぐそばに迫る富岡市に、明治日本を支えた富岡製糸場がある。
アクセスは、電車の場合は上信電鉄上州富岡駅から徒歩で約10分。上州富岡駅には、タクシーやレンタサイクルも充実している。自動車の場合は、もちろん富岡製糸場を目印に進む。
ただし、富岡製糸場自体には駐車場はなく、近隣の市営駐車場などを利用することになるので、事前に調べておいた方が良いだろう。
富岡製糸場は、明治政府が輸出品として力を入れていた生糸の生産工場だ。明治5年に操業を開始し、当時、世界最大の規模を誇った製糸工場だった。2014年には、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設として、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
広い敷地には、繰糸所をはじめとして、繭倉庫や住居、ボイラー施設などが並んでいる。いずれも国宝や重要文化財に指定されている。
そんな富岡製糸場の〝隠れた名物〟は、雨の降る日に見ることができることが多い。
傘をさすか、傘をさすまいか。そんな小雨の降る日、国宝の西置繭所の前の広場に〝小さな霧〟が発生し、シカが〝出現〟することがある。
そのシカは、肩の高さが1.8メートルほどの大きさ。
動物園などで見るシカとの明らかなちがいは、ツノだ。富岡製糸場のシカには、左右幅が1.5メートルもあろうかという大きなツノがある。そのツノは左右それぞれの根本で2方向に分かれていて、その先はまるでヒトの掌のように広がっている。
このシカの名前は、「ヤベオオツノジカ」である。〝大出現〟以降に見ることができるようになった古生物である。
西置繭所の前に〝出現〟したヤベオオツノジカは、左右を見ながらゆっくりと歩き始め、細かい砂利が敷かれた左右の大小の植木のある道を東置繭所に向かって進む。そして、東置繭所の前に現れた〝小さな霧〟の中に消えていく。その距離は約140メートル。時間は5分から10 分ほどだ。
ヤベオオツノジカの〝出現条件〟は限られており、〝出現時間〟も短い。
だからこそ、富岡製糸場訪問時に小雨が降り始めたら、ぜひ、西置繭所や東置繭所で見学待機をしたいところ。〝霧〟が観測された時点で場内放送もあるので、係員の誘導にしたがってほしい。運が良ければ、太古の日本を代表する大きなツノのシカに出会うことができるだろう。
鯉のぼり祭りを楽しむスピノサウルス類
河川敷に約800匹の鯉のぼりが舞う。
神流町の春の風物詩、「かんな鯉のぼり祭り」だ。
神流町は、富岡市から見ると南の関東山地の中にある。富岡製糸場からはネギの産地で有名な下仁田町を経て南牧村、上野村を通っていく。西をぐるりと回って南下したその先に、鯉のぼり祭りの会場となる河川敷がある。カーナビの目印は、「コイコイアイランド会館」。
富岡製糸場から向かった場合の所要時間は、車で1時間20分ほど。
川幅70メートル弱の清流の上を泳ぐ鯉のぼりの姿は実に雄大で、会場では各種バザーやステージイベントも開催され、非日常の1日を楽しむことができる。
そんな異空間的雰囲気の演出に一役買っているのは、巨大恐竜の存在だ。
800匹の鯉のぼりの下流に〝出現〟し、ゆっくりと川を歩いてくるその恐竜は、「スピノサウルス類」と呼ばれるグループに属している。グループは明らかになっているけれども、種名の特定までには至っていない。どことなく、グループの代表種であるスピノサウルス・エジプティアクスに近い風貌のような気がする。
全長は、15メートル近い。大型の観光バスよりも一回り以上大きい長さだ。その長さの割には細身である。とくに頭部は前後に細長く、口には円錐形の歯が並んでいる。背中には、帆のようなつくりがあり、その最高点の高さは6メートル近くある。そして、長い尾をもつ。ともすれば、アンバランスに見えるからだを、尾で器用にバランスをとりながら、2本の長い脚ですっと立ち、前傾姿勢でゆっくりと歩く。
このスピノサウルス類の恐竜は、〝出現〟後、とくにヒトを襲うこともなく、鯉のぼりに悪さをするわけでもない。
むしろ800匹の鯉のぼりを堪能するように、その泳ぎを眺め、ときに身をかがめながら進む。
どことなく恐ろしい顔つきのため、〝大出現〟で確認され始めた当初、人々はこの恐竜から逃げ回った。その後、どうやら祭りの時期にだけ〝出現〟することがわかると、鯉のぼり祭りを中止するか、あるいは、時期をずらすなどの議論も行われた。
しかし専門家による分析が進み、また、世界の他の地域に〝出現〟する同じスピノサウルス類の恐竜のデータが集まると、この恐竜は積極的にヒトを襲わないことが判明した。
それどころか、神流川で獲れた鮎を口に向けて放ってやると、嬉しそうにそれをキャッチすることが明らかになった。餌付けできるのだ。
