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ブームの黎明期から最新トレンドまでを一気に俯瞰。『韓流ブーム』試し読み

『冬のソナタ』が巻き起こしたヨン様ブームから約20年。少女時代やKARAが日本デビューした第二次ブーム、「映える」チーズタッカルビが席巻した第三次、『愛の不時着』など配信ドラマがヒットしたコロナ禍の第四次ブームや最新流行に至る流れを、ブームの黎明期から取材してきた人気ライターたちが語り尽くすのが、新刊『韓流ブーム』(桑畑優香・八田靖史・まつもとたくお・吉野太一郎、ハヤカワ新書)
韓流ドラマや映画、K-POP、韓国料理のトレンドを俯瞰する本書から、インスタ映えが取り沙汰された「第三次ブーム」の章より一部を抜粋・編集して特別に試し読み公開します。

『韓流ブーム』桑畑優香、八田靖史、まつもとたくお、吉野太一郎、ハヤカワ新書(早川書房)
『韓流ブーム』ハヤカワ新書

第三次ブーム(2017~19年頃)
 ――世界進出への道

個人インフルエンサーの時代が到来

桑畑優香(以降、桑畑) 第三次ブームが始まったと気づいた頃、現代ビジネスで「インスタ女子の間で『 #韓国人になりたい 』流行中の意外と深イイ理由」という記事を書きました〔※外部リンク〕。韓国ファッションのお店に10代、20代の人がいっぱい集まっていると編集者が言っていて、源流は何かと取材したら、インスタグラムだったんです。日本で「インスタ映え」という言葉がユーキャン新語・流行語大賞の年間大賞になったのは2017年で、「映える」洋服とか食べ物、コスメが日本で流行りはじめたのがその頃。K‐POPの練習生になりたい子たちが育っていたり、映えるマカロンといったものが韓国で出始めたりした時期。

左から東京・原宿に進出したファッションブランド「スタイルナンダ」の店内に設置された撮影スポット(2017年撮影)。竹下通りで売られていたZ世代向けの韓国コスメ(2018年撮影、いずれも桑畑優香提供)

八田靖史(以降、八田) インスタグラムの影響は大きかったですよね。その年から始まったJC・JK流行語大賞でもアプリ部門の1位を「インスタグラム(ストーリー)」が取っています。モノ部門の1位が「チーズタッカルビ」、ヒト部門の1位が「TWICE」なので、第三次ブームをよく象徴しているように思いますね。

トレンドの韓国コンテンツを取り入れつつ、SNSで発信すると「いいね!」がいっぱい付く。象徴的なキーワードとなったのが「オルチャン」で、これは本来2003年頃に韓国で流行った美人、イケメンを指す単語だったのですが、「オルチャンメイク」「オルチャンファッション」「オルチャンコーデ」など、韓国的な「かわいい」を総称する単語として独立していきます。そんな韓国のかわいくて、映えるトレンドをいち早く取り入れて発信することが、ある種のステータスとなって、みんなが盛んに発信したので、食で言えばSNS映えするチーズタッカルビが急拡散していきました。

――(吉野太一郎、以下同)韓国料理のタッカルビにチーズをトッピングした「チーズタッカルビ」は、溶けたチーズの伸びる様子が「映える」と人気を呼び、新大久保発のブームになりました。

八田 チーズタッカルビは2016年末ぐらいからメディアに出始めて、2017年にそれ一色になります。

桑畑 消費者目線で言うと、とくに承認欲求といったものがSNSで言われ始めた頃。取材で話を聞いた中に、韓国のコスメとか食べ物をアップすると「いいね!」がいっぱいもらえるからうれしいと、SNSにアップしているうちインフルエンサーになって、読者モデルになったり、自分のブランドを立ち上げたりしたいという野望を持っている10代、20代がいたんです。『ViVi』という雑誌の読者モデルに「なぜ韓国が好きになったの?」と聞くと、「KARAとか少女時代を小学生や中学生の頃に聴いていて、ファッションやコスメを真似てあんなふうになりたい」と。感度の高い若者に広がっているのかなと思いました。

