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【連載04】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。

星霊の艦隊 外伝 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを辞任していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

Episode 2 「連携」

Part2
 洲月ルリハはざあざあと雨が降る中、濡れそぼったスキンタイトの戦闘服に身を包み 寒さに凍えていた。
(……ここから……反撃の指揮をしろとでもいうのですか……?)
 第一〇九期アメノヤマト士官学校・大和帝律圏本校生は、現在、訓練にて吉備帝律星第三惑星。その中央大陸は熱帯雨林となっており、帝律次元軍士官学校の地上戦闘訓練に使用されている。
 地上戦闘訓練は、士官学校大和本校と、吉備分校の対戦という形式を取ることになっていた。中央大陸に宇宙から強襲揚陸し、大陸中央の地表基地を陥落させる、というシンプルなものだが、それを人間の士官だけでやるという。
 通常は、星霊も含む艦隊戦力があってこそ、アメノヤマトの軍事行動は成り立つのだから、この演習に何の意味があるのか疑問だ。
 ――と、演習前には思っていたが、演習が始まってしまえば、疑問を感じている余地などない。勝利に向けて突き進むだけだ。
 特に、大和本校の学生の選抜隊二〇〇人を束ねる指揮官に、自ら立候補して任命されたからには、名誉にかけて負けるわけにはいかなかった。
(どこで間違えのでしょうか……)
 だが、さんざんに予防砲撃を加え、基地を完全に沈黙させてから地表に降下したはずが、どこからか隠されていた砲によって集中攻撃を浴び、揚陸部隊は手痛い打撃を受けていた。
 もちろん演習の上のことなので、飛んでくるのはすべて訓練弾。撃墜判定を受けた強襲揚陸艇も実際には撃墜されていないが、「撃墜したのだから飛び降りろ」と言われ、皆、降下地点を一致させる余裕もないまま降下させられた。
(高高度から降下したから、部隊はばらばらだ……。生存判定を受けているのは何人だろう? ここから反撃の芽はあるでしょうか……。生き残っているとしても、互いに連携できないまま動けば全員各個撃破ですわ。指揮官として、私は引き際をも評価されるはずです……)
 通信は当然、妨害されている。撃破されたときのために三つの集合地点をあらかじめ設定し、反撃プランも与えてあるが、通信が妨害されている以上、味方が想定通りに動く保証は全くない。指揮官だけに与えられた、演習敗北を認める信号弾が、ルリハの戦闘服の胸ポケットにはある、その感触を確かめた。
(大丈夫……使用方法はしっかり暗記している……)
 だが、今回のような緊急事態は想定しておらず、分厚いスキンタイトスーツの下にしっかりとしまっている。手近な巨木の洞を見つけ、その中に身を隠す。
 いったんスーツを脱ぐ。発煙筒を取り出し、背嚢にしまい直す。いつでも使えるように。
 汗ばんでいた。
(周りには誰もいないでしょう……。事前の情報に依れば、ここは無人のジャングル……)
 飾り気のない軍用のタンクトップの下着を脱ぎ、汗を絞る。少し体調が悪い。この演習はタイミングが悪いと言わざるを得ない。
(……全く。吉備帝律星の星霊もちゃんと私たちにだけは星域の加護を無くしている……。星律は千差万別。どんな星律の星で軍事行動するときでも問題ないように――との配慮だとは分かっていますが)
 その時。
 鋭敏に鍛えられたルリハの聴覚が僅かな物音を捉える。
 腰のホルスターのピストルを抜く。物音の主は、直線距離にして五メートル。そこまで接近されたのは迂闊だった。だが相手はまだ気付いていない。
「誰?! ゆっくりと両手を上げて、顔をこちらに向けなさい。ゆっくりとね……」
 ピストルを向けたまま強い口調で言う。
 だが、相手は手を挙げたまま、迷わずこちらを見た。
「ルリハ!」
 声の主はすぐに分かった。子供特有の高い声――翠真ユウリだ。そうと分かって今度はルリハが慌てた。
「……ユウリ! やっぱりあっちを向いてなさい!」
 慌ててタンクトップを着て、スキンタイトスーツも身につける。背嚢を背負い、洞を出た。
「もういいわよ。こっち向いても」
「――どうしたのさ? 君が実は敵のスパイだったとか、込み入った訓練設定かと思った」
「そうではありませんわ。ちょっとね」
