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眞鍋かをりさんによる巻末エッセイを特別公開! 旅がもっと楽しくなる本『グッド・フライト、グッド・ナイト』

ブリティッシュ・エアウェイズ社の現役パイロットによる空旅エッセイ、『グッド・フライト、グッド・ナイト』。タレントの眞鍋かをりさんによる巻末エッセイを公開いたします。読めば飛行機に乗りたくなること間違いなし、旅好きな眞鍋さんならではのエピソードがちりばめられたとても素敵なエッセイです。どうぞお楽しみください!

客室の小さな窓から
                  眞鍋かをり 

 
 本当の「空の旅」に連れていってもらった、まさにそんな気分である。
 美しい言葉や詩的な表現がそこかしこにちりばめられているとはいえ、文字だけでどうしてここまで空の色や気配、地球が脈打つ様子を感じさせることができるのだろう。
 
 私は客室の小さな窓から見える景色しか知らないけれど、ページをめくるたび、飛ぶことを愛する人間のみが知る、飛行中の空模様や心模様が手に取るように伝わって胸が高鳴った。
 
 いつからだろう、飛行機に乗っている時間が単なる「移動」になってしまったのは。たぶんこの1ヶ月で3、4回は飛行機に乗ったはずなのに、窓の外をほとんど見ていなかったことが悔やまれる。ひどいときは、ずっと窓のシェードを閉めっぱなしにしたりもしていた。

それでも、飛行機の座席を選ぶときいまも絶対的に「窓側派」なのは、子供の頃からずっと、飛行機に乗って窓の外を眺めるのが大好きだったからだ。
 
 どこまでも続く雲の世界、空と海の境目、地上の自然や人々の営みを感じる光……。なぜここまで惹きつけられるのかは考えたことがなかったけれど、私の心のどの部分にどうして響いていたのかが、本書を読んで少しわかったような気がする。
 空を飛ぶと、地球の上で暮らしていながら普段は気づくことのなかった真実を意識させられることになるのだ。
 
 タイガやツンドラなどほとんど人の住まない寂寥とした大地の上を飛んだとき、「世界は空っぽだということを思い知らされる」という部分には、とても共感することができた。私も昔、似たような感覚を抱いたことがある。それが強烈な印象として、いまも脳裏に焼き付いている。
 
 20歳くらいの頃、モータースポーツを取材する仕事でアメリカに行った。マイアミだったかアトランタだったか記憶が定かではないのだけれど、太平洋をこえてはじめてアメリカ大陸の上空から大地を見下ろしたとき、私は言葉を失った。
 どこまでもどこまでも、はるか彼方までのびる山脈。もう確かめることはできないけれど、きっとあれはロッキー山脈だったのだろう。想像したこともないほどの圧倒的な自然の中に、人間が存在している部分がほとんどないのだという事実。それまで日本の四国の小さな町が自分の世界の全てだった私には、東京ですら無限大に思えていたというのに。
 こんな世界が、本当にこの世に実在していたなんて……生まれてはじめてそんなことを肌で感じ、まだ若かった私は感動と畏れを抱いた。
 小さな窓におでこを押しつけながら、「あの地点に人間が足を置いたことは地球ができてから一度もないかもしれない」「あの木々は誰にも見られることなく、ただずっとそこにあるんだ」 そんな当たり前のことを思って、万物にとって人間などどうでもいい存在なのだと、少し寂しくなったりもした。
 
 あの光景をいまの自分が見たら、いったいどんなふうに感じるのだろう。若い頃と同じように、世界が変わってみえるほどの衝撃を受けるだろうか。
 
 30歳を過ぎてから、数ヶ月に一度のペースで海外へひとり旅に出かけていたけれど、機内ではワインと食事を楽しんだり、現地に着いてからのことばかり考えていて、窓の外はさほど気にしていなかったような気がする。昔は飽きもせずにずっと窓を見ていたというのに、慣れというのは寂しいものである。

