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【100万部突破の世界的ベストセラー!】人間の知らないところで、樹木たちは会話をしている? でも、どうやって? 傑作ノンフィクション『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)から特別抜粋

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樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声

ペーター・ヴォールレーベン/長谷川圭訳 ハヤカワ・ノンフィクション文庫

◉書評・メディア情報
朝日新聞(1月13日)記事(伊藤比呂美氏・詩人
HONZ(3月13日)書評(足立真穂氏)
朝日新聞(12月15日)書評(東直子氏・歌人、作家)
週刊朝日(11月10日)書評(西條博子氏)
朝日新聞(7月30日)書評(椹木野衣氏・美術批評家、多摩美術大学教授)
東京新聞(6月25日)書評(宇江敏勝氏・作家、林業家)

◉本書の抜粋記事
樹木たちは見えないところで友情と愛情を育んでいる? しかも親密さで対応まで変わる!?
木が葉っぱを落とすのはトイレのため?! 驚きの冬の過ごし方の数々。

◉著者の新作『動物たちの内なる生活』(本田雅也訳)が好評発売中! 抜粋記事

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 「木の言葉」(本書第二章より)

 辞書によると、言葉を使ってコミュニケーションできるのは人間だけだそうだ。つまり、話ができるのは人間だけなのだ。では、樹木は会話をしないのだろうか? もしできるのだとしたら、どうやって? いずれにせよ、私たちは彼らの声を聞いたことがない。木は無口な存在だ。風に揺れる枝のきしみや葉のこすれる音は外からの影響で生じただけで、木が自発的に起こしたものではない。


 しかし、じつは木も自分を表現する手段をもっている。それが芳香物質、つまり香りだ。この点では人間も同じで、私たちも香水やデオドラントスプレーを使っている。それに、もしそんなものがなかったとしても、私たち自身の体臭が身のまわりの人の意識や無意識に語りかける役割を担っている。においを嗅いだだけで逃げ出したくなったり、その人に惹きつけられたりした経験は誰もがもっているだろう。

 研究によると、人間の汗に含まれるフェロモンがパートナーの選択でもっとも重要な基準となるそうだ。誰と子どもをつくりたいか、フェロモンが決めているのだ。要するに、私たちは香りを使って秘密の会話をしていることになる。そして、樹木にも同じ能力が備わっていることがわかっている。

 およそ40年前、アフリカのサバンナで観察された出来事がある。キリンはサバンナアカシア(アンブレラアカシア)の葉を食べるのだが、アカシアにとってはもちろん迷惑な話だ。この大きな草食動物を追い払うために、アカシアはキリンがくると、数分以内に葉のなかに有毒物質を集める。毒に気づいたキリンは別の木に移動する。しかし、隣の木に行くのではなく、少なくとも数本とばして100メートルぐらい離れたところで食事を再開したのだ。どうしてそれほど遠くに移動するのか、それには驚くべき理由があることがわかった。

 最初に葉を食べられたアカシアは、災害が近づいていることをまわりの仲間に知らせるために警報ガス(エチレン)を発散するのだ。警告された木は、いざというときのために有毒物質を準備しはじめる。キリンはそのことを知っているので、警告の届かない場所にある木のところまで歩く。あるいは、風に逆らって移動する。香りのメッセージは空気に運ばれて隣の木に伝わるので、風上に向かえばそれほど歩かなくても警報に気づかなかった木が見つかるからだ。

 同じようなことがどの森でも行なわれている。ブナもトウヒもナラも、自分がかじられる痛みを感じる。毛虫が葉をかじると、その噛まれた部分のまわりの組織が変化するのがその証拠だ。さらに人体と同じように、電気信号を走らせることもできる。ただし、その速さはとてもゆっくりしていて、人間の電気信号は1000分の1秒ほどで全身に広がるが、樹木の場合は1分で1センチほどしか進まない。葉のなかに防衛物質を集めるまで、さらに1時間ほどかかるといわれている。

 緊急事態のときでさえこの速さなのだから、樹木はやはりおおらかな存在なのだろう。動きは遅いが、木といえどもそれぞれの部分がほかの部分とつながって生きている。たとえば根に問題が生じたら、その情報が全体に広がり、葉から芳香物質が発散されることもある。しかも、とりあえずにおいを発するのではなく、目的ごとにそれぞれ異なった香りをつくる。