 言葉を濁しつつ、近づいていく。癪ではあるが、ユウリが近くにいたのは幸いだ。彼子はもの覚えが抜群によく、頭も回りも早い。この後どう行動するにせよ、ほかの者より、役に立つのは確かだ。
「……ユウリ。どうやって私の位置を」
「ボクの揚陸艇が撃墜されて緊急降下するとき、できるだけ誰がどこに降下するか、目で追っていた。君が一番近くだったので、急いでやってきたんだ」
「――生存判定は受けてますの?」
「なんとかね」
 彼子ははにかむように微笑んだ。
「それは結構。それで、演習なのですが、ここは潔く白旗を掲げる方が『引き際がよい』と評価されると――」
 思うんですけどあなたの意見は? と聞こうとしたら、ユウリはきょとんとした顔をしたので、言葉を止める。
「え……? 君はこういう場合の作戦計画も立てていただろう。皆、それに従っているはずだが……」
「でも……こんな不意打ち……バラバラに降下させられて、そこから集合して同時に攻撃するなんて、誰も真面目にやらないでしょうよ」
「だが、少なくともボクは生きている。そして君の場所まで来た」
 ユウリは淡々と言う。よくみると明るい雰囲気すら感じられる。
(なぜこの状況で……能天気な……)
 ルリハの脳内には、まだ、EVAデッキで右往左往している同輩たちの姿がちらついていた。通信もなく、あのような未熟な学生達全員が、時間通りに集合場所に集合し一斉に攻撃に転じる――そんなはずがないではないか。
「あのバックアップ計画は、あくまで『バックアップ計画を立てる』ということが評価になるからやっただけで、本気でみんながあれに正確に従うなんて思っておりませんわ。だから、時間も場所も、全員が全力で移動してなんとか間に合うもので……そうでないと敵に反撃の余裕をあたえるからしかたないのですが……」
「だったら急ごう。行くよ」
 ルリハは戸惑った。
(こんな性格だったかしら……?)
「ボクらは本隊に所属している。コールサインは『ピーチ』。間違いないね?」
「ええ……我々は本隊――ピーチ隊ですわ」
「なら行こう、ピーチ隊の集合地点へ!」
 小さな背中に不似合いな巨大な背嚢を背負ったまま、ユウリは先に立って歩いて行く。
(……ったく。こんな諦めの悪い戦闘をして、このわたしの評価がどうなるのかわかったものじゃないですわ。麾下の将兵の能力を正確に評価し、無理なら引き際を見極めるのも優れた指揮官の資質ですのよ)
 ルリハはそう思ったが、そこで、休暇で帰ったとき、抱きついたウカノの体温を思い出していた。
(周りを信じて……ですか)
 密林をかき分けて歩く目の前の小さな背中は、一定の歩幅を保ち、疲れる様子もない。EVA近接戦闘訓練のあのとき、ルリハの後ろに回って反撃した彼子を思いだした。
「……お子様のくせに、なんでそんなに前向きなんですの?」
 ユウリは後ろを振り返らず(振り返っても彼子は小さいので、背嚢に隠れて顔は見えなかっただろう)、歩きながら答える。
「――君の口の悪さは変わらないね、全く……。だが、質問に答えるならば、可能性があるなら諦めないさ。これはボク個人の理由。そして、ボクは仲間を信じているし、仲間からも信じられていると思っている。みんなの信頼に応えなければ――という思いが強いのさ。ボクらは一緒に強くなってきた。これは互いに互いが信じられることを確認する演習なのかもしれない。そう思っている」
「一緒に強くなってきた……ですか……」
 ルリハはつぶやく。
「君は最初から強かった。だからこの実感がないのかもしれない」
 そこで止まった。そして、向き直り、ルリハを見上げる。
「でも今、初めて君が諦め、ボクらが前を向こうとしている状況が生まれた。これからは、君も一緒にボクらと進むんだろうね」
「この私に追いついたと?!」
 ルリハがむっとして、言う。
「――君にとってはどう思うか分からないが、……ボクらにとっては、やっと君に追いついたんだ。喜んでほしいな。君にとっても悪くないだろう。これからは、君の背中を預ける同輩ができるんだ。自分でいうのは恥ずかしいけどね」
 ルリハはシオンの言葉を思い出していた。
(そんなことで大軍を指揮できますか? あなたにとって軍隊とはなんです)
 よどんでいた体中の血管の血が、一気に頭のてっぺんからつま先まで、駆け巡る気がした。意図せず声を張り上げる。
「翠真ユウリ!」
「は!」
「隊長として命じます。これより我々『ピーチ』隊は、作戦計画に基づき定められた集合地点を目指します。私に続きなさい!」
 ユウリの榛色の瞳が、少し微笑んだ気がした。彼子はぴしりと敬礼する。「了解です、隊長どの」

