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【1章0節】第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』発売直前、本文先行公開!【発売日まで毎日更新】

第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の本文を、11/19発売に先駆けてnoteで先行公開いたします! 発売日前日まで毎日更新(土日除く)で、1章「最後の現金強盗 Going in Style」(作品全体の約25%相当)を全文公開です。

──えー、つまりですね。再三、再三申し上げておりますように、ですね。
 首都圏ビッグデータ保安システム特別法の必要性につきましては、既に国民のご理解は十分に得られたものと承知しております。
 凶悪化、自動化、安価。それが近年の犯罪を象徴するワードでありまして、それらの原因は3Dプリンタやドローンの普及。なによりAI技術の発展です。
 国内犯罪は凶悪化し、テロの危険性は年々増加傾向にあるわけであります。そうした中、国民の皆様に安全安心な生活を送って頂くには、日本の情報技術を最大限駆使した強固で横断的な防犯システムが不可欠なのです。
 また、そこで生まれるビッグデータの取り扱いは正規のプロセスで選定された適切な事業者が担うものでして、国家による監視などという指摘は全くの的外れで……。

十月二十九日、今田デジタル革命相会見より抜粋

ACT Ⅰ 最後の現金強盗 Going in Style

SECTION 0

 午後二時過ぎの首都高高架下駐車場は、ライトバンの中であってもやかましかった。行き交う車の音に台風の雨音が加わって、GPUファンの音すら控えめに聞こえるほどだ。
 GPU付き大型ノートPCのディスプレイには、四つのウィンドウが表示されていて、それぞれにドローンの空撮映像が映し出されていた。視点は駐車場の真上、首都高の道路照明上二十メートルあたりだ。
 ドローンは八つの回転羽を巧みに動かし、台風を物ともせず、安定して飛行している。ほんの些細なことだが、その動作は知性の結晶だ。空気抵抗を計算し、浮力を計算し、風の流れを数秒先まで予測し、最適な羽の制御を算出し……。ハエですら無意識で行っていることを、AIは意識的に計算によって導いている。何とも涙ぐましいことだ。
 僕は彼らの世界を理解したかった。彼らが何を考え、何を見て、何を思うのか。そこは人とは異なる知性の世界だ。感情も立場も善悪も関係ない。期待値の大小のみが語る純粋にして統計的な知だ。余計な一言さえ言わなければ、今もそこに浸っていられたのに。
「つまりな、三ノ瀬ちゃん。俺は映画化を狙いたいのよ」
 僕の思考を遮るように、同乗者がそう言った。控えめに言って、見るからに不安になる格好の男だ。全身をくすんだ赤色のローブに包んでおり、目出し帽の上に更に魔女のようなとんがり帽子を被っている。プロレスリングの上でなければ、反射的に一一〇番通報したくなる風体だ。さらに不安になるのは、僕も同じ格好をしているということだ。男はアタッシュケースだらけで狭苦しい車内で器用に体を伸ばし、助手席の肩にシューズを乗せた。
「日本じゃスポンサーがつかないけど、ハリウッドって、結構現実の犯罪にも寛容だからさ。きっとライアン・ゴズリングが俺を美化してくれると思うんだよね」
「すみません、五嶋さん。僕は今人生を省みているので」
「はっきり言っとくと、今更遅いぜ。……そら、現代の大名行列のお出ましだ」
 ドローンの空撮映像に視線を戻す。四台の警備車両を引き連れ〝それ〟は現れた。装甲のすし詰めでずんぐりとした巨体。海を思わせる深い青色。物々しい雰囲気を隠そうともしない、六車輪の現金輸送車だ。