現在では、下流に出現したこの恐竜は、鯉のぼりを堪能したのち、こいこい橋までやってきて、係員から鮎を受け取り、そして、再び鯉のぼりを堪能して下流に消える、ということを日々繰り返す。
恐竜が現れると、場内には「刺激を与えないように」とのアナウンスが流れる。その点にだけ注意すれば、人々は「鯉のぼりと恐竜」という他にない風景を味わうことができるのだ。
珍しい風景だけに、さぞや混雑するだろうと思いきや、山中のイベントのためか、意外と空いている。穴場ともいえるかもしれない。
カリビアンビーチを堪能するヘリコプリオンと三葉虫
群馬県南部から栃木県南部、そして、茨城県中部へと至る北関東自動車道。群馬県サイドの起点である高崎ジャンクションからさほど離れていない伊
勢崎インターチェンジは、関東平野の北端に近い位置にある。
伊勢崎インターチェンジで一般道へ、牧歌的な景色の残る県道73号を北上すること約10分。
「桐生市清掃センター 桐生市新里温水プール(カリビアンビーチ)」と書かれた看板のある交差点を左折する。ほどなく左前方に見えてくるのは、清掃センターの大きな煙突だ。その隣にある、大きな体育館のような施設が今回の目的地。
桐生市新里温水プールこと「カリビアンビーチ」である。
清掃センターから出る余熱を利用した温水が特徴で、関東地方における最大級の屋内温水プールとして知られる。その名の通り、「カリブ」をテーマとした屋内施設で、ジャマイカのモンテゴ・ベイのコーンウォール・ビーチのシンボルとされるツリーバーを模した樹木や、ジャマイカのダンズ・リバー・フォールをモチーフとした階段状の滝などがある。もちろん、定番の流れるプールや、波のプール、ウォータースライダーなども充実している。「海なし県」の群馬にとって、貴重な〝水のレジャー施設〟だ。
そんなカリビアンビーチの「流れるプール」では、ふいに「プールから上がってください」の館内アナウンスが流れることがある。
アナウンスにしたがい、人々がプールの脇に上がって数分。全長150メートルのこのプールを、1匹の〝サメ〟が悠然と泳いでくる。
「ヘリコプリオン」だ。全長は3メートル。三角形の背鰭、鋭い吻部(口のあたり)、サメはサメでも、ギンザメに近い姿をしている。
館内アナウンスでは、無闇に怖がる必要がないことが繰り返し放送される。随所に係員も立ち、プールから離れた位置でその姿を見るようにアドバイスがなされる。
ヘリコプリオンは、独特の口がポイントだ。上顎には歯はなく、下顎の中軸部には、まるで電気のこぎりの〝円盤状ブレード〟のようにぐるりと歯が並んでいる。実は、顎の中では、この歯は螺旋を描き、中心に近いほど歯は小さくなる。
係員は、ヘリコプリオンのこうした口の構造を説明すると、おもむろに茹
でダコを1匹取り出して、ヘリコプリオンの泳ぐ先に放り込む。すると、ヘリコプリオンは口を大きく開けて、器用にタコをとらえる。このとき、運が良ければ、口の中を見ることができるかもしれない。
ヘリコプリオンは、プールを1周すると、すぅっと消えていく。
ヘリコプリオンが〝出現〟している間、ダンズ・リバー・フォールにも注目したい。ここは、「フォール(滝)」とはいえ、徒歩で登ることができる。途中にある浅い水たまりに注目すると、数匹の三葉虫──「シュードフィリップシア」が〝出現〟していることがある。大きさ数センチメートル、流線型の姿をしたその三葉虫は、手にとることも可能だ。
三葉虫類は、3億年近い歴史をもつ〝長命のグループ〟。シュードフィリップシアは、その最末期を生きていた種類である。ぜひ、手にとって、この愛すべき動物たちが経験した栄枯盛衰に思いを馳せてみてほしい。
if(もしも?)の世界の旅、お楽しみいただけましたでしょうか?
本書の後半では、これらの空想の元となった古生物の生態や、化石を実際に見られる博物館についての情報も掲載されています。興味を持たれた方は、続きを『古生物出現! 空想トラベルガイド』でお読みください!
書籍のご購入はこちら
▼通常書籍の詳細はこちら
▼電子書籍の詳細はこちら
▼NFT電子書籍付版はこちら
■著者プロフィール
土屋 健(つちや・けん)
サイエンスライター。2003年金沢大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。修士(理学)。科学雑誌「Newton」の編集記者、部長代理を経て、現在はオフィス ジオパレオント代表。 著書に6万部を突破した『リアルサイズ古生物図鑑 古生代編』や、ファンから「古生物の黒い本」と呼ばれる〈生物ミステリー〉シリーズなど多数。2019年、サイエンスライターとして初めて「日本古生物学会貢献賞」を受賞。