八田 当時、キュレーションメディアが伸びていて、身近なトレンドを発信する高校生ライターが出てきて、発信する人と受信する人が同じ世代になっていたんですよね。

桑畑 プロのライターが書くものとはまた違う、目線が近い記事を発信し始めた。お店もインスタグラムを意識して店内に「映えスポット」みたいなものを置いたり、インスタにいかにカッコよくコスメを載せるかに力を入れていくようになった。

八田 それが新たな現象として、大人の目に見えてくるのが2016年の終わり頃からだと思うのですが、そうなると当事者世代の始まりはもっと早いはずなんです。2015年は日韓国交正常化50周年で、年末に慰安婦問題の解決で日韓政府が合意したものの、政治的にはどん底の年じゃないですか。そのあたりに第三次の芽があったと考えると興味深いです。

桑畑 2017年に誕生した文在寅政権が、慰安婦問題日韓合意について安倍首相に「国民の大多数が心情的に合意を受け入れられないのが現実」と伝え、両国の間に暗雲が漂っていました。ちょうどその頃に、第三次ブームが同時多発的に芽生えていたんですね。

まつもとたくお(以下、まつもと) 桑畑さんの「#韓国人になりたい」の記事が現代ビジネスに出た時は、「本当なの?」みたいな雰囲気があったじゃないですか。

桑畑 ヤフーに転載されたときのコメント欄に「この人おかしいんじゃないか」という意見がたくさんつきました。第三次ブームが世の中に完全に認められたのは2018年ぐらいだと思いますね。揶揄するコメントがほとんど来なくなったんですよね。

日本の韓国料理のチーズ化

八田 チーズタッカルビのブームを知ったときは結構あわてましたよ。気付いたときには完全にできあがっていて、いつの間にそんなことになっていたのかと。

――そもそもチーズタッカルビは日本独自のもの?

八田 韓国で2014年に、豚のバックリブをチーズにつけて食べる「チーズトゥンカルビ」が流行って、チーズタッパル(鶏の足)、チーズチョッパル(豚足)、チーズタッカルビといろいろ出てきて当時の韓国料理はチーズまみれでした。日本生まれという説もありますが、私はそのブームに関連して韓国から入ってきたものと解釈しています。

2015年頃から新大久保でも提供する店がちらほらと出てはいたのですが、2016年の上半期に「市場シジャンタッカルビ」が火付け役となって人気が急拡大していきます。〔中略〕

総編ができてドラマが多彩に

――第三次ブームは日韓関係が完全に冷え切ったと思われた中で始まっていきますが、この時期のドラマはどのようなものがあったのでしょう?

桑畑 次に来る第四次をコロナ禍でネット配信の作品がヒットした2020年以降とすると、それまでの時期のドラマは目に見える爆発的なヒットがなかった感じですね。地上波では放送自体があまりなくて、ネットフリックスでイ・ビョンホン主演の『ミスター・サンシャイン』(2018年)などやっていたのですが、日本の植民地時代の話で難しい内容ではありました。一方で韓国では、2011年に「総合編成チャンネル」が開局してからドラマの毛色が変わったんです。

――韓国は地上波の放送局が三社しかなかったんですけど、それ以外のチャンネルが2010年代から劇的に増え出すんですよ。その一部が総合編成チャンネル(総編チョンピョン)。最初はケーブルテレビだったのが、今はインターネット回線で100チャンネル以上、地上波と区別しないでみんな見ていますね。

桑畑 地上波では、ホームドラマなどすべての世代が安心して見られる内容のドラマが多かったけれど、総編ができてから科学捜査など骨太の話も扱うようになり、若い男と年上のマダムが不倫する話とか、地上波で出すとぎょっとするような、これまでタブーだったような話が出てくるようになったんです。

総編は小さな局が多くて、予算も地上波に比べると少なかったのですが、そういうところがいろんな世代に特化したドラマを作り始めるんです。『応答せよ』シリーズみたいなニッチなものは、逆に地上波だったら作られなかったかもしれない。

八田 象徴する作品にはどのようなものがありますか?

