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【1章2節】第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』発売直前、本文先行公開!【発売日まで毎日更新】

第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の本文を、11/19発売に先駆けてnoteで先行公開中! 発売日前日まで毎日更新(土日除く)で、1章「最後の現金強盗 Going in Style」(作品全体の約25%相当)を全文公開です。

※初回更新分の【1章0節】こちらからお読み頂けます。
※第二回更新分の【1章1節】こちらからお読み頂けます。

SECTION 2

 馬鹿げている、というのが六条の第一声だったし、僕の認識でもあった。現金輸送車ジャックなんてものは割に合わない犯罪だ。現金強奪作戦が映画の題材として今なお選ばれるのは、その困難さ故だ。
 しかし、五嶋は冷ややかな視線などどこ吹く風で、手持ちのプロジェクターで解体部屋の壁にパワーポイント資料を投影した。
「二ヶ月先の話だが、某国会議員が水島銀行の新宿支店で十億の預金をナマで引き出すって噂が立ってる。その輸送を狙う」
 一体どこでそんな内部情報を得ているのか、僕は疑問に思ったが、口には出さなかった。六条が何も言わないということは、五嶋はそれを知っていて不自然でない身の上なのだろう。
「ターゲットはGM社製の現金輸送車、通称《ホエール》。日本では数少ない、完全自動運転を許可された特殊車両だ。哺乳類の賢さと海洋生物の脂肪の厚さを併せ持った怪物だな。こいつが四台の警備車両を引き連れ、金と最新の紙幣鑑定器を載せて水島銀行本店から新宿支店へと走る。そこを頂く」
「頂くって……。五嶋さん、あなたニュース見ないんですか。たとえ上手く荷降ろしのタイミングを狙えて金を奪えたとしても、どう逃げようって言うんです?」
 六条のため息の背景には、首都圏ビッグデータ保安システム、通称CBMSの存在があった。武装ドローンの普及によって凶悪化した犯罪に対抗するため導入された、警視庁鳴り物入りの治安維持システムだ。何百億もかかる銀行システムを上回る開発費を投じられただけあり、その効果は凄まじいものだ。五十%前後を這っていた刑法犯検挙率を二十六・四%向上させ、首都圏における、犯罪者の表仕事を過去のものとした。
 CBMSの実体は、"目"と"腕"……ビッグデータ解析と武装ドローンの二輪によって構成されている。
 "目"は三つのシステムの統合体だ。首都圏十万を超える監視カメラ映像を用いた人物追跡、車両追跡システム、マイナンバーやクレジットカード情報を利用した行動傾向分析システム。SNSや通話情報を用いた、犯罪発生予測及び情報収集システム。一度目をつけられれば最後、犯罪者はCBMSと出会って以降全ての行動履歴を、現実とネット双方で丸裸にされる。
 "腕"たる武装ドローンもまた、与し易い相手ではない。武装ドローンは、今や反射速度、射撃精度、どれをとっても人間のそれとは比べ物にならない。時速百キロで走る車のタイヤを撃ち抜くことすら容易にやってのける。その正確性を説得力にして、軍用アサルトライフルの装備まで許可されており、さらに都内各所に無人のドローン交番が設置されている。先日、ATMを襲った南米系強盗団がわずか六分でお縄になったのは記憶に新しい。白旗を振った犯人まで射殺されたことで、ワイドショーが賑わったはずだ。
「首都圏ビッグデータ保安システム特別法なんて専用の法律まで持ってんですよ。ヤクザに勝てる道理がありますかね?」
「オタクだって、専用の法律なら負けてないだろ。暴対法があるじゃない」
 六条の反対は地に足の着いたものだったが、五嶋はやはり余裕の表情を崩さない。
「それにな、六条ちゃん。誰がチマチマ受け渡しを狙うなんて言ったよ。せっかく、ドローンの携行兵器如きじゃビクともしない戦車があるってのにさ」
