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【連載03】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。

星霊の艦隊 外伝 洲月すづきルリハの重圧プレッシャー

ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを辞任していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

Episode 2 「連携」
Part 1
 アメノヤマト帝律圏主星、大和帝律星。第三惑星〈仁央星〉、橿宮市。仁央星の中心都市たる橿宮市は、アメノヤマトの首都といっても間違いではない。
 市の中心部には皇帝皇后の住まいとされる宮城があり、その周辺には政府機関のビルが建ち並ぶ。だが、宮城は皇帝皇后の仮住まいにすぎない。本当の住まいは大和帝律星の中央で恒星のごとく輝く超次元人工ブラックホールそのものだ。
 超次元人工ブラックホールの本体を、そのトーラス状のトポロジーから「星環」といい、それを覆う制御システム群を包括した球体デバイスを星玉と呼ぶ。恒星の役割を担う星環-星玉システムは、特に「恒星玉」とも呼ばれる。
 恒星玉「大和」こそ、皇帝皇后の本当の住処だ。だから元旦の朝には上る「大和」に拝謁するのだと人は言うが、昔からこのような星があったわけではないのだから、どこかで伝統を都合よく解釈しなおしているのだろう。
 その「大和」の一般の恒星と同じスペクトルの燦々と輝く陽光の下、北緯二〇度に位置する橿宮市の初秋はまだ暑い。
「まったく……。夏を涼しくする星律はいつ成立するのかしら。頭のお堅い神祇院にも困ったものだわ」
 隣を歩く、誉萪内よしだサツキに声をかける。
 サツキは、最初のEVA訓練の時、ルリハが助けた少女だった。それ以来何かとルリハを慕ってくるが、悪い気はしない。サツキもルリハと同じく、橿宮市出身だというので、親しく付き合っていた。
 士官学校入学から半年。ずっと寮暮らしだったが、半年経って初めて休暇をもらい、学生らは故郷に帰ってきたのである。あの日以来、ルリハがライバルと目しているユウリも故郷の氷見名市に帰っているという。
「……めずらしいね、ルリハが政府批判をするとは」
「あら? 私は軍人家系で軍に忠実なのは確かだけど、何も文句を言わないというものでもないですわ。私たちは民主的な法律によって自らを治める市民社会を構成しているのです。この世界の法則とも言うべき星律は、古来より宗教的存在であった帝室によって定められるとされているけれど、冗談の種にして悪いわけではないですわ。そこを誤ると、宗教的権威のみを持つ存在であるはずの帝室と星霊が世俗的権力すら持ち始め、我が帝律圏の安定が損なわれるというものですわ」
 ルリハは長々と持論を展開するが、彼女の思想的ベースはほとんど父親と祖母の受け売りだ。その中でも、軍事の実践的な部分ではなく、このような思想の部分は祖母の影響が大きい。
「星霊は宗教的存在か……。じゃあ軍隊も宗教なんだねー」
 サツキは言う。
「そうですわね……。この世界の法則すら定める力を持つ星霊。その星霊と配偶官となり、星霊の地位を巡って戦う。これはある意味では宗教的行為なのかもしれないですわね。でもとにかく暑いですわ。ちょっとカフェで涼みましょう」
 ルリハは「橿宮焙煎珈琲」と看板に書かれたカフェに入る。
「いらっしゃいませー」
 店員が元気よく迎えてくれた。
「お、サツキ! 元気してた?」
 その店員が目を輝かせる。
「知り合い?」
 サツキに聞くと、頷いた。
「水澄ナギサよ。学校の同級生だったの」
「ナギサです! そちらのなんだかお上品な方は?」
 ずけずけと言いたいことを言う。
「……ルリハ。洲月ルリハですわ。よろしく、ナギサさん」
 よそ行きの笑顔でにっこりと笑うと、ナギサは一瞬、ルリハに見とれたようになり、それから笑顔になって、席に案内してくれる。
 店内は、人間の店員が半分、IDIが半分といったところだった。
 IDIとは、Inorganic Dummy Instanceの略で、要するにロボットである。町中を走る自動運転車と同じく、橿宮市の産土神社の祭神である星霊が、カフェから委託を受けて制御している。てきぱきとよく働き、ほとんどの店員の業務はIDIに任せてもよいようにも見えた。
 そのせいか、ナギサはアイスティーを二人に運んできた後も、二人の席のとなりに椅子を引っ張ってきて、サツキと会話を始めてしまう。
「……大丈夫なの? お店は」
 サツキが心配して聞くと、ナギサは肩をすくめた。
「大丈夫だよ。今店長いないし。それに、実は、あまり問題ないんだよね。ま、人間相手とかで困ったときにはあたしたち人間に助けを求めてくるけど……。神様ってすごいよね」