 その名は《ホエール》。米国から輸入した分類番号8の特殊用途自動車だ。軍用アサルトライフルは言わずもがな、RPGの直撃にすら耐える堅牢さを持つ、装甲車を超える現金輸送車である。砂漠も湿地帯も構わぬ走破性やAI制御の機関砲等々、多様な特長を持つが、特筆すべきはその運転席だ。フロントの遮光ガラスは法定基準を超えて濃紺で、(ドローンのカメラ解像度では厳しいが)中を覗けばきっと車としてあるべきものがないはずだ。即ち、ハンドルがなく、アクセルもブレーキもなく、運転手もいないのである。《ホエール》は法令で完全自動運転を認められた日本唯一の車両であった。
 かの三億円事件を代表に、現金輸送車には悪魔が潜む。人間という不確実性が悪魔のささやきを聞くと、金に羽が生えてしまう。そんな呪いへの対策が、徹底的に人と金を分かつことだった。AIが運転し、AIが金庫を管理する。AIは魔が差さない。甘いささやきに騙されない。少なくとも、銀行の担当者はそのセールストークに頷いたのだ。
「三ノ瀬ちゃん、心の準備は出来た?」
「出来ません」
「あ、そ。でもやるわ」
 五嶋が塗装の剥げたスマートフォンをいじると、アタッシュケースの一つが甲高く鳴く。
 微かに耳鳴りがして、バンのカーナビが《圏外》と表示した。選択的電波妨害だ。半径百二十メートルの無線LAN及び電話回線、GPSを黙らせた。ドローンのカメラは生きている。Bluetooth接続だからだ。
「三ノ瀬ちゃん」
「解りましたよ」
 ノートPCのコンソールを叩く。すると、ドローン下部に搭載したプロジェクターから首都高へ、淡いタッチの絵本柄の男が投影された。WEBのフリー素材で作った、笛吹き男のイラストだ。男はコミカルな動きで左右に飛び跳ねて、軽い渋滞で速度を緩めた《ホエール》を手招きした。乗用車をまたぎ、工事中のビルの鉄骨をつまむ様子は、どこかファンシーでメルヘンチックであったが……。
 その時、異変は起こった。《ホエール》が覚束ない足取りで、笛吹き男に誘われるようにカーブしたのだ。
『どうした、待て……。逆走しているぞ。おい、戻れ!』
 警備車両がスピーカーからがなり立てているが、無駄だ。《ホエール》は元々耳など持っていないし、既に笛吹き男に魅せられている。《ホエール》は警備車両を首都高に置き去りにして逆走し、高架下へと降りて、僕らのバンの横にお行儀よく停車した。
「うーん、やっぱ映える絵面だこれ」
 両脇にアタッシュケースを抱えて、バンを出る。
「白昼堂々の現金輸送車強盗ってのは、それだけで集客力あるもんな。しかも知的で、誰も傷つけず、少しコミカルでスタイリッシュ。控えめに言って全世界興行収入十億ドルでしょ」
 五嶋がスマートフォンの自作アプリで電子錠を悠々解錠する。ドアを開けると、青い制服の中年警備員と目があった。
「な、何者だお前達、どうやって……!?」
 五嶋の反応は素早かった。無造作にアタッシュケースを振り上げると、その角を丸顔警備員の顎に打ち込み、一撃で昏倒させた。実に鮮やかな手並みなのだが。
「誰も傷つけずって言いませんでした?」
「アクションはアクションで需要あるから」
 警備員を引きずり下ろし、僕と五嶋はハンドルのない運転席に乗り込んだ。アタッシュケースから二台のカメラとプロジェクターを取り出し、定位置に固定する。
「そうだ、三ノ瀬ちゃん。『アドバーサリアル・パイパーズ、あるいは最後の現金強盗』なんてタイトルどうだい? 大ヒット間違いなしだろ?」
「まあ、旧作落ちしたら義理で借りるかも知れません」
「劇場に来いよ」
「現場に居るので」
 プロジェクターが輝き、道路に笛吹き男を投影する。彼が愉快なステップで踊りだすと、《ホエール》は興奮したようにアクセルをふかす。
 僕は助手席で頭を抱えた。ああ、始まってしまった。

『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』11/19発売! 発売日まで毎日更新(土日除く)します。(担当編集は三ノ瀬の「現場に居るので」の返しが非常に好きです)

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