 樹木はまた、どんな害虫が自分を脅かしているのかも判断できる。害虫は種類によって唾液の成分が違うので分類できるのだ。害虫の種類がわかったら、その害虫の天敵が好きなにおいを発散する。すると天敵がやってきて害虫を始末してくれる。たとえば、ニレやマツは小さなハチに頼ることが多いようだ。木々のところにやってきたハチは、葉を食べている毛虫のなかに卵を産む。すると、卵から生まれたハチの幼虫が自分より大きなチョウや蛾の幼虫を内側から食べつくしてくれる。残酷な話だが、ハチのおかげで木にとっては害虫がいなくなり、最小の被害で生長を続けることができるのだ。

 ちなみに、この"唾液を分類する"というのも樹木の能力の一つだ。つまり、彼らにも味覚のようなものがあるということの証しだろう。

 芳香物質によるコミュニケーションの弱点は、風の影響を受けやすいこと。香りが100メートル先まで届かないこともよくある。反面、利点もある。木の内部での情報伝達はとてもゆっくりなのに対して、空気による伝達は短時間で遠くまで伝わるため、自分の体の遠い部分まで短い時間で情報を送ることができるのだ。

 害虫から身を守るには、必ずしも特別な緊急信号を発する必要はない。動物には木が発散する化学物質に反応する習性があるので、そうした化学物質によって木が攻撃されていることや害虫がそこにいることを察知する。そうした害虫を好む動物は、どうしようもなく食欲がかきたてられるのだ。

 それに、樹木には自分で自分を守る力も備わっている。たとえばナラは、樹皮と葉に苦くて毒性のあるタンニンを送り込むことができる。その結果、おいしかった葉がまずくなり、害虫は逃げ出すか、場合によっては死んでしまう。ヤナギも同じような働きをもつサリシンという物質をつくりだす。ちなみに、サリシンは人間には無害だ。それどころかヤナギの樹皮を煎じた茶は、頭痛を和らげ熱を下げる効果がある。頭痛薬のアスピリンも、もとはヤナギからつくられたものだ。

 だが、そのような防衛措置がうまく働くまでにはある程度の時間がかかる。だからこそ、早期警報の仕組みが欠かせない。そして、空気を使った伝達だけが近くの仲間に危機を知らせる手段ではない。木々はそれと同時に、地中でつながる仲間たちに根っこから根っこへとメッセージを送っている。地中なら天気の影響を受けることもない。

 驚いたことに、このメッセージの伝達には化学物質だけでなく、電気信号も使われているようだ。しかも秒速1センチという速さで。人間に比べたらこれでもずいぶん遅いが、動物の世界であれば、クラゲやミミズなど、木々と同じような速度で刺激の伝達をしているものがたくさんいる。情報を受け取った周辺のナラはいっせいにタンニンを体内に駆けめぐらせる。

 木の根はとても大きく広がり、樹冠の倍以上の広さになることがある。それによって、まわりの木と地中で接し、つながることができる。だが、いつもそうなるとはかぎらない。森のなかにも仲間の輪に加わろうとしない一匹狼や自分勝手なものがいるからだ。

 では、こうした頑固者が警報を受け取らないせいで、情報が遮断されるのだろうか? ありがたいことに、必ずしもそうはならないようだ。なぜなら、すばやい情報の伝達を確実にするために、ほとんどの場合、菌類があいだに入っているからだ。菌類は、インターネットの光ファイバーのような役割を担う。細い菌糸が地中を走り、想像できないほど密な網を張りめぐらせている。

 たとえば森の土をティースプーンですくうと、そのなかには数キロ分の菌糸が含まれている。たった一つの菌が数百年のあいだに数平方キロメートルも広がり、森全体に網を張ることができるほどに生長する。この菌糸のケーブルを伝って木から木へと情報が送られることで、害虫や干魃などの知らせが森じゅうに広がる。森のなかに見られるこのネットワークを、ワールドワイドウェブならぬ"ウッドワイドウェブ"と呼ぶ学者もいるほどだ。

 だが、実際にどんな情報がどれだけの規模で交換されているのかについては、ほとんどわかっていない。ライバル関係にある種類の異なる樹木とも連絡を取り合っている可能性すら否定できない。菌には菌の事情があるはずだ。彼らがさまざまな種類の樹木に対し分け隔てなく接し、仲を取りもっている可能性も否定できないのだ。