 ここでいう神様とは、てきぱきと働くIDIを中央で集中制御する、橿宮神社の祭神のことだろう。
「どう、サツキは? 軍隊って厳しいって聞くけど、やりがいはあるのかな」
「そういうの考える暇もないっていうのが正直なところね。これから一週間休暇なんだけど、士官学校に入ってからこっち、なんだか初めて自由にものを考える時間を得たような気がする。朝から夜までむちゃくちゃ詰め込まれているんだもん。夜も寝ている間にいろいろな知識が無理矢理詰め込まれているし、起きてからは身体を動かす訓練を夜までずっとやってるし。本当に銀河時代なの? って感じ。まるで地球時代の大昔に戻ったみたい……」
「ふうん……」
 ナギサは退屈そうに頬杖をついた。
「それは極端だね……。こっちと全然違う。わたしは、何をしたらいいのかなあっていつも思うよ。なんだか、私、必要とされてる気がしないんだよね……」
 ちらりと、てきぱきと働くIDIたちを横目で見やる。
「結局、あたしたちみんな働かなくても社会って回っていくんでしょ。学校で言ってたじゃん。それでも働くのはなんでなんだっけかな……と思ってね」
 ルリハは口に運んでいたアイスティーのグラスをテーブルに置いた。
「ナギサさん……と呼んでよろしいかしら」
「ええ……はい」
 ナギサは急に話しかけられ、驚いて姿勢を正す。
「私たち軍隊では、人間は、星霊と『配偶官』というものになります。堅い絆で結ばれたパートナーです。人間と星霊はそれぞれ足りないところがあり、それを補うためにそうしているのです。あなたたち橿宮市民も、みんな、IDIや自動運転車を通じて、ご祭神の橿宮イスズ様と絆で結ばれています。彼女はとても優秀な星霊ですが、それでも人間ではない以上、足りないところがあります。そこを補ってさしあげるのが、我々人間の役割ではないでしょうか。IDIの動作を見てみなさい。完全ですか? 足りないところは何もありませんか?」
「うーん……。あのIDIは注文聞くのがちょっと早いかな。もっとお客が落ち着いてからでないと」
 ルリハは微笑んだ。
「ではそれを教えてあげなさい。IDIはあそこで単に独立して動作しているロボットではありません。あなたが……多分初詣やお願い事があるとき、お参りに行く神社の神様が動かしているのです。いわば神様の分身です。そう思えば親しみがわくでしょう?」
「うーん……それはそうかも……でもたいていの場合、うまくやってるよ」
 ルリハは頷いた。
 それから、IDIに向けて手を挙げた。
 軍隊の困ったところは、常に「星霊の力がなくなったときでも対応できる」人間を育てようとするところだ。故に、面倒な身体の不調――一般的には星律で対応することが許可されているもの――も、対応不能になる。ルリハがバッグから取り出したのは、腹痛の薬だった。今朝から下腹部に鈍痛がある。ルリハをはじめ、士官学校の学生に星律はできるだけ適用しない――というのは、橿宮市の星霊、橿宮イスズにもきちんと引き継がれているようだ。
「すみません。お水を」
 IDIに言うと、IDIは――。
「氷はいりますか?」
 と聞いてきた。
「いりませんわ。ありがとう」
 ルリハがにっこりと笑うと、IDIは頷いて水を取りに行く。
「ここのお店は教育が行き届いていますわね。こういうお客もいる――ということまで知っているのはさすがです。普通は必要のないことですからね。店長さんか、店員のどなたかが、あるいは橿宮市の別の場所で、誰かが教えたのでしょう」
「ああ……軍隊は大変だね」
 ナギサはルリハの行動の意味をそこで初めて理解し、神妙な顔つきになる。
「そう……。うまくやる、というだけではだめなのだと思います。軍隊も含め、仕事というものは、することが始めから決まっていて、それをただこなすだけのものではありません。何をするのかを決めることが大事な仕事なのです。そのとき、人間にとって何がよいのかは、人間にしか分からない。星霊と人間と同じではない――だからこそ互いに違う視座でものが見えるのでよいのです。何をすればいいのか、それを星霊と人間のコミュニケーションの中で決める。そういうものではないでしょうか」
 それから、ルリハはIDIが持ってきた水を受け取って、薬を飲んだ。
「まあ、お説教じみたことを言っても仕方ないですわね。これは私のクセなので、おゆるしくださいね」
「うん……はい……分かった」
 ナギサはつと席をたち、IDIに駆け寄って、何か話し始めた。
「――さすがお嬢様だねー」
 サツキが言う。
「……からかっているんですの?」
「いや、正直感心したよ。最初に出会った頃を思い出した。あの日はルリハが女神様みたいにみえたものだよ」
「……からかうのはおやめなさい」
 と言ってはみるものの、ほおがゆるむのがおさえられない。自分は相当、おだてられるのに弱いらしい。
 自重しなければ――と思いながら、それでもサツキとのお茶は楽しんでしまった。