           *

 「ドッグ隊が先行、正面から敵を攻めますわ。敵がドッグ隊に集中している間に、モンキー隊は敵要塞へ潜入、我がピーチは背後から、バードは空中から強襲しますわ。この作戦はタイミングが命です」
 ルリハは作戦計画を確認するように言う。
 迷彩テントの集合場所。そこには一個小隊――五〇名程度の学生がいた。ピーチ、ドッグ、モンキー、バードで合計二〇〇名。一〇〇〇名の大和本校の中から選抜された空挺隊の人数だ。
 ユウリと落ち合ってから三〇分。驚いたことに、ピーチ隊は五〇名中四六名が集合。集合率は九割を上回っていた。あれだけバラバラに降下したのに、皆、配給された六分儀などの観測機器だけで自身の位置を把握し、密林の中、徒歩で定められた緯度経度に集合してきたのだ。
「通信はできませんわ。皆が定められた作戦計画に従い行動すると信じるしかありません。一〇分後にドッグが正面から襲撃を仕掛けます。その更に一〇分後、モンキー、我がピーチが攻撃を仕掛けます。ここで我々の空挺部隊を攻撃した対空ビームを沈黙させます。その後バードがジェットパックで空中から強襲」
 それから、ユウリを見遣る。
「翠真ユウリ」
 彼子が一歩前に出た。
「私が負傷した場合、彼子の命令に従うようになさい。彼子が負傷した場合の指揮官の任命は彼子に任せます。他に質問は」
 誉萪内よしだサツキが手を挙げた。
「サツキ――なに?」
「敵の指揮官――吉備分校の神夏磯かみがそヒマリは攻勢を好む性格と聞きます。ドッグ隊に向けて基地から部隊を出撃させた場合の対策はどうしますか?」
 ユウリも言い添える。
「或いは、伏兵の探索のために攻勢を掛ける可能性もある」
 ルリハは淀みなく言った。
「その場合は、プランD2でいきますわ」
 プランDには、敵が予想外の行動を取ったとき本隊であるピーチ隊の動きだけで敵に対応する作戦行動が全て含まれている。プランD2は、モンキー隊、バード隊の作戦行動はそのままで、ピーチ隊だけが分隊を派遣、敵の攻勢部隊の背後に回り込み、基地と敵を分断することになっていた。
「……ところで、敵の指揮官の性格まで、どうやって把握したの?」
 サツキが肩を竦めた。
「あの科戸ナオが、前回の休暇の時、この吉備まで来ていたそうです。同じく休暇中の吉備分校の幾人かと『仲良く』なって、情報を収集したとか」「あいつ……」
 ルリハはあきれかえる。だが事前にその可能性を知れたのはありがたい。
 そのとき。
 遠くで戦闘音が聞こえた。ビームが大気を切り裂く音。無論演習用のビームなので、スピーカでそういう音を発しているだけだが。
「――ドッグ隊が攻撃を開始したね。時間通りだ」
 と、ユウリ。
 ルリハは頷いた。
(――シオンおばあさま……あなたの言葉の意味、分かった気がします)
 同輩たちの顔を見渡す。
 半年を経て、いつの間にか、皆が頼れる顔になっている。ルリハはそれを見逃していた自らの迂闊さに、呆れた。
(……私は……彼女等のうちの幾人かには成績で抜かれるでしょう……それは私の性格としては極めて耐えがたいことだろうけれど……それでも私はそれを受け容れ、彼女等に背中を預けることになるのでしょう――)
 そこで、ひとつ、代名詞に間違いがあるかも知れないと気付いた。
(――彼子、かもしれないわね……)
 更に二分が経過したとき。
 警戒にあたっていたサツキが緊迫した声で報告する。
「敵はドッグ隊に向けて、攻勢に出たわ。ドッグ隊は退却中」
 ルリハは一瞬息を吸い込み、そして凜とした声で命じた。
「プランD2。我がピーチ隊は別働隊を派遣する。ユウリ! ドッグ隊を襲う敵の背後を襲撃。ピーチ隊本隊も敵基地に向けて突撃開始。我々の行動を見てモンキー、バードも攻撃を速めることを期待する。かかれ!」