 言葉の意味を理解するや、六条は血相を変えた。
「五嶋さん、正気で言ってるのか?」
「なにも、チャカとドスで戦車を襲えなんて言ってないさ。テクにはテクだ。こっちもハックとドローンで対抗しよう」
 組員の間に動揺と称賛の声が広がった。昔の職場を思い出す雰囲気だ。バズワードに弱いのは裏社会も同じらしい。
 専門用語が多く完全な理解には至らなかったが、五嶋の作戦はGPSと三次元地図情報の乗っ取りだった。周波数掃引妨害と欺瞞信号を組み合わせ、《ホエール》のネットワークを簒奪。偽のGPSと三次元地図情報を流してルートを誤認させるそうだ。外部からのネットワーク通信を遮断することで、警備会社による《ホエール》のエンジンの電子的自壊機能にも対応出来るらしい。首都圏各所で同様の電波妨害を行うドローンを飛ばして、捜査の攪乱も行うとのことだ。
「《ホエール》のネットワークを奪ってやれば、仕事は済んだも同然。ナンバープレートを剥がして、ペンキをぶっかけて、楽しいドライブだ」
 なるほど。通信系の技術者なのだろう。昔は僕の古巣と取引関係にあったようだし、軽薄さの中にも、技術畑特有の不健康な汗臭さがあった。
 しかし、どうも違和感を覚えた。五嶋の作戦には不自然なほどの大穴がある。いかに分野違いと言え、技術者が見落とすとは思えない穴だ。その穴が無視されたまま話が盛り上がっていくのが、どうにも心地悪い。だから、つい。
「失敗しますよ、それ」
 口を挟んでしまった。悪い癖だ。我慢出来ない性分なのだ。視線が一斉に僕のもとに集まる。
「CBMS対策は言うに及ばず、まず《ホエール》対策からして不十分です。五嶋さんは三次元地図を勘違いしてます。あれは事前知識として導入されるものでも、通信で受け取るものでもない。カメラ動画とLiDARからリアルタイムに作成されるものです。そもそも、完全自動運転車が、ネットワーク通信やGPS誘導なんてのんびりしたシステムのみで動いていると思ったら大間違いです」
 コンマ数秒の判断が命取りになる自動運転において、GPS通信の時間的コストは致命的だ。だからこそ、完全自動運転車は自ら思考するための脳を持つに至ったのだ。
 深層SLAM(自己位置推定とマッピングの同時実行)による三次元地図作成と自己位置推定。セマンティックセグメンテーションモデル(カメラ映像のピクセルごとのラベル付け)による道や障害物の検出。強化学習による経路選択。全て合わさってようやく車は自律制御能力を獲得するのだ。
「たとえ通信を誤魔化せたとしても、AIそのものを騙さない限り、車の制御を奪えやしません。僕ならもっと……」
 僕は二の句が継げなくなった。ピカピカに磨き上げられた革靴のつま先が、鳩尾にめり込んでいた。六条の靴だ。
「言ったよな? お前は俺の母親か? お前は俺の先生……」
 六条が言葉を止めた。五嶋が彼の口を抑えたからだ。
「先生、詳しく伺おうか。僕ならもっと、なんだい?」
 技術の議論は正否こそが全てだ。そこに言った人間の立場は関係ないし、会議の雰囲気も、どう使われるかも関係ない。……いや、解っている。そんなものは理想論だ。僕のような二流技術者が口にすれば、爪弾きがオチだ。生きやすい考え方ではない。
 けれど、今回ばかりは言いたいことを言いたいだけ言えた。生きやすいも何も、死ぬからいいのだ。語り終える頃には、組員たちの苦々しい視線と五嶋の笑みが僕に突き刺さっていた。
「狙ってましたね」と睨む六条に、五嶋は軽く肩をすくめて見せた。
 こうして、僕は命を盾に現金輸送車強盗のAI技術担当にされたのだった。

『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』は11/19発売! 発売日まで毎日更新(土日除く)します。(アロハ五嶋との出会いで、ギークかつマッド三ノ瀬の本性が少しずつあらわになっていきます。ハックドローン、最新技術でオールドファッションな現金輸送車強奪、ロマンの塊ですね!)

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