桑畑 初めてヒットが出たのは2012年から始まった『応答せよ』シリーズでしょうか。1980年代末から90年代を舞台に、高校生や大学生の恋愛や家族模様を描く三部作。一見地味な内容ですが、心温まるストーリーがノスタルジアをかきたててヒットしました。契約社員の成長ストーリーが共感を呼んだ『ミセンー未生―』も。『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』はパク・ボゴムの出世作です。

――ただ、日本では当時、爆発的な人気を呼んだわけではありませんでした。

桑畑 日本ではケーブルテレビなどで放送されるだけだったので、大衆にはなかなか届かなかったですね。主に地方局で放送されていた時代劇と、CS・BSで、韓国ドラマファンの心はとらえていました。ただ、地上波ではやらないしプロモーションでも俳優があまり来日しないので、ヨン様とかイ・ビョンホンとかヒョンビンとか、「この人が来ればホールが埋まる」というようなスターが生まれにくかったんですね。2012年から7、8年は、けっこう冬の時代でした。〔中略〕

日韓台混成グループTWICE

まつもと 日本におけるK‐POPの盛り上がりが表面的には「底だな」と感じていたところ、2015年にTWICEが韓国でデビューしたんですよ。その翌年の2016年から『TT』が売れ、曲を出せば社会現象になるほどに人気になった。2017年2月から日本でも本格的に活動を開始しました。

八田 TWICEの日本デビューで第三次ブームが始まったという解釈をたまに見るんですけど、オルチャンメイクのブームが2015~16年にかけてすでに盛り上がっているので、第三次ブームはもっと前から始まっていて、そこにK‐POPも連動していったのが正解かなと思います。

まつもと 2017年の8月にBLACKPINKが日本デビューするんですよ。だからその二組が第三次の象徴のように言われます。〔中略〕

――一方でK‐POPと韓国が切り離されて、K‐POPが韓国由来のものだという認識なしに日本で広まり始めた時期でもありました。

桑畑 新大久保にあった小さなK‐POPスクールを取材した時に、外で嫌韓ヘイトデモをやっているような時も生徒たちが踊っていたと聞きましたね。TWICE が弾けた頃から、韓国の芸能事務所が日本人を対象に、日本の地方都市でもオーディションをするようになったのが2017~18年ぐらい。でも、その前からK‐POPの世界を目指していた人はいたんですよね。たとえば、公園少女(現在は解散)の元メンバーで、ボーイッシュな雰囲気で人気を集めたミヤは、2018年に韓国でデビューする以前から「DREAM ON!」などのカバーダンスフェスティバルに出場していました。

八田 第三次ブームは若い世代から始まったので大人からは見えにくい部分があって、どのへんがきっかけになったのだろうとずっと思っていたんですけど、第二次からつながる部分があったとなると、なるほどなと思いますね………


韓流ブームはどのように生まれ、世界にインパクトを与え、最新の第四次ブームまで受け継がれたのか? 気になる内容はぜひ本書でご確認ください。電子書籍も同時発売です(電子書籍版のみカラー写真収録となります)。

著者略歴(五十音順)

桑畑優香(くわはた・ゆか)
ライター・翻訳家。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画のレビューやインタビューを中心に執筆。訳書に『BTS を読む なぜ世界を夢中にさせるのか』、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』など。

八田靖史(はった・やすし)
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州ヨンジュ市広報大使。ハングル能力検定協会理事。著書に『韓国行ったらこれ食べよう!』『あの名シーンを食べる! 韓国ドラマ食堂』ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。

まつもとたくお
音楽ライター。通称「K-POP 番長」。2012年にK-POP専門レーベル〈バンチョーレコード〉を立ち上げた。雑誌で連載するほか、ラジオ番組に出演中。著書は『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』ほか。

吉野太一郎(よしの・たいちろう)
朝日新聞「好書好日」副編集長。朝日新聞外報部、社会部記者などとして韓国や北朝鮮、日韓・日朝関係関連の報道に携わり、現在は同社のウェブサイト「好書好日」副編集長。2022年に韓国・慶南大学校極東問題研究所フェロー。ポッドキャスト「ニュースで韓国語」を運営。

この記事で紹介した書籍の概要

『韓流ブーム』
著者:桑畑優香、八田靖史、まつもとたくお、吉野太一郎
出版社:早川書房(ハヤカワ新書)
発売日:2024年6月19日
税込価格:1,078円

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