 だけど、オーロラが見えるという機内アナウンスが入っても、ほとんどの乗客は見ようともしなかったり、すぐに読書灯をつけて本を読んだりしているという話にはとても驚いた。さすがにオーロラが出たら、普通はひと目見ようと必死になるんじゃないかと思うのだけど、意外にそうでもないのだろうか。
 そういえば、オーロラがよく見える地域に住んでいる人にとっては、オーロラは虹と同じくらいのありがたみしかないのだと聞いたことがある。私も虹くらいだったら、見えやすい位置に座っていない限りスルーしてしまうかもしれない。でも、オーロラだろうと虹だろうと、空を飛ぶことを愛する人間からしたら、見逃してしまうのはすごくもったいないことなのだろう。
 
 本書が全体を通して面白いのは、乗客としてしか体験したことのない世界が、パイロットにしか知り得ない感覚で描かれることで、全く違ったものに見えるからだ。
 とくに機体や操縦技術、フライトの仕組みに関する描写はこれまで知らなかったことばかりで、パイロットの仕事というものをリアルに感じられて新鮮だった。
 
 著者が日本へのフライトをした際、私もよく知っている場所を訪れていたのも、なんだか嬉しくなった。明治神宮や原宿の裏路地を歩いたり、揚げ餃子を食べたり(たぶんあそこだろうな、という店の心あたりがある)。当たり前だけど、パイロットもフライト先で現地の雰囲気やグルメを楽しんだりするのだな、と微笑ましく思った。
 
 そういえば一度だけ、私も飛行機を降りたあとのパイロットさんに遭遇したことがある。
 
 ミャンマーへ2泊3日の弾丸ひとり旅をしたときのこと。成田からヤンゴン行きの便に乗っていたクルーと、偶然ホテルで再会したのだ。
 機内では、担当してくれたCAさんとたくさんお話をしていた。私がひとり旅が好きで休みのたびによく海外へ出かけているというのをテレビや雑誌で知り、フライト中に「今回はミャンマーを旅されるんですか?」と話しかけてくれたのだった。
 ヤンゴンの空港に着いたその足で市場や寺院を巡り、日暮れ前にホテルにチェックインしようとしたところで、そのCAさんを含むクルーの皆さんとばったり会った。泊まるホテルが同じだったのだが、それは偶然というよりも、そのときはまだ軍事政権が倒れて民主化したばかりの時期だったため、市内に大きなホテルがそこくらいしかなかったからかもしれない。
「こちらが今日のフライトの機長です」と紹介されて、ヤンゴンまで連れてきてくれた機長さんに直接、挨拶とお礼を伝えることができた。思えば、アテネからサントリーニ島へのフライトや、ロサンゼルスからグランドキャニオン、マニラからフィリピンの離島へ飛ぶときの小さなプロペラ機を除けば、乗った飛行機のパイロットと対面するなんて初めてのことだった。

「これからクルーみんなで中華街にご飯を食べにいくんです」と聞いて、ああ、世界中を飛び回っているパイロットの方も現地では私たちと同じようにローカルなものを食べに行ったりするんだなあ、と思って嬉しくなった。
 そのときと同じように、本書のおかげで、少しだけパイロットという存在が身近に感じられるようになった気がする。
 
 実はこれを書いている今も、大阪での日帰りの仕事のため羽田から伊丹へ飛ぶ飛行機に乗っている。日が差して少し眩しいけれど、窓のシェードは開けたままだ。
 よく晴れて富士山が綺麗に見えている。私は運良く、富士山が見える進行方向右側の窓側席に座っているのだけど、通路側や中央の座席からも覗き込むようにしている乗客がたくさんいるので、窓を塞いでしまわないように控えめに富士山を見ている。
 今まさに、機長から「富士山が見えます」というアナウンスが入った。心の中で「ちゃんとみんな注目してますよ、スマホで撮影もしてますよ」とつぶやいてみる。
 
 なんだか、飛行機に乗るときのときめきが少し増えたような気がする。
 ただの移動手段ではなく、普段とは違う目線から世界を見ることができる、特別な時間。そう思えることで、今日の仕事の往復にも、彩りが生まれている。
 帰りの飛行機からはきっと、夕暮れ時の空や月、地上の夜景が見えるだろう。操縦席から見える景色とはだいぶ違うかもしれないが、つかの間の「空の旅」を楽しんでみようと思う。

* * *

グッド・フライト、グッド・ナイト
マーク・ヴァンホーナッカー/岡本由香子訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫 大好評発売中

『グッド・フライト、グッド・ナイト』本文の抜粋も公開しております。こちらからどうぞ!

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