 衰弱した木は、抵抗力だけでなくコミュニケーション能力も弱まるようだ。その証拠に、害虫は衰弱した木を選んで集中的に攻撃する。害虫は、警報を受け取ったはずなのに反応せずにじっと黙り込んでいる木を選んで襲いかかっているように見える。沈黙は、その木が重い病気にかかっているからかもしれないし、地中の菌の網が失われて情報が入ってこないからかもしれない。そうした木は毛虫や昆虫の格好の餌食となる。先ほど紹介したようなわがままな一匹狼も、仲間からの情報が入ってこないため、健康であっても害虫に襲われやすくなる。

 森林というコミュニティでは、高い樹木だけでなく、低木や草なども含めたすべての植物が同じような方法で会話をしているのかもしれない。しかし、農耕地などでは、植物はとても無口になるようだ。人間が栽培する植物は、品種改良などによって空気や地中を通じて会話する能力の大部分を失ってしまったからだ。口もきけない、耳も聞こえない、だから害虫にとても弱いのだ。そのため、現代の農業では農薬をたくさん使うようになった。栽培業者は森林を手本として、穀物やジャガイモをおしゃべりにする方法を考えたほうがいいのではないだろうか。

 ところで、樹木と虫の会話は、防衛や病気だけを話題にしているわけではない。違う種類の生き物のあいだで喜ばしいシグナルが交換されることもある。そういったことに気づいたり、そのための香りを〝嗅いだり〟したことがあるだろう。そう、花の心地よい香りもメッセージの一つなのだ。

 花は意味もなくいいにおいをまき散らしているのではない。ヤナギやクリ、あるいは果実のなる木は、香りのメッセージで自己を顕示し、ミツバチたちに自分のところに立ち寄るよう話しかけているのだ。糖分がたっぷり詰まった甘い蜜は、花に集まって受粉の手助けをしてくれた昆虫たちへのお礼のプレゼント。花の香りだけでなく、形や色もシグナルの一種だ。緑の背景に鮮やかに浮かび上がるレストランのネオンサイン、といったところだろうか。このように、樹木は香りと視覚と(根の先端の細胞でやりとりする)電気を使って会話をしている。では、木々は、音を出して話したりはしていないのだろうか?

 この章の始めに私は、木は"無口"だ、と言った。だが、最近の研究ではそれすら疑わしくなってきたようだ。西オーストラリア大学のモニカ・ガリアーノがブリストル大学およびフィレンツェ大学と協力して、地中の音を聞くという研究を行なった。彼女は、研究室に木を植えるのは大変なので、かわりに穀物の苗を使った。するとどうだ、測定装置に根っこが発する静かな音が記録されたのだ。周波数220ヘルツのポキッという音が。根が"ポキッ"? 

 枯れ木もかまどの火にくべるとパチパチと音を立てるので、特に珍しいことではないと思うかもしれない。しかし、研究室で記録された音は無意味な騒音ではなかった。というのも、音を立てた根から生えた苗とは別の苗が音に反応したからだ。220ヘルツの"ポキッ"という音がするたびに、苗の先がその方向に傾いた。つまり、この周波数の音を"聞き取っていた"のだ。

 植物は音を使って情報の交換をしているのだろうか? それが本当なら、とても興味深い。私たち人間も音を使ってコミュニケーションをとる。もし木々も音を使えるなら、私たちは彼らのことをもっとよく理解できるようになるかもしれない。ブナやナラやトウヒの気分や体調が、私たちにもわかる日がくるかもしれないのだ。この分野の研究は始まったばかりで、まだまだわからないことがたくさんある。でも、あなたが森のなかで小さな物音を聞いたら、もしかするとそれは風の音ではないのかもしれない……。

ペーター・ヴォールレーベン/長谷川圭訳『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』は好評発売中!

著者/ペーター・ヴォールレーベン

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© Tobias Wohlleben

1964年、ドイツのボンに生まれる。子どもの頃から自然に興味を持ち、大学で林業を専攻する。卒業後、20年以上ラインラント=プファルツ州営林署で働いたのち、フリーランスで森林の管理を始める。2015年に出版した本書は全世界で100万部を超えるベストセラーとなった。2016年、さまざまなアウトドア活動を通じて、人々に森林と樹木のすばらしさに気づいてもらうため、"森林アカデミー"を開設した。同年発表の続篇『動物たちの内なる生活』(早川書房刊)もドイツで27万部を突破し、28カ国で順次刊行されている。