 戦闘演習は、大和本校部隊のほぼ完全な勝利となった。実際のところ、隠された状況設定として事前に吉備分校部隊に強襲揚陸の情報が漏れており、降下する強襲部隊を対空ビームで狙い撃ちにできる、という吉備分校側に有利な状況であって、結果が拮抗していても大和本校は判定勝ちを取れるものであった。
 ところが、大和本校は空挺降下中に狙い撃ちされたところから、予め定められた場所に集合、その後ほぼ完全なタイミングでドッグ隊による陽動と、ピーチ、モンキー、バード隊による一斉攻撃を仕掛け、吉備分校隊が立てこもる基地を制圧した。
「個人的な成績優秀者を特に発表する」
 制圧した吉備の基地の練兵場で整列する学生達の前で、教官が告げる。「洲月ルリハ、翠真ユウリ、科戸ナオ。前へ」
 名を呼ばれた三人が、一歩、前へ出る。
「洲月ルリハは、緻密な作戦計画及びそれに則った指揮により、困難な状況から部隊を建て直し勝利に貢献した。全体戦局への貢献が大である。翠真ユウリは、基地から出撃した吉備部隊の背後を襲撃、効果的な奇襲によりほぼ完全な殲滅を成し遂げた。勝利への貢献が大である。科戸ナオはバード隊を率い、空中からの強襲により勝利を完全なものとした。――また、一応、事前の情報収集の評価も含めておく」
 教官は三人を順に見遣った。
「以上三名の訓練成績は同率一位とする。他の者もこの三名を見習いいっそう訓練に励め。以上。解散!」
 ルリハは、しばらく、その場で動けなかった。
(ついに……並ばれたか……)
 今まで、訓練成績はルリハがひとつ飛び抜けていた。だからこそ今回も隊長になったのだ。
(――だけど、これからはそうもいかないようね……)
 成績の伸びは、きっとユウリやナオ、そして他の学生の方が速い。
(……大和襲撃事件直後の世代……か……)
 客観的な自分と、感情を抑えられない自分がいた。星霊のように暴風の様な感情を抑えられたらいいのに、と思った。だが、戦場ならともかく、戦場を離れてなお、この感情を抑えることはできそうにない。
 自分の性格を呪う。
「おめでとう――ルリハ」
 ユウリが話しかけてくる。
(こんなときに話しかけないでくださいまし!)
 悲鳴のような思いが胸に渦巻いた。
「ふん、お子様のくせに! 次は私が一番ですからね!」
 そう毒づき、足早に練兵場を去って行く。
(シオンおばあさま……ウカノおばあさま……私には、まだまだ精進が必要なようです……)
 つかつかとした歩みは、途中から鈍り、とぼとぼとした歩みになった。
 普段は気にしていない、胸にかかる重力が、今はいっそう強くなったように、うつむき加減になり、肩を落とす。
(……ごめんなさいね……サツキ……私は女神なんかじゃありませんわ……)
 今はただ、ベッドにまるまって、嵐のような感情が去るのを待つしか無いようだった。
(星霊と配偶官になれば、このような思いもはれるのでしょうか……)
 ただ、そんなささやかな希望だけが、ルリハの心中を満たしていた。

2022/12/27/12:00更新【連載05】に続く


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