          *

「士官学校はどうですか、ルリハ」
 和服を着、正座している祖母は、完成された彫像のようにルリハには見えた。外見年齢は若く保っているが、年老いていることの象徴としてか、髪は銀髪だ。だが、その輝くばかりの銀髪と、年月を経て匂い立つような魅力は、ルリハを圧倒してあまりある。
 同時に、その瑠璃色の瞳は彼女を射貫くように鋭く、冷厳だ。
 ルリハは、父には威厳を感じているが、それは敢えて彼として作っている雰囲気だと感じられるので、厳しいとは思うが恐ろしいとまでは思わない。
 だが、祖母は恐ろしいと思っている。畏怖に近い感情を抱いている。
 祖母――洲月シオンは、一口、お茶を飲み、ゆっくりと完璧な所作で茶碗を置き、ルリハをじっと見つめている。
 ルリハは、祖母をじっと見つめ返した。視線をそらしたいが、そらすとそれをなじられるような雰囲気なのだ。
「はい。同輩と切磋琢磨する日々です」
 やや声がうわずるのを感じながら、ルリハは言う。
「――それだけですか」
 シオンは鋭く問うた。
「え……あ……はい。そうですね……私は訓練成績でも誰にも負けていません。洲月家の惣領姫として恥ずかしくない成績だと自負しております」
「――情けない」
「え……」
 ルリハは、思わず持っている茶碗を落としそうになった。
「同輩はただの競争相手ですか。負けられない、という余裕のなさがにじみ出ています。そんなことで大軍を指揮できますか? あなたにとって軍隊とはなんです。一度よく考えなさい」
 ルリハは言葉に詰まる。しばらく間があった。
「行きなさい」
 静かにそう命じられ、ルリハは一礼して祖母の部屋を去るしかなかった。

          *

 広い邸宅の中は物寂しい。妹(便宜上の言い方で、性別は未定)は学校、父と母は今、旅行に出かけているという。ルリハの父は人間、母はもと星霊だ。二人は配偶官として軍に三〇年勤め、そのあと母は橿宮市の隣の市の産土神を六年勤め、「人籍降下」のあと父と結婚、ルリハを生んだ。
(まあ……父と母には、自由に過ごしてほしいけれど、少し寂しいわね……)
 引退後は子育てをし、その後は悠々自適の時を過ごすのが銀河時代の人類の一般的な生き方だ。
 胸の内がもやもやする。邸宅に隣接する道場に向かう。胴着と袴に着替え、鏡の前で剣を構える。軍隊の次元刀ではなく――昔ながらの伝統的な日本刀だ。
 瑠璃色の髪と瞳の少女が鏡の前にいる。
 剣を構える所作をじっと見つめていると、さきほどまで見ていた祖母と、明らかに雰囲気が違うのが自分でも分かってしまう。
(なんと余裕のない……浮き足立っている……落ち着きのない姿勢だ。形だけ整っているだけだ)
「ルリハ。ここにいたのですか」
 不意に後ろから声をかけられる。
「……まあ、ウカノおばあさま……!」
 和服姿の女性が、道場の入り口に立っていた。輝くような瑠璃色の髪を丁寧に後頭部で編み込んで垂らしている。年若い外見、彼女の配偶者と違い、年齢を髪色に反映させることに、あまり意味を感じていないらしい。
 瑠璃色の瞳は、優しくルリハを見つめていた。
 彼女もルリハの「祖母」である。
 洲月ウカノ。彼女はかつて、この橿宮市の産品神社の祭神を務めていたこともある星霊であった。厳しいシオンに比べルリハに優しく、ルリハはことのほかこの祖母を好いていた。シオンと一緒にいると思ったので、シオンに畏怖を感じながらも敢えて帰省の報告に行く気力を得ていたのだ。それが、ウカノがいなかったので、シオンにただなじられるだけとなってしまった。
「どこにいらしたんですの、ねえおばあさま。たあおばあさまのお部屋にいらっしゃらなかったので、がっかりしたんですわ……!」
 寝祖母または「ねえおばあさま」、というのは、女性同士のカップルから生まれた者の子供が、彼女らを区別して呼ぶときの言葉だ。年上のほうを「立祖母りつそぼ」年下を「寝祖母しんそぼ」、やわらかく言うときには、「たあおばあさま」「ねえおばあさま」となる。間違いなく新しくできた言葉であるが、由来には諸説ある。
 ルリハは剣を鞘に収め、ウカノに駆け寄り、抱きつく。
「まあまあ、まるで子供に戻ったようですね……。シオンに何か言われましたか」
「ええ……士官学校出は誰にも負けないといったら、余裕がないと……」
「――あの人らしい。自分にも他人にも厳しさを見せないと気が済まない人ですからね……」
 ウカノは言い、ルリハの背をなでた。
「……シオンの言うこともわかりますが、競争心が強いぶん、がんばりやさんのルリハが私は大好きですよ。その上で、周りと協力し合っていけばいいのです。周りと競うだけでなく、周りと信じ合っていきなさい……。シオンも、余裕がないなどと、一言で切り捨てたって、ルリハを悲しませるだけでしょう。でも、シオンはね、ルリハが大好きだから、そう言ったんだと思いますよ」
「そうでしょうか……?」
「そういうものです。あの人も不器用なんだわ……」
 ルリハはウカノの体温を感じながら、シオンの言葉の意味をじっと考えていた。

2022/12/22/12:00更新【連載04】に続く


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