映画『ハウス・オブ・グッチ』で変貌ぶりが話題のジャレッド・レト、原作ではどう描かれている?【試し読み】
5章 激化する家族のライバル争い〔抜粋〕
〔当時グッチ家の代表であった〕アルド・グッチの息子パオロ・グッチは創造的才能に恵まれた変わり者で、社内で充分な発言権が与えられていないことにかねてより不満をくすぶらせており、直属の上司である叔父のロドルフォ・グッチと、クリエイティブ面に加えて経営戦略をめぐってなにかと衝突するようになっていた。
ロドルフォは自分こそが社のクリエイティブ部門の指揮をとっていると自負していたので、甥の提案や批判を苦々しく思った。3.3パーセントの株をもらったことでしばらくは大人しくなっていたパオロだが、やがて株主としての地位を足がかりに、役員会議の席上でデザイン、製造からマーケティングにいたるまで自分の意見を主張するようになった。
ヴァスコ・グッチ〔パオロの叔父、アルドやロドルフォの兄弟〕が亡くなって以降、工場の上階でデザインと製造を仕切っていたパオロは、陽気で人好きする性格の一方で、いったん切れると手が付けられないほど感情を爆発させることがあり、従業員から恐れられていた。
パオロは叔父ロドルフォの人柄には信頼を置いていたが、組織を率いる力はないと見ていた。一方で個人的にはそりが合わない父ではあったが、生まれながらのリーダーだとその経営手腕を高く買っていた。
フィレンツェからパオロは、毎日のようにミラノにいる叔父ロドルフォに不満を書きつづった手紙を出した。もっと流行に敏感な若い層を狙った安い商品をライセンス販売するべきだ。ジョルジョがローマに出した店が成功しているのにならって、セカンドラインの店を出すべきだ。つぎつぎとアイデアを出す──ことごとくただちに却下された──以上に彼が熱心だったのが、株主の立場を利用して出席する役員会議の席上、会社の財務に関する不愉快な話題を持ち出すことだった。
売上高は世界的に順調に伸び続け、フィレンツェの工場はフル稼動し、雇用者数も世界中で数百人を数えるようになったというのに、なぜ会社の金庫にはまったく金が入っていないのか。1979年、グッチ・ショップス有限会社はアメリカで4800万ドルという売上高を記録したというのに、利益は一銭も出ていない。なぜそんなことが起こりうるのか? パオロは疑問を声高に口に出した。それ以上に、自分と兄弟がもらっている給料が暮らしていくのにさえ足りない額だと思っていた。
アルドは息子たちの給料を、最低限の生活しかできない程度に抑えつづけていた。ときおり彼はボーナスを出して幸せな気持ちにしてくれた。
「息子たちにプレゼントして喜ぶ顔を見ようじゃないか」。アルドは楽しげにそういうと、給料の小切手にいくばくか上乗せした金額を書き入れた。
表に出る利益がどう見ても少なすぎることは、家族の間でも驚きをもって受け止められていた。ロドルフォは、アルドの事業拡張熱が行き過ぎた結果だと彼を責めた。グッチ・パルファン〔香水等を扱う系列会社〕の設立に金がかかりすぎた上に、たったの20パーセントしか持ち分がないロドルフォにはすずめの涙ほどの配当で、大半はアルドと息子たちのほうに行ってしまう。一方で、パオロと兄弟は叔父ロドルフォが親会社の50パーセントも所有していることを恨んでいた。親会社は父が作ったようなものじゃないか。パオロからの不平不満がつづられた手紙が机に山積みになって、ロドルフォはついに堪忍袋の緒が切れた。
1970年代終わりに起こった些細な出来事は、従業員たちにとってはほとんど記憶にも残らないほどだったが、のちに家族全体を巻き込む大きな争いへと発展する火種となった。ある日トルナブオーニ通りの店にやってきたパオロは、ロドルフォがデザインしたお気に入りのバッグの一つを勝手にショーウィンドウからはずした。ひと言の相談もなくディスプレイを変えられたことを知ったロドルフォは、誰がやったのか教えろと迫った。事実を知った彼は激怒した。
そのすぐあとに行われた記者会見の席で叔父から公然と非難されたパオロは、席を蹴立てて出ていってしまった。フィレンツェのデザイン・オフィスでのミーティングでは、ハンドバッグが文字どおり飛び交い、開いていた窓から投げ出されて道路に転がったものまであった。激しい応酬のあった翌日、朝出勤して工場の門を開けようとした守衛が転がっているバッグを見つけ、てっきり泥棒が入ったと勘違いして警察を呼ぶという騒ぎも起きた。これはいまもグッチに言い伝えられる「伝説」となっている。
映画公開は2022年1月14日(金)から
▶映画『ハウス・オブ・グッチ』公式サイト
[監督]リドリー・スコット [出演]レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レト、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエック他